27.こっちは真っ赤でした
リーラよ、何を食べたら、そんなわがままボディに成長するんですか?
毎回殺す気で俺をハグしてくれますよね?わざとですか?
ええ、なんとかリーラの窒息攻撃から脱出した、アーサー君です。
リーラにせがまれて、新しい服の試着会が始まりました。
どちらも少し大きめですが、これから成長著しいアーサー君なら、すぐにちょうど良くなるでしょう。
うん、動きやすいしかっこいいですね。
冒険着の方は少し暗めの草色で、少しダボッとしたズボンに丈夫な上着です。
ポケットも大きめに作ってあって、これから重宝しそうですな。
普段着の方は、黒いスラックスと同じ生地のベストですが、ベストのほうが少し厚くなってますね?
リーラに聞いたらどうやら、黒狼の毛を内側に編んでいるそうで丈夫さは折り紙つきみたいです。
よかった。毛皮のベストで山賊風とかにならなくて……
何か久しぶりに二人でおやつを食べて、ほっこりしてから俺は書庫に向かいました。
夕食時に母様に話をするなら、今のうちに内政関連で、まだ目を通していない資料なんかを読んでおこうと思ったんですよ。
まあ、先代からの資料が山と積んでありますので、結構骨です。
それに、書庫は高い所に見たい本が置いてあることが多くて、困るんですよね。身長的に。
さてここでセルウィン領について、もう少し詳しく話しておきましょうか。
セルウィン領は、始祖であるアーサー君の曽祖父が、若いころの勲功で寄親から独立して出来たらしいです。
必死に開拓に励んで、眼下に見える町の原型が創られたそうです。
それから祖父の代で西の街道が整備されて、順調に成長していったそうなんですが……
大森林の開発を目論んだのが、急逝した先代…… つまりは俺のおじさんにあたるのですが。
運悪くドラゴンに襲撃されて開拓団と護衛が全滅、それに続いて長雨でその年の収穫が半減したらしいです。
これがどうも迷信深い人々が、「タルコット山の怒りだ!」とか、「大森林のたたりだ!」なんて言い出して今はタブー視されていますね。
大森林からとれる木材やモンスターの素材、それに希少な薬草などはけっこう魅力なのですが。
Aランクの黒焔狼でも死にそうになったのに、Sランクのドラゴンなんて、今の段階では相手にしたくないです。
先程はわりと子爵領がヤバイと言いましたが、実際問題かなりヤバイのです。
まずは人口が二万人前後で、ここ数年はゆるやかに減少していまして、その内訳は自然減や一家離散など、とくに農業人口の減少が激しいのです。
これは森や林が点在して、起伏の激しい地形で農業規模が大きく出来ないのがネックのようです。
それに加えて先代の頃に、大森林の開拓に充てる名目で税金を上げたらしく、それまで三公七民だった税を、五公五民にしたらしいですね。
おかげでただでさえ開拓団に人員拠出を要求して、農村から働き盛りが減っていたのに重税と長雨で壊滅的なダメージを受けたみたいです。
それに一年限定で五公五民の税収を取ったらしいですが、その翌年も開拓団の損害補填に使うため同じ税率にしたもんだから、これでトドメです。
ねえねぇ、死人にムチ打ちたくはないけど、おじさん馬鹿なの?
まあ、心労がたたったのかその翌年に急逝して、父様が就任。すぐに税率を二公八民にしたのですが、未だにその影響が尾を引いているようですね。
そりゃ畑から人間が生えてくる訳ではないので、急に人口など増えません。
それに、苦しい農民達が口減らしに子供を売るなんて事もあるので、農業人口が増えないのです。
もちろん町の住人からは人頭税を取ってはいますが、一次産業の比率が高いセルウィン領では、農業の復活は急務なのですよ。
農家からの税は収穫した麦の二割を、物納の形で収めてもらい、転売して子爵領の収入にするので、出来高を上げないと税収が増えません。
父様が就任してからは、ダリルさんと一緒に領内を回って違法な奴隷商や犯罪者を、根こそぎ狩り尽くして治安を回復させたらしいです。
しかしその副次効果で、甘い汁を吸っていた官吏や代官などが捕まるないしは、逃亡しまして……
現在セルウィン領では、絶賛人手不足なのですよ。
さりとて新しく人を雇う余裕もなく、オーバーワークが常態化していますね。
たまに父様も徹夜しているのか、目の下にクマを作ってたりましす。おっと、これは母様からおそゎ……ゲフン、ゲフン!
まあ、こんな感じです。
「アーサー様、そろそろ夕食のお時間ですよー」
おや、もうそんな時間ですか。本や資料を読んでいると時間が経つのが早くていけません。
リーラによれば、先程母様も帰ってきたそうで、今日の夕食は一波乱あるかもしれませんね。
リビングに着くと父様と母様が何やら話し込んでいます。そして、こちらに気づくと母様が手招きして俺を呼び寄せました。
母様は俺をひざの上に乗せると、ぬいぐるみのように俺を後ろから抱きしめて、「ただいま」と優しく撫でてくれます。
って、頭の上に何か重量物が乗っかって首に負担が……
「今、チェスターから大体の話は聞いた所よ。アーサー、本当に父様の仕事を手伝いたいの?」
俺は、乳袋の重量から逃れてソファに座り直すと、改めて母様に視線を向けて切り出しました。
「はい、母様。僕が自発的に父様へ手伝いたいって、お願いをしたんです」
俺の言葉を聞いて母様は目を閉じて、「はぁ~っ」と長いため息をこぼしました。
「どうして、父様の手伝いをしたいと思ったのかしら?」
頬杖をつきながら、複雑な表情でこちらを見つめる母様に俺はゆっくりと説明を始めます。
「領内の資料や歴史を見たら、今が一番苦しい時期だって気づいたんです。
父様、母様が苦労しているのに、俺だけが何も知らずに遊んでいるなんて、家族とはいえないんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いて母様は少し悲しそうに目を閉じてから、一呼吸置いて再び目を開き真剣な視線を俺に向けてきました。
「まずは、無茶をしないこと。それに何か策を実行する時は、必ず誰かに相談すること。そして最後に、行動する時は大人と一緒に動くこと。
これが守れなければ、すぐにやめさせるわよ。約束できる?」
「はい、母様」
少し制約がつきましたが、まあ未成年者……と言うか幼児が働くのですから、このくらいは当然でしょう。
今度は父様へ向き直り、俺は大きく頷いた。
あれ?父様の胸元が、若干乱れてますね。それに首の周りが赤くなってますが、これは……
あぁ……事情を話した時、すでに一波乱あったのね。
俺の視線の先に気づいた父様は、一瞬だけ視線を彷徨わせてから「ゴホン」と咳払いをして口を開く。
「母様が許したのなら、俺からは何も言うことはない。
ただ、我が子に苦労を強いる事になるかもしれない、ふがいない父を許してくれ」
「そんなことはありませんよ。これまでの資料を見れば、父様はようやくここまで領地を盛り返したと、誰もが言うと思いますよ。
僕は、そんな父様と母様を誇りに思います」
町での評判やいつも聞いている父様達の予定から、およそ領主らしくない現場主義を貫いていて、領民からの評価はすごく高い。
「アーサー……」
母様が俺を再び抱きしめて、それを覆うようにして父様が包み込む。
なんでしょう。胸があったかいですね。
うん、主に母様の胸が……
場所を移してダイニングでは、これまで行ってきた政策や苦労話や今の課題、などなどを交えつつ夕食を楽しみました。
なんだか、営業時代の接待みたいでしたね。
そして場所は変わって父様の執務室。
これまでは用がない限り、入ってはいけない事になってましたので、あまり入る機会はなかったのですが、父様に連れられてやって来ました。
財政の帳簿や、これまで見られなかった資料などを見るためだったのですが。
うん、帳簿は真っ赤でした。
薄々感づいてはいたけど、数字で見ると愕然としますね。
今は王国からの借金と財産の切り崩しで、ようやく回しているって感じです。
いや、これ。成り行きで手を出すのが早まったけど、五歳くらいまで待ってたら、詰んでたかもしれんよ。
俺はちょっと軽いめまいを覚えながらも、寝る時間ぎりぎりまで帳簿の数字を追いかけて行きました。




