#29 企ての導き
古ぼけた小さなアパートの一室。
暗い部屋の中で、膝を抱え、蹲り、母親の帰りを、ずっと待ち続けている少女が居る。
いつも1人きりだった。
男相手の仕事をしている、汚らわしい女の子供だと言われ、1人も友達が居なかった。
母親からは邪魔者扱いをされていた。
子供が居なければ、別の人生があったと、辛く当たられていた。
関心を引きたくて、母親にも、先生にも、同級生にも、たくさんの嘘を吐いた。
嘘ばかり吐くので、誰も信用してくれなくなった。
ずっと独りぼっちだった。
死ぬ時でさえ、孤独だった。
お腹が痛かったのに………
本当に痛かったのに………
信用してもらえず、放置されて、独りぼっちの部屋の中、遺体となって発見された。
誰も助けてくれなかった。
独りぼっちは寂しい。
信じてもらえないのは哀しい。
助けてもらえないのは苦しい。
誰か居ないかな?
誰か友達になってくれないかな?
もう独りぼっちは嫌だよ………
「どうして、わたしの家を知っていたの?」
ルイーザは、琥珀色の髪の少年と一緒に走っていた。
部屋からロープを使って庭に降りた後、気付かれる前に早く家から離れるべきだと判断して、走っていた。
目的があり、何処かに向かっているという訳ではない。
しばらく走り、呼吸を整える為に立ち止まったルイーザに、少年は、少しはにかみ、頬を赤くして言った。
「ぼくのせいで怪我をしたのに、謝ることも、お礼を言うことも出来なかったから………。」
質問の答えにはなっていないが、可愛らしい少年が恥じらいながら答える姿に、ルイーザはときめき、誰に聞いたかなんて、どうでもいいことだと思ってしまった。
何処に向かうでもなく、再び2人は移動を始めた。
今度は走らずに歩いていた。
時々、後ろを確認するルイーザと違い、少年は、ルイーザを見ることはあっても、後ろを見ることはなかった。
角を曲がると、ルイーザを見て、「こっちだよ」と、誘導する。
ルイーザと違い、少年には目的の場所があるらしかった。
不思議に思ったルイーザは、少年に尋ねた。
「どこに向かっているの?」
少年は、微笑みながら答えた。
「ノーラの所だよ。ジャックを助けてあげるんでしょ?」
「———‼」
ルイーザは驚き、絶句した。
なぜ?と、思ったはずなのに、それを口にすることも無く、思考は停止してしまった。
頭の中には靄がかかり、足だけが、少年に引き寄せられていく。
ルイーザの意志ではない。
自分の意志で歩いているわけではないのに、歩いているという感覚はあった。
コントロールは出来ない。
コントロールをしようという考え自体、思い浮かぶことはなかった。
前を歩く少年の、後ろ姿を、琥珀色の髪を、ただ見つめながら、ルイーザは歩いている。
やがて、歩いているという感覚さえも薄らいでいき、少年の後ろ姿も、琥珀色の髪も、徐々にぼやけていった。
入れ替わるようにして、視界の景色が変わっていく。
そして、目の前に広がる景色は、一変した。
「………」
ルイーザは、夢で見た森の中に立って居た。
正面の、少し離れた場所にある、大きなブナの木に凭れて居るのは、あの男だった。
美しい顔立ちの、赤い瞳の、夢の中で会った、あの男。
「やぁ、ルイーザ。とうとうこの日がやって来たね。」
男は微笑み、ルイーザを迎えた。
またしても、引き寄せられるように、ルイーザの足は勝手に動いた。
口は全く動かなかった。
声を発することも出来ない。
なので、悲鳴も疑問も、口にすることは出来なかった。
頭の中は、はっきりとしていた。
この状況はおかしいと、ルイーザは思っていた。
突然に、夢を見るはずはない。
だが、これが現実であるはずはない。
では、何?
ここは何処?
彼は誰?
………あの少年は何者?
「………」
心の中は恐怖でいっぱいなのに
混乱して、頭の中はぐちゃぐちゃなのに
恐怖と混乱で、心臓が痛いのに
ルイーザの感情は、ルイーザの表情に、全く反映されていなかった。
感情のない無表情。
足取りもぶれず、一定の速度。
まるで、人形のように、ルイーザは歩いていた。
「君は、もう何もしなくていいよ。全て順調に進んでいる。ここで吉報を待つといい。」
無表情のルイーザを隣に座らせ、男が言う。
「良かったね。やっと君の願いが叶うよ。」
優しい手付きで、男はルイーザの頬を撫でた。
男の微笑みも、優しい手も、ずっと欲していたはずなのに、今のルイーザに、喜びのような感情は、全く湧いて来なかった。
「………」
恐怖と混乱で、心臓が痛い。
一刻も早く、ここから逃げ出したい。
しかし、今のルイーザに、成す術は無かった。




