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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師~落日の哀歌~
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第二十一話『緑の魔法師の実力』

――前回のあらすじ


 シャヒンの手の者の案内で、トラキア城の侵入に成功したオミード達は、オルテギハがシャーリヤによって眠らされていると知り、なんとか術を解く方法を模索していると、シャーリヤの張った罠にオミードが捕まる。


 オミードが水牢の罠にかかった頃、アルサメスが率いる反乱軍は、一部の兵をニーシャープールの城に残し、王都を目指して進軍を再開していた。

 初戦に勝利したアルサメスは、上機嫌で馬にまたがり行軍する。その横で、シャーリヤも馬にまたがり行軍に混ざる。飛行魔法ではなく、馬での移動には魔力の温存という意味合いと、ニーシャープール城の戦いでは、シャーリヤの圧倒的な魔法で城壁を吹き飛ばし、雪崩れ込んだ兵たちが守備兵を蹂躙し駆逐した。開始わずか二時間余りの出来事であった。ほとんど、シャーリヤの最初の一撃で決まっていたようなものであった。その時に、魔力を激しく消費したので回復が目的でもあった。

 馬に揺られながら進むシャーリヤの元に、仕掛けていた罠が発動したと知らせが入った。


 「殿下にいい知らせですぞ」


 シャーリヤは笑顔を浮かべ、アルサメスに馬を寄せる。


 「カワードの奴が、降伏の使者でも送ってきましたか?」


 初戦を圧勝したので、アルサメスの口も軽やかに動く。


 「それも時間の問題でしょうが、それより、オルテギハ殿を眠らせたオミードを捕えたようです」


 「なんですと!?」


 爽やかな笑顔から一転、アルサメスは眉を吊り上げ怒りを露わにする。


 「性懲りもなくオルテギハ殿を誘拐しようとしたのでしょうが、私の張ってあった罠にまんまと引っ掛かったようです」


 「おのれぇ~、一度ならず二度までも妹を誘拐しようとは……それで、その者はどうなりましたか?」


 「私の造りだした水牢に閉じ込められています。我々が城に戻るまで生きているかは、分かりませんが」


 「そんな事をして、妹は大丈夫なのでしょうね!?」


 オミードが死ぬことで永遠に術が解けなくなっては困ると、シャーリヤに確認するよう詰め寄る。


 「それは大丈夫です。あの術は、術者が死ねば解ける代物です」


 シャーリヤ自身が施した術なので、オミードが死のうが生きようが、関係はないのだが、臆面もなく言い放つ。


 「それは良かったぁ……それにしても、私の手でその小娘を処したかったものだ」


 まるで、目の前にオミードがいるかのように、残忍な表情を浮かべ前方を睨む。


 「その怒りは、もうすぐ現れるであろう王軍にぶつければよろしかろう」


 「……そうですな」


 待ちきれない様子のアルサメスは、今にも駆け出しそうな雰囲気であった。それに、多少影響されたのか、シャーリヤもどこか浮ついた気分で行軍を進める。





 勢いに乗る反乱軍を迎え撃つのは、王都から出発した第二師団と第五師団であった。二つの師団は、ニーシャープールが陥落したと報告を受け、迎撃するのに適した場所に移動して、陣を構え反乱軍を迎え討つ準備を整えていた。


 「まったく、ニーシャープールの奴ら、もっと頑張っていれば、反乱軍を挟撃できたというのに」


 陣幕で息巻くのは、第二師団師団長のナヴィド将軍で、年は三十二歳の比較的若い将軍で、彼の家は幾人もの将軍を輩出している名門の家柄であった。


 「まぁ、手柄は我ら二人のものとなると思えばよかろう」


 ニヤリと右の口の端を上げ笑う男は、第五師団師団長のフェレイドンで、年は四十五歳と壮年期から中年期を迎えようとしていたが、漲る気迫は、一回り以上年下のナヴィド以上であった。

 二つの師団は、総数八万とアルサメス軍と互角の兵数であったが、こちらは正規軍とあって、寄せ集めの軍隊であるアルサメス軍を舐めてかかっていた。


 「伝令! 反乱軍が十キロ地点の平原地帯に入りました」


 「来たか!」


 ナヴィドが待ちかねていたように威勢よく立ち上がる。


 「それでは、戦争も知らぬ王族の坊ちゃんに、戦争の恐ろしさを教えてやるとするか!」


 陣幕から二人の将軍が勢いよく出ると、兵士たちの士気も一気に上がる。


 「――未確認の飛行する魔法師を発見しました」


 上空を見張っていた魔法師から連絡が入る。


 「未確認だと? 敵魔法師団か!?」


 「どうやら、一人で向かって来るようです」


 「一人だと? 降伏の使者か?」


 州を一つ落とした軍が、今更降伏してくるとは思われず、降伏勧告の使者かもしれなかった。

 その場合は、その使者を血祭りにしてやろうと、二人の師団長は考えていた。


 「――未確認の魔法師から攻撃。偵察の魔法師が撃破された模様です!」


 「たった一人で奇襲だと!?」


 意表を突かれた王軍は、若干の混乱状態となる。


 「蒙昧なる国王軍の犬どもよ! こんな地までご足労痛み入る。せいぜい、見事な徒花あだばなを咲かせてくれたまえ!」


 王軍の上空で叫ぶシャーリヤは、深緑のマントを風に靡かせ不遜な態度をとる。たった一人で何ができると、地上にいる軍隊が嘲笑う。もし、上空にいる魔法師のマントの色が見えていたら、今と真逆の反応を示していたであろう。それが王軍の不運であった。

 直径百メートルにも及ぶ火球を瞬時に作り出したシャーリヤは、不敵な笑みを浮かべたまま地上の王軍めがけ、無造作に火球を投げた。

 地上にいた王国軍にとっては、まるで太陽が落ちるような、この世の終わりを感じさせるような光景に、誰も身動きできず、ただ見守っていた。

 地上に落ちた火球は、二人の師団長を飲み込み、大小さまざまな火の玉を飛び散らせた。火球の直撃を免れた兵士たちは、飛び散った無数の火の粉に焼かれ、悲鳴が各地で沸き起こる。

 一瞬で二人の指揮官を失った王軍は、烏合の衆と化し、まるで蜘蛛の子を散らしたように右往左往するだけであった。

 その様子を、上空から薄ら笑いを浮かべシャーリヤが見つめる。


 「全軍突撃ィーーーーー!」


 アルサメスの号令一下、混乱している王軍を掃討すべく、奔流の如く勢いで突撃する。指揮官のいない王軍兵士を倒すのは、赤子の手を捻るより簡単で、次々と反乱軍兵士の凶刃に倒されていった。戦闘と呼べるものではなく、大量虐殺に近いものが繰り広げられる。

 それを見つめるアルサメスは、数万の軍勢がたった一人の緑の魔法師によって無力化された事実を目撃して、その力に心底恐れを抱いた。


 「――さすがに疲れました。私も年ですかな」


 アルサメスの元に降り立ったシャーリヤが、乾いた笑い声を上がる。冗談とは分かっていたが、緑の魔法師の実力を知った今、どう受け答えすればいいのか迷い、アルサメスは小さく笑う。


 「シャーリヤ殿であれば、お一人で王都を攻め落とせるのではありませんか?」


 「いやいや、そろそろ緑の魔法師が出てくるはず」


 「み、緑の魔法師ですか……」


 圧倒的な力を持つ緑の魔法師が敵として現れると聞いて、アルサメスは心胆を寒くする。


 「ご心配めさるな、今国内で私と互角に戦える者などいないのだから」


 一番厄介である緑の魔法師の隊長は、国外にいて不在であった。

 まさに天啓といえる好機に、感謝を述べたい気分のシャーリヤであった。


 「よし、掃討戦が終わり次第、王都を目指して進軍を再開する!」


 アルサメスは右手を突き上げ、高らかに宣言をする。

 それに反乱軍の勝鬨が重なり、人の焼けた臭いが充満する戦場に不気味にこだます。





 アルサメスの軍が快進撃をしている中、オミードは水牢に閉じ込められたままであった。

 色々試してはいたが、水の中であり、やれることは少なく、ほとんど手立てがない状態であった。それでも、なんとか呼吸だけは確保できていたので、すぐに死ぬことはなかったが、長期にわたり幽閉されたとあっては、メフルザード辺りに何を言われるか分からないと、本気で心配していた。

 水中で腕を組み思案していると、眠気に襲われる。

 一瞬眠っていた事にオミードは焦る。

 どうやら、水中にいることで低体温症にかかっていると悟った。早く何とかしなければ、長い時間耐えられない。この危機的状況を打開する策を模索する。


 「様子がおかしくないですか?」


 いち早く、オミードの異変に気づいたのはシャヒンであった。

 その言葉に、ヤムナはオミードが危険な状態だと察して狼狽える。

 そして、意を決したような表情で水牢を睨む。


 「はぁあああああ――」


 呼吸を深く長く整えると、気合の掛け声をあげる。


 「せい!」


 掛け声と共に、鈍く重い音が部屋に響く。ヤムナの拳は硬質化した水牢の壁に阻まれたが、表面の薄皮一枚分を剥ぎ落とす。さらに掛け声と共に、水牢を殴る。

 拳の皮が破れた音と血がにじむ。それでも、躊躇うことなくヤムナは拳を繰り出す。


 「無茶ですヤムナ殿!」


 蒼白な顔でシャヒンがヤムナを止めに入る。


 「このままでは、お嬢様が死ぬ。私はお嬢様をお守りするのが役目、その為ならこの老いぼれの命などいらぬ!」


 そう言うと、水牢めがけ正拳突きを繰り出す。

 不快な音と共に、ヤムナの拳から血飛沫が舞う。

 ヤムナの無謀ともいえる行動に、水牢に閉じ込められた時でさえ、冷静に対応していたオミードが、まるで憑りつかれたように水中からヤムナを静止しようと叫ぶ。

 その言葉は水に溶け、気泡となって霧散するだけだった。

 血が飛び散り、骨の軋む音が響く。

 そんな異様ともいえる雰囲気に、シャヒンも固唾を飲み呆然と見守る。


 ――ドンドンドン。


 入り口の扉を叩く音が、シャヒンの意識を現実へと戻した。

 「オルテギハ様、オルテギハ様! お目覚めですかオルテギハ様!?」

 扉の向こうから男の声が聴こえ、シャヒンは慌てて扉の前に行くと隠語を唱え開かないようにした。


 「なんだ、開かないぞ!?」


 狼狽えた男の声が響く。


 「城内の者に気づかれました。どうしますヤムナ殿?」


 扉を破られないように、魔法で塞ぎつつ声をかける。


 「どうもこうもない。お嬢様を置いて行けるものか!」


 ヤムナの足元には、小さな山が出来る程の硬質化した水牢の破片と大量の血が広がっていた。

 その努力の成果が、徐々に現れていた。明らかに水牢が一回り小さくなっているのをシャヒンは見て取れた。それが、シャヒンの決断を鈍らせる。


 「私達に構わずお前たちは逃げろ!」


 苦痛に表情を歪めながらも、ヤムナは髪を振り乱し水牢を殴り続ける。

 その姿に感化されたシャヒンは、ヤムナが水牢を破るまで、この扉を守ろうと覚悟を決める。


 「埒がない! 魔法で吹き飛ばす!」


 物理的に扉を開けようとしていたが、それでは無理と思った警備兵は、魔法攻撃に移った。

 爆音が轟く。

 シャヒンの張った結界も破られたが、すぐに再構築する。

 それに気付いた警備兵は、もう一度魔法攻撃を仕掛ける。

 爆音が響き、魔法結界が破られるが、シャヒンは素早く結界を再構築する。

 それを何度も繰り返す。

 シャヒン達にとって幸いしたのは、部屋の中にオルテギハが眠っているので、警備の魔法師は、強力な魔法攻撃が出来ない事であった。だが、こちらは一人に対して、警備の魔法師は何十人もいる。そのうちシャヒンの魔力が枯渇するのは目に見えていた。

 ヤムナが水牢を破るのが先か、警備の魔法師が雪崩れ込んでくるのが先か、分の悪い戦いを強いられる状況に、シャヒンは苦笑いを浮かべつつ魔法結界を張り続ける。


 ――どれだけの時間が経ったのか、シャヒンも肩で息をするほど疲労困憊状態であった。それでも歯を食いしばり、隠語を唱える。

 そのシャヒンの背後から、鈍く不快な音が途切れる。

 振り返ったシャヒンの目に映ったのは、全身で息をするヤムナが、両腕を力なくだらりとしている姿だった。

 小山となった水牢の破片と大量の血液を見たシャヒンは、良くそこまでやったと同時に、ここまでかと、撤退を考え始める。

 ヤムナは見るからに疲労困憊で、立っているのも限界なほど両足が震えていたが、その眼光は鋭い光を放っていた。

 水の影響で、オミードの声はかき消されていたが、それでも口の動きで「もういい、ありがとうヤムナ」と、言っているのが分かった。


 「すみませんオミード様。しかし、必ず助けに上がりますので」


 シャヒンは、オミードに口の動きで分かるよう大きく動かし伝える。

 それを理解したオミードは何度も頷く。

 ヤムナとシャヒンとメイドの女の子が無事に逃げる事を祈りつつ、オミードは虜囚としての自分に、惨めさを感じ深いため息を吐く。


次回  第二十二話『命の代償』

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