84.いきなり人生崖っぷち!
誰か、本気で黒歴史の封印方法を教えてください!
このままだと、メンタル的に瀕死になりそうなアーサー君です。
あれから部屋に戻って昼食を頂いた訳ですが、素知らぬ顔で給仕をしてくれる敏腕メイドさんは、鬼か悪魔かと……
追求しようかと思いましたが、なぜか勝てる気がしないんですよ。
くそぅ、なんだこの圧倒的な敗北感は!
そんな訳で、ちょっとふてくされながら、食後のお茶を飲んでいると、コンコンと少し強めのノックの音が部屋に響きます。
敏腕メイドさんが応対してくれまして、法衣を着たおっさんと2名の兵士さんが部屋に訪れました。
「私は高等法務院の上級審議官ラッシュと申します。
ミレイア・エドガルド様の提出した書類により、アーサー・セルウィン殿が決闘の立合い及び代理人として指定されていますが、相違ありませんか?」
「はい、間違いありません」
俺はお茶を飲み干すと、立ち上がって身支度を済ませます。
着替えは済んでいますので、クローゼットの中から例によって見えないように空間魔法を展開し、脇差しと小太刀を取り出して腰帯に挿しました。
「本来、城内での武装は特別な場合を除き、許可されておりません。
ですが、決闘特別条項により兵士の帯同となりますが、決闘会場までの武器の携行を許されております。
会場まで同行致しますので、ご準備はよろしいですか?」
「ええ、問題ありません。よろしくお願いします」
俺がそう言うと、審議官さんは大きく頷いて、俺を先導してくれます。
今頃はディボの所にも、同じように審議官が出向いて、決闘を受けるかどうかの判断や、代理や立合いの有無を聞いているでしょう。
もし両親と一緒にいれば、立会人は辺境伯本人になるかもしれませんね。
代理については、もしかすれば辺境伯本人の護衛が、急遽出てくるかもしれません。
なんといっても先日、ディボの護衛はボコボコにしてありますから、おそらく出られないでしょう。
もし、辺境伯家の護衛のレベルがあの程度なら、ミレイア様でも十分に勝てるでしょうね。
「しかし、驚きました。よもやミレイア様が決闘の申し出をされるとは、思ってもみませんでしたね」
前後を兵士さんに固められて、俺を先導してくれている審議官さんが、遠慮がちに声をかけてきました。
「本来子供の決闘なんて、癇癪を起こした喧嘩の延長のようなものですが、そんな要素も感じられませんし……」
「僕の場合は、領地で鍛えられていますので問題ないのですが、ミレイア様は、本当に肝が据わっていらっしゃいますね」
俺がそう答えると、審議官さんは「確かに」と言って、少しだけ肩を揺らしました。
「すでに耳の早い貴族達に、今回の決闘の話が出回っていますね。観客が入りきらないほどですよ」
あらら…… もしかすれば、この話題の広まりの早さは、ミレイア様の策略かもしれません。
話題が広がることで耳目を集めて、余計な介入を防ごうとした可能性があります。
王様もおそらく知らなかったでしょうが、もしかすれば強権を発動してでも、決闘を止めるかもしれません。
それに、辺境伯家が何かしらの言い訳をして、引き伸ばしや中止を画策する可能性も考えられます。
ですが、王族や貴族は体面を重んじる人種ですから、晩餐会のために集まった参加者達に、醜態は見せられません。
そう考えると、両者ともこれだけ噂が流れた時点で、退く事は難しいでしょう。
そう考えれば、ミレイア様が意図的に情報を流したと考えられなくもないです。
俺としては、あんまり悪目立ちはしたくないのですが、ミレイア様に絡んだ時点で今更ですね。
それに、仮に大人の都合で決闘が中止になったとしても、決闘を申し込んだ事実は広く知れ渡ってしまいました。
そうすれば以前からミレイア様がディボとの婚約を快く思っていないという噂が、真実として広まってしまいます。
この噂だけでも、辺境伯家としては相当なダメージに繋がるでしょうね。
ミレイア様って、脳筋キャラかと思ったら、もしかすると意外に策士かも知れません。
そうこうしている間に、会場となる城の中庭に到着しましたが、俺は思わず2度見してしまいました。
えっと、観客の入りがハンパないんですが?ここはどこの天下○武道会でしょうか?
大入りの会場に若干引きながらも、先導してくれる兵士さんはどこ吹く風で、歩を進めていきます。
うん、君達は、注目を浴びないから気楽でいいよね!
ちくしょう、ダリルさんのエサにするぞ!
そうしているうちに、城の建物の1階が控室になっているらしく、応接室のような部屋に通されました。
審議官さんの話だと、決闘前の混乱を避けるために対戦する人達はそれぞれバラバラの部屋に案内されるらしいです。
そして本日決闘を行うのは6組で、俺達の順番は最後らしいですね。
部屋にはいると、午前中よりも明らかに機嫌の悪いアランさんと、ドレスからいつもの格好に戻ったミレイア様が、ソファに座っていました。
俺も一礼してそちらに近づくと、ミレイア様が自分の隣をポフポフと叩いて、座るように勧めてきます。
腰から刀を抜きその横に座ると、アランさんがこれまで会った中で、一番大きく長いため息をこぼしました。
「アーサー君は、いつからこの件を知っていたんだ?」
「ほんの数日前ですよ。それに、ミレイア様から口止めされていましたし、かと言って、密告みたいな真似ができると思いますか?」
「いや、無理だね……」
そう言って、再び長い溜息を吐いたアランさんは、疲れたようにドタバタの内幕を報せてくれました。
「立場上、私には報告義務があってね。陛下に報告したら大変驚かれて、その後で立会人が君だとわかったら、大笑いされたよ」
「もし私がアランに相談していたら、もっと早い段階でこの決闘はなかったコトにされていたでしょうね」
「当たり前です!王国の歴史上、前代未聞の事態だと、宰相殿などは、慌てふためいておられましたよ!」
ミレイア様が、少し鼻を鳴らしてそう言うと、普段は優しい口調のアランさんが珍しく、声のトーンを一段上げてそう言いました。
「しかし、最終的には陛下がミレイア様の好きにさせよ、と裁可を下されたのです。
もし、陛下がお怒りになっていたら、離れの尖塔に謹慎すらあり得たのですよ!」
少しだけ咎めるように、綱渡りだった状況を言い含めるアランさんの言葉に、ミレイア様が反論します。
「そう…… まあ、それでディボとの婚約が解消できるなら、私としては願ったり叶ったりね。
それよりも、本人にもキッパリと断って、お父様にも宰相にも明確に拒絶をしたのに、聞き入れられなかった。
アラン、貴方にも散々言って聞かせたわよね?」
「お気持はわかりますが……」
「とにかく、すでに決闘の応諾は受けたのよ。いまさら四の五の言っても仕方ないわ」
うん、なんだかミレイア様の言葉が、すごく男らしいです。
「……アーサー? 今何か言った?」
「いえ、何も……」
うん、ミレイア様すっかり戦闘モードというか、野生の勘が冴え渡っているみたいですね。
この気合の入れようなら、大概の相手なら間違いなく勝てるでしょう。
ですが、すんなりとディボが、決闘を応諾したというのが気になります。
「しかし、アイツがすんなり応諾したのが、少し気になります。
少し前にディボの護衛には、『静かに』してもらったんですが、護衛の補充でもあったんでしょうか?」
俺の疑問にアランさんは、少し考えてからこちらに視線を向けてきました。
「そう言えば、相手の情報がないと言うのは、まずいですね。
兵に命令を出して、少し調べさせましょう」
って、アランさん騎士として中立を守らないといけないんじゃないんですか!?
俺とミレイア様が、少し驚いた顔をしていると、アランさんは先程よりは小さなため息を吐き出します。
「すでに、そういう状況は過ぎてしまったって事ですよ。
考えてもみなさい。王家の人間が、辺境伯家に喧嘩をふっかけたのです。
ここでミレイア様が負けてしまった場合、王家の威信は地に落ちて、今後貴族への統制は効かなくなる」
そう言って深刻な表情をミレイア様に向けたアランさんは、視線を横に振って俺を睨みました。
「そういう訳でこの決闘は、絶対に負ける訳にはいかないんだよ。
だから、卑怯と言われようと使える手は全て使う。
ミレイア様が稽古を積み、格段に強くなったとはいえ、決闘の場に出て頂く訳にはいきません」
すっかり戦闘モードになっていたミレイア様は、アランさんの言葉でガタンと席を立ち、怒りの形相で口を開きかけました。
ですが、それを制すようにアランさんが畳み掛けるように語を続けます。
「では、ミレイア様は稽古で、一度でもアーサー君から1本取った事が?
報告を読みましたが、Bランクの冒険者を相手に完勝することが出来ますか?
それが出来ないのであれば、ミレイア様が決闘の場に出る事は、絶対に許されません!」
そう言われてグッと拳を握りこんだミレイア様は、俯いて黙り込んでしまいます。
「本当なら代理人もアーサー君ではなく、もっと腕の立つ人にお願いしたいんですがね……」
そう言ってアランさんは、窓の外に視線を向けました。
歓声に続いて、高々と人間が宙に舞うのが見えますね。
うん、あの人外なら代理人としてはうってつけですが、あいにくと先約がありますからね……
「今の状況で、勝てる確率を上げるには否応なく、アーサー君に出てもらうしかないんですよ」
そう言ったアランさんは、もう一度ため息を吐いてから、最後に衝撃的な一言を俺に告げました。
「決闘では、慣例で殺害は禁じられているけど、今回は別だ。領地のためにも、殺す気でヤって下さい」
ちょっとまって!今なにか聞き捨てならない一言が出ましたよ?
「領地のためとは、どういう意味でしょうか?」
俺の質問に、アランさんはひどく冷淡に、そしてあっさりと衝撃の事実を告げました。
「うん、王家の意向を受けて立会と代理を引き受けたということは、王家の名代って事になるんだよ。
すなわち、この決闘で負けた場合は、王家の信頼を損ねたという図式が成り立つ。
つまりは、君が負けた場合は領主である父上にも、そして領地にも累が及ぶって事だ」
おい!そんな話、ぜんぜん聞いてないんですけど!
「大丈夫よ!アーサーなら絶対に負けないわ!」
ミレイア様が、目に涙をいっぱいに溜めてそう叫びます。
いや、戦うのは俺なんですが……?
いきなり、人生崖っぷちなんですが、俺が何か悪いことをしましたかね?
俺の方が泣きたいですよ……




