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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第十九話『開かれた禁断の箱』

――前回のあらすじ


 州軍の攻撃を退けた反乱軍は、その余勢を駆って、憎むべき総督のいる本営へと進む。

 その前に現れたのは、魔術師大会優勝者のハーミであった。その卓越した魔法師としての腕を遺憾なく発揮するハーミと、ところかまわず戦闘を繰り広げるメルフザードの戦いは、激しさを増す。

 そんな時、ヘダーヤトがハーミを見て、「兄さん」と呼ぶ。

 それはまさに、青天の霹靂であった。ハーミを兄だというヘダーヤトの言葉に全員が驚く。ヘダーヤトとは幼馴染でハーミの事を覚えている仲間も数人いて、しっかりと顔を見ると、確かに目元が似ているように思われた。だが、確証はなかった。それに、なぜ弟を攻撃するのかという疑問もわいた。

 成長しているせいで気づいていないのかと思い「俺だよ……弟のヘダーヤトだよ……」と、絞り出すように言葉を紡ぐ。その声が聴こえているはずだが、ハーミは無表情で隠語を唱えはじめた。

 

 「やめてくれ兄さん!」


 だれもが心を揺さぶられる様なヘダーヤトの悲痛な叫び声に、ハーミは関心を示さず、作業のように隠語を唱える。空中に大気の水分を凝固させた氷の剣を作り出した。それをヘダーヤトに向け投げる。驚きをもってその光景を見つめるヘダーヤトは、力なく立ち尽くしていた。

 このままでは氷の剣に刺し貫かれる。「よけてヘダーヤト!」と、オミードは叫んで警告した。それすら聞こえていないのか、呆然と立ち尽くしたままであった。

 空気を切り裂く不気味な音を上げ、氷の剣は真っ直ぐヘダーヤトへと向かっていく。誰もが、ヘダーヤトの死を覚悟した時だった――

 ファリドがヘダーヤトに体当たりした。氷の剣はファリドの頭上をかすめ飛び去って行った。

 安堵のどよめきが広がる。オミードも胸を撫で下ろす。そして、これ以上みんなを危険な目に遭わせないよう、ハーミの動向を探るよう見つめた。


 「――どうしたんだよ兄貴、俺の事……忘れちまったのか」


 ヘダーヤトは何かに憑りつかれたように立ち上がる。心配したファリドが手を差し伸べるが、その手を無視してハーミに近づく。その眼は虚ろで涙で溢れていた。

 何度も何度もヘダーヤトは同じ言葉を繰り返す。だが、いくらヘダーヤトが言葉を費やしてもハーミは眉ひとつ動かさず、虚空を見つめていた。

 魔法で精神を操られているのかと思うと、オミードも迂闊に攻撃魔法を仕掛けられないでいた。

 そんな周囲に構わず、メフルザードが隠語を唱える。


 「――ちょっと待ちなさい!」


 オミードの制止を無視して、メフルザードは火球弾を五つ作り出した。それを、ハーミに向けて一斉に放つ。

ハーミは防御魔法を展開しようとしたが間に合わず、すべてがハーミに直撃した。


 「――あ、兄貴いいいいい!」


 ヘダーヤトの叫び声は、火球弾の爆裂音に掻き消される。その爆音と爆煙が収まる前に、メフルザードは次の隠語を唱えていた。


 「やめてくれ、あの人は俺の兄貴なんだ!」


 絞り出すように叫ぶヘダーヤトの声を無視して、メフルザードは隠語を唱える。頭上に雷雲が広がりはじめた。落雷で消し飛ばすつもりであった。腹に響くほどの音に戦慄が走る。オミードが止めに入ろうとした瞬間、稲光が走った。


 「あにきーーーー!」


 落雷によって起きた爆風は、無数の小石を巻き上げヘダーヤトの体にぶつかる。激しい痛みが全身を苛むが、それに屈することなく立ってハーミの安否を心配する。


 「――あの人のお兄さんなのよ。ちょっとは待ちなさい」


 爆風が落ち着くと、オミードはメフルザードの前に立って、次の魔法を阻止しようとした。


 「あいつの目を見ただろ! あれは普通の人間の目じゃない。隙を見せたらやられるぞ」


 メフルザードはオミードの甘さを指摘する。そんなことは十分わかっている。だからといって、状況確認せず兄と訴えるヘダーヤトの気持ちをないがしろにしてハーミを攻撃することはできなかった。

 それが「甘い」ということのなのだろうか? 研究施設の地下で見た子供たちの姿を思い出し、自分の選択に少しの疑念を感じる。


 「見ろ、まだ立っているぞ」


 雷撃の煙が収まると、仁王立ちしているハーミの姿が現れた。


 「――な、何……あれ……?」


 全員が、ハーミの姿を見て絶句する。ハーミの右腕は肘からなくなり、そこから銅線のようなものが数多く現れ、さらに右胸の肉は部分的に無くなり、そこから鉄の塊のようなものが見えていた。


 「あ、兄貴……?」


 実の兄が得体の知れぬ姿となっていた。その現実が受け止められずヘダーヤトは放心状態となっていた。


 「うわああっ、も、もうおしまいじゃああああああ」


 ハーミの無残な姿を見た総督は、半狂乱状態となって叫ぶ。やがてその状態のまま走って逃げ出した。総督が逃亡したことで、残っていた州軍魔法師達も蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。その中で、ピルーズだけはハーミの姿に目を奪われていた。

 だが、逃げる魔法師にぶつかられ、ようやく周りの状況に気づき、慌てて逃げようとした。その足を払われ地面を転がりうつ伏せに倒れる。背中に重いものが乗り、大きく節だらけの手で口を塞がれた。


 「あれは何だ答えろ!」


 ピルーズの背中を膝で抑え込んだヤムナが、厳しい口調で問い質す。


 「…………」


 ピルーズは目を逸らし、答えるのを拒んだ。ヤムナは容赦なく腕をねじり締め上げた。その痛みに耐えかねたピルーズは、何度も頷き喋る意思を示す。


 「魔法を唱えようとすれば、腕の一本貰うぞ!」


 「――わ、分かった、全てを話す……」


 ピルーズは観念した様子で、興奮気味に話しはじめた。


 「十五年前、今の総督が着任した。ザルトーシュト候の命で人体によるホムンクルスの製作を、この州で行うためであった。私たちは失敗作を捨てる場所を作るために施設の地下に穴を掘り進めた時だった。その穴で超古代文明の貴重な資料を発見した」


 ピルーズの話を聞きながら、そこがオミードと降りた穴だとすぐに思いあたる。


 「我々は、古代文明の遺産の研究に、十年の月日を費やし、ようやく資料の解読が終わった。そこから、超古代文明の遺産とホムンクルスの融合に五年歳月をかけた。試行錯誤の末、超古代文明の機械と魔法文明を融合させたハーミを誕生させた!」


 話しているうちに、自分達の功績を自慢するように熱く語りだしていた。


 「超古代文明の遺産はすばらしい! 特にEMAモーターは一度始動させると、あとは空間からエネルギーを取り込む形で半永久的に動き続ける事が出来る機械なんだ」


 「では、ハーミは作られているというのか?」


 「あの子は最高傑作だ! 脳以外はすべて機械仕掛けで出来ている。姿は脳が認識しやすいように、元の形にしてあるだけの超古代文明と魔法文明を融合させた結果出来た魔法機械人形だ!」


 ピルーズの叫び声が合図かのように、止まっていたハーミが動き出した。


 「あ、あにき……」


 ピルーズの話を聞いていたヘダーヤトは、目の前にいる兄がただの機械だと割り気ることが出来ず、困惑と悲しみが入り乱れた表情を浮かべ、心が壊れそうになっていた。

 誰もが固唾を飲みハーミを見る。不安定に歩くハーミの姿は、失くした心を探し彷徨っているように見えた。

 しかし、ハーミの次の動きで、そんな憐憫な気持ちもかき消される。

 ハーミが大きく口を開けた。そこから、右手から発射したものより大きな光線が上空に向け発射された。その煌めきは太陽の光より眩しく、白い雲を霧散させた。


 「あはははは、いいぞハーミ! すべてを破壊しろおおお!」


 ハーミの攻撃に興奮したピルーズは、狂ったように叫ぶ。それに呼応するよう、ハーミは光線を乱射する。眩い光が四方八方に飛ぶ。その度大地は溶け、上空の雲は霧散した。轟音と共に舞い上がった土砂が、オミード達の頭上に降り注ぐ。


 「ははは、これだけじゃないぞ! 我々は、ハーミを作った超古代文明の遺産よりも、もっと恐ろしいものを発見したんだ。もうお前達に勝ち目はない諦めろ。そして、絶望するがいい!」


 ピルーズはハーミの光線を見て、歓喜の雄叫びを上げる。


 「死にぞこないが」


 メフルザードは、苦々し表情を浮かべハーミを睨む。やがて、しびれを切らしたように隠語を唱える。


 「待って! あなたは総督の後を追って!」


 「はぁ?……」


 オミードの真意を測りかねた表情を浮かべる。


 「総督の後ろには、必ず私に深手を負わせた者がいるわ」


 「それで?」


 「だから気をつけて……おそらく〈緑の魔法師〉だと思うから」


 「……お前、いい悪女になれるぜ!」


 メフルザードは、残忍な笑みを浮かべる。


 「なによそれ?」


 「――いいぜ、お前の口車に乗ってやるよ」


 メフルザードは隠語を唱え、一気に上空まで昇ると、総督の後を追った。

 一瞬の出来事だったので、ハーミはメフルザードを追えなかった。それを気にするそぶりも見せず、乱射を繰り返す。

 ハーミの攻撃は闇雲だったので、簡単に当たりになかった。それでも、光線の威力は並外れており、近くで爆発が起こるだけでも生きた心地がしなかった。誰もが震えながら地面に身を伏せていると、ハーミの顔がヤムナのほうに向く。


 「逃げてヤムナ!」と、取り乱してオミードが叫ぶ。


 光線は真っ直ぐにヤムナに向かっていく。大地を抉り炎と煙をあげ爆発する。

 煙のせいで、ヤムナの安否が分からなかった。その間、心臓が止まるほどの不安と恐怖で、全身を震えさせながら、ただただヤムナの無事を祈った。

 爆煙が収まらなくても、ハーミは遠慮なく光線を乱発射していた。

 心配そうに見つめていたオミードの視線の端で、何かが動くのを捉えた。大量の土砂の中からヤムナが姿を現した。オミードは、安堵の吐息を漏らす。だが、ピルーズがいない事にも気づき辺りを探す。すると、ヤムナの逃げた方向と反対側で、土砂を被っているピルーズの姿を見つける。ヤムナもそれを確認して安堵する。――が、ピルーズは起き上がると走り出したのだ。


 「ダメ、今動いちゃ!」


 オミードの声と同時にハーミもピルーズの動きに気づいた。ゆっくりと顔をそちらに向け、光線の発射状態に入る。ピルーズもハーミが自分を狙っていることに気づいた。


 「よ、よせ! 私だああああ!」


 その言葉を最後に、総督と共同で作り出した殺人兵器であるハーミの光線に身体を射抜かれる。ピルーズは塵のように霧散して、この世から消滅した。敵だったとはいえ、目の前でむざむざと人が殺されてしまったことに、オミードは唇を噛みしめた。


 「ヤムナ、あなたも総督の後を追って、総督は必ず生きて捕らえたい……」


 ピルーズを失った事で、三大諸侯のザルトーシュトまでの手掛かりは総督だけとなった。この状況では、アルサラーンたちでは総督の首は取れないと判断を下したのだ。ならば、なんとしても生きて捕らえ、すべての罪を白日の下にさらし、ザルトーシュト侯をも捕らえたかった。そうすることで、この反乱の正当性を証明することができる。それが、アルサラーン達の身の安全を確実なものにできる方法であった。その為にも、総督は生きたまま捕らえなければならなかった。


 「わかりましたお嬢様」


 「いいヤムナ。一、二の三でハーミの動きを封じるから、それから行って!」


 オミードの作戦を了承して頷く。


 「いくわよ、一、二の三!」


 オミードは、ハーミを囲むように大地を盛り上げ壁をつくった。そのお陰で、光線が止んだ。それを確認したヤムナは、一気に走り出した。その後姿に、オミードは無事を祈った。

 突然現れた大地の壁に、ハーミは狼狽えたように光線を乱射する。壁の中で爆発音が響く。それは壁の外にも伝わり、今にも崩れそうであった。


 「私たちも今のうちに、城壁まで引きましょう!」


 「ああ、そうだな。行くぞみんな!」


 生き残った反乱軍は一斉に走り出した。そんな中、ヘダーヤトだけが呆然とハーミの閉じ込められている壁を見つめていた。


 「……ヘダーヤト、一旦城壁に戻ってそれから考えよう」


 アルサラーンが近づき声をかける。


 「……あ、あにき……」


 アルサラーンに促がされ、城壁へと体は向くが、顔は壁を見つめたままだった。

 そんなヘダーヤトを見て、オミードは何とかしてあげたいと思ったが、あの地下で人体実験にされたあげく、怪物となったコたちのことが頭をよぎる。出来る事と出来ない事の区別をしっかりもたないと、苦しめるだけだと。学んだことを生かさなければ、あのコたちの死を無駄にしてしまう。

 自らの弱い心に鞭をいれた。

 傷ついた仲間を連れ走っていると、大地の壁が崩れる轟音が響き、全員が振り向く。


 「……そんな、早い」


 オミードの体力がまだ回復しきってないせいで魔力が弱く、作り出した大地の壁は、想定していたよりも強度が低かった。一旦崩れると光線の威力に耐えきれず、雪崩のように大地の壁が崩れていく。遮るものがなくなった光線は、残忍な光の雨となり、大地に降り注ぎ爆発する。

 オミード達は光線を避ける為、一旦地面に伏せた。


 「……城壁までは、まだ距離があるわね……。今のを繰り返しても、あそこまではもたないかも……。そろそろ決断の時かしら……」


 悔しそうな表情を浮かべ、オミードは一人思案する。


 「もう、やめてくれ、兄貴……」


 力なく地面に伏せたヘダーヤトは、泣き声をあげる。十年もの間、ずっと探していた兄と会えた。だが、その姿かたちは変わってしまっていた。しかも、仲間を攻撃するのだ。憤り苦悩で、ヘダーヤトの心は引き裂かれそうであった。


 「ヘダーヤトさん、これから私の言うことを黙って聞いててね」


 オミードは、意を決した顔でヘダーヤド見つめた。


次回  第二十話『非情なる決断』

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