#38 真犯人
車内の部品が弾け飛んだ。ツキが仰け反ってそれを避ける。俺は一瞬、彼女がひとりでに壊れてしまったのかと思った。だけど、違った。
「なんてことをするんですか!」
マキナさんが車内を真赤にして怒る。カメラのレンズはある一点を見つめていた。
寒色の照明の下に黒いバイクが停っていた。一人の男が乗っている。全長一メートル弱の銃を構えていた。前髪の影になっていて、顔は見えない。
男が軽い身のこなしでバイクを降りる。黒いロングコートがひらめいた。コツ、コツと足音を響かせながらこちらへゆっくりと歩いてくる。ツキはじりりと後退した。
「私の博物館へようこそ」
男は言った。明りに照されて、顔が顕になる。髪は墨を流したように黒かった。高い鼻に切長の目。目尻には小皺が刻まれている。俺は言った。
「あんたが密猟者か」
「『密猟者』とは失礼だな。私は二十二世紀の古生物学者だ」
長い銃を差し込むようにして四次元ペンダントに仕舞う。宝石はツキの物と同じ三角柱だった。色はよくわからなかった。右手には黒い手袋を扖めている。
「『ハカセ』というのは、あなたのことだったのですね」
マキナさんが言った。
「こんなに沢山の動物を集めて、一体なにをするつもりなの?」
ツキが博士を睨む。
「話せば長くなるが――」
彼は俺たちを囲むように歩いた。
「私が子供だった頃、古生物学は化石を研究する学問だった。太古の生物の姿を復元するために、古生物学者は何百年ものあいだ、岩を割り、骨の屑を拾い集め、足跡の型を取って研究してきたのだ。誰もが生きて動いている姿を拝みたい、触れてみたいと夢見ていたが、叶わなかった。だが、その夢を叶える機械が発明された」
「タイムマシンですね」
マキナさんが言った。俺は、博士の乗っていたバイクがひとりでに動いているのに気づいた。彼に付き従うように、ゆっくりと走っている。
「時間移動の技術は、古生物学に革命をもたらした。数百万年ごとに時代を遡れば、生物の進化を早戻しで追える。化石を遺さずに滅んでしまった動物でさえ、切り開いて、内蔵や筋肉をつぶさに観察できる。生体を蒐集し、解剖し、比較研究することが、私の何よりの悦びなのだよ」
俺は怒りに震えた。
「研究のためとは言え、そんなことは許されない。生き物を別の時代へ連れていくことは、未来の法律で禁じられてるはずだ」
「連れて行ってはいないさ。私の動物は、二度と自然へは帰れない。この船の中で生涯を終えるのだ」
バイクが博士の左隣に並ぶ。彼はシェパード犬でも撫でるように座席を優しくさすった。その胸で青い宝石が揺れる。
「その四次元ペンダントは……タイムパトロールの」
マキナさんが呟く。俺はびっくりして彼女を見た。
「わかったよ。きみがあの事件の犯人なんだね」
ツキの静かな声が響いた。博士はまたゆっくりと歩き出した。あの、赤い釦のある柱に近づいてゆく。
ツキは続けた。
「警察の施設から絶滅動物とパトカーが盗まれた事件だよ。薬を買いに二十一世紀へ戻ったとき、事件についていろいろ調べてみたんだ――」
俺は、未来の街でパトカーに聞いた話を思い出した。未来には、過去へ出向いて昔の動物を捕まえる密猟者がいる。密猟者が御用になったら、密猟者に捕まっていた絶滅動物は、しばらくは警察が面倒をみる、という話だった。
事件はその面倒見の期間に起った。保護されていた動物たちが、何者かによって盗まれてしまったのだ。
「――捕まえられていた動物たちは、弱っていたり怪我を負ったりしていた。だから、獣医の資格を持っていた、一人の古生物学者がその手当に抜擢されたんだよ。動物の具合が悪くなったらすぐに駈け付けられるように、彼は施設を自由に出入できた」
大胆なことに、犯人は新車のパトカーもごっそり奪っていった。盗まれたパトカーの中には、マキナさんと識別番号が一致するものもあった。
「私を盗んだのも、あなただったのですね」
マキナさんが博士に聴こえないような小さな声で言った。博士は柱のそばで立ち止まり、鼻で笑った。
「流石。この船から逃げ出して、千年も生きながらえただけある」
ツキが驚く。
「どうして僕の正体を」
「お前たちの行動は、星の目グラスで全てお見通しなんだよ」
「過去の僕はどこにいるの?」
「トキは私が片付けた」
博士の低い声が船内に響いた。
ツキの顔が氷のように固まる。マキナさんの車内が真青になった。俺は耳を疑った。
なんだって?
過去のツキを片付けただって?!
「操舵室でタイムパトロールに通報するだと? そうはさせるか!」
博士の声とともに、バイクが全速力で突っ込んできた。悲鳴を上げる暇もなく、俺たち三人は二手に引き裂かれた。片方にツキが、片方に俺とマキナさんが飛び退いた。
博士が柱の釦を押す。風が走った。
「マキナ、羽揺!」
ツキのくぐもった声が聴こえる。俺は一瞬、何が起ったのか理解できなかった。
「バリアを解除しなさい!」
そう叫んで、マキナさんが博士に飛びかかる。だけど、何かにぶつかって弾き返されてしまった。
俺は宙に手を触れてみた。ゴムのような弾力のある、透明な膜が張っている。俺とマキナさんは見えない檻に閉じ込められてしまったんだ。
「猛獣が逃げ出した時のために、こういう仕掛を作ってあるのだ」
ツキはちらりと俺たちを振り返って、悔しそうに逃げていった。博士はバイクに指図した。
「トキを逃がすな」
「御意」
凛とした女性の声で言って、バイクは暗闇へ走り去った。
続いて、博士が四次元ペンダントをいじる。
「と、取らないでください!」
マキナさんがわめく。見ると、博士が宝石の中からさまざまな道具を取り出している。隠れコートに免疫スプレー。マキナさんのドローンまであった。
俺の首にかかっていた四次元ペンダントが、ひょいと持ち上げられる。俺は取られないように、緑の宝石を握り締めた。
「おい、やめろ。ツキに借りてる、大事なものなんだ!」
けれど、俺の抵抗も虚しく、四次元ペンダントは取り上げられてしまった。俺はがっくりと膝から崩れ落ちて、床に手をついた。
博士は俺たちから取り上げた道具を、ふたたび四次元ペンダントに仕舞っていった。俺もマキナさんも、それをただ見ていることしかできなかった。
最後に万化銃を拾い上げて、コートの内ポケットに仕舞う。ガラスの銃身の中で、薬品がたぷんと波打った。
博士がコートを翻す。
次の瞬間、博士がコートとともに姿を消してしまった。俺は目を疑った。
「四次元外套で瞬間移動したのですよ」
驚く俺の様子を見て、マキナさんが覇気のない声で言った。彼女の車内が悲しみの色に染まる。




