#34 ルイーザの姿をしたルイーザの味方
日本庭園に到着してから、何かを探すように凪は歩き出した。
マリアは、凪の上着の裾を掴んで、凪の後ろを付いて歩いた。
人の姿が全く無い公園の中を歩くのは、初めてだった。
知っている場所なのに、知らない場所のように見えた。
まだ日は残っていて、真っ暗、という訳でもないのに、お化け屋敷にも入ってしまったような気分だった。
何が待ち受けているのか、全く分からない状況が、そう思わせているに違いない。
「凪、ここに何があるの?ルイーザとノーラが、ここに居るの?どうしてここに居ると思うの?凪、凪?」
マリアは、凪の服の裾をぎゅっと握りしめ、しきりに話し掛けた。
不安で堪らないから聞いているのに、凪から答えが返って来なくて、マリアの不安は深まるばかりだった。
枯山水風の庭に出ると、いくつかの石組があった。
そこは朔乃のお気に入りの場所で、鶴と亀を表現しているのだと、昔、朔乃が教えてくれたのだが、どれが鶴で、どれが亀なのか、今でもマリアには、さっぱり分からない。
「誰⁈」
突然に声がした。
「………っ‼」
「………。」
凪が足を止め、マリアは凪の後ろから、声のした方を覗き見た。
大きな岩の傍に立つ、ルイーザの姿が見える。
ルイーザから少し離れた場所には、少年が1人、立っている。
ノーラらしき少女の姿は無い。
「誰だい?君達は。」
少年が聞いた。
酷く混乱していて、酷く困惑している様子だった。
「あなたは誰?あなたがジャック?ノーラはどこにいるの?ノーラは一緒ではなかったの?」
マリアも聞いた。
ルイーザとノーラは一緒に居るのだと思っていたのに、ノーラの姿が無いことに、不安を感じた。
「ノーラはそこに居る。ルイーザのすぐ傍で倒れているよ。」
「動かないで‼」
ジャックの言葉で、倒れているというノーラの姿を見ようと動いた、凪とマリアに向かって、ルイーザが叫んだ。
そして、厭らしい笑みを浮かべ、続けて言った。
「あぁ、あなたがマリアね。生贄なんですって?ダメじゃない。いつまでも生きていちゃ。契約なんだから。もう、いい加減、諦めなさい。往生際が悪いわよ。」
「………‼」
マリアは、ルイーザが知っていることに驚いた。
凪は、ルイーザを冷ややかに見つめ、言った。
「お前は、ルイーザではないな。ルイーザに憑いていた娘か。」
「え⁈」
マリアは驚いた。
ルイーザも、凪が言い当てたことで、一瞬、驚いたように、大きく目を見開いたが、すぐに気を取り直し、笑った。
「さすがは、ヒトにあらざる者ね。同じ穴の狢だから、気付くのも早いわ。」
「同じではないわ‼」
今度はマリアが叫んだ。
「凪は『神使』よ。あなたとは違う。」
「どこが違うの?」
「凪は取り憑いたりしない。早くルイーザから離れて‼」
「どういうこと?彼女はルイーザじゃないの?」
訳が分からなくなったジャックは、自分の目と耳を疑いながら、ルイーザとマリア、凪のことを、何度も見回す。
生贄、とか、ヒトにあらざる者、とか、取り憑く、とか。
ジャックには馴染みのない言葉が、次々と飛び出している。
「あぁ、彼女はルイーザじゃない。」
凪が答えた。
「じゃあ、そこで倒れているのも、ノーラじゃない?」
ジャックは、凪とマリアが居る場所からは見えないノーラを指差した。
「彼女はノーラよ。今、とても恐ろしい夢を見ているわ。目が覚めた時、正常な精神状態だったらいいわね?」
ルイーザに取り憑いた娘が笑った。
ジャックは、想像しただけで絶望してしまったのか、がくがくと膝を折り、座り込んでしまった。
「どうして、そんな酷いことをするの?どうすれば、ノーラを助けてくれるの?」
「あら、わたし言ったわよ。ルイーザの邪魔をするから、ノーラには消えてもらうって。ジャック、あなたがルイーザを選ばないから、ノーラは、こうなったの。ノーラはルイーザを嘘つきにして、あなたの気を引いたのよ。だから、罰を与えなければ。仕方がないの。こうでもしないと、ジャック、あなたはルイーザを見ないでしょ?」
「こんなことしたって、ぼくはルイーザを好きにならない!ノーラにこんな酷いことをして……、ぼくは絶対にルイーザを許さない。許さない‼」
「なら、どうする?いっそ、ノーラを殺して、楽にしてあげる?それとも、わたしを殺す?わたしはルイーザじゃないけれど、この身体はルイーザのものだから、この身体が死んだら、ルイーザも死ぬわ。ノーラの為に、ルイーザを殺すの?ノーラの為だったら、ルイーザを殺しても構わない?ルイーザだったら死んでもいいと思ってる?ルイーザは、ずっとあなたのこと、好きだったのに……。あなたも、ルイーザがあなたのこと好きだって、ずっと前から気付いていたのに……。酷い人。ルイーザの想いを知っていながら、ルイーザの目の前でノーラと仲良くしたり、ノーラを庇ってルイーザを責めたり……。ルイーザが、どんなに傷付いたか…。あなたは考えたことも無かったんでしょう?本当に酷いことをしたのは誰なのかしら。もう一度、よく考えてみて。」
「………。」
ジャックは言い返せなかった。
もしかしたら、自分は酷いことをしていたのではないかと、思ってしまった。
もう少し、ルイーザに優しくしていたなら
もう少し、ルイーザのことを気にかけていたなら
こんなことにはならずに済んだのだろうか?
「たとえ、ジャックがルイーザの想いを蔑ろにしていたとしても、あなたが責めることでは無いわ。あなたは、その身体をルイーザに早く返して、ノーラをすぐに開放するべきよ。」
マリアが言った。
凪を押し退けて前へ出ようとするマリアを、凪は片手で遮り、止めていた。
「よせ、マリア。下がっていろ。」
それでも、マリアの口は止まらない。
遮る凪の腕を掴み、凪の腕の上から顔を出して、更に訴え掛けた。
「ジャックとルイーザに関しても、ルイーザとノーラに関しても、あなたには関係のないことでしょ?あなたには、あなたの逝くべき場所があるはず。いつまでもこの世に留まっては、居られないのではないの?」
「確かにそうね。あなたが言っていることは正論だわ。でも、関係ないのは、あなたも一緒でしょ?狐の後ろに隠れて、生贄が偉そうに言っても無駄よ。わたしにあなたの言葉は響かない。」
ルイーザの姿をした娘は、マリアに言い返した。
マリアとは初対面であるはずなのに、マリアを嫌っているのが分かった。
「あなたには分からないわよ。普通じゃないのに、家族に愛されて。普通じゃないのに、友達が居て。普通じゃないのに、普通の振りをして、普通の顔をして暮らしている。それが許されている。あなたには分からない。わたしのことも。ルイーザのことも。」
「あなたには、ルイーザの気持ちが分かるの?なら、どうしてルイーザはここに居ないの?ルイーザは知っているの?あなたのしていること。ルイーザは承知しているの?ルイーザはどこに居るの?」
「うるさい‼うるさい!うるさい!うるさい‼」
ルイーザの姿をした娘は、急に感情を高ぶらせた。
しかし、すぐに気を取り直し、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて続けた。
「ルイーザは、ここには来ないの。ルイーザは何もしないわ。ルイーザは望むだけ。わたしがルイーザの望みを叶えるの。わたしだけがルイーザの味方なの。」
恍惚とした表情で語るルイーザの姿をした娘は、自分だけの世界に浸っているかのようだった。




