#39 雀になって
「トゥキ様が、片付けられてしまいました」
俺は彼女の隣にひざまづき、ボンネットを撫でてやった。
「まだ今のツキが生きてるじゃないか」
「そうですよね、今のトゥキ様が……」
マキナさんがハッとする。
「羽揺さん、連絡窓口がありました」
嬉しそうな声で言う。
「私のトランクに、四次元ペンダントの出入口があるはずです!」
「……そうか!」
ツキの持っている四次元ペンダントは、普段はマキナさんのトランク内とつながっているのだ。ツキと連絡ができれば、檻から出る方法も見つかるかもしれない。
「もしもし、こちらマキナです。トゥキ様、応答して下さい」
早速マキナさんが呼びかける。だけど、待てども待てども返事はなかった。
「……おかしいですね」
「俺が調べてみるよ」
トランクに這入り込む。
ほとんど空っぽになった収納箱が並んでいる。工具の類や食糧が残っているだけだ。床に、あの小さな四角い穴が開いていた。俺はそこに手を伸ばした。
火花が散った。
「うわっ!」
車外へ弾き飛ばされる。ガシャーンという大きな音とともに、背中に痛みが走った。背後からチュンチュンと声が聞こえる。見ると、籠の中でスズメが驚き飛び跳ねている。
「だ、大丈夫ですか」
「何がどうなってるんだ。ワームホールに触れられない」
「もしかして……」
車内が不安の色に染る。
「先ほどの博士の銃弾で、空間移動装置が」
「そんな」
俺は落胆した。四次元ペンダントの出入口が塞がっているということは、マキナさんも空間移動ができないということだった。
完全に閉じ込められてしまった。見えない壁の外から、鳥たちが物珍しそうに俺たちを見ている。
俺はその場に腰を下ろした。尻に固いものが当る。バックポケットに千変鏡が差し込まれていた。マキナさんに積んでいなかったから、これだけは博士に取られなかったんだ。
「でも、これだけあっても役に立たないよな」
俺は鏡を脇に置いた。
ツキが通りかかるのではないかと、マキナさんは檻の外に注意を向けていた。博士やバイクが戻ってくるのではないかと、俺も見張っていた。だけど、何も起こらずに時間だけが過ぎて行った。鳥たちも俺たちから興味を失い、そっぽを向いていしまった。
組んだ手を枕にして、あおむけに寝る。
天井は高かった。配管やケーブルのようなものが迷路のように張り巡らされている。俺はその中に正方形の穴を見つけた。
「何だろう、あれ」
「通気口ですよ。羽揺さん」
彼女は沈んだ声で言った。
「外から空気を取り込むと、その時代の病原体が混じりますから。船内の空気をきれいにして、使いまわしているんです」
「じゃあ、あの穴から檻の外に出られるんだな」
俺はぼんやりとそれを見詰めた。正確な大きさはわからなかったけど、俺の肩幅よりずっと小さく見える。とても入り込めるほどの大きさじゃないな、と思った。
閃いたのは、その時だった。
「マキナさん」
千変鏡を拾い上げ、車内のカメラを覗き込む。
「俺たち、ここから出られるかもしれない!」
マキナさんは不思議そうに俺を見つめ返した。
マキナさんが慎重に天井へと昇ってゆく。俺はスズメ姿で彼女の屋根に乗っていた。通気口が目と嘴の先に迫った。
暗いトンネルが俺の真上に伸びていた。風がそこへ吸い込まれてゆく。マキナさんのモーター音が通気口内の空気を震わせていた。
自分の体をまじまじと見る。俺の腕は、茶色い羽根の生えた翼に変っていた。人間の大きさでは通れないけど、この体なら。
俺は跳び上がった。一所懸命に羽ばたく。けれど、力みすぎたのだろうか。なかなか思うようには行かない。
「頑張ってください!」
マキナさんが応援してくれる。
俺は、ジュラ紀の中国で鳥の祖先に変身した時のことを思い出した。
もう一度挑戦する。今度は翼の動かし方を工夫してみた。大きく肩を引いて、泳法のバタフライのように、腕全体で8の字を描くように羽ばたいてみた。すると、翼が空気を包み込むような感触があった。
そうだ、この感覚だ。体が憶えている。やり方は合っているはずだ。
マキナさんは位置を保ったまま、飛び続けてくれている。
ふと、自分を客観視する。大海原に浮ぶ船の中の、檻の中の、通気口の下にいるスズメの姿だ。檻から抜け出そうと、車の屋根の上でぴょんぴょん跳ねている。むなしくなった。真剣に取り組んでいる自分が、急に恥しく思えた。
だけど、飛ばなくちゃいけないんだ。細い足を擦り動かしてみる。足の裏に屋根のつるつるした感触があった。マキナさんや、ツキや、捕まっている動物たちを助けなきゃいけない。その使命感が俺を突き動かした。
助走をつけ、舞い上がろうとする。でも、踏み込むときに足が滑った。マキナさんから落ちてしまう。
「羽揺さん!」
彼女の声が遠くに聴こえた。
空中で藻搔いた。懸命に羽ばたいた。ああ、通気口が遠のいてゆく。もう駄目だと思った。俺は死を覚悟した。
だけど、俺が床に叩きつけられることはなかった。前を見て、きょとんとしてしまう。マキナさんの窓ガラスに、羽ばたく一羽のスズメの姿が映っていたんだ。
「飛べていますよ、羽揺さん」
彼女が驚きと喜びの混じった声で言う。俺の胸で、小さな心臓がすばやく脈打っていた。
飛べた! 飛べた! 俺は飛べるんだ!
俺はすぐさま翼を切り返し、通気口を目指した。マキナさんを越え、真暗な穴に飛び込む。何も見えないトンネルの中で羽音が反響した。
上昇してゆくと、空気の流れる方向が変った。トンネルの分れ道に出たんだ。
頭に地図を思い描く。たしか、檻の外の天井にも通気口があいていた。そこへ出るには……この管を右に進めばいい。
俺の考えは当った。明るみに出たとき、少し姿勢を崩したけど、持ち直した。鳥たちに囲まれたマキナさんが見える。その手前に一本の柱があった。
ホバリングしながら真赤な釦をくちばしで一突きする。バリアが解けた。マキナさんが颯爽と柱を廻り込んでくる。
「羽揺さん、ありがとうございます」
俺はボンネットに降り立ち、笑った。
「マキナさんのおかげだよ」




