第十三話『撤退』
――前回のあらすじ
地上に戻ったオミードは、アルサラーン達反乱軍が、無謀な攻撃を仕掛けるのを止めに向かう途中、そこで、『魔法師を狩る者』と自称する少年と出会う。あまりにも危険な少年だったが、オミードはアルサラーン達の救助を優先させたのだった。
青いローブを纏った集団が、横一列縦三列に並び大通りを行進する。それから逃れるよう人々が右往左往していた。この青いローブを纏った集団は、州の警備と防衛を担う魔法師で、戦闘のプロたちである。反乱分子の存在を確認した総督が、緊急招集したのである。彼らは反乱分子と一般人の区別をせず、まるで掃除をするかのように紅蓮に燃え盛る炎を生み出すと、容赦なく人々の集まりに投げ込んでいく。火炎球が地面にぶつかると、炎が四方へと散らばる。その炎に巻き込まれ、火だるまになる人々が続出した。炎に巻かれ、苦しみのたうち回る人を無視して魔法師たちは淡々と作業のように魔法を放っていく。
倒れる人々を無視して、浮遊宮殿がゆっくりと進む。総督は、あくまでもパレードは止めないつもりであった。ここで中止しては、反乱分子を調子づかせると思ったからだ。
「首謀者は捕らえたか?」
総督は豪華な椅子に腰かけ、横柄な態度で魔法師たちの仕事を見ていた。
「いえ、まだです」
「遅い! さっさと捕らえろ!」
警備主任を怒鳴りつける。
「私のパレードを邪魔したら、どうなるか目にものをみせてやらんと気が済まんは!」
怒りに任せ肘掛けを殴る。
そんな総督の怒りが乗り移ったわけではないが、魔法の扱えない実働部隊も動員され、怪しいと思われる者を次々と捕縛、または殺害しながら騒乱の鎮圧に全力を注ぐ。
こうして兵士たちの動きに統一性が見られるようになった。一時期の混乱状態を脱した証左であろう。これは、アルサラーンたちにとっては、悪い知らせであった。一時は、浮遊宮殿にまで肉薄したアルサラーンたちだが、その刃は総督に届かなかった。秩序の回復した正規軍を相手にしては、自分の身を守るだけで精一杯であった。当初の目的であった総督の首どころか、その顔すら見ることはできず、すべてが泡沫のように消えていくのを、忸怩たる思いで剣を取るのであった。
趨勢が決した中、三人の男達が言い争っていた。
「ここまでだヘダーヤト、撤退するぞ」
「まだだ! あそこに総督がいるんだぞ。もう一押しで奴の首が取れるんだ!」
ヘダーヤトの暴走を、アルサラーンが両手を広げ止める。ファリドもヘダーヤトの説得に入っていた。
「これ以上は無理だよ。州軍は完全に態勢を立て直している引き上げよう」
「ファリスの言うとおりだ。もう諦めろヘダーヤト」
「諦めれるか! 兄貴は俺を庇って連れて行かれたんだぞ。兄貴の仇であるクソ総督が、目の前にいるってのに引き上げることなんか出来るか!」
ヘダーヤトは涙を流しながら訴えた。その気持ちをアルサラーンとファリスは痛いほど分かった。分かるだけに、強く撤退しようと言えないでいた。
「――やっと見つけた! 何をぐずぐずしてるのッ!?」
三人の前に現れたのは、深紅のくせ毛を乱したオミードであった。
「……どうやってここに?」
閉じ込めていたはずのオミードが現れ、三人は驚いた表情を浮かべる。
「そんなことより、州魔法師団がくるわ。早く撤退しないと全滅しちゃうわよ」
「うるせぇ、部外者は引っ込んでろ! これは俺達の戦いだ」
ヘダーヤトは頭越しにオミードを怒鳴りつけた。そして、そのまま総督の元へ行こうとした。
「そんなの関係ないでしょ! アルサラードさんあなたならわかるでしょ? これが危機的状況だと」
ヘダーヤトでは話にならないと思い、オミードはアルサラーンに訴える。
アルサラーンはオミードの言うことも分かったが、それ以上にヘダーヤトの気持ちも分かるだけに苦悩していた。
「いいか小娘、俺達の家族や友達を理不尽に奪ったゲス野郎がそこにいるんだぞ! そいつの首を取らずに、撤退など出来るか!」
オミードに言いながらも、まだ煮え切らないアルサラーンを説得するようヘダーヤトが叫ぶ。
「だったら、今生きてる仲間は死んでもいいの? その人達の帰りを待ってる人を悲しませてもいいの? 死んだ人を偲ぶのも大切だけど、今生きている人達の命と家族の思いを守らなくてはいけないんじゃないのッ!!」
アルサラーン達は後頭部を殴られたほどの衝撃を受けた。愛する人を失う辛さは、嫌って程知っているはずであった。それなのに、自分達もまた愛する人を失わせようとしていたのだと、その事に気づかされ、足元の大地が崩れるほどの衝撃を受けた。
「……オミードの言うとおりだ。ここは一旦引き上げようヘダーヤト。生きていれば再戦のチャンスもあるさ」
アルサラーンはヘダーヤトの肩に手を置き、励ますように力強く掴む。
「うおおおおおおおおお!!」
やり切れぬ衝動を吐き出すかのように、ヘダーヤトは天に向かって叫んだ。それが同意なのは分かった。三人は悔しさを滲ませた表情で、同じように天を仰いだ。
――懐から水晶を取り出したアルサラーンは、それを砕き空へ投げる。そこから赤い煙が出て空へと昇っていく。
赤い煙は撤退の合図であった。
「ありがとう、お嬢さん」
ファリスがオミードに向け会釈をする。それに対してオミードは黙ったまま頷いた。今から撤退するのは、とても難しい課題であった。正規兵が出てきた今、易々と逃がしてはくれないだろう。バラけたところで、全員が逃げれる保証はない。それに、個人的な心配事もあった。あの陰鬱な目をした青年の動向も気になっていた。偶然どこかで会ったなら、今度は問答無用で攻撃を仕掛けてくるだろう。さらに、昨晩襲ってきた黒ずくめの男が、このパレードに来ていたらと考えると、誰にも見つからず撤退できることを祈らずにはいられなかった。
――赤い煙を見た反乱軍の男達の行動は、意外にもまとまりがなかった。急いで撤退する者がいれば、まだ戦おうとする者もいた。また、怪我をした者を担ぐ者など、それぞれがアジトへ向け撤退して行く。
「さぁ、俺達も逃げよう」
アルサラーンが、ヘダーヤトの背中をやさしく叩き促す。遠くに見える浮遊宮殿を睨むヘダーヤトの顔には、悔しさがにじみ出ていた。そこへ、火炎弾が飛来した。地面に触れると、爆発音とともに大地を大きくえぐった。ヤムナは素早くオミードを庇い、アルサラーンもヘダーヤトを庇った。
――土煙が落ち着くと、抉られた大地の近くに倒れる五人の姿があった。
「だ、大丈夫ですか? お嬢様……」
「ええ、ヤムナのお陰で私は大丈夫だけど、あなたは?」
「大丈夫です、少し耳鳴りがするのと土を被っただけです」
ヤムナは体についた埃を払い微笑む。
「アルサラーン!? 大丈夫か!」
ヘダーヤトを庇ったアルサラーンが、左肩を押さえうずくまっていた。
「だ、大丈夫だ。少し傷めただけだ」
アルサラーンは左肩を押さえ痛みに顔を歪めながらもゆっくり立ち上がる。それにヘダーヤトが肩を貸す。
「ちょっと座って」
アルサラーンの痛めた肩の様子を、オミードが診る。赤くなっていたが、骨の異常はなさそうだったので、一先ずは安堵した。そして傷めた左肩に手をかざし治癒の魔法を施す。優しい光が灯ると、アルサラーンは痛みが和らいでいくのを感じた。
「魔法ってのは便利だな」
自分たちが魔法を扱えないのは勿論だが、魔法師が一般人のために、魔法を行使してくれることがなかったので、魔法のありがたみを実感することはなかった。それだけに、オミードの行為は驚嘆に値した。
「おにーーちゃーーん!」
爆音や喧騒に紛れ、子供の声が聞こえた。どこからと探していると、それは上空からだった。見上げると、そこには絨毯に乗ったカームビズが喜色を浮かべ手を振っていた。カームビスは兄たちが心配で、絨毯に無理を言って連れてきてもらったのだった。
「あいつ、大人しく待ってろと言っておいたのに……」
「お兄さんが心配でじっと出来なかったんでしょ。お兄さん想いの良い弟じゃない。ここでは簡単な治療しかできないわ。アジトに戻って、そこでゆっくり治療しましょ」
アルサラーンは肩を動かし確認する。痛みはほとんどなくなっていた。これなら走るのに支障はなさそうであった。それを確認したオミードは、両手を振ってカームビズを呼んだ。
「急いで絨毯!」
「ったく、こんなやばいとこ連れてきやがって、魔法が当たったらどないすんねん」
絨毯は蛇行しながらゆっくりアルサラーンの元へと近づいた。
「アルサラーンさんが怪我しているの! 早く来て乗せて帰って」
「兄さんが怪我したって!? 絨毯早く早く!」
「なんで、あの小娘までおんねん」
オミードは大きく手を振り、絨毯に急ぐよう促す。その幼い体を光の矢が通り過ぎた。光の矢は地面に突き刺さると、すぐに消えた。光の矢が通り過ぎたオミードの体に、拳大の穴が空いていた。そこから大量の血が溢れ、辺り一面を赤く染める。
――あれ、なんか地面揺れてない?
オミードの目に映るものすべてが傾いて見えた。突然の出来事に、大人たちは言葉を失い、揺れているオミードを呆然と見ているだけであった。
「お、お嬢様ああああ!?」
時間が止まったように感じられた世界だが、ヤムナの悲鳴で時間が動き出す。
「しっかりしろオミード! い、医者だ! 医者に連れて行くんだ!」
「それより早く穴を塞がないと! 誰か布をこの穴に突っ込んでくれ!」
「お嬢様、お嬢様、お嬢様――」
動揺で思考は空回りし、誰も明確な指示を出せないでいた。
――何を言ってるの、聞こえないわよ。
ヤムナやアルサラーン達が驚いた表情で何かを叫んでいるのは分かるが、聞き取れなかった。しかも、すべてがゆっくり動いてるような不思議な感覚に、足元がおぼつかなくなったオミードは、まるで糸の切れた人形のように前のめりに倒れた。それを見た全員が固まる。その中で唯一動けたのは、ヤムナであった。オミードを抱きかかえようとしたヤムナは絶句した。体に空いた拳ほどの穴から血が止め処なく溢れ、服はおろか大地まで紅く濡らしていた。それはどんどん広がる光景に、ヤムナは呼吸が早くなり、痛くなるほど心臓が激しく脈打ち、絶望と後悔と自分に対する怒りが血液に混ざり全身を駆け巡り、涙となって溢れ出す。
――なに、血? 私から出ているの? 私、こんなとこで死ぬの?
オミードは手についた血を眺めながら、薄っすらと感じる死の恐怖に怯えていた。
その光景を上空からみつめる緑の塊があった。
「あの程度で〈緑の魔法師〉とはな……」
吐き捨てるように言うその男は、緑色の法衣を風に靡かせ、能面とした表情をしたシャーヒーンであった。彼のその目には、怒りが宿っていた。
「あんな小娘を〈緑の魔法師〉に推挙した前隊長。そして、わしよりも経験や実力も劣るあの若造を新たな隊長に任命した愚かな国王一派め、これで自分達の目が節穴だったと気づき、そして、一人の小娘の死を招いた責任を感じるがいい馬鹿者共が!」
怒りと怨嗟を呪文のように呟いたシャーヒーンは、オミードの死を確認せず、興味を失ったように総督府へと戻っていった。
――ヤムナの泣き叫ぶ声が響く地上では、カームビズを乗せた絨毯が地上に降り立った。絨毯から降りたカームビズは、死を目の当たりにして恐怖に慄き兄に駆け寄る。大量に血を流しているオミードに、カームビズは何かできないか、兄に問おうと顔を上げる。視線の先にあるアルサラーンの表情は、沈痛さと後悔が滲み出ていた。それでオミードがもう助からないのだと確信した。
「――どけ!」
オミードの側で泣き叫ぶヤムナを押しのけ男が割ってはいいてきた。突然のことで、ヤムナは茫然としたまま尻餅をつく。アルサラーン達も、男が何者か分からず呆然と見守る。
「酷いやられっぷりだな」
オミードの体に空いた穴を、微笑を浮かべ見つめる男は、ターバルを目深にかぶった陰鬱な雰囲気のメフルザードであった。それに気づいたヤムナが「お嬢様から離れろ!」と、眉を吊り上げメフルザードに詰め寄る。
「この娘を助けたかったら邪魔をするな!」
そう言うとメフルザードはオミードの体に手をかざす。すると、淡い光が灯り始めた。最初は何を言っているのか理解できなかったヤムナだが、その光を見て自然とメフルザード掴んでいた手を離す。
暴動を鎮圧するための魔法攻撃が、オミードの倒れている近くまできていた。――だが、メフルザードはオミードに治癒の魔法を続ける。その様子をヤムナとアルサラーン達は微動だにすることなく見つめていた。
――背中? が、暖かい?……
薄れゆく意識の中、オミードは今まで感じたことのない温かみを背中に感じた。
みるみる穴が塞がっていく。その光景に、全員が安堵の色を浮かべた。だが、メフルザードは厳しい表情のままであった。
「治癒系は苦手だが、なんとか穴は塞いだ。あとは小娘の生命力に賭けるしかないな」
鮮血で染まった服にぽっかり空いた穴から、オミードの絹のように美しい肌が見えた。
「……お嬢様」
ヤムナは、オミードの傍に両膝をつき安堵の吐息を吐く。
「この小娘を連れて早く引き上げるぞ」
ヤムナはメフルザードの指示に不服だったが、オミードを救うことを優先させようと言葉を飲み込んだ。アルサラーンたちはメフルザードの指示に従い絨毯を連れてくる。それにオミードをそっと乗せる。
「ヤムナさんと……キミは先にアジトに戻っていてくれ、俺たちは後から行く」
そう言うと、アルサラーンたちはまだ残っている仲間を救うために街の中に走って行った。
絨毯には、ヤムナとカームビスが乗り込み、メフルザードは飛行魔法で付いていった。メフルザードの存在は気になるが、それよりオミードの無事をヤムナは一心不乱に願った。
地上で起きる爆発で揺れる絨毯の上で、オミードは少し意識を取り戻した。
――なんだか懐かしいなぁ、この揺れ……なんだっけ? ……ああ、確か、八歳にやった事件の時に感じたヤムナの背中の揺れだわ……。
混濁した意識の中、オミードは昔のことを思い出していた。
次回 第十四話『追憶の懺悔』




