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約束と契約  作者: オボロ
33/114

#33 日本庭園


マリアは祠に手を合わせた後、自室に戻った。

横になっても、眠ることは出来そうになかったが、ベッドに入れと促す凪に従い、ベッドに入った。


凪は、マリアがベッドに入るのを見届けてから、部屋を出て、再び祠へ向かった。

琴音が呼んでいたからだった。


「どうした?琴音。」


祠の中のおふだに向かって凪は言った。

すると、凪にしか聞こえない声が返って来た。


<マリアから大体だいたいの話は聞いたよ。凪、詳しく話を聞かせておくれ。>


凪は、少し躊躇ためらったが、気を取り直し、事のいきさつを話し始めた。


ルイーザと言う同級生の事故。

誰も見ていない琥珀色の髪の少年。

見つからないサッカーボールと、サッカーボールの持ち主。

速すぎる噂の拡散。

ルイーザが孤独な少女であること。

ルイーザの件を餌にして、B・Bの使い魔がマリアに接触して来たこと。

ルイーザはジャックに片思いをしているが、ジャックはノーラという少女と頻繁に会っているようであること。

ノーラとジャックにも、B・Bの使い魔が接触し、ルイーザの感情を揺さぶっていたこと。

その時のルイーザの様子を、マリアが知っていること。


「マリアは自分に責任があると思っている。わたしは関わるなと言った。関わったところで、マリアには何も出来ない。傷つくだけだ。」


琴音は、凪の話が終わるまで、ひと言も言葉を挟まずに聞いていた。

話し終えた凪は、琴音の反応を待った。


今のマリアに出来ることは、何もない。

マリアを守るために、自分はここに居る。

今、自分に出来ることは、マリアをこの件に関わらせないようにすることだと、凪は思っていた。

傷を負わせる訳にはいかない。

身体にも、心にも。


<なるほど……。守っているのね、凪は。>


しばらくして、琴音の声が聞こえた。


<守っているだけなのね。>


酷く、失望した声だった。


「守ることが、わたしの役目だったはずだ!」


凪は反論した。


「マリアを守れと、琴音は言った。わたしは守っている。マリアには指一本、悪魔に触れさせては居ない。」


<わたしは、対抗しなさい、とも言った。凪は防戦一方ね。それでは、悪魔は怯まないわ。マリアを諦めない。>


「では、どうしろと?」


<マリアを連れて、ルイーザの所へ行きなさい。これは、悪魔からの挑戦よ。わざわざマリアに近い者を選んでいる。近過ぎてはあからさまで、遠過ぎては気付かれない。絶妙な距離の者を、わざわざ選んでいるの。近過ぎないから、見捨てることも出来る、そういう距離の者よ。>


「それは……、見捨てさせることを、目的にしていると?」


凪は動揺した。

琴音の解釈は、凪には無かった。

悪魔の思惑を、そこまで考えたことは無かった。


<マリアは、もうB・Bと名乗った悪魔が、ルイーザの件に関わっていることを知っている。自分を狙っている悪魔が、自分の代わりに、ルイーザを、ノーラを、連れて行こうとしていると、そう思っているなら、もしも、どちらか1人でも、万が一のことがあれば、マリアの心は、傷つく程度の傷では済まされないと思いなさい。あの子は、自ら身代わりになると、命を差し出すかもしれない。見捨てさせるのは、マリアに、だけではないわ。凪、お前が見捨てた場合でも、悪魔には、マリアにマリア自身を失望させることが出来る。マリアの良心を揺さぶり、罪の意識を植え付け、マリアが自分の存在を恥じるように導くつもりでいるのなら、わたし達は、それを阻止しなければならないわ。凪、マリアと一緒にルイーザの元へ行きなさい。>


「マリアを連れ出すことは、朔乃も、トールも、望んでいない。」


<そりゃあ、そうだろうよ。親は、娘が傷付くかもしれないことからは、遠ざけようとするものさ。でもね、悪魔に関して言えば、グレース家の先祖がやらかしたことだろう?守っているだけでは、悪魔を退けることは出来ないんだ。いずれ、別の娘に目が向くのを待っているんだとしたら、それこそ、マリアを傷付けることになると、言っておやり。わたしは、悪魔との契約に、決着をつけるつもりだよ。凪、お前も覚悟を決めなさい。>


久々に聞く、琴音の啖呵に、凪は覚悟を決めた。

凪の記憶の中の琴音は、やると言ったらやる女性ひとだった。

知恵を使い、使える奇才ちからを使って、闘う人だった。

きっと、マリアの事にも、全力で立ち向かってくれる。

ならば、助力たすけとなり、支えなければ。


凪は、ヒトの姿のまま、マリアの部屋へ行った。


「マリア、まだ起きているか?入るぞ。」


「………?どうしたの?凪。」


まだ眠れなかったマリアは、ノックをしても、返事を待たずに入って来た、少し様子の違う凪を見て、訊いた。

入室の際にはノックをする。

それは当たり前のことで、凪も、ずっと、そうして来たことだったが、返事を待たずに入って来たなら、ノックをした意味がない。


「すまない、マリア。わたしは、マリアが傷付くことを望んでいない。しかし、このままでは、取り返しがつかない程、傷付いてしまうかもしれない。だから、わたしは、多少は傷付くかもしれないが、立ち直れるかもしれない方を選ぶことにした。」


凪は、不思議そうに見ているマリアを気にする風でも無く、クローゼットからマリアのコートを取り出し、パジャマ姿のマリアに羽織らせた。


「何を言っているの?」


マリアは戸惑いながらも優しく訊いた。

しかし、凪は答えず、パジャマの上にコートを羽織っただけのマリアを抱えて、部屋の窓から外に飛び出す。

飛び出した瞬間、大きな狐の姿に変わり、マリアを口に咥えて空中を走り出した。


「凪⁈どうしたの⁈どこに向かっているの⁈」


さすがのマリアも驚いて、騒いだ。

しかし、凪は何も答えないし、何も言わない。



「「ルイーザ!」」

「「ノーラ!」」

「「ルイーザ!」」

「「ノーラ!」」



地上では、たくさんの大人達がルイーザとノーラを探していて、あちらこちらから2人の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「………」


マリアは、騒ぐのをめた。

凪に咥えられたまま、凪が連れて行こうとする場所へ、大人しく向かうことにした。



『すまない、マリア。わたしは、マリアが傷付くことを望んでいない。しかし、このままでは、取り返しがつかない程、傷付いてしまうかもしれない。だから、多少は傷付くかもしれないが、立ち直れるかもしれない方を選ぶことにした。』



きっと、凪には凪なりの考えがあるに違いない。

ならば、凪の考えに従おうと、マリアは思った。


ルイーザとノーラの名前を呼ぶ大人達の声は、遠ざかっては、また聞こえて来る———を、何度も繰り返した。

ウォール氏が言っていた通り、幾つものグルーブに分かれて、捜索は行われているらしかった。

やがて、上空をけていた凪は、地上に降りた。

ルイーザとノーラの名前を呼ぶ大人達の声は、不思議と、そこからは聞こえなかった。

マリアを地上に降ろした凪は、再びヒトの姿に変わった。

地上に降り立ったマリアは、コートにしっかりと袖を通し、身支度を整えながら、周りを見渡し、凪に聞いた。


「ここは?日本庭園?」

「あぁ、そうらしいな………。」


凪も周りを見回しながら答えた。


マリア達が降り立った場所には、松やつつじなどの植木があった。

植木の隙間から枯山水かれさんすい風の庭が見える。


マリアは、そこに見覚えがあった。

幼い頃から家族で何度も来たことのある場所だったからだ。


「どうしてここに来たの?凪。ここに何があるの?」


凪は真剣な表情で辺りを見回し、何かの気配を探している。


「こっちだ」


凪が歩き出した。



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