第五話
すぐに周囲の様子が感覚の中に浮かび上がり、一気に、僕の世界が広がっていく。
探知の波は次々と情報を捉え、頭の中で一つにまとめられると、三次元の映像へと形を変えていった。
見えないはずの場所が、立体的な地形として頭の中に構築され、ゆっくりと回転しながら、空間そのものが組み上がっていく。
だけど――。
最大出力で探知を続けているのに、集まってくる情報はいつもの半分にも満たない。
いや。
正確には、それが本当に半分なのかすら、僕にはわからない。
いつもの探知なら、もっと遠くまで届く。
もっと細かな情報を拾える。
なのに今は、まるで世界のあちこちに見えない壁が立っているみたいに、情報が途切れていた。
頭の中で浮かぶ立体地図はいたるところで黒く抜け落ちていた。
それでも、探知を止めるわけにはいかない。
欠けた部分へ何度も探知波を送り込み、拾えた情報を一つずつ重ねていく。
少しずつだけど黒く抜けていた場所が、埋まっていった。
でも、まだ不完全だ。
だが何も見えなかったときに比べれば、世界は確実に姿を現し始めていた。
その地図を組み上げながら、僕の知覚の一つは、別の方向へと伸びていく。
最も重要な情報。
方位を確かめるため。
僕は意識を空の彼方へ伸ばしていた。
さらに遠くへ。
もっと遠くへ。
けれど、この世界では、これもいったいどこまで届いているのかさえわからない。
探知の先は、何も返ってこない。
それでも、さらに意識を伸ばす。
空の彼方。
そのさらに向こう。
そこにあるはずの何かを探して。
けれど――何もない。
宇宙から届くはずのシグナルがまったく感じ取れない。
……何もない。
この世界の衛星軌道には、何も存在していないのかもしれない。
GPSのための衛星も。
通信のための衛星も。
少なくとも、僕の探知には一つも引っ掛からない。
だけど。
同時に動かしていた、もう一つの知覚が、少しずつ僕の欲しかった情報を捉え始めていた。
最初は、行き先を見失った迷子のように、ぐるぐると回っていた。
あまりにも回転が速くて、この世界には道標が無いかのように思われた。
でも、それが、少しずつ速度を落としていく。
くるくると回っていた動きが、やがて一定の範囲を行き来するようになった。
まるで、見えない針が何かを探しているように。
そして――。
ゆっくりと、その動きが止まった。
この世界には、磁場がある。
頭の中に浮かんだ、見えない方位磁針。
その針が、一つの方向を指して静止した。
真北。
おそらく、そう考えていい。
少なくとも、これで方角だけは失わずに済む。
僕の頭の中では、探知によって集められた情報から、周囲の立体地図が形になりつつあった。
でも、既存の地図に一致する地形はない。
完全に一致する場所が、どこにも見つからない。
きっと、まだ発見されていない未踏の世界。
あるいは、発見はされていても、地図すら作られていない辺境。
たぶん、そうだろう。
……いや。
待てよ。
この地形。
どこかで見たことがあるような気がする。
でも――。
駄目だ。
まだ情報が足りない。
こんな段階で、憶測だけで判断するのは危険だ。
今いる場所がどこなのかは、まだわからない。
それでも、方角がわかれば、少なくとも道を失って闇の中をさまようことだけは避けられる。
そう思った、そのときだった。
システルの詠唱が、突然途切れた。
静寂。
ほんの一瞬だけ、何の音もしなくなる。
そして――。
システルが、ゆっくりと杖を頭上へ掲げた。
「――――」
一段高くなった声が、最後の一節を紡ぐ。
その瞬間だった。
回転していた魔法陣から、無数の光の粒が舞い上がった。
それと同時に、杖の先端から眩い白色の光が弾け飛ぶ。
光の球。
それは勢いよく上空へ飛び出すと、闇を切り裂きながら、ゆっくりと上昇していった。
そして、ある高さまで達したところで――停止した。
次の瞬間。
光が、一気に膨れ上がった。
小さな光球だったものが、何倍もの大きさへと広がっていく。
まるで、空中に小さな太陽が生まれたように。
白い光を放ちながら、ゆっくりと回転している。
その周りには、囲むように魔法陣が浮かび上がっていた。
光球を守るように幾重にも重なり、それらもまた、球に合わせるようにゆっくりと回転している。
……これ。
魔法のライトだよな。
でも、僕が知っているものとは、まるで違う。
第一、大きさが違いすぎる。
確か、昔――。
今ほど照明装置が発達していなかった時代には、スターライトという魔法があったと聞いたことがある。
普通のライトより、何倍も強い光を放つ魔法。
照明装置が発達した今では、効率の悪い魔法として、ほとんど使われていないはずだ。
もしかして……これが、そのスターライトなのか?
僕は、頭上で輝く光を見つめた。
そして、ふと疑問に思う。
システルは、どうしてこんな魔法を使えるんだ?
……あ。
そうか。
彼女はよく、地下の図書室へ行っている。
そこで古い魔術書をよく読んでいた。
もしかしたら、そのときに見つけたのかもしれない。
でも。
呪文を覚えるのが、あれほど嫌いなシステルが?
僕は思わず、彼女を見上げた。
頭上で輝く光に照らされ、その横顔が浮かび上がっている。
見慣れた顔。
僕の、ご主人様。
それなのに――。
時々、システルから感じることがある。
不思議。
言葉にするなら、それが一番近い。
僕はこれまでにも、何度もその感覚を覚えてきた。
そして今、その記憶を一つずつ辿っていく。
あのとき。
あの場所。
あの瞬間も――。
そのときだった。
僕の知覚が、何かを捉えた。
……何だ?
これは。
何かのエネルギー。
魔力じゃない。
でも、この感覚はよく知っている。
遠くから何かが届いている。
距離は――。
わからない。
この世界のせいに違いない。
探知波が、いつものようには届かない。
けれど。
かなり遠い。
そんな気がする。
いや。
違う。
一つじゃない。
発生源が、複数ある。
僕は意識を集中させる。
探知波が捉えた方向を、一つずつ確認していく。
方角が違う。
それぞれ、別の場所から届いている。
だけど、共通していることが一つだけあった。
どれも、遠い。
かなり離れた場所にある。
そして――。
その正体が、僕の中で一つの形になり始めた。
「システル」
気づけば、声が出ていた。
「船がいるかもしれない」
自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
「複数いる」
胸の奥で、何かが大きく動く。
「きっと……僕たちを助けに来た船だよ」




