26.アーサー君真っ黒になる
連続更新2/2
まだ読んでいない人は、前話からどうぞ!
営業スマイルって大事ですよね。特に自分が有利な交渉をする時には。
ひさびさに営業モードになってるアーサー君です。
店内に戻りまして先程のソファに座り、現在店長さんと差し向かいで座っております。
話し始めた時のめんどくさそうな態度から一転、おっさんなんか小さくなってます。
「それで、あの剣の製法についてでしたよね?」
淹れ直してもらったお茶をすすりながら、俺はゆうゆうと店長さんに視線を向けました。
「はっ、はい。是非ともあの剣の製法を当店で使わせて頂きたく……」
あらら、なんか尻すぼみで言葉が途切れちゃいました。
「そうですねぇ。エルモさんの腕を見込んで、私と父の剣を作成して欲しいと依頼しましたので、それはやぶさかでないんですが」
俺はそこで言葉を切って、再びお茶に手を伸ばしました。
ちなみに今は、重要な商談ということで人払いがされていて、俺と店長さんの一騎打ちです。
エルモさんは、早速試し打ちをすると言って鍛冶場にこもってますので、この話し合いには欠席中です。
「私が開発したということは、後々騎士団でもこの剣を採用することになると思います。
それに、領内の発展のためにも、これはセルウィン領の特産にすべきだと思うんですよね」
それを聞いたおっさんはがっくりと肩を落として、何か暗雲が頭上に垂れこめているのが見えます。
そりゃ領内でライバル店を差し置いて、自分の店が独占的にこの剣を作れると思っていたら、肩すかしっすからね。
落ち込むのも無理ないっすよ。
「そうですか……」
ああ、おっさん涙目になってますね。こりゃいぢめ過ぎたかな?
「私が考えているのは、『普通の接合技術』について、ですがね……」
普通の…… その言葉を聞いたおっさんは、ぴくりと耳を動かしてゆっくりとこちらに視線を向けてきた。
「普通の…… と、もうしますと?」
「今、エルモさんは二種類の接合について、知識を持っているんですが……」
そう言って俺は、魔力を使う方法と使わない方法、それぞれをおっさんに説明する。
だいたい話が飲み込めたようで、おっさんが身を乗り出して、こちらの話に食いついて来た。
「さて、魔力を使った手法については、それをこなせる人は限られていると思いますので、普及させるには難があるのですよね」
少し含みをもたせた話をすると、おっさんは立ち上がって奥の戸棚からゴソゴソと革袋を取り出すと、俺の前に重そうにそれを置いた。
「まずは、これを手付けとして、不足分は後ほどお届けに上がりますので、なにとぞ当店の独占に……!」
そう言って頭を下げたおっさんを無視して、革袋に目を向けると中には、山吹色の代物が覗いております。
俺はその輝きに思わず緩みそうになる頬を、意志の力で無理やりねじ伏せると、その革袋を店長の方に押しやった。
「いけませんね。これでは賄賂になってしまいますよ」
うん、たぶんアーサー君の顔、すごく黒くなってると思う。
会話のやりとりだけ見ると、越後屋と悪代官の会話だな、こりゃ。
そこで俺は懐から二枚の紙を取り出して、おっさんに手渡した。
事前の準備って大切です。こんな事もあろうかと、剣の販売について契約書を図面と一緒に作っておいたんですよ。
場の流れとか勢いって大切ですからね。契約書作るために一晩置いたら契約先が心変わりなんて、よくありますからね。
「これから作成する剣の販売価格の内、二割で如何ですか?」
さて、店頭の剣の価格からざっと計算すれば、こちらとしては一割で十分利益になると踏んだんですが、少しふっかけます。
これを聞いて同じように今後の売上を計算しているのでしょう。指折り数えて少し考え込んだおっさんが唸りだしました。
「流石に二割では、少々厳しいので…… 一割では如何ですか?」
「では、明日から打ってもらう剣の代金を勉強して頂ければ、一割五分に」
おっさんは再び唸り出して沈黙してしまう。 あれ?ちょっと欲を出しすぎたかな?
「長い目で見て下さいね。この剣を作り続ければ、きっと王都まで評判が響くでしょうね。そうしたら、どうなるでしょうね?」
とりあえずフォローとして、目先の小金ではなく将来の夢に目を向けさせる。
あっ、おっさんの顔が何か呆けてニヤニヤし出したぞ。
うん、おっさんのそういう顔、ハッキリ言ってキモいです。
「ゴホン! それで、返答の方は?」
俺はわざとらしく咳払いをして、おっさんを現実に引き戻し返答を促した。
「わかりました。一割五分でお願い致します!」
よっしゃ!商談成立ですね!
なんでしょうね?あれほど嫌っていた営業の手練手管が、異世界に来てからは抵抗なく使えるんですが?
これも何かのチートなんでしょうか?
俺はさっそく二通の契約書に割合と署名を書き込んで、契約を済ませてもらう。
父様に言って、あとで俺の口座を商業ギルドに作ってもらおうかしら?
商談をまとめておっさんと俺は、握手を交わして今日の所は、これくらいでいいかな?
って、おっさん。結構緊張してたのかな?手のひら汗でびっちょりなんですけど!
俺は帰り際に鍛冶場へ顔を出し、エルモさんへ挨拶をしてから、家路につきました。
エルモさん、商談まとめた短い間に何本もナイフやら短剣を作ってましたよ。
さすが本職、すんげースピードですね!
ウキウキ顔で家に戻ると、ちょうどお昼になりまして昼食がてら、事の次第を父様に報告します。
格安で剣が手に入るんですから、父も喜ぶでしょうと思って話したのですが、何やら顔色が優れません。
今日は母様が遠方に出てますので、この話をしても問題無いと思ったのですが……?
「アーサーお前には、本当に驚かされてばかりだな。
Aランクの魔物を倒したと思ったら、今度は新しい武器を作って金を稼ぐ。更にはそれを領内の特産に……
母様にもっと甘えていい年頃だし、もっとたくさん遊び、よく育つのが、本来のお前の仕事なんだからな?」
うーむ、やっぱり普通の親なら、我が子が無茶ばかりしているのは、やはり心配なのでしょう。
「父様、心配しないで下さい。魔物の時はさすがに驚きましたけど、それ以外は楽しんでやっていますから」
昼食が終わり俺は果実水、父は茶を飲みながら、そんな会話を交わします。
「それでもだ。お前はまだ子供で出来ることと、出来ないことがある。
それに頼りないかもしれないが、俺はお前の父親なんだ。動く前に必ず相談しなさい」
「……分かりました」
うむ、自分を省みてみれば自分が親だったら不安に思うし、びっくりするだろうな。
現代で例えれば、三歳で読み書き計算覚えて街の不良をぶっ飛ばし、株取引を覚えて大金稼いだみたいな感じ?
そりゃ、驚くよな……
でも内面と外見のギャップをどう埋めるかって、難しいよね。
もう少し甘えたり、父様を立てていかないとな。反省、反省。
俺は少し考えてから、父様に切り出した。
「俺に…… 父様の仕事を、手伝わせて下さい」
「アーサー…… お前は俺が今言ったことが聞こえなかったのか?」
父様は俺の言葉に少し顔をしかめて、少しきつく俺にそう言ってきました。
それでも俺は父様に、真剣な顔を見せることで意思を伝えます。
「なぜ、仕事を手伝いたいと?」
俺の顔が遊びや興味本位ではなく、真面目な顔だった事で父様は改めて俺に問いなおした。
「領内の資料を読みました。今は少しでも使えるなら、子供だろうと猫の手だろうと使うべきでは?」
それを聞いた父様は、大きくて深い溜息を吐くと、指先で目頭をもみ始めた。
どうやら、痛い所を突かれたみたいですね。
と言っても、俺が見たのは会計書類じゃなくて、細かい穀物の出来高や人口に関する書類が殆どなんですが。
収支関連の重要書類は、父様の執務室で保管してあるらしく、まだ見ていないんですよ。
でも脇の書類から見ても、領内経営があまり芳しくないのは容易に判りました。
「お館様、僭越ながら私めからも、アーサー様にお手伝い頂いた方が良いと、進言させて頂きます」
おや、家相兼執事のモーリスからも、俺の意見に賛成の手が上がりました。
「モーリス、お前の言いたいことはよく分かる。だが、この話を俺一人の考えで決めるわけには行かん」
今は空席になっているダイニングの母様の席に目をやった事で、俺はだいたい事情を理解しました。
「それなら、俺からも母様に改めて話をします。それで許可が出たらでいいですか?父様?」
「ああ、それなら俺から何か言うことはない」
うん、前々から気づいてはいましたけど、父様って完璧に母様の尻に敷かれてますよね。
あの笑顔でお話(物理)を切りだされたら、間違いなく両手を上げて降参するしかないか。
夕方には母様が帰ってくるということで、この話は夕食後に改めて話をすることになり、この場は解散になりました。
俺は部屋に戻ってこれからどうするべきか、考えを巡らせながら少しぼーっとしてしまいます。
やっぱり予定外にAランクの魔物を退治しちゃった事で、漠然と考えていた人生プランが、いきなり前倒しになってしまった感じがします。
本当なら、もうちょっとゆっくりチートを使って行くつもりだったんですがね……
まあ、過ぎてしまった事をあれこれ考えても仕方ありません。前向きに考えましょう。
コンコンと、いつもの聞き慣れたノックの音が響きましてリーラが入ってきました。
なんだかリーラもこの間から、よそよそしいというかどうも隠し事をしているような気がするんですよね。
「ああ、リーラ仕事は終わったの?」
「ええ、ちょっと時間がかかりましたけど、何とか終わりましたね。お気に召してもらえればいいんですけど」
そう言ってリーラは手に持っていた包みを解くと、ベッドに広げました。
「アーサー様、見て下さいよ!頑張ったんですよ~」
そう言ったリーラは、ニコニコしながら二着の服を手に持ってこちらに見せてきた。
それはこの前、黒焔狼との戦いでボロボロの血まみれになってしまった、俺の冒険着。
それにもう一着は、普段着や仕事で使うための執事服のようなベストとズボンだった。
どちらも新しく作りなおしたらしく、少し大きめに作られていた。
「アーサー様はどんどん成長されますからね。少し大きめに作りましたよ」
そう言って微笑んだリーラを見たら、さっきまで悩んでいたのがバカらしくなりましたよ。うん。
俺はリーラに抱きつくと、リーラも抱き返してくれます。
「ありがとう、リーラ!」
「いえいえ、どういたしまして」
もう少し素直になってもいいのかもしれません。
前世の記憶を持っているのも考えもので、疑り深くなってしまいますね。
って、リーラ!苦しい! その主張の激しい胸、俺の呼吸を妨げてますよ! タップ!タップ!タップ!
結論、リーラと母様の胸は油断すると、俺の意識を狩りにきます……
真っ黒になったのは鍛冶作業ではなく、営業で笑顔がまっ黒になったのでした(笑)




