第六話『憧れの人』
――前回のあらすじ
パルシア王国居城サラスヴァティの大広間に、緑の魔法師の六人と文武百官を集め、国王カワードが全州に対して慰問すると宣言する。反対が多かったが、それらを退けカワードは慰問使節団を率いて王都を出発した。
天は髙く、蒼い空が突き抜けるよう何処までも広がる。そんな蒼穹の空を少し冷たい風が吹き抜け、秋の訪れを感じさせた。視線を下ろせば雄大な山々が軒を並べ、緑は濃く、まだまだ生き生きとしていた。燦々と降り注ぐ陽の光を浴びながら、気持ちよさそうに空を飛行する三つの影。満面の笑顔浮かべ、空の旅を満喫しているだろう旅人たち――
普通ならそういう状況なのだろう。だが、その旅行者たちは少し、いや、ずいぶん装いが違っていた。彼らの周りは、まるで黒々とした雷雲が立ち込めているような、そんな危うい雰囲気が立ち込める。先頭を飛行する赤いくせ毛を肩まで伸ばした小生意気そうな少女は、晴れ晴れたとした天気とは対照的に憮然とした表情を浮かべ、そのすぐ後を飛行するニット帽を目深くまで被った少年は、これまた曇天模様が似合いそうな陰鬱な雰囲気をまとう。そんな二人から少し遅れて、紺の絨毯に乗った六十代の男性が、困ったような表情を浮かべ前を行く二人を見つめていた。
先頭を飛行するオミードが、赤いくせ毛をかきあげながらなにかを呟きだした。
それに、紺の絨毯に乗っているヤムナが、急いで身構える。
間髪入れずに、落雷のような怒声が蒼穹の空に轟く。
「――あんた、大伯母様に会っても、絶対にケンカ売らないでよ! 絶対よ! 分かってるの!」
耳に突き刺さるような甲高い声を上げ、陰鬱な雰囲気を纏いながら後方を飛ぶメフルザードに何度も念を押す。
「いつまでもネチネチと……」
うんざりした顔で吐き捨てる。
「まだまだ言い足りないぐらいよ! だいたい、何度も付いてくるなって言ってるのに、付いてくるのはあんたでしょ! こっちは迷惑なのよ!」
「国王の命令でもあるから、それは諦めろと、俺も何度も言っているが……」
「何それ!? 私が聞き分けないみたいな言い方しないでよ! あんたの方がずっっとッ、聞き分けないんでしょ! だいたい、あんたが一緒だと危険なんだから! 戦うことしか能のない戦闘バカのせいで、無駄な戦闘に巻き込まれるのはごめんよ!」
ホテルを出てからのオミードは、ずっとこんな調子で怒鳴り続けていた。下手に異論をはさむものなら、倍となって返ってくる。そんなやりとりを繰り返しているうちに、メフルザードとヤムナはオミードの愚痴を黙って訊くのが正解だと学び実行していた。
――さて、この三人が不毛な旅をする事になったのは、国王が慰問に出て一か月後のことであった。歴史調査で各州を飛び回っていたアールマティが、自宅に戻ったと連絡が届いた。
その知らせを自宅で受けたオミードは、まずは飛び上がらんばかりに喜んだ。血のつながった偉大な人物で、魔法師として尊敬するアールマティをオミードは心の底から敬愛していた。
それなのに、アールマティと一度も会った事がなかった。その原因の一つが、親族間のいざこざである。祖父と大伯母は仲が悪く、犬猿の仲以上の間柄であった。――といっても、祖父が一方的に嫌っているようだった。その理由がなんなのか、オミードは知らない。
そのせいで、生まれてから一度もアールマティに会わせてもらえずにいた。それでも、一度だけ会っているのだ。それは、オミードが生まれたとき祝福にきた一度っきりだが。いかんせ、生まれた時の話なので、オミード自身は覚えていなかった。
そんな訳で、アールマティと直接会えるのは、これが初めてとなる。
浮かれ気分で旅の支度をしていたオミードは、ふいにあることを思い出した。
それは、メフルザードの存在だ。
確か以前、どこまでも付いてくると言っていたことを思い出したオミードは、まさか、と思いつつ、用心にこしたことはないと考え、メフルザードに見つからないよう王都を出発しようと企んだ。
その企ては、見事成功を修めた。
ようやく、メフルザードの付きまといを振り払えたうえに、待ちに待った尊敬する大伯母のアールマティに会えるとあって、オミードはいつになく上機嫌で空の移動を愉しんだ。
アールマティの自宅は、パルシア王国の最北東に位置する王国直轄領バルサク州ハルタミ地区にそびえる〝霊山〟と呼ばれるハンディヤーンの中腹にあった。
なぜ、そんな辺鄙な場所に居を構えているかというと、五十年ほど前フィロン率いる考古学隊が、洞窟の中で凍りの中で眠っていた二十五メートルほどある鉄を加工した物を発見した場所が、隣のザンティオン帝国領土内にある山であった。それは、アールマティが住むハルタミ地区から空で半日ほどの距離なのだ。
このフィロンが発見した鉄の加工物とは、五万年前に存在したといわれる超古代文明、『機械文明』の遺産だと学会で発表したのだ。そのフィロンのいう『機械文明』とは、二千年前に一人の天才考古学者ピルレイが学会に発表したいわくつきの文明の事である。ピルレイが『機械文明』の存在を発表した時、考古学会は大混乱となった。自分たち以前に、そんな高度に発展した文明が存在した事を認めることが出来ないからだ。猛烈な反対と迫害のような反論文章が世界で掲載され、空想の域にまで追いやられた。だが、一部の考古学者はピルレイの提唱した『機械文明』は存在したと信じ、それを証明するために腐心した。
そして五十年前、フィロンがピルレイの記載していた遺物に似たものを発見したのだ。
それ以来、その場所は超古代文明を研究する者たちの聖地となっていた。しかし、フィロンが発見した遺物以外、そこから遺物らしいものは発見されなかった。それゆえ、フィロンのねつ造だと言われた。それでも一部の考古学者は、探す場所を変えれば他にも見つかるはずと主張した。その熱い信念で発掘は続けられた。
その熱い信念が、害となって現れたのだった。山を無作為に発掘していった結果、自然形態を破壊してしまったのだ。地元の住民から苦情が相次ぎ、ザルティオン政府は山を封鎖する事にした。それが二十年前で、アールマティがまだ緑の魔法師の職を務めていた頃だった。
やがて、超古代文明に興味を持ったアールマティは、自らが研究した結果、その山には『機械文明』の遺物があると確信する。だが、今は発掘はもちろん、地元の人間以外の入山すら禁止されている状況。さすがにザルティオン帝国内に拠点を構えるわけにはいかず、ましてや、敵国者に発掘の許可を出すとは思われない状況で、アールマティが取れる手段――それは――
盗掘しかなかった。
そんな手段はとりたくなかったが、探究心の方が勝り、そんな犯罪まがいな事に手をだすまでにいたった。
そこで、往来のしやすい霊山ハンディヤーンに居を構えたのだ。
オミードは自宅からでると、ふいに空を見上げる。見渡す限りの晴天が、オミードの旅を祝うように広がっていた。一秒でも早くアールマティと会いという思いから、バルサク州へは鉄道ではなく空で往くことを選択した。王都からハルタミ地区は空路で三日の距離だが、オミードなら一日半で到着できる。あくまでも全力で飛行した場合だが、ヤムナを連れていく都合上、そこまで速度を上げる事は出来なかった。
そうなると、どこかで一泊しなければならない。
ヤムナを魔法の絨毯に乗せ、その横を一緒に飛行しながら旅の予定を立てる。
――二人は予定通り、バルサク州に入ったところで一泊する事にした。ここまでくればアールマティの邸宅までは、およそ半日ぐらいであろう。はやる気持ちはあったが、会うまでの時間も大切にしようと思い、旅を満喫する事にした。
旅館では、チャハマール州に入った時と同じ商家の老主人と孫娘という設定で宿泊した。
その設定を、最初ヤムナは抵抗を示したが、オミードの哀願に負け、渋々了承したのだった。
有名な旅館で、裕福そうな旅行者が数多く泊まっていた。その人たちに紛れ、風光明媚な景色を目で楽しみ、ご馳走を舌で愉しみ、オミードとヤムナは旅を満喫する余裕ができた。
だが、その余裕が裏目に出るとは、この時のオミードは知る由もなかった。
翌日、ホテルの前にニット帽を目深くまで被った陰鬱の塊のような男が不気味に立っていた。その姿を見た瞬間、旅を満喫する気分もアールマティに逢える嬉しさも、全てが吹き飛んだ。
そこから、オミードとメフルザードの激しい口論が始まった。
ホテルの前で散々言い争った二人。――一方的に、オミードが罵声を浴びせていたようなものではあったが。
それでも、メフルザードは着いてきた。
ホテルから飛び立って、およそ十時間が経った。散々怒鳴り散らしたオミードは、のどに痛みを感じだしたころ、前方に霊山ハンディヤーンが薄っすらと見えた。その時だった、オミードは気持ちが震えている事に気づく。これから会おうとしている人物は、血が繋がっているとはいえ、数々の伝説を残す『歴代最強の魔法師』『天に愛される者』など讃える言葉がつきないほどの魔法師。
それだけでも会う事に緊張するのだが、それとは別な思いがオミードにはあった。
オミードの祖父でありアールマティの実の弟フラワーグとは仲が悪い。それは、フラワーグの娘でオミードの母親にも受け継がれた。そんな環境で育ちながら、オミードがアールマティを毛嫌いしなかったのは、ヤムナの影響が甚大だった。オミードはヤムナの話すアールマティの話が大好きで、それはまるでお伽話の主人公のような冒険譚だった。その話を子守唄代わりに聞きながら、いつも胸を熱くして眠りについていた。そしていつか、アールマティに会ってみたいと思うようになっていた。だが、それを父や母に話しても、眉をしかめるだけで、決して頭を縦に振らなかった。会ってはいけないと言われれば言われるほど、人とは反発する生き物である。それは、何年経っても色あせる事はなく、緑の魔法師になってから、増々その気持ちは大きくなっていた。
やがて、独り立ちしたオミードは、これでいつでもアールマティに会えると思ったが、緑の魔法師の仕事が忙しく、またアールマティも世界中を飛び回っていて、パルシア王国にいる事が少ない事も相まって、なかなか会えないままだった。
そんな、長年思い慕ってきた人に逢える。
そう思うと、心臓が激しく脈打ち張り裂けそうなほど高鳴る。
今まで、そんな経験をした事がないオミードは、どう気持ちを落ち着かせればいいのか分からず、そこでメフルザードに文句を言って気を紛らわせようとした。
後ろをチラリと見ると、メフルザードは機嫌が悪いように見えた。いや、いつもと変わらない。ようにも見えた。表情では分かりづらい仏頂面だと、クスリと笑う。それでも、何か言ってやろうと口を開けようとした瞬間、嫌な予感に襲われる。もしかしたら、メフルザードに心を見透かされるかもしれない、という危険性が頭をよぎった。もし、それを悟られたら、逆に茶化されるのではないか。そうなっては、目も当てられない。
瞬時に計算したオミードは、そんな危険は冒せないと諦めた。
他に気持ちを落ち着かせる方法はないか模索していたオミードの眼下に、雄大な山々が広がっているのが見えた。場所によっては、少し色づき始めていた。
もうすぐ秋か――。
そう思った瞬間、季節を感じられるまで心が落ち着いたことに気づく。やっぱり自然は、心を和ませてくれると、改めて自然に感謝したい気持ちで飛行を続ける。
そんなオミードの行く手を遮るように、五人の男が現れた。
「ここから先は通行止めだ」
高圧的な態度をとる男たちを、オミードは注意深く観察する。
五人は横一列に並び、焦げ茶色のフード付きマントを羽織り、フードは目深くまで被って顔を隠している様子だった。マントの隙間から覗く黒を基調としたローブに革でできた胸当てと、手には先端に緑色の水晶をはめ込んだ片手用ロッドを持っていた。しかも、男たちの胸当てには、いくつもの水晶が嵌め込まれ魔法攻撃による耐性を上げている。手に持つロッドにも水晶が嵌められ、それは魔法力を増幅するものであった。目の前にいる男達の出で立ちは、あきらかに戦闘スタイルだが、それはパルシアのものではなく、隣国ザルティオン帝国のものだ。
なぜ、隣国のザルティオン帝国の魔法師がいるのか、しかも戦闘スタイルで――。
友好を築くために、来たわけではなさそうだ。
「……空で通行止めって、頭もぶっ飛んでいるわね」
オミードの毒舌に、メフルザードが笑う。
癇に障ったのか、男たちは殺意を剥き出しオミード達を睨む。しかも、相手は子供。その生意気な態度に大人をからかうと酷い目に遭うぞ、といわんばかりであった。
「さっさと立ち去れガキども!」
「ふん。ここはパルシア王国――立ち去るのはお前たちの方だろ!」
メフルザードが、問答無用で攻撃を仕掛けた。
次回 第七話『乱戦』




