#33 日本庭園
マリアは祠に手を合わせた後、自室に戻った。
横になっても、眠ることは出来そうになかったが、ベッドに入れと促す凪に従い、ベッドに入った。
凪は、マリアがベッドに入るのを見届けてから、部屋を出て、再び祠へ向かった。
琴音が呼んでいたからだった。
「どうした?琴音。」
祠の中のお札に向かって凪は言った。
すると、凪にしか聞こえない声が返って来た。
<マリアから大体の話は聞いたよ。凪、詳しく話を聞かせておくれ。>
凪は、少し躊躇ったが、気を取り直し、事のいきさつを話し始めた。
ルイーザと言う同級生の事故。
誰も見ていない琥珀色の髪の少年。
見つからないサッカーボールと、サッカーボールの持ち主。
速すぎる噂の拡散。
ルイーザが孤独な少女であること。
ルイーザの件を餌にして、B・Bの使い魔がマリアに接触して来たこと。
ルイーザはジャックに片思いをしているが、ジャックはノーラという少女と頻繁に会っているようであること。
ノーラとジャックにも、B・Bの使い魔が接触し、ルイーザの感情を揺さぶっていたこと。
その時のルイーザの様子を、マリアが知っていること。
「マリアは自分に責任があると思っている。わたしは関わるなと言った。関わったところで、マリアには何も出来ない。傷つくだけだ。」
琴音は、凪の話が終わるまで、ひと言も言葉を挟まずに聞いていた。
話し終えた凪は、琴音の反応を待った。
今のマリアに出来ることは、何もない。
マリアを守るために、自分はここに居る。
今、自分に出来ることは、マリアをこの件に関わらせないようにすることだと、凪は思っていた。
傷を負わせる訳にはいかない。
身体にも、心にも。
<なるほど……。守っているのね、凪は。>
しばらくして、琴音の声が聞こえた。
<守っているだけなのね。>
酷く、失望した声だった。
「守ることが、わたしの役目だったはずだ!」
凪は反論した。
「マリアを守れと、琴音は言った。わたしは守っている。マリアには指一本、悪魔に触れさせては居ない。」
<わたしは、対抗しなさい、とも言った。凪は防戦一方ね。それでは、悪魔は怯まないわ。マリアを諦めない。>
「では、どうしろと?」
<マリアを連れて、ルイーザの所へ行きなさい。これは、悪魔からの挑戦よ。わざわざマリアに近い者を選んでいる。近過ぎてはあからさまで、遠過ぎては気付かれない。絶妙な距離の者を、わざわざ選んでいるの。近過ぎないから、見捨てることも出来る、そういう距離の者よ。>
「それは……、見捨てさせることを、目的にしていると?」
凪は動揺した。
琴音の解釈は、凪には無かった。
悪魔の思惑を、そこまで考えたことは無かった。
<マリアは、もうB・Bと名乗った悪魔が、ルイーザの件に関わっていることを知っている。自分を狙っている悪魔が、自分の代わりに、ルイーザを、ノーラを、連れて行こうとしていると、そう思っているなら、もしも、どちらか1人でも、万が一のことがあれば、マリアの心は、傷つく程度の傷では済まされないと思いなさい。あの子は、自ら身代わりになると、命を差し出すかもしれない。見捨てさせるのは、マリアに、だけではないわ。凪、お前が見捨てた場合でも、悪魔には、マリアにマリア自身を失望させることが出来る。マリアの良心を揺さぶり、罪の意識を植え付け、マリアが自分の存在を恥じるように導くつもりでいるのなら、わたし達は、それを阻止しなければならないわ。凪、マリアと一緒にルイーザの元へ行きなさい。>
「マリアを連れ出すことは、朔乃も、トールも、望んでいない。」
<そりゃあ、そうだろうよ。親は、娘が傷付くかもしれないことからは、遠ざけようとするものさ。でもね、悪魔に関して言えば、グレース家の先祖がやらかしたことだろう?守っているだけでは、悪魔を退けることは出来ないんだ。いずれ、別の娘に目が向くのを待っているんだとしたら、それこそ、マリアを傷付けることになると、言っておやり。わたしは、悪魔との契約に、決着をつけるつもりだよ。凪、お前も覚悟を決めなさい。>
久々に聞く、琴音の啖呵に、凪は覚悟を決めた。
凪の記憶の中の琴音は、やると言ったらやる女性だった。
知恵を使い、使える奇才を使って、闘う人だった。
きっと、マリアの事にも、全力で立ち向かってくれる。
ならば、助力となり、支えなければ。
凪は、ヒトの姿のまま、マリアの部屋へ行った。
「マリア、まだ起きているか?入るぞ。」
「………?どうしたの?凪。」
まだ眠れなかったマリアは、ノックをしても、返事を待たずに入って来た、少し様子の違う凪を見て、訊いた。
入室の際にはノックをする。
それは当たり前のことで、凪も、ずっと、そうして来たことだったが、返事を待たずに入って来たなら、ノックをした意味がない。
「すまない、マリア。わたしは、マリアが傷付くことを望んでいない。しかし、このままでは、取り返しがつかない程、傷付いてしまうかもしれない。だから、わたしは、多少は傷付くかもしれないが、立ち直れるかもしれない方を選ぶことにした。」
凪は、不思議そうに見ているマリアを気にする風でも無く、クローゼットからマリアのコートを取り出し、パジャマ姿のマリアに羽織らせた。
「何を言っているの?」
マリアは戸惑いながらも優しく訊いた。
しかし、凪は答えず、パジャマの上にコートを羽織っただけのマリアを抱えて、部屋の窓から外に飛び出す。
飛び出した瞬間、大きな狐の姿に変わり、マリアを口に咥えて空中を走り出した。
「凪⁈どうしたの⁈どこに向かっているの⁈」
さすがのマリアも驚いて、騒いだ。
しかし、凪は何も答えないし、何も言わない。
「「ルイーザ!」」
「「ノーラ!」」
「「ルイーザ!」」
「「ノーラ!」」
地上では、たくさんの大人達がルイーザとノーラを探していて、あちらこちらから2人の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「………」
マリアは、騒ぐのを止めた。
凪に咥えられたまま、凪が連れて行こうとする場所へ、大人しく向かうことにした。
『すまない、マリア。わたしは、マリアが傷付くことを望んでいない。しかし、このままでは、取り返しがつかない程、傷付いてしまうかもしれない。だから、多少は傷付くかもしれないが、立ち直れるかもしれない方を選ぶことにした。』
きっと、凪には凪なりの考えがあるに違いない。
ならば、凪の考えに従おうと、マリアは思った。
ルイーザとノーラの名前を呼ぶ大人達の声は、遠ざかっては、また聞こえて来る———を、何度も繰り返した。
ウォール氏が言っていた通り、幾つものグルーブに分かれて、捜索は行われているらしかった。
やがて、上空を翔けていた凪は、地上に降りた。
ルイーザとノーラの名前を呼ぶ大人達の声は、不思議と、そこからは聞こえなかった。
マリアを地上に降ろした凪は、再びヒトの姿に変わった。
地上に降り立ったマリアは、コートにしっかりと袖を通し、身支度を整えながら、周りを見渡し、凪に聞いた。
「ここは?日本庭園?」
「あぁ、そうらしいな………。」
凪も周りを見回しながら答えた。
マリア達が降り立った場所には、松やつつじなどの植木があった。
植木の隙間から枯山水風の庭が見える。
マリアは、そこに見覚えがあった。
幼い頃から家族で何度も来たことのある場所だったからだ。
「どうしてここに来たの?凪。ここに何があるの?」
凪は真剣な表情で辺りを見回し、何かの気配を探している。
「こっちだ」
凪が歩き出した。




