表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第8話 船内博物館
38/45

#38 真犯人

 車内の部品が弾け飛んだ。ツキが仰け反ってそれを避ける。俺は一瞬、彼女がひとりでに壊れてしまったのかと思った。だけど、違った。


「なんてことをするんですか!」


 マキナさんが車内を真赤にして怒る。カメラのレンズはある一点を見つめていた。


 寒色の照明の下に黒いバイクが停っていた。一人の男が乗っている。全長一メートル弱の銃を構えていた。前髪の影になっていて、顔は見えない。


 男が軽い身のこなしでバイクを降りる。黒いロングコートがひらめいた。コツ、コツと足音を響かせながらこちらへゆっくりと歩いてくる。ツキはじりりと後退した。


「私の博物館へようこそ」


 男は言った。明りに照されて、顔が顕になる。髪は墨を流したように黒かった。高い鼻に切長の目。目尻には小皺が刻まれている。俺は言った。


「あんたが密猟者か」


「『密猟者』とは失礼だな。私は二十二世紀の古生物学者だ」


 長い銃を差し込むようにして四次元ペンダントに仕舞う。宝石はツキの物と同じ三角柱だった。色はよくわからなかった。右手には黒い手袋をめている。


「『ハカセ』というのは、あなたのことだったのですね」


 マキナさんが言った。


「こんなに沢山の動物を集めて、一体なにをするつもりなの?」


 ツキが博士を睨む。


「話せば長くなるが――」


 彼は俺たちを囲むように歩いた。


「私が子供だった頃、古生物学は化石を研究する学問だった。太古の生物の姿を復元するために、古生物学者は何百年ものあいだ、岩を割り、骨の屑を拾い集め、足跡の型を取って研究してきたのだ。誰もが生きて動いている姿を拝みたい、触れてみたいと夢見ていたが、叶わなかった。だが、その夢を叶える機械が発明された」


「タイムマシンですね」


 マキナさんが言った。俺は、博士の乗っていたバイクがひとりでに動いているのに気づいた。彼に付き従うように、ゆっくりと走っている。


「時間移動の技術は、古生物学に革命をもたらした。数百万年ごとに時代を遡れば、生物の進化を早戻しで追える。化石を遺さずに滅んでしまった動物でさえ、切り開いて、内蔵や筋肉をつぶさに観察できる。生体を蒐集し、解剖し、比較研究することが、私の何よりの悦びなのだよ」


 俺は怒りに震えた。


「研究のためとは言え、そんなことは許されない。生き物を別の時代へ連れていくことは、未来の法律で禁じられてるはずだ」


「連れて行ってはいないさ。私の動物は、二度と自然へは帰れない。この船の中で生涯を終えるのだ」


 バイクが博士の左隣に並ぶ。彼はシェパード犬でも撫でるように座席を優しくさすった。その胸で青い宝石が揺れる。


「その四次元ペンダントは……タイムパトロールの」


 マキナさんが呟く。俺はびっくりして彼女を見た。


「わかったよ。きみが()()事件の犯人なんだね」


 ツキの静かな声が響いた。博士はまたゆっくりと歩き出した。あの、赤い釦のある柱に近づいてゆく。


 ツキは続けた。


「警察の施設から絶滅動物とパトカーが盗まれた事件だよ。薬を買いに二十一世紀へ戻ったとき、事件についていろいろ調べてみたんだ――」


 俺は、未来の街でパトカーに聞いた話を思い出した。未来には、過去へ出向いて昔の動物を捕まえる密猟者がいる。密猟者が御用になったら、密猟者に捕まっていた絶滅動物は、しばらくは警察が面倒をみる、という話だった。


 事件はその面倒見の期間に起った。保護されていた動物たちが、何者かによって盗まれてしまったのだ。


「――捕まえられていた動物たちは、弱っていたり怪我を負ったりしていた。だから、獣医の資格を持っていた、一人の古生物学者がその手当に抜擢ばつてきされたんだよ。動物の具合が悪くなったらすぐに駈け付けられるように、彼は施設を自由に出入できた」


 大胆なことに、犯人は新車のパトカーもごっそり奪っていった。盗まれたパトカーの中には、マキナさんと識別番号が一致するものもあった。


「私を盗んだのも、あなただったのですね」


 マキナさんが博士に聴こえないような小さな声で言った。博士は柱のそばで立ち止まり、鼻で笑った。


「流石。この船から逃げ出して、千年も生きながらえただけある」


 ツキが驚く。


「どうして僕の正体を」


「お前たちの行動は、星の目グラスで全てお見通しなんだよ」


「過去の僕はどこにいるの?」


「トキは私が片付けた」


 博士の低い声が船内に響いた。


 ツキの顔が氷のように固まる。マキナさんの車内が真青になった。俺は耳を疑った。


 なんだって?


 過去のツキを()()()()だって?!


「操舵室でタイムパトロールに通報するだと? そうはさせるか!」


 博士の声とともに、バイクが全速力で突っ込んできた。悲鳴を上げる暇もなく、俺たち三人は二手に引き裂かれた。片方にツキが、片方に俺とマキナさんが飛び退いた。


 博士が柱の釦を押す。風が走った。


「マキナ、羽揺!」


 ツキのくぐもった声が聴こえる。俺は一瞬、何が起ったのか理解できなかった。


「バリアを解除しなさい!」


 そう叫んで、マキナさんが博士に飛びかかる。だけど、何かにぶつかって弾き返されてしまった。


 俺は宙に手を触れてみた。ゴムのような弾力のある、透明な膜が張っている。俺とマキナさんは見えない檻に閉じ込められてしまったんだ。


「猛獣が逃げ出した時のために、こういう仕掛を作ってあるのだ」


 ツキはちらりと俺たちを振り返って、悔しそうに逃げていった。博士はバイクに指図した。


「トキを逃がすな」


「御意」


 凛とした女性の声で言って、バイクは暗闇へ走り去った。


 続いて、博士が四次元ペンダントをいじる。


「と、取らないでください!」


 マキナさんがわめく。見ると、博士が宝石の中からさまざまな道具を取り出している。隠れコートに免疫スプレー。マキナさんのドローンまであった。


 俺の首にかかっていた四次元ペンダントが、ひょいと持ち上げられる。俺は取られないように、緑の宝石を握り締めた。


「おい、やめろ。ツキに借りてる、大事なものなんだ!」


 けれど、俺の抵抗も虚しく、四次元ペンダントは取り上げられてしまった。俺はがっくりと膝から崩れ落ちて、床に手をついた。


 博士は俺たちから取り上げた道具を、ふたたび四次元ペンダントに仕舞っていった。俺もマキナさんも、それをただ見ていることしかできなかった。


 最後に万化銃を拾い上げて、コートの内ポケットに仕舞う。ガラスの銃身の中で、薬品がたぷんと波打った。


 博士がコートを翻す。


 次の瞬間、博士がコートとともに姿を消してしまった。俺は目を疑った。


「四次元外套(がいとう)で瞬間移動したのですよ」


 驚く俺の様子を見て、マキナさんが覇気のない声で言った。彼女の車内が悲しみの色に染まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ