#28 悪魔とは
「………」
マリアは学校を休んでいた。
朝、目覚めた時に、少し熱があったことが原因だった。
裏庭で寝ていたからだと、朔乃は言い、念のために学校は欠席、今に至る。
マリアは、大袈裟だと、思っていた。
朔乃は、裏庭で寝ていたからだと、言っていたが、マリアは、そう思っていない。
裏庭で寝てしまったことは確かだが、それは何度もしていることだったからだ。
凪の体に包まっていると、気持ち良くなって眠ってしまう。
それでも、凪のフカフカの毛に包まれているのだから寒くはないし、寝てしまっているのだって、いつもわずかな時間だ。
そんなに大騒ぎをすることではない———はずだった。
しかし、今回、たまたま見つけたトールによって、大騒ぎになった。
凪が見えていないトールには、マリアが1人で裏庭に寝転んでいるようにしか見えていなかっただろうことは、マリアにも分かる。
だが、凪が居ることは、家族全員が知っているのだから、あそこまで騒がなくても良かったのに——と、マリアは思う。
トールが大騒ぎをしたので、朔乃は、わずかにあった熱を理由にして、学校を休ませたに違いないと、マリアは思い、不満に思っていた。
裏庭で寝ているマリアを、最初に見つけたトールの騒ぎようは、マリアがそう思うほどに凄かった。
『マリア‼何があった⁈大丈夫か⁈朔乃‼救急車を‼凪は⁈凪は居るのか⁈マリア‼マリア———‼』
当然、マリアは目を覚ますし、部屋に居た朔乃だけではなく、クリスもアルフも、慌てふためき取り乱しているトールの声に、驚いて集まって来た。
見れば、寝ぼけ眼のマリアを抱きしめ、「よかった、よかった」と言いながら、泣き続けているトールが居る。
クリスとアルフは呆気にとられていたが、朔乃は怒りに震えていた。
『凪は居るの?居るんでしょ?あなたがついていながら、どういうこと?どうしてこんなことになっているの?凪!反省しなさいよ⁈』
「トールは、マリアが寝ているのではなく、倒れていると思ってしまったんだ。真っ先に頭を過ぎったのは、悪魔との契約だったのだろう。ならば、あの取り乱し方も仕方が無いというものだ。朔乃の怒りも———な。」
今日は仕事を休んで、1日中、マリアの傍に居ると、言いだし兼ねない様子のトールに、凪はヒトの姿になって、トールに代わり、今日は1日中、マリアの傍に居ると誓った。
トールは、その言葉に、ようやく安心して、いつも通りに戻ったのだ。
トールが普段と変わらぬ様子で仕事に出掛ける姿を見送り、朔乃も、ようやく角を収めた。
凪は約束通りヒトの姿のまま、マリアの傍にずっと居る。
微熱ぐらいで学校を休むことになり、大袈裟だと不満顔をしているマリアに、凪は、そうするしかなかったトールと朔乃の心境を、凪なりに考えたことではあるが、話して聞かせた。
勿論、間違ってはいないだろうと、確信しているからだ。
「マリアにはわたしが見えるが、トールや朔乃には見えない。見えないモノが守っているというのは不安だ。だから、今日のところは大人しくしていた方がいい。」
「今までだって、パパやママには見えていなかったわ。急に不安になるものなの?」
「不安にさせてしまったのは、わたしだ。少なくとも家の中は絶対に安全だと思っていただろうに、その絶対に安全な場所で、恐怖を感じさせてしまった。」
「恐怖?」
「そう。マリア、君を失ってしまうかもしれない恐怖を、トールは感じたんだ。それはそれは恐ろしかっただろう。そして、朔乃は、その恐怖がわかるからこそ怒ったんだ。もう、不安にさせるようなことは、してはいけない。わかるな?」
「うん。」
ようやく、マリアは納得した。
あの時のトールは、マリアが死んでしまうと思って大騒ぎをしていたのだと、やっと理解した。
裏庭で寝ていたから、とか、熱を出したから、という理由で、学校を休ませたわけでもなかった。
悪魔が狙っているから。
心配で、心配で、仕方が無いから。
「お前は、家族に愛されているな。」
「うん。」
学校を休むことにはなってしまったけれど、これも家族から愛されている証なのだと思えば、受け入れることが出来た。
しかし、持て余した時間を、どう過ごすのかが問題だった。
例え、試験前でも、試験勉強だけで、1日を費やすのは苦痛だ。
そこで、今まで集めた悪魔についての本や資料で、B・B対策をするのもいいのではないか、と考えた。
B・B対策と言っても、悪魔のことを、もっとよく知ることから始めなければならなかったが…。
悪魔とは何か。
国や信仰によって、【神】が違うように、【悪魔】も違うかもしれない。
B・Bはイギリスの悪魔だ。
グレース家はずっとイギリスに居た。
マリアの手元にある本や資料は、月城家の人達が集めてくれた物だったので、イギリスの悪魔を特定したものではなかったが、それでも、悪魔についてのことを全く知らないマリアと凪には、必要なものだった。
そして、興味深いことが書かれている本を、マリアは見つけた。
悪魔は、元々は天使だったという記述がある本だ。
堕天使が悪魔になったというものだった。
「天使って、天の使いってことでしょ?神様の使いとは、違うのかな?」
信仰の違いによって、解釈の仕方は変わってくる。
天使と神使を同じ括りにしたなら、怒る人が居そうな気もした。
「誰の使いかによって言い方が違うってだけなら、同じってことになるんだろうけど………。」
「………。」
独り言のようなマリアの呟きを聞きながら、凪は琴音の言葉を思い出していた。
『———いずれ宮司となるはずのあの子が居なくなったら、わたしの次は居なくなる。あの子の次の代の子が生まれて、宮司に育つまで、何年かかると思う?それまでの間、この神社には宮司が居ないの。凪、この意味わかる?あなた、耐えられる?』
「天使が悪魔になるなんて、余程のことだよね?堕天使って、天使じゃなくなるってことでしょ?何があったのかな?」
『わたしはいやよ。凪が主を求めて、さ迷った挙句、妖になってしまうなんて……———』
「どんな理由があるにせよ、妖になるのは、心が弱いからだ。」
「え?妖?妖って、日本では悪魔のことなの?」
「———!」
凪はハッとした。
琴音の言葉を思い出して、ボーっとしてしまっていた。
我に返れば、じっと見ているマリアと目が合った。
いずれは自分の主となる人間とは、まだ思えない、あどけないまっすぐな瞳。
凪は言葉に詰まった。
「い、いや…、そういうわけではないだろうが………」
凪は、B・Bが自分とかけ離れた存在ではないような気がしてしまった。
しかし、それをマリアに言うことは出来なかった。
自分と悪魔を同列にすることは、神に対しても、琴音に対しても、無礼であり、申し訳の無い事のような気がしたからだ。
しかし………
天の使いから身を落とした『悪魔』———B・B。
神の使いから身を落とせば『妖』になる———凪。
全然違うモノだとも、思うことは出来なかった。




