70.条件は……火に油でした!
い~や、吹っ切れると清々しいですね。
なんだか少しだけ、心が軽くなったような気がするアーサー君です。
とりあえず、ミレイア様の耳元囁き攻撃から開放され、大きく深呼吸してようやく平静を取り戻したあと、頭の中で言われたことを整理します。
確かにディボの態度は俺も嫌いですし、自分に好意を向けてくれる相手が、そんな奴とくっつけられるのは、気分が良いはずありません。
ですが、それが王国全体として見た場合、どうなのかという所はしっかり把握しておかないと、力だけではどうにもならない事もありますからね。
ちょいとさぐりを入れて、色々と確認しておかなければなりません。
「ミレイア様の案は分かりました。ですが、少しだけ確認させて下さい」
そう言って俺は、王国史の内容を記憶の泉で引っ張り出し、ハワース辺境伯領の情報を取り出します。
ハワース辺境伯領は、古来より北部の諸王国と接しており、王国平定までは一種の独立国だったらしい。
それが北部紛争のおりに王国に恭順し、アルマス・エストリン王国との国境を確定させた、由緒正しい家柄みたいです。
「ディボと婚姻を結ぶ意味について、ミレイア様はキチンと説明を受けましたか?」
「ちょっと!あんまりバカにしないでよ。そのくらい聞いているわ!」
少々ムッとした顔で、ミレイア様は説明を始めます。
「パラノフ家は、代々王国に使えてきた重臣で、王都の守りと国境の守りを担う重要な家柄。
そこには先代の頃に、第4王女が嫁いでいるわ。
ハワース辺境伯領は、王国平定の頃に同盟関係を築いていた家だけど、こちらのほうが歴史は浅い。
でも、国境を守護する両辺境伯領の安定を保つためには、今代あたりで王女を嫁がせてバランスをとることが望ましい。
そして、今代の王女は私だけ……」
そう言って少し苦しそうな顔をしたミレイア様は、つま先でガシガシと地面を掘り起こし始めます。
「そうですね。そして国境付近の安定は、重要な国益ですからね。
それで……」
俺はそこまで言ってから、さっきの接近で火照った顔を、濡らした手ぬぐいで冷やします。
えっ?耳?やだなー、拭くわけないじゃないですか!
「それをわかった上で、それでもディボ……いや、ハワース家に嫁ぐのは嫌なんですよね?」
俺がそう言葉を発すると、ミレイア様はピタリと掘り返していた足を止めて、少しだけ黙り込みます。
「ええ、ハワース家へ王族の血を入れる重要性はわかるけど、それは喫緊の課題という訳ではないわ。
どちらかと言えば、向こうから言い出した事だから、もう一代程度寝かせた所で、とくに問題はないわね。
婚約を反故にすることは、確かに少し問題があるけど、すぐに沈静化する程度の問題よ」
ふむ……
剣一筋の脳筋かと思いましたが、一応王族らしく、ある程度は考えているみたいですね。安心しました。
「ねえ、アーサー? 今、何か失礼なこと考えてなかった?」
「えっ?ソンナコト、カンガエテマセンヨ!」
「何よ!その棒読み!絶対何か考えてたでしょ!」
そう言って木刀片手に、ミレイア様は俺を追いかけてきます。
ごめん、前言撤回。やっぱこの人脳筋だわ!
俺はとりあえず、全力で逃走しました……
翌朝は、疲労も抜けて、精神的にもだいぶ楽になったせいか、敏腕メイドさんに起こされる前に目を覚ましました。
そんでもって、朝の稽古では騎士団の皆様に、回復魔法をかけてまわり、その合間にダリルさんに挑みます。
うーん、やっぱり古巣って事でダリルさん容赦ないっすわ!
騎士さん達の目に輝きを取り戻すのは、魔法じゃ無理ですからね。
って、言ってたら誰かが大声で騎士達に檄を飛ばし、鼓舞し始めました。
おっ、よくみればデレク団長じゃないですか!
ああ、あの人もトラのエサに……
デレク団長は、さすがの指揮統率で巧みに部隊を動かし、ダリルさんを翻弄していきます。
しかし、それで崩せるほどあの人は甘くありません。
気づけば半数以上の騎士達が倒れ伏し、残っている騎士達も疲労の色が濃くなってきました。
そこでデレク団長は、残った騎士達をまとめて、総攻撃をかけさせます。
大声を上げながら玉砕覚悟で突進していく様は、なんとなく見ていて涙を誘いますね。
ん?そう思ったら、これまで後方で指揮をしてきた無傷のデレク団長が、部隊の間をすり抜けてダリルさんに挑みます。
おお!大将戦ですな!
数合ほどまともに打ち合って、つばぜり合いにもつれ込んでいますよ!
さすが屈強な騎士達を束ねる団長ですね!
……あっ、ダリルさんがニヤリと笑いましたよ。 これ、アカン奴や!
あぁ、哀れ。
デレク団長は、一瞬消えたように見えたダリルさんの斬撃で、空高く打ち上げられてしまいました。
このまま落下すると命にかかわるので、俺は風魔法を操り、落下の勢いを弱めます。
風属性を使えるのは、今のところナイショですので、こっそり魔法を発動させてます。
気絶したデレク団長を無事に軟着陸させた頃には、残りの騎士さん達は、ダリルさんに美味しく食べられていましたとさ!
そして、朝食をはさみまして再び練兵場に戻ってくると、今度はミレイア様の稽古が始まります。
昨日までは剣術の基礎を教えて、お茶を濁そうと思ったんですが、吹っ切れましたので、少々手法を変えます。
「ミレイア様の魔力適正はどんな感じなんですか?」
俺は準備体操を行いながら、ミレイア様に尋ねました。
あら、ミレイア様ったら意外に体柔らかいのね。前屈で手のひらべったりとか、スゴイ!
って、途中で声をかけたのがいけなかったのか、前かがみの中途半端な姿勢でこっちを見ると……
胸元チラリは刺激が強いからダメ!俺の方が前屈してしまいますから!
「王家の血筋の特性なのか、魔法の適性はあまりないわね。戦士の系譜が始祖だからかしら?
私も、魔力強化は得意だけど、属性魔法はからっきしね」
俺は息子が反応しそうになったのを誤魔化すように、屈伸をしながらミレイア様の言葉を聞きました。
「何代か前に、魔術師の血を入れようとしたそうだけど、結局はうまく行かなかったとか聞いたわね」
なるほど、これで方向性が決まりました。
「わかりました。少し稽古の内容を変えます。少々厳しくなりますけど、大丈夫ですよね?」
「ええ、望むところよ!」
うん、頼もしい言葉が聞こえてきましたので、問題ないでしょう。
俺は少し離れて、練兵場に備え付けてある練習用の標的鎧に向かいます。
そして木刀に魔力を通して、居合の要領でいつもの斬撃を放ちました。
「えーっと、ミレイア様には、これからこの技を覚えてもらいます」
不思議そうな顔をしたミレイア様が、疑問を口にしようとしますが、次の瞬間にゆっくりと鎧が斜めにズレていき、ガシャンと両断されました。
俺がドヤ顔で胸を張ると、驚いた表情のミレイア様がキラキラした瞳を輝かせながら、俺に詰め寄ってきます。
「あれ、どうやってやったの!早く教えて!」
いや、そんな襟首持って、ガクガク前後に揺さぶらないで下さい。
「ちょっ、タンマ!苦しい!」
「そんなことはどうでもいいから、早くあの技のやり方を教えてよ!」
いや、ナチュラルに呼吸止まってますから!
それをサラッと、どうでもいいとか言わないで!
やっとのことでミレイア様を引き剥がして、俺は新鮮な空気をおもいっきり吸い込み、ようやく両者とも落ち着きました。
「ゲホゲホっ、ああ、死ぬかと思った……
さて、この技を教えるにあたって、幾つか約束と条件があります」
「条件?なによ?言ってみなさい」
なんだろう?教えられてる立場だというのに、ものすごく上から目線ですね。
って、よく考えたら王女様ですから、間違いではないのか。
うん、そういう事にしておこう。なんか、指摘すると藪蛇になりそうな気配がヒシヒシと……
「ひとつは、この技は俺のオリジナルですからむやみに使わないこと。
それから、昨日のお願いですが、引き受けるには、ひとつだけ条件を付けさせて下さい」
昨日の密着ささやき事件は、その後の追いかけっこでうやむやにしましたが、俺も少し考える時間が欲しかったのもあるんですよね。
それで、よく考えてみたんですが、まあ問題ないだろうと言うことで、引き受けることにしました。
どうせなら、仲良くなったんですからミレイア様にも、代理が必要ないぐらいガッツリと、強くなって欲しいじゃないですか!
そんな訳で、少し条件をつけることを思いついたんです。
「なによ条件って? お金?……それとも、かっ、体?」
「ぶふっ!」
だから、下ネタはやめなさい!耐性がないんだから!
「いや、そうじゃありません。俺が書類の投函と代理を引き受ける条件は……
残りの期間で、さっきの飛刃を習得するか、稽古で俺から1本取れたら、喜んで引き受けましょう」
俺の言葉に、一瞬だけポカーンとしたミレイア様は、俺の言葉を反芻してから、両手の拳をグッと握りしめました。
「殺るわ!絶対にアーサーから1本取ってみせる!それに、さっきの技だって、必ず習得してみせるんだから!」
おお、真面目に稽古に取り組んでもらおうと思って、エサをぶら下げてみたんですが……
デカイ釣り針を通り越して、釣り人まで飲み込みそうなくらいの勢いですね。
って、何かヤル気のやるの字、間違ってません?
微妙に命の危険を感じるのは気のせいでしょうか?
そんなやりとりをしていると、遠くから何処かで聞いたような声が聞こえてきます。
「……ニャ! 私は……ニャ! 報告に!」
あっ、ミレーユがなんだか騎士さん達に囲まれて、押し問答をしていますね。
これは、助けないとマズいかも知れません。
「ちょっと、知り合いが来たみたいなので、中座しますね」
「ダメよ!今すぐ稽古するわよ!」
ガシっと俺の腕をもの凄い握力で握ったミレイア様が、ランランとした眼で、木刀片手に嗤ってらっしゃいます。
……スマン、ミレーユ。
ご主人様の命の危機だ! もう少しだけ我慢してくれ!
ヒュン!




