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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第十四話『追憶の懺悔』

――前回のあらすじ


 アルサラーン達と出会えたオミードは、死んでも総督の首を取ると主張するヘダーヤトを、何とか説得する事に成功する。

 そして、撤退しようとした時、オミードの身体を光の矢が貫き、大量の血を流し致命傷に至る。

それを救ったのが、『魔法師を狩る者』と自称するメフルザードであった。

 「――お嬢様、――オミード様、聞いてらっしゃいますか? オミード様ッ!」


 教科書の角で純白のテーブルを叩く女教師が目の前にいた。その表情は、呆れたような、怒っているような、いろいろな感情が入り組んだものであった。

 ――あれ? 私、何をしていたんだっけ……。

 純白のテーブルに肘をつき眠気眼で辺りを見渡すと、首を左右に振らないと全体像が掴めないほど大きな建物があった。それはまるで王族が住むような煌びやかで仰々しい宮殿のようなもので、それがオミードの家族の持ち物であることを思い出す。そして今、オミードは見渡す限り緑が広がる庭に出て勉強をしていたのであった。

 ――なんだ、夢だったんだ。

 その姿は十四歳のものではなく、さらに幼い八歳ぐらいの体格であった。緑の魔法師になった夢を見ていたのだと、少しがっかりとしたオミードは、燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びながら大きく伸びをした。


 「天気が良いから外で勉強したいとおっしゃったのは、ぼんやりする為だったのですかお嬢様?」


 メガネをかけ、おそらく長いのであろう黒髪を後ろで束ねた女教師は、見るからに厳しい雰囲気を醸していた。


 「私夢を見ていたみたい……」

 

 「まぁ、授業中居眠りして、さぞ良い夢が見れたんでしょうね」


 嘲るような微笑を湛え、メガネをくいっとなおす。その嫌味で、オミードの中のスイッチが入った。


 「……ねぇ先生、外の世界ってどうなってるの? 先生みたいなおっかない人ばっかりなの?」


 机にうつ伏せ質問をする。あきらかに、教師を挑発する態度をとってみせる。そうすることで、つまらない授業を回避してやろうと本気で考えていた。


 「ええ、外の世界は私なんかよりも、恐ろしい人がたくさんいるところです」


 「じゃあ、なんで人は、そんな世界で生きていけるの?」


 うつ伏せていた顔を上げ、教師の顔を正面から見つめる。その勢いに、教師は鼻白む。


 「……そこしか、生きるところがないからです」


 教師としては、零点の解答であろう。そのことに気恥ずかしさがあったのか、教師はオミードから視線を外す。


 「じゃあ、楽しくなるように、世界を変えようとはしないの?」


 「――はぁ!? 世界を変えるですって? あははは、そんなこと出来る訳ありませんよ」


 子供を窘めるというよりも、小馬鹿にしたような笑い声を女教師はあげた。


 「なんで?」


 「なんでって……この国を治めていらっしゃるのが国王様で、それを支える三大諸侯様だけが、この国を変えられるのです。一般庶民が騒いだところで、なんにも変わりません。わかりましたか!?」


 「でもだからって、誰も何も言わなかったら、なんにも変わるわけないんじゃない! 国王様にみんなの暮らしを教えてあげないと」


 「まぁ、お嬢様も大人になられたら分かりますよ」


 ――聞き飽きたセリフであった。大人たちはいつも、「大人になれば分かる」と言うだけで、なにも答えてくれなかった。大人になれば分かるならば、今勉強する意味なんてないんじゃないかと、オミードはいつも不満に思っていた。

 

 この後もオミードはやる気のない態度を取り続け、女教師に散々叱られながら授業は終わった。


 「今日の態度、ご主人様に報告しておきますので!」


 そう言い放ち、女教師は帰って行った。その後姿に、舌を出すオミードは、少し寂しい気持ちとなっていた。

 オミードの家はパルシア国の副都テヘランで富を築き、王家の御用達商人にまで登りつめたパルシア王国でも一、二を争う資産家である。オミードは三人兄弟の末っ子として生まれる。上の二人は男の子であったので、女の子の誕生を喜ばれ、父や母や二人の兄からもかわいがられ温室で育てる様に育てられた。父や母は商いが忙しく、ほとんど屋敷には帰って来ず、一番下の兄とは五つも年が離れていたで、一緒に遊ぶことはなかった。そのせいで、ど両親や兄達といるより、一人でいることの方が多かった。たまに両親や兄達と会っても、いつまでも子ども扱いで、オミードの疑問を笑い飛ばすだけで、まともに取り合ってくれなかった。屋敷には大勢の使用人達がいたが、誰もオミードの質問に、ちゃんと答えてくれなかった。家庭教師もお嬢様の嗜みや行儀ばかりで、オミードの質問を冷笑するか適当に答えるだけで真剣に向き合ってくれない。それも不満だったが、もっと不満なことがあった。それは屋敷の外に出させてもらえないことであった。金持ちの子供は誘拐の対象で、外は危険だと言うのだ。その為、生まれてから一度も屋敷の外に出たことがなかった。

 不満だらけの屋敷の生活で、唯一オミードの話をちゃんと聞いて答えてくれたのがヤムナであった。彼は元々オミードの母の父親の姉であるアールマティに仕えていた。オミードの誕生を祝いに来たアールマティが一目見るなり、『この娘には才がある!』と言い、ヤムナを仕えさせることにしたのだ。それ以来、オミードを見守り続けてくれているのだ。


 「――ねぇヤムナ、外の世界は危険だっていうのに、なんでみんな生きていけるの?」


 オミードは家庭教師が帰ってから、まっすぐヤムナの元へと向かった。庭の手入れをしているヤムナの邪魔をしないよう近くに座り問いかけた。


 「生まれた事を喜んでくれた人達がいるから、その人達の為にも生きていくんですよ」


 「私にもいたかな? 喜んでくれた人」


 「もちろんです。大勢の人がお嬢様の誕生をお祝いしていますよ」


 ヤムナの言葉に、満面の笑顔を見せるオミードは、それでも疑問に思う。生まれた事を喜んでくれるような人たちがいるなら、なんで外の世界は危険なんだろうか? ヤムナの言う通りなら、幸せに満ちていそうなのに――。

 考えはじめると気になって眠れなくなっていた。

 そんな日々が続き、オミードはかねてから考えていたことを実行することにした。そう、外の世界を自分の目で確かめるというものであった――。


 事前に調べていた夜回りの時間帯と、屋敷をでるために適した場所の下準備。すべてが揃った今夜、オミードは実行した。

 思ったよりあっけなく屋敷を抜け出す事に成功した。初めて見る外の世界は、色とりどりに輝いていた。それが魔法石であることは後で知った。キラキラ輝くネオンに、喧噪が響く夜の街並みに、オミードは圧倒されながら歩く。今ごろ、屋敷は静まり返っている時間帯である。それなのに、街はこんなにも人がいてお店が営業している。そのことに驚きを禁じ得なかった。

 怒鳴り声や笑い声など様々な音が街中に鳴り響く。オミードにはうるさい程であった。しかし、屋敷を出る時までうるさいほど聞こえていた胸の鼓動が、今はかき消され聞こえないのだ。

 興奮しながら街を歩いていると、徐々に街灯や店の明かりが減り、すれ違う人の数もまばらになっていった。その数に比例して、オミードの心の躍動も徐々に落ち着き、不安な気持ちが頭をもちあげてきた。

 そんな時、数メートル先で人が倒れてるのが見えた。心配に思ったオミードが駆け寄ろうとした。その間も、倒れている人の横を通り過ぎる人たちがいたが、誰も気に留めないのだ。――なぜ? という疑問や驚きが心に広がる。

 ようやく近くまで着たオミードは、倒れている人に声をかけようとした。すると、突然奇声を発して、オミードを襲うそぶりを見せた。驚いたオミードは、その場から走って逃げ出した。その後ろで、男は奇声を発し続けていた。何が起きたか分からず、恐怖で頭がパニック状態となりながらも、オミードは走り続けた。


 ――息が切れ疲れ果てたので立ち止まる。後ろを振り向き、男が追いかけてきていないか確認をする。

 そこに、男の姿はなかった。張り詰めていた緊張の糸が解けたオミードは、安心と恐怖で涙が溢れだした。その場に座り込む。暗がりで心細くなると、後悔の気持ちがこみ上げて来た。

 しばらくその場に座り込み、気持ちと息が落ち着いたので、自分の置かれている状況を把握しようと辺りを見渡した。弱弱しい明かりが、点々と灯っているだけで、人もいない建物郡のなかにいた。ただ必死に走ってきたので、どうやって戻ればいいのか分からない。ここでじっとしていても状況は変わらないと思い、とりあえず歩くことにした。

 暗がりの中、一人歩いていると世界に自分ひとりしかいないような錯覚に囚われ不安と恐怖に慄く。闇は人の心にある恐怖を浮きぼりにする鏡のようであった。小さな物音にすら怯えるオミードは、神経が磨り減り、屋敷が恋しくなっていた。

 震えながら歩いていると、前方に人影が見えた。始めは安堵の気持ちが膨らんだが、すぐに先ほどの男のことを思い出し、人影から逃れるよう建物の陰に隠れる。

 ――様子を窺っていると、その人影めがけ数人の影が建物の陰から現れ、一人の人影に対して、殴る蹴るの暴行をはじめた。静まりかえった場所に、人を殴ったり蹴ったりする鈍く不快な音がこだます。オミードは耳を塞ぎ目を閉じる。もし、あの人影が現れなかったら自分があんな目にあっていたかもしれないと考えると、あの人が自分の身代わりになってしまったような気がして、オミードは罪悪感と助かったという思いに心が揺れ動く。そんな自分に、嫌悪感を抱きながらも身を隠す。


 ――しばらくして目を開けると、人影が倒れていた。オミードは恐ろしさで、駆け寄って助けることが出来ず、反対側に走って逃げた。今では、屋敷を出た自分に対して、怒りと後悔の気持ちでいっぱいとなり、ただ早く屋敷に帰りたいと切実に願った。

 がむしゃらに走っていると、遠くで多くの明かりが灯っているのが見えた。「あそこにいけば安心できる」そう思うと、不安な気持ちが消え去り希望が芽生えた見えた。――が、オミードは突然腕を捕まれた。一瞬理解できなかった。その手をたどっていくと、数人の男達が薄ら笑みを湛え立っていた。その男たちの中で、ラフな格好をした若い男がオミードの腕を強く掴んでいた。


 「お嬢ちゃん、どうした? 親とはぐれちゃったの?」


 目の焦点が合っていない状態で、うすら笑いを浮かべる表情は、一見して危ない雰囲気が漂っていた。オミードは恐怖で声が出ず、ただ首を振ることで、違うと意思表示をすることしかできなかった。


 「親とはぐれちゃったって、このお嬢ちゃん。どうするよー?」


 男はオミードの腕を掴んだまま、男達に声を掛ける。


 「そりゃ、探してやんないとなー。連れて行こうぜ」


 体中のいたるところをピアスで飾り立てた男が言うと、ほかの男達も同意するようニヤニヤと笑みを浮かべる。ラフな格好の男がオミードの腕を強く引っ張った。「いたい!」と声を上げたが、男は気にしたそぶりも見せず、強引に引っ張っていく。このままではいけないと思い、オミードは勇気を振り絞って声を出した。


 「――離して!」


 その声を無視して男たちは歩いていく。オミードは男の手から逃れようと抵抗したが、大人の力にかなうわけもなく、ほどくことはできず引きずられていく。それでも激しく抵抗していると、男が振り返った。


 「大人しくしてろ!」


 抵抗するオミードが煩わしくなったのか、オミードを反転させると抱え込もうとした。抱え込まれたら終わりだと思ったオミードは、腕を振り回し抵抗する。すると、その腕が男の顔面に直撃した。


 「……このガキ~」


 男は怒りを露わにオミードを殴る。口の中で鉄の味が広がり、痛みと恐怖が心を支配する。


 「金ずるだ、まだ殺すなよ」


 「ああ、分かってる。ちょっと大人しくさせるだけだ……」


 この男達は、自分が資産家の娘だと知っているのだと分かった。両親の言っていたことは事実なんだとこの時初めて理解した。だが、すでに遅く、恐ろしい形相を浮かべ、男が顔を近づける。その恐怖に、歯と歯が激しくぶつかる。オミードは半狂乱状態におちいったが、悲鳴さえも上げることが出来ず、ただ大粒の涙を流す。


 「大人しくついてこねぇから、痛い目にあうんだぜお嬢ちゃん」


 男は笑っていたが、オミードを見る目は狂気に満ちていた。ゆっくりと男が拳を振り上げた。オミードの恐怖は限界を超え脳が錯乱状態となった。その時、自己防衛機能が発動した。オミードの中で眠っていた魔法師の血が、脳細胞を百パーセント働かせ七大元素からなる火、水、土、金、木、光、闇、それぞれの固有の波長(隠語)を一瞬で理解させた。オミードは目の前にある恐怖を消し去ろうと、無我夢中で隠語を唱えた。

 男はオミードの魔法を全身でうけ、一瞬で肉片となった。辺り一面に血と肉片が飛び散り、その返り血を全身に浴びたオミードは、完全な放心状態となっていた。それでも、血の臭いや生温かい感触だけは生々しいほどく分かった。

 徐々に自分のした事を理解したオミードは、人を殺めるとい最大の禁忌を犯してしまったという自覚から吐き気をもよおした。


 「このガキ、魔法師だったのか」


 「くそが! くそが、くそが~」


 口々に怒りを顕にし、仲間の復讐に目をギラつかせ、男たちがゆっくりと間合いを詰めてきた。


次回  第十五話『進むべき道標』

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