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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師~落日の哀歌~
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第七話『真夜中の招待』

――前回のあらすじ


 夜の町に、複数の男達に追われる女性と出会ったオミードは、助けに向かうが、女性から断られた。その女性は、チャハマール州の総督であるアルサメスの妹、アルテギハだった。

 彼女は、従者であるソーラブという水晶人間と戻っていった。

 取り残されたオミードの前に、謎の男が現れた。

 「我が主の命によりお迎えに上がりました」


 黒ずくめの男が、オミードの前で跪き首を垂れ口上を述べた。先ほど謀反を疑われているアルサメスの妹であるオルテギハと偶然の出会いを果たしたばかりである。その直後に怪しい男の登場――ダアイに入ってから展開が急すぎて、思考が追い付かないでいた。

 オミードは一度大きく息を吐いてから、目の前で首を垂れる男をもう一度見つめる。どう見ても、まともな人生を送っているようには見られない男の誘いについて行く理由が思い浮かばなかった。


 「――私たち、これから食事なんだけど、用件があるならその後にしてくれないかしら?」


 「勿論、お食事のご用意もしています。なにとぞご足労願います」


 婉曲な断りであったが、男は額面通りとらえて答えた。それすらわざとなのかと、勘繰らせるほど男の態度は読めなかった。オミードは小さくため息を吐く。今日一日だけでも炎天下のなか半日以上列に並び、その直後オルテギハと従者のいざこざに巻き込まれ、気持ちも体力もヘトヘトになっている状態で、得体の知れない男と駆け引きをする気にはなれないでいた。男を無視して歩き出そうとしたオミードたちの前に、深紅を基調とした派手な飾りつけを施した豪華な馬車が、二頭の馬に曳かれ現れた。その悪趣味な馬車にオミードが唖然としていると、黒ずくめの男が馬車の扉を開き誘う。あまりにも強引な手腕に、オミードは腹を立てた。


 「――どこの誰だか分からない男の言葉を信じて、私が――」と、そこで言葉を止めた。本来なら「得体の知れない男について行くわけがない!」といいきるはずであった。だが途中でオルテギハとのやり取りを思い出した。そうあの時、オルテギハはオミードの話を聞かず助けを拒んだのだ。その事に憤りを覚えたことが鮮明に思い出され、そして今、自分も男の話を聞かず立ち去ろうとしていた。それではまるでオルテギハと同じではないかと思い、男の話を聞くべきかもしれないと思った。

 突然言葉を止めたオミードを訝しく思ったヤムナが、「お嬢様?」と声をかけた。すると、オミードはこの世の終わりかのような表情を浮かべていた。


 「どうなさったのですか!?」


 オミードの心境の変化を知らないヤムナは、狼狽した様子で顔を覗き込む。そんなヤムナの狼狽えを、歯牙にもかけずオミードは思考を進めていた。

 このまま男の誘いを断るのは簡単だが、それでは極秘裏に動いているはずのオミードの動きを知り、尚且つどこまで目的を知っているかも分からずじまいとなってしまう。――だが、そう思わせおびき寄せるのが、その者の目的なのかもしれなかった。


 「得体の知れない男の言葉をお信じになられるのですか!?」


 オミードが間違った方向に進もうとしているので、ヤムナは全力で阻止しようと声を荒げて意見する。そんなこと十分わかっているオミードは、「ちょっと、静かにしてヤムナ!」と夜の街に甲高い声がこだます。


 「承服しかねます! 男の言質だけを信じて付いて行くなど、正気の沙汰ではございません」


 「我が主は、身元の確かな人物です。何卒、信じてください」


 そう言うと、男は頭を地面にこすり付けた。それを見たオミードとヤムナは鼻白んだ。男のこの忠誠心に異様な雰囲気を感じ取った。こういった信仰に近い忠義をみせる輩を、オミードは一切信用しないのだが、オルテギハとのやりとりが心に刺さったトゲのように気になって仕方なかった。

 これ以上こんなやり取りをしても仕方ない。まずは、男の正体を確かめるのが先決であると、罠があるならそれを破ってやると、覚悟を決めた。


 「――その招待、受けるわ」


 「お嬢様!」


 「私が決めた事よヤムナ!」


 静かだが、はっきりとした口調で言い放つオミードに、ヤムナはそれ以上言えなかった。それでも納得していないことを表情で示す。それを見たオミードは、心でヤムナに詫びた。



 ――濃紺色で塗りつぶされた夜空に星々が輝く。そんな星々よりも煌々と輝く街灯に照らされる街中を、地面を滑るように男が歩いていた。その男はまるで、闇を引き連れているかのように陰鬱な雰囲気を醸し、王国の至宝と称えられる緑の魔法師のみが纏える深緑のマントを羽織っていた。男の名をシャーリヤという。

 人っ子一人いない街中を進むシャーリヤの行く先には、ライトアップされたトラキア城が悠然とした様相で建っていた。誰の邪魔もなく真っすぐ進むシャーリヤの前に、首を垂れた男が闇の中から突然姿を現した。その男は、オミードの前に現れた男と同じ格好をしていた。そして同じ時間帯に現れていた。


 「何の用だ?」


 首を垂れる男の前で、シャーリヤが止まる。


 「突然の御無礼申し訳ありません。我が主が緑の魔法師シャーリヤ様を邸宅にお招きしたいとのことで、お迎えに参りました。何卒、我が主の屋敷までご足労願います」


 男の口上はオミードと同じものであった。

 それを聞き終えたシャーリヤは、男を無視して歩みを進めた。


 「お待ちくださいシャーリヤ様、少しだけでも――」


 男は慌てて顔を上げた。だが、最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。シャーリヤは男が顔を上げると同時にマントを揺すった。すると、一陣の風が起り男のそばを通り抜けた。

 ――ゴトッ、と重いものが落ちる音がすると、男の視界が反転していた。一体何が起きたのか、男は理解する前にこと切れてしまった。頭を失くした胴体から噴水のように血が噴き出す。真っ赤な鮮血は、地面に転がる男の顔に降り注いだ。気分を悪くする惨劇を起こしたシャーリヤは、地面に崩れ落ちる胴体の音を背中で聴きながら、「下賤な者が、気安く緑の魔法師に話しかけるな」と、静かに吐き捨て歩みを進める。


 魔法の水晶で照らされるトラキア城――その周辺には、粗末な装備を纏った強面の男たちが、いくつものグループとなってたむろっていた。本来なら、城の周辺でたむろうこと自体赦されないのだが、今は事情が違っていた。彼らは兵士募集で集まったゴロツキで、入城できる時間に間に合わず、そのせいでここで一晩過ごすこととなった。

 それを蔑む視線があった。州から支給された軽装の鎧に身を纏った正規兵たちのものであった。彼らは正規兵としての誇りをもって、トラキア城の守備に就いている。それなのに、どこの馬の骨ともわからない男たちが入り込み、我が物顔でトラキア場周辺を闊歩しているのが赦せなかった。それは門を守る守備兵も同じであった。不快感を前面に出しながらトラキア城の西門を守っている兵たちの視界に、澱みなくこちらに進んでくる男の姿を捉えた。またゴロツキがやってきたのかと思い、眉間にしわを寄せ男の行く手を阻んだ。


 「こんな夜更けに来て、城に入れるとでも思ったか!? 非常識にもほどがあるだろ! また明日出直してこい!」


 年長者らしい兵士が、男に対して高圧的な態度を取る。


 「――無礼者が」


 そう言うと、男は両手を下げた。すると、二人の兵士は何かに引っ張られるよう地面に這いつくばる。動こうとしたが、何か強い力に抑え込まれているかのようにビクともしなかった。深緑のマントを靡かせ歩き出した男は、シャーリヤであった。


 「――ふん、その城門は決して開かないぞ」


 地面に這いつくばった状態で、兵士が負け惜しみのように吐き捨てる。それを無視してシャーリヤが歩みを進めると、固く閉ざされた城門が毅然とした様子で立ちはだかっていた。兵士の言う通り、城門の高さは十五メートル、幅は十メートルほどある巨大なものであった。とても一人で開けれるような代物ではなかった。ましてや、施錠されている門を開けることなど、いかに有能な魔法師とはいえ不可能に近い。

 そんな城門を前にしてもシャーリヤは顔色一つ変えずにいた。そして、ゆっくりと右手を門にかざした。口の中で隠語を唱えると、内側にある鍵が独りでに開いた。その音に兵士たちは驚愕の表情を浮かべる。続けざまにシャーリヤが隠語を唱える。――すると、ゆっくりと城門が開いていく。


 「……バ、バカ、な……」


 その光景を目の当たりにした兵士は、口を大きく開け驚く。重々しい音を響かせながら、城門が開いていく。――やがて、人が通れるほど開けると、シャーリヤが悠然と歩きだした。


 「放てえええええ!」


 城門付近で野太い男の声が響く。赤々と燃え上がる火炎弾が無数、シャーリヤを盛大に迎えた。内臓を揺さぶる轟音が、夜空に響き渡る。濛々と黒煙が上がり、城門の一部を覆う。それが晴れる前に「遺体の確認をしろ! それと、他に侵入者がいないか調べろ!」と、西門を預かる隊長風の男から指示が出る。十人の警備兵が爆発地点にたどり着くと、煙が収まるのを武器を携え待ち構える。徐々に黒煙が収まる。そろそろかと、警備兵たちが突入の準備をした時だった、煙を纏う人の影が動くのが見えた。戦慄が警備兵の中に走る。


 「魔法攻撃の準備だ――」


 城門に近づいた警備兵の中から指示が飛び、一斉に魔法の準備に入る。そして、「放て!」と間髪入れずに指示が飛ぶ。人影に向け、火炎弾が放たれた。

 姿を現したシャーリヤは、煩わしげな表情で向かって来る火炎弾群を見つめ指を鳴らす。すると、シャーリヤの体が数回輝く。それと同時に、全ての火炎弾が空中で爆発した。

 突然の爆発に、全員が驚き身を屈める。その隙を突いて、シャーリヤが地面に魔方陣を描く。そして、隠語を唱えると地面が沼地のように変わる。


 「な、なんだ!?」


 下半身まで沼地に飲み込まれ、警備兵たちは小さな悲鳴をあげ、必死に逃れようと足掻くが、動けば動くほど沈んでいく状態に成す術がなった。

 恐慌状態に陥った警備兵たちは、ありったけの声で助けを求める。

 そんな阿鼻叫喚の中を、平然とした様子で、シャーリヤが空中を移動する。

 悲鳴を聞き駆けつけた警備兵たちは、その惨状に目を見張る。


 「一班は、仲間を助けろ、残りは、侵入者を止める」


 空中を移動するシャーリヤを認めた別の隊長が、行く手を阻もうと氷の矢を放つ。

 しかし、矢はシャーリヤに届く前に霧散する。


 「五行の魔法を放つぞ!」


 いかなる魔法師でも、同時に五つの属性魔法は防ぎきれない。シャーリヤを囲んでいた警備兵から、次々と魔法が放たれた。色とりどりの輝きを放ち、魔法攻撃がシャーリヤに向かう。誰もがシャーリヤを仕留めたと思った瞬間、シャーリヤを包む球体が、全ての魔法攻撃を防いだ。


 「――み、緑の魔法師……だ」


 誰が言ったのか分からない一言が、その場にいた全員を凍りつかせた。

 五行の属性魔法を防げる魔法師など、この国でそんな芸当ができる者は、王国の至宝と呼ばれる緑の魔法師以外他にはいない。その事実が全員の心と体を縛り、まるで蛇に睨まれた蛙の様に小刻みに震え怯えた眼で、シャーリヤの動きを見つめる。

 そこからは、何者にも邪魔されず、シャーリヤは扉へと近づけた。

 そして、解除の隠語で鍵を開け中へ入っていく。


 「――派手な登場ですなシャーリヤ殿」


 紺を基調にした豪華な刺繍の施された衣服に身を包み、煌びやかな玄関ロビーの二階から二十代後半の颯爽とした青年が、口元に笑みを湛え出迎える。


 「反乱を企てている割には、脆弱な兵を集めているものですな――アルサメス殿下」


 シャーリヤは辺りを見渡す。柱の陰や通路などに多数の兵が隠れていた。その兵に対しての発言でもあった。


 「これは手厳しい……それで、緑の魔法師殿は我々を討伐するおつもりかな?」


 「ここで、あなた達を皆殺しにするのは容易だが――」


 他の誰かが言ったのなら、一顧だにしないだろうが、相手が王国の至宝緑の魔法師ともなると、そうはいかない。たった一人でも、それが可能なのは、パルシア国民なら誰もが分かっている事だった。隠れている兵士たちに緊張が走る。


 「――わたしがここへ来たのは、別の理由からです」


 「ほう……王の敵とされる州に、王の手先である緑の魔法師殿が何用でしょうかな?」


 柱や物陰に隠れている兵士たちは、固唾を飲んでアルサメスとシャーリヤのやり取りを見守っていた。交渉が決裂するようなら、命をかけてアルサメスを守るつもりであった。


 「……ここでは無粋な話もできますまい。お部屋で二人っきりで話しませんか」


 緑の魔法師相手に二人っきりになれば、万に一つも助かる見込みはない。しかし、ここでやりあったとしても、助かる見込みは、ごく微量増すだけであった。

 ならばと、アルサメスはシャーリヤを自室へ案内する事にした。



 ――城の玄関内が豪華な施しがされていたので、アルサメスの部屋も華美に飾られているのかと思いきや、最低限の家具や物が置かれているだけで、質素な暮らしぶりが窺えた。深緑のマントを脱ぎながら、シャーリヤは意外な表情で部屋を見渡す。

 二人が椅子に腰かけると、すぐにノックする音が聞こえた。

 女の給仕が、紅茶の注がれた美しい二つのカップと乳白色の陶磁器で出来たミルク入れと砂糖入れを運んできた。

 給仕の顔は青ざめ、テーブルにカップを置く手は震え、耳障りな音を立てる。


 「下手くそが、私に恥をかかせおって下がれ!」


 給仕を怒鳴り下がらせる。


 「それで、緑の魔法師殿が、わたしに何の用ですかな?」


 給仕に対する態度とうって変わり、柔和な笑みと打算を含んだ目でシャーリヤを見る。

 出された紅茶をシャーリヤは一気に飲み干す。

 敵であるかもしれないアルサメスが出したお茶を、何の躊躇いもなく飲み干したシャーリヤの豪胆さにアルサメスは舌を巻く。


 「毒が盛られているとは思わなかったのですか?」


 「我々に毒が通用すると思うなら試されるがいい――その代り、代償はその者の命で払って頂くことになりますが」


 とくに脅すような口調ではなかったが、その発言だけで、心胆を寒がらせるだけの迫力はあった。


 「それは、別の者に委ねよう。で、シャーリヤ殿は、王の意向に背き、わたしに会う目的とは?」


 「我が師の復讐」


 死の天使が背後に舞い降り、今にも命を奪っていこうとしているような、風前の灯を感じさせる恐怖があった。


 「……シャーリヤ殿の師とは?」


 「我が師の名は、シャーヒーン殿だ」


 シャーヒーンは、去年シラズ州の騒乱に加担した緑の魔法師で、事件の調査に来ていたオミードと、当時は魔法師を狩る者と名乗っていたメフルザードの二人によって、倒された者の名であった。

 勿論、アルサメスもその事件は知っていて、シャーリヤからその名を聞いた時、全てを理解することが出来た。


 「わたしは、あの脆弱な従弟にこの国の未来を委ねることに不安を抱いた。そして、わたしと志を同じくした者に呼びかけているのです――」


 アルサメスは勢いよく立ち上がると、胸に秘めた思いを吐き出すように熱く語り始めた。


 「この国は四方を敵に囲まれ、危機的状況にあるにもかかわらず、従弟は国民を甘やかす政策ばかりを考え、王族や三大諸侯をないがしろにしようとしている。この国を今まで支えてきたのは愚民ではなく、選ばれた貴族であるにもかかわらず、その事を忘れた従弟には、正義の鉄槌を下さねばならない。その正義を成す為に、シャーリヤ殿がお力添いして下さるのは、何とも心強い限りです! これで、パルシア王国は強固な国へと生まれ変わることが出来る!」


 熱弁を奮い、自分に酔いしれるアルサメス。そんな事に、興味なさそうな顔でシャーリヤは頷く。

 シャーリヤの目的は、あくまでもシャーヒーンの仇であるオミードとメフルザードと国王の命であって、反乱の成否は問題ではなかった。

 また、アルサメスにとっても、緑の魔法師が陣営に入った。その事実だけあればいいと思っていた。

 アルサメスは自室にある棚から、高級な赤ワインを出すと、グラスに注ぐ。

 そして、それを掲げる。シャーリヤも注がれたグラスを持ちアルサメスに倣う。


 「新しいパルシア王国に!」


 「新しいパルシア王国に!」


 スローガンのように掛け声をかけ、打算に彩られた密約が結ばれたのであった。


次回  第八話『水晶人間』

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