奴隷
2011年6月3日に少し修正いたしました。
「どうだい、肉付きが良いだろう。この男は前は牛引きだったんだ。だから、ほら、このたくましい腕。若いし、今が買いだよ!」
高い台の上に立つ若者は、隣の男に彼自身の品質がどれだけよいかを声高く言われていた。その台の下には、多くの人々がその若者の価値を見極めようと、目を見開いてジロジロと観察している。
ここは多くの人間を売り買いする、奴隷市場だ。
若者を台上に立たせて行うのは、比較的質の高いとされる奴隷の競売で、そこにやってくる人々も裕福な者が多い。中流階級や、彼らよりも収入の低い者たちはそれぞれの奴隷商人の店に買いにいき、値段の交渉をする。
そんな市場で、ジョゼは人に買われる側として立っていた。横一列に並べさせられ、ジョゼは自分を買ってくれる主人をただ待っているしかなかった。
ジョゼは捕虜になってすぐ、奴隷商人に売られた。戦争で負けた国の捕虜は、勝った国にとって人ではなかった。彼らは、大事な労働力であり、商品だった。
ジョゼの国はジョゼが出た戦で負けた。五年続いた長い戦で、ジョゼが戦場にいたのはたったの一日。初めは、勝ち戦が多かったのに、何故国をとられるほどに負けてしまったのか、まだ十四歳のジョゼには分からなかった。
村の子供たちの中で大きい部類に入る彼は、十四歳という年齢にもかかわらず戦争にかりだされた。しかし、自分のいた村では大きかったジョゼも、戦場での彼は小さい。まして戦で負けた国の子供が大国の子供たちよりも大きいはずがなかった。そして、この多種多様の人種が揃うこの奴隷市場においても、彼は小さかった。
「服をめくって」
ジョゼは自ら客の要求に応え、麻の服をめくり腹を見せた。客の男はいきなりジョゼの腹を触り、腕をつかんだ。
そして、奴隷商人に首を振った。
「もっと、ガタイの良いやつはいないのか? これは細すぎる」
戦争も終盤に差し掛かると負け続きで食糧が減り、ジョゼは育ちざかりである時期に十分な栄養を得られることが出来なかった。村から離れてからはますます食べ物が減った。ジョゼが細いのは仕方のないことだったのだ。
「では、こいつなんてどうでしょう? さっきのより年はいってますが、元農夫ですから体は丈夫ですよ」
商人はにこやかにジョゼと共に並べさせられた男の一人を客に見せた。
客はどれどれと言うように、その商品の体を調べていった。奴隷の男はただ無表情に、これからもしかしたら自分の主人になるであろう客の男の顔を見つめていた。それからすぐに客は納得したように頷き、奴隷商人に顔を向けた。
「よし、こいつにしよう。いくらだ?」
「八百ペタです」
商人はこびた口調で言った。
「ほう、八百とは安いな」
「はい、お客様はお得意様ですからね。少しばかり、まけさせていただきました」
にこにこと商人は笑顔を貼りつけて、赤と緑の刺繍の入ったかぶり物をした客にへつらった。
赤と緑の刺繍入りの帽子は、特に富裕層であることを示す。また、この客は貴族を表す黄色のアクセサリーをしていた。
「ははは。商売上手じゃないか。では、もう一人もらっていこうか」
「ありがとうございます! では、お客様には特別に良い娘を売りましょう」
商人は恐縮したように腰を低くして、奥のテントから若くて美しい娘を連れてきた。
すると、貴族の男はその娘にくぎ付けになった。褐色の滑らかな肌に黒くてつややかな長い髪を持つ娘で、伏せたまつ毛の下の瞳は黒檀のように黒かった。
「こちらの娘はもとは隣国のカツグの巫女をしておりました」
「あの美人が多いと有名な国か!」
「そうでございます。これがそのカツグの娘で、まだ14になったばかりです」
「いくらだ?」
「少々値は張りますが、よろしいですか?」
商人の目が貴族の顔を控えめに伺う。
娘は自分の話しだというのに全くの無関心な様子で、中空をぼんやり見るばかりだった。男はその感情のない表情をいたく気に入ったようで、彼女の端正な顔を屈んでじっくりと眺めまわしていた。
「かまわん。いくらでも払おう」
「ありがとうございます。1グ五百ペタになります」
「牛三つ分とは」
「おやめになりますか?」
「いやいや、払おう。その価値はある」
客はそう言って、後ろに控える従者に金の入った袋を持ってこさせた。従者がその袋を開けて商人の前で確認すると、商人は目を大きくして疑問を口にした。
「これは、多すぎます」
「この娘は牛三つ分とは言わず奴隷二人分の価値はあろう。だからこれでいいのだ」
貴族は自分の気前良さを見せようとでもいうように、きっぱりとした喋り方で言った。
商人はそれを聞くと、より一層腰を低くした。
「あなた様はわたくしめよりも、ずっと目が良くていらっしゃいます。この娘の本当の価値を見出して頂きました。ありがとうございます。この娘もこのような素晴らしい主人を持てて喜んでいることでしょう」
「ははは、この娘も喜んでいるか。嬉しいことを言う。では持っていくぞ、連れて行け」
貴族は後ろの従者が連れる二人の奴隷を伴って、上機嫌で商人のテントから去っていった。
ジョゼは二人の奴隷が連れられていく姿を見て、自分たち奴隷がどのように買われていくかを知った。あの自分と同じ年の少女が喜んでいないことも分かった。高いお金を出して自分を買ったからと言ってその主人が、良い主人とは限らないからだ。もし自分が買われる時が来たのなら、良い主人に買われていきたい。ジョゼはそう心に強く思った。
しかし、主人の善し悪しは食べてからでないと味の分からない食べ物と同じで、買われてからでないと分からないのだ。
奴隷商人のテントが並ぶこの市場では、色々な職業の人が訪れる。それは大抵服装で分かるのだが、例えば緑の刺繍が入った橙色の足の隠れる長いスカート状の服を着て、金の腕輪を身につけた者は、国が認めた天文学者なのだ。また、白くて薄いヒラヒラしたスカート状の服は、天魂師という魂を天に送る祈祷を担う者たちの服装だ。
小さい頃、大国であるこの国とジョゼの国がまだ仲が良かった頃、ジョゼは隣国であるこの国の国境線付近の村で暮らしていた。国境線近くであるため、ジョゼの村と隣国の村は頻繁に行き来しては、交流を深めていた。その交流のなかで、他国である村の言葉や文化などをジョゼは学んでいった。この他国の村との友人関係は、大国であるここが領土を広げていくために始めた戦争のときまで続いた。
ジョゼはテントが張られた場所や広場での競売に集まる人々の職業だけでなく、その大体の人種や彼らの身分まで分かっていた。けれど、そんなジョゼでも分からない職業がある。その職業の男は、ずっとこの奴隷市場でうろついていた。
男は、大きな木の背負いものをしていて、男の背より頭一つ分長い棒を持ちながら歩いていた。気になるのはその男が小さな木の籠をテントで並んで立つ奴隷たちに見せて、あることを聞いて回っていることだった。
「この籠の中に何が見える?」
籠をかかげて毎回こんな言葉を言う。尋ねられる奴隷たちは、ただ決まって同じような答えを返す。
「籠の中には何も見えない」「何も入っていないのではないか?」
ジョゼにとって一番の不思議で気になることは、これを聞かれる奴隷たちの反応だった。なぜなら、ジョゼには籠の中のものがちゃんと見えるからだ。
ゆっくりと自分の売られるテントに近付く箱背負いの男は、淡々と同じ質問を繰り返しながらやってきた。
「この籠の中に何が見える?」
とうとうジョゼの所にも同じ質問を繰り返しに来た。並ぶ奴隷たちの後ろで、奴隷商人は箱背負いの男に不審な目を向けた。彼が早く自分の店から去るのを待っているのだ。
「丸くて白い、綿毛のような鳥が見えます」
「何!」
箱背負いの男は激しい声をあげ、目が飛び出さんばかりにジョゼの顔を見つめた。
男の必死な様子にジョゼだけでなく、自分と一緒に左右に並ぶ奴隷たちも驚き、こちらを振り向いた。ジッと観察する男の視線にジョゼは気まずい思いがした。
箱背負いの男はそれから、水色の着物のふところから小さな箱を取り出し、ふたを開けた。中には赤い粉が入っていて、それを指でつまむと手のひらにパラパラと落とした。
「では、これに何が集まっているか分かるか?」
男の質問が終わらないうちに、その彼の手のひらには何かが集まってきていて、まるで餌にありつくように群がっていた。
だからジョゼにはすぐに、それが分かっていた。
「さっきの籠の中に入っていたものと同じものが集まっています」
ジョゼが戸惑いながらもはっきりと答えると、箱背負いの男は長いためを作り言った。
「よし。お前にしよう。そこの商人! この少年をもらいたい」
遠巻きにジョゼと男の会話を聞いていた商人は男に呼ばれて初めて、その箱背負いの男が客だと気づいた。商人は彼が客だと分かると途端に顔に笑顔が浮かび、その男に対して丁寧なものごしになった。
「はい。こいつをお買いになりたいのですね。ですがこいつはとても細くあまり労働力ににはなりませんよ。こいつよりもこの奴隷なんてどうでしょう? 力仕事でしたら、このように太くないと」
商人がジョゼの右側に立つ男の服をめくり見せて、彼からより儲けようとにこやかに自分の持つ商品を紹介していた。
「いや、この少年でいい」
「そうですか? あまり使える奴隷じゃありませんが、お客様がよろしいのでしたらお売りしましょう」
「ああ、いいんだ」
商人は少し眉根を下げたが、それは一瞬のことですぐにまた笑顔を貼りつけた。
「一千ペタになります」
男は値段を聞くと、もともとすでに用意していたようで腰にぶら下がっている袋をはずして、商人に中を見せた。商人はお金の入っている袋の中身を確認すると、すばやく袋を受け取りジョゼの足の鎖をはずした。
奴隷たちは全て足に逃げ出さないように、五人まとめて同じ鎖をつなげられている。ジョゼもテントの店先に立つ間は鎖を足にはめていた。店先に立つ以外では鎖ははずされているが、逃げ出すものはほとんどいない。テントの前での奴隷にはめる鎖は、奴隷商人が奴隷の管理をきちんと行っているという見せ物のために彼らに鎖をはめているのだ。また、奴隷の価格は牛二頭分の一千ペタと大体の奴隷商人の間では決まっている。
「来い」
彼はジョゼに一言そういうと、後ろも見ずに先に速足で歩いて行ってしまった。
ジョゼはこの男に買われた。そして、これからは彼がジョゼにとっての主人だった。
「はい」
小さくジョゼは返事をすると、大きな箱を背負い、長い棒を持ったこの変な男のあとを追って歩いた。
ジョゼは例え鎖でつながれていなくとも、彼から、奴隷としての自分から、逃げられないことを知っていた。それに逃げても、この見知らぬ土地で奴隷の子供が一人で生きて帰れることもできないと分かっていた。
ジョゼには、彼が唯一の頼りだった。
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