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28.完成しました!


 めまいがしますね。ええ、わりと崖っぷちでした。

はい、貧乏子爵家の後継者、アーサー君です。



あの日の夕食から正式に領内の仕事を手伝うことになったのですが、まだ内政チートはしてませんよ。

領内の状況や予算などなど、見たり覚えたりすることは、山のようにありますからね。


幸いにして俺には『記憶の泉』というチートがあるので、一度見れば頭に入るので帳簿や数字は、それほど苦ではありません。

大体分からないことは、執事兼家相のモーリスに聞けば、スラスラ出てきますので便利です。


今のところは帳簿の穴や数字の漏れを埋めたり、計算間違いを修正してるんですが、できればパソコンと表計算ソフトが欲しいです。


一応、領内の再生プランや発展の構想は考えているんですが、まだ動けません。


何故ならば…… 先立つモノがないからです。


このへんの麦は春蒔きなので収穫は秋、そしていまは初夏。うん、一年で最も収入が少ない時期なのですよ。

万が一に備えて、僅かばかりの備蓄や現金の積立はあるのですが、それに手を付けると来季や災害時に悲惨な事になります。


あの駄女神、ホントウチの領地で災害とか起こしやがったら、マジでカチコミに行ってやる。




それに、領地である町の中を離れられないもう一つの理由は、エルモさんのお手伝いですね。

あれから数日間、毎日昼から、エルモさんの所にお手伝いへ行ってます。


俺と父様の剣を打つのもそうですが、店主のおっさんから請われて店頭用の剣や、王都にサンプルで出す剣も打っています。

モチロン、バイト代は別でもらってますよ。


今は、幼年魔法学院をもうすぐ卒業する子を探していて、魔力を使う作業は今後そちらにシフトさせるらしいです。

それから、通常の割り込み鍛造の技術も、エルモさんのお弟子さんを中心に生産体制を整えつつあります。


まずは冒険者達に流して、実地テストと口コミでの宣伝をしてもらい、それから領内の鍛冶屋や武器屋に広めるつもりです。

鋼を使ったこれまでエルモさんが打っていた一級品の剣は、安くても大体金貨二~三枚からと、かなり高価でした。


それが、価格にして銀貨八枚~金貨一枚前後から買えるとなれば、中堅の冒険者なら手の届かない額ではないので、新たな市場が開拓できますね。



そんな訳で本日もバイトに勤しむべく、エルモさんの鍛冶場兼工房にやって来ました。

いつものように店へ顔を出すと、件の店員さんがパンチの効いた挨拶で出迎えてくれます。


俺が視界に入るなり持っていたホウキを手放して、勢いよく宙へと飛び上がり、体操選手も顔負けのひねりを加え、正座で着地します。

額が地面につくのと同時にホウキが地面につくあたり、もう一種の芸術ですね。


たぶん気にしたら負けだと思いますので、軽く手を挙げて挨拶して横の勝手口から、いつものように鍛冶場に直行します。



おや? 普段ならすでに剣を打っている筈のエルモさんが、腕組みをして椅子に座り、俺を待っていました。


「ちわ~っす、あれ? エルモさん、まだ作業してないんですか?」


俺の疑問にエルモさんはニヤリと笑って、細長い包みを俺に向けて差し出してきました。


「ああ、午前中にコイツが完成した。仕事の前に見たいだろうと思ってな」


そう言って包まれていた布を解くと、そこには見慣れたようでいて、どこか懐かしい代物が姿を現しました。


「おお!完成したんですね!」


俺は喜んで、その代物を手に取ると外観をしげしげと眺めます。

うん、拵えも注文通りだし、小柄も入ってる。


「では、ちょっと失礼して」


そう言って数歩下がった俺は、鯉口を切ってスルリと刀身を抜き出した。

おお。こりゃ、ため息が出そうな仕上がりですね。


ミスリルの刀身と側面には魔光銀が使われていて、ミスリルの白銀と少し青みがかった魔光銀が、見事なコントラストを作ってます。

土置きで創られた刃紋とは違いますが、それでも息を呑みそうなほどに綺麗な刀身ですね。


「すげぇ、エルモさん!完璧じゃないですか!」


俺は納刀しながら、思わず興奮して大きな声でそう言ってしまいました。

まあ、エルモさんも自信があったんだろう。鼻の穴をふくらませて胸を反り返らせてます。


「まあな、コイツはここ十年間で、間違いなく俺の最高傑作だ。それにな、凄いのは見てくれだけじゃねえぞ」


そう言って奥に声をかけさせてゴトゴトと、何やら引っぱり出させてます。

ああ、試し切りっすね。


見ると金属プレートで作られた重厚そうな鎧が、人形に着せられて運ばれてきましたよ。


って、巻藁とかじゃなくてコイツ斬るんですか?


いや、製作者が斬れって言うんだからそれでもいいけど、試し切りでダメになりましたとか、勘弁っすよ。


俺は思わず首を傾げて鎧を指さし、エルモさんにジェスチャーを送ります。


「ああ、ぶった切れ。ミスリルの刀身なら問題なくアレくらいは斬れる」



おお、製作者からのお墨付きが出ましたね。なら遠慮無くぶった斬りましょう。



俺は腰回りに帯代わりに巻いている布に、完成した脇差しを挿し込むと、そのまま鎧の直近まで進んで立ち止まります。

脇差しサイズで刀身が短いので、どうしても間合いが近くなりますね。


大きく息を吸い込んだ俺は、腰を落として左手でしっかりと鞘を支え、具合を確かめます。

エルモさんがなんで鞘から抜かないんだ?って顔してますが、今のところ無視しましょう。それよりも目の前の大物に集中です。


軽く息を吐いて鯉口を切った俺は、腰のひねりを十分に効かせて刀を抜き、居合で逆袈裟に鎧を切りつけます。

キィィン!と軽い音と手応えを手に感じながら、一歩下がって残心と血振り、そして納刀。


あれま、見れば金属製の胴体部分が見事に切り裂かれていますね。

斬った感触は軽かったけど、刃が滑ったような嫌な感じはしなかったので、斬れていると確信はしていたのですが……


思ったよりもザックリいってますね。実戦なら間違いなく致命傷です。こりゃ。


これだけの大物を斬ったのですから、新品の刀にダメージが出ていないか心配になりますね。

改めて刀を抜き、刃筋を確認しますが、刃こぼれどころか曇りもありませんよ。



「変わった技だがすげえ威力だな。普通の騎士共が鎧切ったって、ここまでは斬れねえぞ?」



俺が下がったのを見て、鎧の切り口をしげしげと観察しながら、エルモさんがつぶやきます。


「いや、俺もここまで斬れるとは思いませんでしたよ」



腰に感じる心地よい重さを堪能しながら、俺はニコニコ顔でエルモさんに返答します。



「だが、驚くのはまだ早いぞ。同じ技でいいから、今度は剣に魔力を通して切ってみろ」



元の位置まで下がったエルモさんは、悪戯っ子みたいな顔で俺にそうけしかけてきました。

おーけー、製作者のリクエスト聞いてあげようじゃないの。


俺は同じように再び居合の体勢を取り、右手を柄に添えて魔力を流し込みます。

すると、掌から脇差しに向けて魔力が流れているのが、感触でわかりました。


鯉口を切ると刀身からは白く輝く光が漏れてきます。なにこのライト○ーバー!


内心尋常じゃない輝き方にビビりましたが、先程と同じように逆袈裟で鎧を斬りつけます。



…… あれ? 目測誤って空振りした? 妙に手応えがないぞ?



やべぇ、カッコつけて空振りでしたとか、恥ずかしい!


どんな言い訳しようかと思いながら納刀を済ませると ドコン!と、ものすごい音が鎧の後ろから聞こえてきました。



ん?


あれれ?


この工房の庭って、こんなに見通し良かったかな?


振り返るとエルモさんが、口をポカーンとあけて鎧の後ろを見ています。

うん、そりゃそうだよな。鎧切れって言ったのに、壁切っちゃうとか。笑っちゃいますよね。ハッハッハッハッ!




って!笑い事じゃない!! なんで壁が斬れてるんだよっ!


俺は慌てて壁の向こう側に人がいないか確認して、誰もいない事を確認して胸をなでおろしました。

試し切りで領民惨殺とか、どこの辻斬が趣味の悪代官ですか。


って、それよりもなんで壁に?


俺は間合いを間違えたりはしていないはずだと思い返して、首をひねりつつ鎧に向かいます。


この傷は、魔力なしで斬った時のやつだよな?おっかしーなー?


ペタペタと鎧を触っていたら、あれ?あれれっ?



鎧が斜めにずれて、ガッシャーン! と派手に転がりましたよ。ええ。


その音で、エルモさんも我に返ります。



「「なんじゃこりゃーーっ!」」



俺とエルモさんの叫び声がリンクして、工房中に響き渡りました。


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