45.天国から生き地獄でした!
はい、なんか齢8歳にして、モテ期が到来したアーサー君です。
ハーレムとか作れちゃう? いや、やめておきましょう。刺される未来しか見えません。
さて、健全な(・・)朝チュンを迎えまして、目が覚めましたが左半身が動きませんね。
目をこすってからそちらの方向を見れば、エリカが俺の左腕と脚をしっかりホールドしたまま、スヤスヤと寝息を立てています。
その寝顔が幸せそうだったので、思わず頭をなでてあげたら、ニヘラっと笑顔を浮かべてますよ。
やだ、この生き物可愛い!
その可愛さに免じて、肩口に染みたヨダレ跡は不問に付しましょう。
騎士団の稽古があるので、そろそろ起きなければいけないのですが、腕を抜こうとするとエリカが何故か絡みついてきます。
エリカを起こすのはしのびないので、そっと抜けだそうとするのですが……
ぐっ、どうやってもエリカのホールドから抜けだせません。これ、起きてんじゃね?
少し強めに腕を引き抜こうとしたら、巧みに寝返りを打ちましてなんと俺の上に覆いかぶさってきました。
あふぅ、密着はマズいです。エリカさんよ、女の子なんですからもっと慎みを持って……
ええぃ、胸板をほっぺたでスリスリするんじゃない!
俺は強引にエリカをひっぺがそうと、体勢を入れ替えたら予想以上にエリカのホールドが強くて体勢が逆転してしまいました。
しかもプチプチって、ボタンが飛んじゃいましたよ。
寝ながら人を脱がそうとするなんて、エリカ末恐ろしい子!
まあ、これで寝巻きを脱いでしまえば、エリカの呪縛から逃れられるでしょう。
俺はそっと無事だったボタンを外して、寝間着から腕を抜くと、ようやく上半身が起こせました。
その代償として上半身が裸になっちゃいましたけどね。
エリカはと言えば、俺の寝間着を抱いたまま、何かクンカクンカしてますよ。
こんな特殊な性癖を持っていたとは、幼なじみとは言え何か気まずい感じがしますね。
さて、急がないと稽古に遅刻したら、ダリルさんから特別メニューを組まれて、朝から半死半生に追い込まれてしまいます。
俺は立ち上がろうとしますが、不意に異変を察知したのかエリカが足払いならぬカニばさみで、俺の足を固定しにきやがりました。
思わず倒れそうになりまして咄嗟に手をついて、元の状態に戻る事を回避しました。
危ない危ない、このままエリカに倒れこんだらまたアリ地獄ならぬ、エリカホールド地獄に戻されれてしまいます。
早く足を抜いてベッドから脱出しましょう。
……ガチャリ
「アーサーさまー、朝ですよー♪」
おい、覗き魔メイドよ、お前さんタイミング図って部屋に来てないか?
ええっと、客観的に説明しますとエリカの上に、上半身裸の俺が覆いかぶさっている状況な訳でして……
「あら、アーサー様ったら、エリカちゃんにオイタするのは、年齢的にまだ早いんじゃないですかね?
もし、そっち方面に興味がおありでしたら、ここはメイドの私が……」
俺はなんかもじもじし出したリーラを無視して、エリカのホールドから足を引き抜くと、一人で着替えを始めます。
なんだか朝から疲れますね。
「あっ、リーラ寝間着の上は、エリカから回収しといて」
大きくため息を吐いてから、ベッドで寝ているエリカを視線で示します。
「まあ、エリカちゃんあんなに幸せそうな寝顔で……きっと昨日の夜は、ずいぶんとお楽しみだったんでしょうね」
なんか目眩がしてきましたよ。おかしいな?朝はそんなに弱くないはずなんですがねぇ。
俺は脇差しを腰に差し込むと、無言で無属性の魔力を練ります。
バレないようにリーラの頭上に、円盤状の物体を出現させました。
魔力操作を切って自然落下する円盤状の魔力の塊は、狙い通りスコーンといい音を立てて、リーラの頭頂部に命中しましたよ。
命中した瞬間に無属性の魔法は霧散しますので、後片付けもいらずに遠隔ツッコミが可能なんで、意外に便利です。
「リーラ、寝間着はエリカに取られたんだし、屋敷内で変な事噂したら、向こう1ヶ月おやつ抜きにするからね」
まあ、このぐらい釘を刺しておけばいいでしょう。
警告を受けたリーラは、お姉さん座りで頭を抑えたまま、涙目でコクコク頷いております。
俺は一度だけエリカの寝顔をチラリと見てから、急いで屋敷を出ました。
「遅いぞ!アーサー!」
案の定ダリルさんからお小言をもらいまして、素振りの回数が増加っす。
こうして王都へ言っている間になまった体を十二分にほぐして、井戸で汗を流してからようやく朝食となりました。
最近はやっぱり成長期なんでしょうね。食欲がハンパないです。
それに胃が若いせいでしょうか、胃もたれとか皆無って素晴らしいですね!
ですが、今日の朝食はちょっと喉を通らないんですよ……
いやいつもの通り朝食は変わらず美味しいのですが、原因は他にありまして。
ええ、ロイドさんが……
例の視線だけじゃなくて、物理的にも必殺の一撃を放ってきまして。
食堂のドアを開けた瞬間に、ものすごい勢いでフォークが飛んできた時は、背中に嫌な汗が流れましたよ。
とっさに魔力強化した手で受け止めて事なきを得ましたが、アレ一歩間違ってたら眉間にプスッっと逝ってましたね。確実に。
さっき井戸に行って汗を流したはずなんですけど、再び違う種類の汗書いてますよ。
「昨夜はエリカがいないと思ったら、アーサー君の寝所に潜り込んだと聞いてね」
はい、この人も笑顔だけで人が殺せるたぐいの人でした。
ウチの家族プラスロイドさんとエリカが揃った朝食の場は、一見すると和やかなんですが、どこかぎこちない空気が漂っています。
ロイドさんは俺に容赦なく視線を浴びせてきますし、それを見てエリカがロイドさんに冷たい視線を向けています。
ウチの家族はといえば、鈍感なのか状況が飲み込めていないのか、こちらには関心を寄せてくれません。
「ああ、そう言えばアーサー。王都での一件だけど、お祖父様にお手紙を送っておいたから、ひとまずは問題無いと思うわ」
母様が不意にそんな言葉をこちらに投げかけてきました。
ロイドさんから視線を切ると、多分殺られそうな気がしますので、そちらにも注意を払いつつ母様に微笑んで礼を言います。
「早速送ってくれたんですね。ありがとうございました」
「おや?王都で何かあったんですか?」
この話に食いついてきたのは、他ならぬロイドさんでした。
そりゃ、商人としてみれば旬の話題は抑えておきたいと思うのは当然だと思いますが、今はタイミングが最悪です。
「それがね、ロイドったら聞いてよ……」
ああ、母様…… 何気ない笑い話のように話題を振ってますが、地味に息子がピンチですよ!
話が進むにつれて、どんどんロイドさんから発せられれるプレッシャーが、大変なことになっているのですが!
「ほうほう、それはアーサー君もずいぶんと大胆な事をしでかしてしまったんだね」
うわ…… ロイドさんさっきまで笑顔でしたが、正面に座る母様からこちらに視線を向けた途端、表情が消えましたよ!
あれ?
なんか、ロイドさん持ってるスプーンが手の中で曲がってますよ?どこの超能力者さんですか?
「お父様! アーサー君にひどいことしちゃダメ!」
「ごちそうさまでした!」
うん、これ以上この場所にいると間違いなく背中を取られる未来しか見えません!
俺は、手早くパンを口に詰め込むと、ダッシュで食堂を後にしました。
後ろから『チッ』 と、ロイドさんの舌打ちが聞こえた気がしましたが、多分気のせいでしょう。




