城南事件帳 2
五反田有楽街の北端の派遣型風俗店は、風営法上定められた東京都公安委員会への届け出として、『デリヘル・生娘女学院』だと大崎警察署生活安全課の捜査員からの報告があった。AV会社Gタワーズとは、代表者の名前が違う。それならなぜ、白いベンツが品川ふ頭に残されていたか、わからないまま。
また、死亡した川村朝子の周辺を捜査員が聞き込んだところ、梅宮たちが目にしたメールの内容通り、どうやら、谷渕社長と恋仲だったらしいこともわかってきた。が、最近、社長が朝子に袖にされたらしいというのである。朝子が心変わりした相手というのが、どうやら、カナダ人ではないか、との噂があったと川村のモデル仲間のひとりが以下のとおりに語ったという。
「彼女、英語の勉強も兼ねて、よく、六本木のショットバーに週末飲みに行っていたんです。私も一度、付き合いで連れていかれました。ホブゴブリンっていう、外務省別館のそばの、アイリッシュバー。そこに、同じく飲みに来ていた、っていうか、日本人の女の子をハントするためにいつも網を張っていたガイジンのひとりと仲良くなったようなんです」
この報告を耳にした羽生は、己の直感が正しかったのかもしれない、とそれまでのあやふやな自信から確信へと気持ちが変化した。
「あっ、そういえば、羽生君、前に・・・」梅宮もこの日は結構、調子がいいのか、羽生の以前の行動をしっかり覚えていた。「『ガイジンって枠なら、動いてみたいところがあるとかないとか』って、そのまま一人で出かけてたよね、たしか。違ったっけ」よく覚えていた。恐妻に身も心も体力も神経もなにもかも費やす必要がなかった翌日は、なにごともうまくいくようだ。夫婦関係もほどほどが一番、すぎるといいことない、という最たる例だろう。
いっぽうの羽生はといえば、英字新聞ヨコハマ・トリビューンに副業でインタビュー記事を書いたなんてことは、誰にもしゃべっていない。そんなことを無断でやったら、公務員としていいことはなにもない。だから、あの後、誰もいない会議室で新聞社に電話して、寄稿した時の編集担当がカナダ人のジョン・マッコイに変更になり、その男が六本木のバーにいる可能性に賭けて、直接出向き、運よく遭遇し、事件について、ちょっと突っついた話をしたことも、当然、上司には一切話してはいなかったのだ。
「ええ、ちょっと、思い当たる節がありましてね」今回も、羽生は明言しなかった。
「なんか、ガイジンの件になると、奥歯に物が挟まったように、はっきりしなくなるね、羽生君。いったい、なにがあったんだい」
「いやいや、なんでもないです」
帰宅した梅宮はさっそく、「あなた、おかえりなさい。お風呂、どうぞ」と愛妻がやさしく迎えてくれた。いろいろと一日犯人逮捕へと駆けずり回った体をやさしく牛乳石鹸で泡立てたタオルで丁寧に洗った。頭ももちろん、シャンプーで頭皮をマッサージしながら、捜査の疲れと中年男の加齢臭に満ちた脂を絞り出しては、シャワーですっかり洗い流した。それでやっと湯船につかりながら、ボーっとした気分の中、こう考えた。
――― オレの警察人生はどうだったろうか。仕事を始めて、もう20年近く経つ。子供も一人生まれて、大砲の付いたその子は今年で12歳になった。小学6年生だ。オヤジとしてはどうだったろうか。男としては、どうだったろうか。自分では結構頑張ったつもりだったが、出世とは無縁だった。きっと、警視総監には程遠い人生だろう。で、遅刻ばっかりだ。ひとえに、カミさんのあまりの性欲ゆえ。これさえなければ・・・ よし、今夜も払いのけるぞ! ----そう誓って、バサーッと浴槽から飛び出した。
「なんか、最近物騒ね。立て続けに若い女性が亡くなって。テレビのワイドショーやネットニュースなんかチェックしてると、殺されたんじゃないかって言い方してるわよ。実際どうなの?」
ビールを注いでもらいながら、「おそらく、その見方で間違ってないだろうよ」
「ということは、3人の女性の連続殺人ということ? 犯人はガイジンなの? それも、白人かしら。まったく、最近、治安が悪くなったものよね、日本も。ついこないだも、川口市でクルド人が100人くらい大騒ぎして、警察が出動するはめになったし。連中、日本のしきたりとかマナーなんて一切無視よね。自分たちの都合ばっかり。まるで日本人がオレたちに合わせるべきなんだ、とでも言わんばかり」
「まあ、たしかに。いま、ハーフも増えてるしね。海外で商社マンやNHKを始めとしたマスコミの人たちが適当にポコチン使って、現地の女とやって、そのまま家族ともども帰国したりするから、当然、ハーフも増えるよね。ますますそうなるんじゃない。『純ジャパ』なんて言葉すら生まれてるんだから。まるで、純ジャパがいけないみたいにね。欧米の人間たちは自分たちがさんざん世界中を食い散らかしてきたつけを黒人はじめとして多人種受け入れで問題が生じているっていうことなんだろうに、それを日本もやれって押し付けるんだからね。日本は日本の独自の文化、ものの考え方があってしかるべきなのに」
「ねえ、それなら、どう、今晩。あなたも、日本男児なら、もう一人、作ってみない?」
べつにそれを言いたかったわけではないのだが、自分自身が余計な単語を使ってしまったことで墓穴を掘ってしまいそうな雰囲気になってきた。
「おれさ、明日も朝早いから、もう寝るわ」
「そうしましょ!」
「いやいや、だから、一人で寝るって」
「わかってますわよ」
「わかってないって」
そうやって、二人の夜は更けていった。




