捕虜
2011年6月4日に大幅に文章を改定いたしました。
昼間の森の中を黙々と行軍する人々。
柔らかい腐葉土を固めるかのように次から次へと人の足が地面を踏みしめる。
森を明るくさせる光が木々の間からさし、穏やかな風がこの葉を揺らした。
この爽やか陽気の中で、ジョゼの心は沈んでいた。
これから自分を待つ運命に不安が押し寄せる。
重くて自分の体に合わない大きな甲冑。そして腰から下げた不似合いな茶色い鞘に入った剣。
ジョゼは今まで農具以外でこんなに重たい鉄を持ったことがなかった。武具の扱いなどほとんど分からずに持ち歩いている。たぶん彼の前を歩く同じ年頃の少年もジョゼと同じように、武具の扱いを知らないだろう。
ガチャガチャと音を立てながら、戦場へと向かう彼らの表情は暗い。
村では体が大きいといっても、戦争で食糧の少ない時期にそれほど肉付きがいいとは言えない。村でも栄養状態の良い子供は全くいないので、その中でも背の高いジョゼが戦争にかりだされたのだ。
今日が初めての戦だった。
ジョゼはどうしてこの時期に背が人より高く成長してしまったのかと、前を歩く少年を見つめがらどうしようもないことに嘆いていた。
それほど深くもない森を抜けるとすぐそこに二つの川が見えてくる。その川の先を越えると他国になる。
ジョゼは何も立つものがないひらけた場所の向こう岸に、甲冑の色が違う大軍を見た。多くの槍が林のように見え、その高くそびえる得物の姿は、ジョゼたちをまるで威圧しているかのようだった。
続々とジョゼの後ろから幼い兵士たちがやってきて、川向こうの光景に足を止める。
ドンドンドン。
戦場に兵士が揃ったころ、低い太鼓の音が両軍から鳴り響いた。
戦の合図だった。
ジョゼたちは覚えたての動きで形を作り、その人々の並びのままで剣をかかげて大きな声をあげながら攻めていった。
川の先にいる緑の甲冑の彼らも同じで、多くの人で形を作り槍を前に出して攻める。
ジョゼは周りに押されるようにして走った。声はただ自分の恐怖を打ち消そうと張り上げて叫んだ。心臓の鼓動が大きくなり、敵が近づくごとに苦しくなっていった。
浅い川の水をバシャバシャとまきあげながら、槍とともに近づく緑の彼らを見た。そして、お互いの武器がぶつかると思った瞬間。
ジョゼは何かに足をとられて前につっぷした。転ぶと同時に前を走っていた少年と後ろからやってくる彼らをもまきこんでいた。
川の底の泥水を少し飲みこみ、鼻や頬、額を砂利で傷つけたジョゼはすぐさま顔をあげた。気付いたときには大勢の仲間の兵士が迫りくる敵の槍にやられて、倒れていた。
隣で血を流す自分と変わらない年齢の少年たちが、うめき声をあげている。叫び声や武器のぶつかり合い、気合の入った大きな声がジョゼの耳をふさぐ。それしか今のジョゼには聞こえないのだ。
戦いからすっかり遅れてしまって、自分も早く武器をとって応戦しなければいけなかった。けれど、なかなか体が動かなかった。目の前の恐ろしい光景にどうしたいいのかわからなかったのだ。
ちょうど倒れた仲間たちの間にいて、敵からはジョゼが動かなければ見つからない場所にいた。見つからないということもあって、このまま動かなければ戦わずにすむのではないかと思った。
そうしてどれくらい経ったのか、いつの間にか戦場にはまたあの太鼓の音が鳴っていた。
今度は撤退の合図だった。
ジョゼはその音をぼんやりと遠くに聞いていた。
早くここから逃げなければ。自分の軍に戻らなければ。
のろのろと頭にそんな考えが浮かび、やっとジョゼは動き出した。
立ち上がって周りを見ると、もう動いている味方の兵士が見当たらない。やってきた森に振り返ると、ずっと遠くに森の中に入っていく兵士たちの姿が二、三人見えた。
ハッとしてジョゼは慌てて、駈け出そうとした。けれど、突然後ろに何かを突き付けられた。
「動くな! 武器を離せ! 降参しろ!」
ジョゼは背中に冷たい汗をかきながら、ゆっくりと後ろを向いた。すると、緑の甲冑のジョゼよりもずっとがたいのいい大人の男たちが自分を見ていた。
「こ――――」
ジョゼは降参すると言おうと口を開いたが、声がかすれて出てこない。体を動かそうにも、周りをすばやく取り囲まれて、がっちりと拘束されて動けない。
体が震えて、頭が真っ白になった。何も考えられない。ただ、怖い顔した大人の兵士たちを恐ろしいとしか感じなかった。
力の入らない足を支えられてジョゼは無理やり彼らの自軍へと歩かされたのだ。
そうして、ジョゼは緑の防具を着た男たちに連れられて行き、彼らの捕虜となったのだった。
読んでくれてありがとうございました。
もしよろしければ、何か分からないこと、誤字脱字がありましたら教えてください。よろしくお願いします。