第二十一話『珍客』
――前回のあらすじ
アールマティの屋敷に着て三日目の朝、ついにオミードの義手が届けられた。
大姪にプレゼントを渡す喜びに感動するアールマティと、尊敬する大伯母から貰うプレゼントに、今まで味わったことのない喜びをかみしめるオミード。
そんな、二人の邪魔をするよう警報が鳴り響いた。
別れを惜しんでいたオミードとアールマティの間を裂くように、耳障りな警報音が鳴り響く。
「どこのどいつだ。かわいい大姪との別れを邪魔するのは!」
肩を怒らせながら、部屋の中央に浮かぶ水晶に手をかざす。そこに映し出されたものを見て、顔を蒼白にさせる。伝説級の魔法師で、大胆不敵を絵に描いたようなアールマティが顔を青くするような敵とは、一体どんな相手なんだろう、とオミードは興味を持ち覗き込もうとした。
「フレイヤにフォルセティを連れて部屋に戻るよう伝えな! そして、絶対に部屋から出るなと、これは私からの命令だと伝えるんだ!!」
捲し立てるように指示が飛ぶ。その迫力に、知りたいという欲求を抑えられた。それでも、後で知る機会はあるだろうと思いフォルセティの元へと急いだ。
オミードを見送ったあと、アールマティはもう一度水晶を見て、
「……ったく、なんでこんなタイミングで来るかねぇ」
と苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべる。そして、重い足取りで玄関へと向かう。
屋敷の外は、朝のすがすがしい空気がまだ残っていた。それが風に乗りアールマティの顔を優しく撫でたが、それでも冴えない表情を浮かべたまま、視線の先にある小集団を見つめる。
一度、深呼吸してから顔を上げた。すると、先ほどまでとは違い柔和な笑みを湛えていた。
近づいてくる小集団の先頭を歩く男が、アールマティに向け手を振ってきた。
「元気そうだねアールマティ!」
屈託のない笑顔を浮かべるその男は、線の細さが目立ち、良く言えば〝優しげ〟悪く言えば〝頼りなさそう〟と揶揄されそうな雰囲気を纏ったアルダシール朝パルシア王国三十六代国王カワード一世であった。
連絡もよこさず飄々と現れたカワードに、小言の一つでも言ってやろうかと考えていたアールマティだが、その呑気な顔を見ていたら、そんな気も霧散していた。
「あんたも元気そうだねカワード王子――いや、陛下か」
「アールマティに陛下と呼ばれると、なんだかこそばゆいな」
王子のころと変わらない優しげな物腰のカワードを見て、アールマティはほっと胸を撫で下ろす。人は権力を手に入れると、本人が望もうと望まなくても変わらざる負えないものである。それは、地位による責任が人格を変容させるといっていいだろう。その重責に心を歪まされることなく、まっすぐに成長していることが嬉しかった。その点では、オミードも同じだといえた。そんな二人が王国の中枢にいることは、パルシアの未来が明るいということだった。
これで、憂うことなく隠居生活ができる。そう思いながら目を細めカワードを見つめていた。
「――いつまで、陛下と立ち話をなさるおつもりか」
感傷に浸るアールマティに対して、不躾な言葉を投げかけたのは、凛とした女性のもので、その声には聞き覚えがあった。その主を目では睨み、口元には笑みを浮かべ見つめる。
「……それが、久しぶりに会った師匠に対する言葉かい――スタテイラ」
アールマティの眼光に、全員が震えあがる。カワードの護衛についてきた兵士たちは、全員が腕に覚えのある魔法師たちであるにも関わらず、それらを恐れされるほどの目力に、現役を退いたとはいえ王国最強の地位を十年以上張り続けただけのことはあると感心せざる負えなかった。
そんな眼光を真正面から受けて立つのが、腰まで届く金髪のロングヘアーを風に靡かせ、切れ長のアイスブルーの瞳は冷徹なまでに落ち着き払い、薄い緑のファーの襟に深緑のマントを羽織り、黒いレザーのショートパンツに同じレザーのロングブーツを履いたアールマティより頭一つ分身長の高い〝氷の淑女〟の二つ名をもつ緑の魔法師スタテイラであった。
睨みあう二人のせいか、凍てつく冬の寒さを思い出させるほどの冷気が辺りを覆う。
「……まぁ、落ち着いて二人とも。近くを通りかかったので、余のわがままでアールマティの顔をみようと立ち寄っただけだから」
カワードが仲裁に入る。
「そこの生意気な小娘に言われたからじゃないけど、なかでお茶でも飲んでいきな」
「そうさせてもらうよ。募る話もあるからね」
アールマティの案内で中に入る。それに続き、護衛の兵や医師に看護師たちも中へ招かれた。
「――私は外の警備に当たります」
玄関の前でスタテイラがそう告げる。
「遠慮しないで、あんたも入りな」
その言葉に、スタテイラは眉を上げる。
「あんたのしたことは一生忘れないし、赦さない」
言葉や声色は淡々としたものであったが、背中越しにみせた瞳には殺気を孕んでいた。
この二人の過去に何があったのか、カワードは興味を惹かれたが、他人が立ちいる事ではないと言葉を飲み込んだ。
「――あれ、陛下!?」
食堂から現れたオミードが声をかける。
「オミードも来ていたのか!」
カワードは喜色と驚きを同居させた表情を浮かべる。この状況を見て、オミードはすぐに合点がいった。ザルティオン帝国の皇子とパルシアの王が出会う事を、アールマティは怖れたのだ。それは当然であろう。パルシア王国の王カワードと敵国であるザルティオン帝国の皇子が出会い、事なきを得るとは思えない。しかし、カワードならそれもあり得たかもしれなかったが、そのことが三大諸侯の耳に入れば、国王の背信行為だと糾弾される状況になるかもしれなかった。最悪の場合、退位まで追い込まれる可能性もあった。さらに、その場にいたオミードも同罪として裁かれる惧れもある。前途のある二人を、破滅へと導きたくないというアールマティの配慮であったのかもしれない。ほかの理由としては、フォルセティを人質にしてザルティオン帝国と取引をするという可能性であった。だがその場合、ザルティオン帝国は皇子を見捨てるであろう。今、権力を握っている宰相スヴェイグジルにとって、フォルセティは孫が王位に就く最大の障害である。その存在を自分の手を汚すことなく排除し、その罪をパルシア王国に着せることができるのだ。さらに、皇子の敵討ちという名目で国を一つにまとめれるという至れり尽くせりの状況となる。
あらゆる最悪な状況を想定して、アールマティはフォルセティに隠れるよう言ったのだろうと推測できた。ならば、オミードにできることといえば、なるべく平静を保ち、フォルセティの存在を気づかれないように努めるだけであった。
「陛下はどうしてここに?」
「近くまで来たので、立ち寄ったんだ」
カワードの元に近づきながら付き従う者を見渡す。その中に、理知至上主義と言われる〝氷の淑女〟こと、スタテイラの姿がないことに気づく。スタテイラがいない状況にオミードは、嫌な予感を覚える。
「義手はできたのかい?」
「――えっ? ええ、この通り」
左の義手を見せながら、はたして自然に振る舞えているのか? と自分自身に問いたくなるほど、心配が全身を駆け巡る。
「よかった。どうだい、オミードも一緒に話さないか」
「喜んでご一緒させていただくは、陛下」
「さぁ、この奥が談話室だ」
食堂を通って突き当りにある扉をくぐったところに、オミードも初めて入る部屋があった。そこは、二十平方メートルほどの広さがあり、天井には小さいが水晶のシャンデリアが吊るされ、部屋を照らしていた。壁には百インチほどありそうなモニターが湖の風景を映していた。部屋の中央にはベージュ色の革張りでできた椅子が八脚あり整然と置かれていた。
それぞれ、思い思いの椅子に座る。
「アールマティが元気そうでよかった」
「陛下の子供を見るまでは、死ねないよ。まだ后を娶らないのかい?」
「色々、話は来ているんだが、あちらを立てればこちらが立たぬと、困っているところさ」
疲れた笑顔を見せる。そこに、ヤムナお茶を持って入ってきた。薬草から抽出したエキスで淹れたお茶の香りに心が和む。アールマティがヤムナも座るよう勧めたが、それを固辞する。だが、オミードやカワードからも座るよう言われ、仕方ない様子で腰掛けた。
「――そうそう、結婚の話だったね。それだったら、オミードなんてどうだい?」
『ええええええ!?』
カワードとオミードは同時に驚いた声を上げる。
「私はまだ十五歳よ! 結婚なんてまだまだ先よ」
「婚期を逃すと、私みたいに独りで過ごすことになるよ」
「別に結婚だけが人生じゃないでしょ。今は、緑の魔法師の仕事をしっかり務める事だけで一杯よ!」
「なるほど。……まぁ、あんたには、メフルザードがいるか」
「はぁああああ! あんな男、絶対お断りよ!!」
オミードが全力で否定するのを、ヤムナはほっと胸を撫で下ろす。
「そうかい? 結構お似合いだと思うよ」
「冗談はやめて大伯母様!」
「あははは、結婚について私がとやかく言うのは、お門違いってものか――だけど、私からのアドバイスとして、この人だと思ったら迷わず結婚すること!」
若い二人に、年寄りらしい説教して満足気に何度も頷く。そんなアールマティに、オミードとカワードは苦笑いを浮かべるだけだった。
それからもしばらく他愛ない話を続けていた。
「――それで、メフルザードったら」
オミードの会話の途中で、談話室の扉がノックされた。それが、談笑の時間の終わりを告げる合図だと気づいた。
「――陛下、そろそろ次の予定の時間です」
「ああわかった」
名残惜しそうな沈黙が、談話室を包んだ。
愉しい時間は経つのが早いと感じながら、カワードが立ち上がる。
「それじゃ、今日は昔を思い出せて愉しかったよ」
「私もさ陛下。また、時間ができたら王城にも顔を出すよ」
「楽しみに待っているよ」
談話室の扉をヤムナが開ける。そこには、黒い髪を短くまとめ日に焼けた肌が勇ましさを現しているような男が立っていた。年の頃は三十代前半で、紺を基調とした制服に銀色の鎧を纏い腰には長剣を佩かせ、その目には、国王の警護主任という大任を任された自信と誇りに満ちた輝きを放っていた。
カワードが食堂に姿を現すと、付き従う者たちが直立して迎える。その中を堂々とした雰囲気でカワードが進んでいると、急に振り返った。
「そうだ。オミードはこの後どうするんだい?」
不意の質問に、オミードは軽く驚いてから考える。ここにいても、すぐにアールマティは出て行く。ならば、カワードに同行して不可抗力によるフォルセティとの接触を未然に防ぐ防波堤になろうと思った。
「……そうね、義手も付けてもらったことだし、途中まで同行させてもらおうかしら」
そう言ってから、オミードはアールマティの方を見る。そこには、柔和な笑みを湛える姿をみとめた。今度は、いつ会えるかわからない。最後にもう一度、アールマティに抱きついて別れたかったと思っていた。しかし、自身の甘えを戒めるようカワードの方へ視線を戻した。
そんなオミードだが、もう一つ同行する理由があった。それは、メフルザードの存在だ。ただでさえ往路で付きまとわれ、そのうえ帰路までメフルザードと一緒では気が滅入ると考えたオミードは、それを全力で回避するため手段として活用したのであった。
オミードのしたたかな計算を知らないカワードは、一緒に旅ができる事を素直に喜んでいた。
喜色を浮かべながら食堂から出て、玄関ロビーに集まった時だった。
二階から物音が聞こえた。
次回 第二十二話『図南の鵬翼』




