12´.扉からの侵略者②
「――そんなに不安そうな顔をすることないですよっ。モブ先輩!」
経験したことのない程の緊迫した状況に顔を曇らせるAのすぐ隣には、いつのまにかローブの生徒が並走していた。
制服の上から羽織った白いローブで頭部を包み込んでいるその生徒は屈託のない瞳でこちらを見つめてくる。その女性にも男性にも取れてしまう生徒とはバスケットボールの試合前に顔合わせを済ませていた。
「えっと、たしかノース・ワーウルフさん、だったよね?」
Aが名前を口にするとノースは嬉しそうに頷く。
「ですです。先ほど紹介した通りっ、私達は人狼ゲームの世界からリアースにやってきたノース・ワーウルフです! 分かりづらいとは思いますけど、私達は正真正銘女子なのでモブ先輩もそこのところよろしくです! ふふふ、なにがあっても私達が守りますからねっ!」
「――あ、ありがとう! よろしくねっ、ノースちゃん」
昨日来たばかりのAをなぜか先輩扱いしてくるノース。年齢的にはこちらの方が上なようなので間違えてはいないのだが、それでもなにか違和感を覚えてしまう。
そんなことをしている内にAたちは中庭を抜けて裏口から校舎内部へと到達していた。つい数時間前まではあまり人通りの少なかった校舎だが、今は赤いランプと共に警報音が鳴り響いていて生徒たちがあちらこちらで動き回っている。
「よかった、やっぱり校舎は無事みたいだな。よし、エイ。それならこのまま視聴覚室に行くぞ! あそこならサダエさんもいるしな」
タクトは校舎内部の様子を見渡すと人差し指を上へと向ける。どうやら視聴覚室はこの上の階にあるようだった。
「――はっはっは、その必要はないよ!」
廊下の両端に二つ設置されている階段の内、近い方へと歩みを進め始めたAたちに何者かが声をかける。
「サダエさん!?」
その女性の声はいつのまにか背後に現れていた幽霊学長ことサダエのものだった。慌てて振り返るAにサダエは片手で軽く手を振りながら、
「やぁAちゃん、さっきぶり! まさか二日連続でゲーターが現れるなんてわたしも流石に想定外だったよぉ。まったく、少しはまともな学園生活を送らせてほしいものだね。――ま、とにもかくにも君たちが無事でよかった!」
サダエはこの場にいるそれぞれの顔を見るとひとまず息をつく。その飄々とした態度からは少し分かりづらいがそれでも彼女なりにこちらのことを心配していたらしい。
「さてっと、そんなわけだからさ。こーしてわたしが来たんだ。Aちゃんのことは任せて君たちは湖に向かってくれ。――準備も忘れずに、しっかりとね」
「助かるよ、サダエさん! Aのこと、よろしく頼むぜ! そんじゃノースっ、行くぞっ!!」
「まっかせてくださぁい!」
タクトはサダエに軽くお辞儀をすると心配そうに見つめていたこちらに向けてグーサインを作る。そして、ノースと共に正面玄関の方から手招きをしている他の生徒たちの方へと足を進めていった。
「た、タクト君たちは、その、今からゲーターの所に行くんです、よね?」
「――当然、そうなるね。今は知っての通り学園存続の危機だからさ。タクト君たちのような戦闘に特化した能力を持つ生徒はどうしてもゲーターと対峙することを避けられない。学園を守るため、誰よりも先に前線へ行かなくてはならないのさ」
やはりというか、タクト達は有事の際には直接現地に赴く役割を担っているようだった。きっとこれまでも戦えぬAのような生徒を守るために率先して前線へと向かっていたのだろう。そこで待ち構えているであろう〝扉から来る者〟、ゲーターと戦うために。
今までのやり取りを見る限りタクト達は敵の正体についてこれといった情報を持ち合わせていない。分かっているのは相手が皆既日食という自然現象すらも操る規格外の存在だということ。そうにもかかわらず、彼らは笑顔をすら見せて現地へと向かうつもりなのだ。それが自然にできてしまう彼らがAにはとても眩しく映る。
「た、タクト君っ!」
なぜだろう。タクトの元へと駆け出してしまっていた。これから彼らは学園を脅かす外敵と対峙しに行くのだ。もうAと無駄話をしている場合ではない。
そんなことは当然分かっている。だが、それでもどうしても戦場へと向かうタクト達に伝えたいことがあった。たかだが異世界に来てから一日も経っていない新入生がなにを言ったところで言葉に重みなどない。
そう頭では理解している上でそれでもAの口は自然と動いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。えっと、その――タクト君っ、頑張って!! 来たばかりの私がこんなこと言ってもなんにもならないとは思うけど、どうしてもそれだけ伝えたくて。時間取らせてごめんっ!」
そう言い放つと目をギュッとつむり深く頭を下げる。すると聞こえてくる一つの足音。数秒後、ポフッと頭に誰かの手が乗せられた。自分のものよりも一回り大きなそれはAのことを優しくなでる。
「――誰かを勇気づけたい気持ちに後か先かなんて関係ないさ。大丈夫っ、エイの気持ちはバッチリ届いたぜ! これならどんなゲーターが相手だろうが負ける気がしねぇ! ありがとな、エイッ」
「うん……うんッ! みんなが無事に帰ってくるの待ってるから!」
「おうっ、すぐに片づけて帰ってくるからさ。そしたら、エイの新しい役割――みんなで探そうぜっ!」
太陽のような明るい笑顔を最後にタクトは再び仲間の元へと走っていく。Aは少し離れた位置で手を振っているノースや他の生徒に手を振り返すとサダエの元へと戻った。
「さてさて、どうやら君の想いは伝えられたようだねぇ」
「すみません、こんな忙しい時に……」
サダエは謝罪をするAににっこりと微笑みながら、
「いいのさ、気にすることはない。きっと君たちにとって必要なことだったんだろうしね! ――とは言っても流石に移動しないとまずいかなぁ」
パチンッ。指を鳴らすサダエ。その音が鳴るやいなや、Aの身体はまるで風船のように浮き上がる。
「う、ううううわぁぁー!? なっ、なんですか急にぃっ!」
「時間短縮っ! 悪いけど、このまま連れて行かせてもらうよ。――さぁ、我らが指令室へレッツゴーッ!」
フワフワと浮かぶAは先を行くサダエにまるで引っ張られるかのように廊下を通過していく。こちらの背後からは青い炎が漏れ出していて、どうやら人魂に身体を押されているようだった。
しかし、熱を感じないとはいえ炎は炎。身につけている制服は燃えないのだろうか? なんて疑問は今のAには浮かばない。なぜならそんなことを考える暇もないほどの超高速で学園を飛び回っていたからだ。
「はっはっはぁー! どうだぁーいっ、気持ちがいいだろう!」
「全然っ、気持ちよくなんかないですぅぅーーっ!!」
愉快に笑うサダエの声と振り回されるAの絶叫が重なり合い学園中に響き渡る。それは階段を越え、目的の視聴覚室にたどり着くその時まで続くこととなった。




