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10. めくるめく時間のなかで

 静けさがふたりを包んでいる。にわかに会話がとぎれてしまった。

 この儚い沈黙の原因は、一体何であろうか。

 しめやかな雰囲気を変える為に、ぼくはあえて愚問を呈することにした。

「冬乃ちゃん」

「はい?」

「冬乃ちゃんって、もてるでしょ?」

「・・・ えっ」

「もてませんよ。 なんですか急に」

彼女の声は、取り乱したように大きくはずんだ。

「いや、絶対もてるよ」

「彼氏いるでしょ?」

「いません。 いたんですけど、先月別れました」

「そうだったの。 ごめんね、急に変なことをきいちゃって」

「もお、心にもないことを言わないでくださいよ」

「それは心外だな。 本心だよ、本心」

「嘘ですね。 顔が笑ってますよ」

彼女は、むっとした猫みたいな表情をみせる。

「嘘じゃないよ。 だって、冬乃ちゃん優しいし可愛いし、それに男性からみれば料理が上手な女性って、すっごく魅力的なんだよ。 だからぼくは、きっともてるだろうなって」

「あまり買い被らないでください。 なんだか、恥ずかしいです」

「ごめんごめん、悪かったよ」

「じゃあ、話題を変えようか」

「はい、そうしましょう」

「どんな話題がいい?」

「そうですね・・・」

「今度は、私が質問してもいいですか?」

「どうぞどうそ。 なんでもきいて」

「どんなことでもいいですか?」

「ああ、もちろんだよ」

と、ぼくが大仰な言い方で返事をすると、彼女は急に大人しくなった。

 彼女の眼は、なにかを必死に考えているように宙にすえられたままで、頭のなかで古い書類を丁寧に整理しているような真剣な面持ちで暗闇のどこかを見つめている。

 彼女には、年の差を感じさせない独特の雰囲気があるように思う。

 それはたぶん、高校生とは思えない彼女の成熟した体つきのせいだろう。あるいは、物の考え方や精神的な成長の度合いにあまり差がないためか、いずれにしても年の差を感じないという感覚的な事実だけで今は十分である。

「成瀬さんって、おいくつなんですか?」

「んん・・・ あれ、いくつだっけ?」

「成瀬さん・・・」

「さっきなんでもきいてって、言ったじゃないですか」

「そういえばそうだったね。 二十九歳です」

「ええっ、本当ですか?」

「本当だよ、年で嘘ついてもしょうがないでしょ」

「ええっ、びっくりです。 二十四歳くらいだと思っていました」

「それは嬉しいな。 まあ、よく言われるけどね」

「冬乃ちゃんはいくつなの?」

「さあ、いくつでしょう」

「そうだな、高二か高三だもんね」

「十八歳・・・ いや、十七歳かな」

「・・・」

「無視するってことは、図星だね」

ぼくは、わざと大きな声で言った。

すると彼女は目を細めて

「成瀬さん、なんか不公平です」

と、戦闘態勢をとる猫みたいな表情をみせた。

「不公平って言われてもねえ」

「じゃあ、質問を変えますね」

彼女はまた、例の暗闇を見つめる。

「いま、付き合っている人はいますか?」

「いないよ」

「どのくらい、いないんですか?」

「最後に付き合ったのは・・・ 三年くらい前になるのかな」

「そうなんですか、なんか意外ですね」

「いやいや、そんなことないよ」 

「じゃあ・・・ 好きな人はいますか?」

「んん・・・ 好きな人ねえ・・・」

「いないなあ。 冬乃ちゃんはいるの?」

「私もいません」

「なんとなく似てますね、私たち」

「似てるね。 たしかに似てる」


ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし、ぎゅむ、ぎし。


「成瀬さんって、どういう女性がタイプなんですか?」

「んん・・・ そうだなあ」

「やっぱり、冬乃ちゃんみたいな子がタイプかな」

「・・・」

「・・・」

ぼくと彼女の視線が、不自然に暗闇のなかでもつれ合う。

「えっと・・・ それは・・・」

「見ためってことですか?」

「それとも・・・ 性格的な・・・」

彼女は、妙に歯ぎれの悪い口調で口ごもった。

「全部かな。 可愛いし、優しいし、それに料理も上手だしね」

「本当に、そう思っていますか?」

「ああ、もちろん。 お世辞は言わないよ」 

「・・・」

「冬乃ちゃんは、どんな人が好みなの?」

「・・・ 内緒です」

「っえ、なんで?」

ぼくは、うつむいたまま歩く彼女の横顔にといかけた。

「気になりますか?」

「そりゃ気になるよ」

「やっぱり内緒です」

彼女はいたずらっぽい微笑をたたえて、夜風のように透きとおった声で言った。

「ずるいな」

「ぼくは正直に言ったのに、それこそ不公平だよ」

「じゃあ、おあいこですね」

「こらこら、笑ってごまかさないの」

「ごまかしてませんよ」

「ごまかしてるよ」

「うふふ、成瀬さんって面白い人ですね」

「やれやれ」

「じゃあ、冬乃ちゃんの好みは不明ってことで・・・」

「あれぇ、いんですかぁ?」

そう言いながら、彼女は子どもっぽく首をかたむけて瞳を輝かせた。

「あのねえ・・・」

「うふふ、冗談ですよ」

彼女は小さな口を両手でおさえて笑っている。

それにつられて、ぼくも笑った。

笑みを含んだ彼女の横顔は雪のように繊細で、純白な心をそのまま映しだしたような肌色がただただ眩しくて、手でふれると溶けてしまいそうな気さえした。


「成瀬さん、そこを左です」

「っえ、ここ道なの? ずいぶん暗いね」

ぼくは立ち止まり、周囲を見回した。樹氷に覆われた木々が乱雑に生えているためか、月明かりが差し込む隙間もなく、あたりは不気味に静まりかえっている。

「いつもは車なんですけど・・・」

「こうして改めて見ると、なんだか薄気味悪いですね」

「うん、かなりね」

「自然のお化け屋敷って感じだな」

それに道幅が極端に狭くなっている。もしも、幅のひろい大型ダンプできていたら、そう思うと瞬間的に心身が縮むような冷たい空気を首すじに感じた。たぶん、彼女の家は軽自動車かなにかで・・・

「でますかね・・・」

「出るってなにが?」

「お化けですよ。お化け」

「っえ? お化け?」

「なんだか幽霊がでそうだなって・・・」

「いや・・・ あの・・・ 冬乃ちゃん」

「その心配はいらないと思うけど・・・」

「だって、いかにもって感じですよ?」

彼女の顔には、かすかに不安の表情がうかんだ。

「ないない」

「幽霊なんかより、ぼくは変質者がでないか心配だよ」

「そういえば・・・ 誘拐犯は2人組の男だって、校長先生が言ってました」

「二人組?」

「はい、まだ捕まってないみたいです」

「・・・」

「怪しい人が現れたらどうします?」

「怪しい人ねえ・・・」

ぼくは振りかえり、ぼんやりと暗い雪道に視線をはせた。

いかにも誘拐犯が好みそうな暗闇が立ちこめている。前方と後方から挟むようにして襲われたらまず助からないだろう。

「冬乃ちゃん」

「はい?」

「なにか部活やってる?」

「一応、なぎなた部ですけど」

「なぎなた部? へえ、意外だなあ」

ぼくは、好ましい驚きを含んだ声で言った。

「そんなに意外ですか? みんなに言われるんですけど・・・」

「だって、冬乃ちゃんのイメージと全然違うからね」

「そうですか?」

「うん、そう思うよ」

「いやあでも、それを聞いて安心したよ」

「安心?」

「怪しい人が現れたとしても、こっちには冬乃ちゃんがいるからね」

「ええっ、なんですかそれ? 私が戦うんですか?」

彼女は、興奮気味に上ずった声をあげた。

「いや、大丈夫だって。 ほら、その辺に太い枯れ枝落ちてるし」

「いざって時には、なぎなたの代わりにでも・・・」

「成瀬さん・・・ それ、本気で言ってます?」

「いや、冗談です」

「・・・」

「冗談だって」

「・・・」

「わかった。 じゃあ、一緒に走って逃げよう」

「革靴ですよ? 雪道走ったら転んじゃいますよ」

「転んだら背負ってあげるから大丈夫」

「それはちょっと恥ずかしいです」

「恥ずかしいって・・・」

「じゃあ、お姫様だっこ」

「成瀬さん、したことあるんですか?」

「んん・・・ ないね」

「・・・」

「とにかく。 ぼくが守るから、っね?」

「本心ですか?」

「もちろんだよ」

「約束してくれますか?」

「ああ、約束する」

「絶対?」

「うん、絶対」

「その約束は・・・ 今夜だけですか?」

「っえ・・・」

「うふふ、冗談ですよ。 さっきのお返しです」

「冗談って・・・ あなたねえ・・・」

「うふふ」

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