第二十二話『図南の鵬翼』
――前回のあらすじ
オミードとアールマティの二人の時間を邪魔したのは、パルシア王国国王カワード一世であった。
屋敷の中で、昔話に花を咲かせていたが、出発の時間となり、屋敷のホールに集まっているとき、二階から物を音が聞こえた。
「――誰だ!」
警護主任を務める三十代前半の男から、鋭い誰何が二階にむけ放たれた。
そこには、ザルティオン帝国の皇子フォルセティと護衛のフレイヤがいるのだが、まさかその二人が物音を立てるという初歩的なミスをするとは思いもよらず、オミードは緊張した面持ちで、アールマティの方を仰ぎ見た。すると、普段と変わらぬ表情を浮かべ首を左右に振る。それが「動くな」という合図なのは分かったが、このまま手をこまねいていては二人は見つかってしまう。それにも関わらず、アールマティは何もしない気でいた。何か考えがあるのだろうとオミードは思い、出しゃばって計画を壊さないよう黙って見守るつもりであったが、気が気ではなく、手に汗を握りながらカワードたちの動向を見守っていた。
警護主任の誰何から数秒ほど経ったが、誰も姿を現さなかった。そこで、若い警備兵を呼ぶと、事の次第を外にいるスタテイラに知らせるよう言づけた。そして、二階に向かう許可をカワードからもらおうとした。
少し悩んだ表情を浮かべたあと、アールマティの方を見る。
「二階に、誰かいるのかい?」
カワードが問う。
「ああ、いるよ」と、アールマティが平然と言い放った。
その言葉や態度に、躊躇いや戸惑いを一ミリも窺わせなかった。その豪胆さにオミードは舌を巻く。そんなオミードも、表面的には平常を装っていたが、内心では戦々恐々としていた。
「ところで、誰なんだい?」
カワードや警護兵たちは、二階にいる人物がアールマティの知人だと分かり安堵した様子だったが、オミードにとっては呼吸を忘れるほどの恐ろしい展開であった。ここで下手な人物の名前を出せば、会わせてほしいと言われかねない。もしそんなことになれば、どう対処するつもりなのか、生きた心地のしない心情で、アールマティの答えを待った。すると、物音を出した人物が二階のテラスに姿を現した。
「――ふぁあ~~~~、何の騒ぎだ……」
それは、メフルザードであった。
その姿を見てオミードは、膝から崩れ落ちるほど安堵した。
「メフルザードも来ていたのか!」
「――ん? 陛下じゃないか」
しまりのない顔で階段を下りてくる。最初は、その姿に安堵したオミードだったが、この男のせいで肝を冷やしたのかと思うと、今度は腹立たしくなり力一杯睨んで見せた。
それを無視してメフルザードが一階まで降りてきたとき、扉が荒々しく開いた。
「ご無事ですか陛下!?」
腰まで届く金髪を靡かせ、スタテイラが飛び込むように入ってきた。
「大丈夫だ。安心しな」
アールマティが代わりに答えた。それが聞こえているにもかかわらず、スタテイラは辺りを警戒しながらカワードに近づき、自分の目で無事を確認してからアイスブルーの瞳を鈍く光らせる。
「早く、ここから離れましょう」
〝氷の淑女〟の二つ名に負けないほどの冷徹な声で言い放つ。メフルザードの登場で弛緩した空気だったが、スタテイラの一声で緊張感がまた支配した。
「それじゃ、お邪魔したねアールマティ」
「私はいつまでも陛下の僕、いつでもお越しください」
完璧な礼節を保ってアールマティが挨拶する。
それはまるで、スタテイラをからかうようにもオミードには見えた。
「そうだ、メフルザードはどうするんだい?」
「どうするとは?」
「オミードは途中まで私たちと同行するんだが、キミはどうする?」
「いいえ陛下、この男は一人で帰ります!」
オミードがメフルザードに代わって、ピシャリと答える。それにカワードたちは目を丸くしていたが、メフルザードは思案気に空を見つめていた。
「…………まぁ、ここにいてもすることないし、ついて行くか」
近くの店に行くような、軽い感じで返事をする。
「冗談じゃないわよ! 帰りまであんたの顔を見るなんてまっぴらごめんよ! 一人で帰りなさいな!」
オミードの当初の目的は、メフルザードと別々に帰ることであり、そのために視察団に同行しようと考えていたのだ。このままではご破算となってしまうと、散々理由を並べ一人で帰らせようと苦心する。
だが、その甲斐もなく、帰りもメフルザードと一緒になったのだった。
国王一行を、屋敷の外まで見送るアールマティ。
オミードは何度も振り返り、アールマティの姿を見つめる。それはアールマティも同じ思いだったのだろう。一行が見えなくなるまで、笑みを湛えたまま見送っていた。
それを、二階の一室から見つめる二つの影があった。
「――あれが、将来の敵となる王か……」
フォルセティは、いずれ宰相スヴェイジグルからザルティオン帝国を取り返したあと、世界を掌中に収めるという青写真〝図南の鵬翼〟を描いていた。その最大の障壁となるのがパルシア王国であった。
「私の敵は、パルシアの二大魔女の一角〝氷の淑女〟ことスタテイラ――あのお方の一番弟子で養女」
フレイヤは殺意をむき出しにして見つめていた。
このとき、二人は未来の敵を明確に定めたといっていいだろう。
「――あんたたち、そんなに殺気を漲らせていたら、あの娘に気づかれるよ」
アールマティは良く通る声で、二階にいるフォルセティ達に注意を喚起した。それで我に返った二人は、殺気を収め一階に下りてきた。
その出立は、すでに旅立つ準備を済ませていた。アールマティは満足そうに微笑む。
「千里の道も一歩から、その一歩目で挫けないようにしなよ」
辛辣な冗談を、笑い声とともに送る。
その言葉を胸に刻み、フォルセティはアールマティの屋敷を後にした。
――それから間もなくして、フォルセティはザルティオン帝国に帰還する事となる。
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秋晴れに恵まれた空からキラキラと陽の光が降り注ぎ、深緑を優しく照らしていた。そんな陽気は、長くは続かなかった。晴天の空にみるみる雲が広がり、それはやがて曇天へと変わる。今にも雨が降り出しそうな空模様に、国王一行は急いで次の目的地を目指した。
この視察は、アルサメスの乱で紛糾する国民を慰撫するのが目的で、国王が無理に議会を通して行われたものであった。それ故、全ての計画を国王自ら立案し、さらに同行者の選定も国王自ら行っていた。従者の陣容は、近衛兵の中から若い人間を二十人と、医療師二人に看護師五人、連絡要員五人の合計三十二人と大国パルシアの王の視察団としては兵の数が少なすぎた。当然、軍や政府からは反対する意見がよせられた。つい最近、アルサメスというカワードの従兄が反乱を起こしたというのに、少数の護衛だけで国を巡るのは、無茶としか思えなかった。
カワードも、軍や政府高官たちの言うことは理解できていた。当然、それらを黙らせるための秘策も用意していた。それが、緑の魔法師の同行であった。王国最強の緑の魔法師が国王の身辺を守るとなれば、誰が異論を唱えれようか。
しかし、問題もあった。誰を供に連れて行くかである。曲者ぞろいの緑の魔法師の中で、誰もが納得する人物となると――。
カワードが打診した相手は、〝氷の淑女〟の二つ名を持つスタテイラであった。そして意外なことに、彼女は二つ返事で了承してくれたのだ。面倒ごとを嫌うスタテイラが、今回に関して受けたことは謎だったが、これで軍や政府高官たちも黙らざる負えなかった。下手な異論や反対意見を出そうものなら、スタテイラの機嫌を損ね、命を落としかねないからだ。
次に国王が取り組んだのは、移動手段と方法であった。当初、魔法防御用の水晶を埋め込んだ護送車のような乗り物を軍が用意する予定だったが、カワードはそれを退けた。国民を慰撫する目的で視察するのに、国民を阻むような車に乗っていては、その意味を果たせないと固辞したのだ。その代案として提出したのが、汽車と徒歩での移動手段であった。それを目にした軍と政府高官たちは、顔を青くしたり赤くしたりしながら口々に反対をした。
それをどう説得したものか、カワードが頭を悩ませていると――
「私がいて、何を心配しているのだ貴殿らは?」
スタテイラの鶴の一声が、軍や政府高官たちを黙らせた。
そもそも国王を暗殺するには、護衛である緑の魔法師であるスタテイラを突破しなければならない。当然、遠距離からの攻撃はすべて防御結界によって阻まれる。そうなると、至近距離まで近づき、乗り物ごと破壊するしか暗殺する手立てはなかった。だからこそ、徒歩を選んだ王の選択は間違いではないといえた。
数々の難問をクリアして視察団を組織したカワードは、ここまでの道程を無事こなせ、それが自信となって表れていた。それは、近くで見ていたオミードにも伝わっていた。
鉛色の雲が広がり辺りを薄暗くするなか、視察団は当初の予定通り王族領であるラホール州に入るため徒歩で駅まで向かっていた。
そのラホール州はパルシア王国の西方に位置し、ザルティオン帝国と国境を接するうえ、東には王州パルティアがあることから防衛の要でもあった。さらに南方には、三大諸侯の一人ゾグディアノス候が治めるアンバール州があり、そちらに睨みをきかす意味合いもあった。
ラホール州を治めるているのは、シンディバードという五十一歳になる筋骨隆々の武闘派タイプの王族であった。彼はカワードの曽祖父の弟の三男である。そして、偶然だがシンディバードの兄が先代の総督で、二人の父親が先々代の総督を務めるという、どこか作為的なものを感じさせる引き継ぎであったが、あくまでも偶然の賜物であった。
シンディバードの総督としての在位は十年に及び、その間、彼は武断的な統治を行い、尚且つ処刑の多い州として有名でもあった。そんな彼だが、面識のある人たちから聞こえてくる印象は、重厚な雰囲気に権謀術策とは無縁な武闘派の魔法師と口を揃えるようにいわれていた。だが、本当の彼を知るものからすれば、それは表の顔で、裏にある残忍な性格が彼の本性であるという。彼は、子供が虫を殺すように人を殺すのだが、それはあくまでも、法律に基づいたもので罪のない者を捕えて殺すような猟奇的な類ではなかった。だが、犯罪者に対しては容赦がなく、それが軽犯罪とはいえ重い刑を科すほどであった。時には、シンディバード自身が犯罪者に死刑を下すこともあった。それゆえ、領民たちからは〝処刑侯〟と呼ばれ恐れ戦かれていた。そのせいか、ラホール州では軽犯罪の発生件数が他の州と比べてもダントツで低いのだ。外から見れば治安のよい地方のように見えた。
カワードにしてみれば、シンディバードの統治方法は行き過ぎのように思われたが、王族同士でいがみ合うのは、三大諸侯を利する結果となるので、あまり事を荒げないよう気と付けながら、それとなく注意を喚起するつもりであった。
そんなカワードの気分を反映したのか、黒々とした雲が広がり分厚さを増していっているよであった。
山を降りた視察団の目の前に、田園風景が広がる。本来なら、ゆっくり景色や人々の暮らしを見て回るつもりだったが、いつ雨が降りだすかわからない空模様のため、州都にある駅に入ろうと先を急いでいた。
――そんな一行の前に、不吉が突然現れた。
前方を塞ぐよう男が立つ。それに気づいた警護主任が、男を追い払おうと先行した。
「そこの男、邪魔だどけ!」
急いでいたこともあり、高圧的な口調で目の前の男を怒鳴る。それでも、深緑のフード付きマントを目深くまで被り、口を真一文字に結んだまま男は、高圧的な態度をとる警護主任に対して身じろぎ一つせず行く手を阻むよう悠然と立っていた。
その態度に腹を立てた警護主任は、平常心だったら決してしなかったであろうことをやってしまった。男を威嚇する目的で隠語を唱えたのだ。
「ダメよッ、その男に手を出しちゃッ!」
オミードが、悲鳴を上げるよう叫ぶ。
だが、時はすでに遅く警護主任は隠語を唱え終えていた。
そして、フードをかぶった男の足元に雷を落とす。重い振動が全身を駆け抜け、黒煙が濛々と立ち込めた。少し脅しすぎたかと思った警護主任に向かって、オミードがまた叫んだ。
「逃げて!」
その言葉と同時に、火炎球が警護主任に向かってきた。防御結界は間に合わず、警護主任は紅蓮の炎に包まれた。人の焼ける臭いが鼻を突き、赤い炎の中で人の影が躍るように揺らめく。
やがて、事切れるように警護主任が倒れた。その後も、紅蓮の炎は容赦なく燃え続けていた。それを見つめながら、オミードは警護主任を救えなかったことに忸怩たる思いに胸を痛めていた。その怒りは、スタテイラにも向けられた。彼女は、オミードより前にいて早く気づいていたはずだった。それなのに、何もしなかったことがどうしても納得できなかった。それを問い詰めようとしたオミードの機先を制するように、スタテイラが前方にいる男に問う。
「お前も叛旗を掲げるつもりか――ハールーン」
――心臓が高鳴る。
それを耳にした誰もが戦慄を覚え、戦乱の始まりを予感した。
次回 第二十三話『暗殺計画』




