閑話
「……どう思う?」
「は? 何がよ」
某日、快晴日和。
学園の屋上には、なんとなしに合流していた一組の男女の姿があった。
手すりに寄りかかりながら校庭を見下ろす、金髪のイケメン騎士ことシュライゼン・エーゲブレヒト。
そんな彼のすぐ左傍、座り込んで昼餉であるクリームパンを食べているのは、赤髪の少女騎士ことメリル。
いやさ、と再びシュライゼンが口を開く。
「団長の姫さん。メリルはどう思ってんのかなーって」
「何その話題? どうって……まぁ、好い人なんじゃないの? あの団長が異性相手にあんなに狼狽してるトコなんて初めて見たし。尻に敷かれてる、ってああいうコトでしょ」
「へぇ……意外と大人なんだね。もうちょっとないの? 嫉妬とか」
「馬鹿なの?」
はあ、とメリルは大きく溜息を吐いた。
「──嫉妬してない奴なんかいないでしょ、私たちの中で」
「……、」
嫉妬。羨望。悔しさ。
まったくお門違いな感情なのは重々承知した上で──それが一切ないと言えば、嘘になる。大嘘だ。
「私はまぁ分かりやすい方よ。恩人に何よりも大切な人が出来た。それだけならまだ良かったわ。相手が普通の……何の戦闘能力もない、ただ美人で人が良いってだけの相手だったなら。でも、そうじゃなかった」
相槌を打つまでもなくシュライゼンは察している。
だから沈黙したまま、続きを聞く。
「──団長と同じレベル。そう、だから何? すぐに追いつくわ。──地元でダンジョンをいくつも攻略してきた。そう、それくらい私にもできるわ。──ビジュアルが完全に団長好み。そう、あの人に大切なものが出来たのはいい事だわ」
「……それで?」
「──団長と……セシリアを、魔王の手から護り通した。そう、なにそれズルじゃない?」
「あはー、わっかる~」
ぐしゃっ、とそこでメリルがパンが入っていた包みを握りつぶした。
「勝てる、ワケ! ないでしょ!! そんなの惚れるわよ、私だって惚れる自信あるわよ!! 超カッコよすぎでしょう、そんなの!! 騎士の誉れよ!! なんで騎士じゃない奴がやってんのよォ──ッ!!」
「うわぁ、荒れてる荒れてる。どうどう」
ぜぇはぁと叫び散らして息を切らしたメリルの頭を、よしよし撫でるシュライゼン。
撫でんなッ、と手痛く叩かれたところで、
「そういうアンタはッ!!」
「……笑わない?」
「むしろ笑える要素がありそうなの?」
「……完封された」
「……え?」
いやね、と遠い目で空を仰ぎながらシュライゼンは語る。
「この前……さ。一昨日ぐらい? ちょっとアインにも秘密で手合わせ願ったんだよ。そしたらちょっと……強すぎて」
「つ……強すぎって」
「特筆した強さがあるわけじゃなかったんだ。ただ、そう……普通に強い。完全にこっちの動きを読まれて、よく分からないスキルで重圧かけられたところで、ばーん、と」
「……」
「アインは分かりやすく強いんだけど……あれはなんて言うのかなぁ。積み上げられた強さの極致? 秀才が行きついた果ての姿? いや、天才とか秀才とかって話でもないんだよな……才能じゃなくて、道理というかルールというか……次元が違ったよ」
「……言い過ぎなんじゃないの。流石に……」
笑えないどころか、薄ら寒くなる話だった。
人間に対して行う評価ではないだろう。自分たちの団長じゃあるまいし。
「姫様の悪口……? 許さない……」
「「うぉわぁああッ!?」」
急になんか出た。
金髪の少女──ザスキアだ。小形態の黒竜を両腕で抱え、一切の気配なく二人の近くまで来ていた。
「ざ、ザスキア……な、なによいきなり出てきて。びっくりしたぁ……」
「いや悪口というか評論会というか……愚痴大会?」
「シュライゼン、何のフォローにもなってないからそれ」
「愚痴……? どうして、姫様に……?」
「……うーん、オレらが未熟ってだけだよ。ね、メリルちゃん」
「ちゃん付けすな」
「──こんなところにいたか」
お、とシュライゼンが声に視線を投げると、黒髪の同僚まで現れていた。
「どしたのエクレール。また婚約者に平手でも打ちくらった?」
「そんな事実は発生したことがない。私と彼女の仲はすこぶる良好だ」
「じゃ、天下の腹黒副団長様がこんな場末の屋上まで何をしに?」
「場末の屋上ってなによ」
「団長の姫君が同じクラスの男子に呼び出しを受けた」
その報告に屋上が静まり返る。
ここに第三者がいれば、氷点下まで冷え切ったと感じたことだろう。
「放課後に学園運営に関わる重要連絡事項があるから一人で来てほしい、と。そして、」
「まだあるのかよ……?」
「団長が三年のウィステリア伯爵令嬢に、放課後中庭に来てほしいと呼び出された」
しばらく考え、シュライゼンは口にした。
「……結託?」
「いや、男子の方は男爵家だ。両者に繋がりがあるとは考えにくい。ただの偶然だろう」
「ねえ……二人の婚約は教会も王家も公認しているものよね? なんだってそこに横槍を入れたがるの?」
「男爵家の方は単純に団長のことを知らないのだろう。地方から来た一年坊主だしな。令嬢の方はまぁ……」
「片恋……拗らせ……諦め悪い……」
言っちゃなんだが、ここにいる全員の共通認識として。
──団長はモテる。
というのも、こんな一癖も二癖もある自分たちの信頼を勝ち得て、団を率いている時点でカリスマ性に関してはお察しなのだが、美貌、強さ、ローゼンクロイツ家という後ろ盾もあり、そりゃもうずば抜けてモテる。
それを誰よりも理解し、彼の幼少から、その数多の火の粉を振り払ってきた熟練者はシュライゼンだった。
「チッ……去年の夏の一件でもう懲りたと思っていたのに……」
「何があったのよ……」
「姫君のことを知ったのが契機かもしれんな。同じ伯爵家、しかも辺境出身。対抗心を燃やすには充分な動機だ」
「大体さぁ、あの二人、学園でイチャつかなすぎなんだよ! 登下校は一緒だけど、他では全然顔合わせしないし!」
「……? そんな事ない、よ? この前、図書室で逢引きしてたし……」
え、とザスキアの報告にシュライゼンが止まる。
ふむとエクレールが彼女に目配せした。
「ザスキア、詳しく」
「朝の登校、二時限目の十五分休みは三階踊り場、昼休みは二週間に一回、屋上でお喋り、放課後は図書室か魔導第三準備室、下校。二人とも気配を隠すのが上手」
「……そういえば、どちらもレベル上限だったな」
あ~ね……と一同、揃って無闇に高レベルな蜜月っぷりに、遠い目をするなり呆れたりなど、一通りのリアクションをしてから。
「じゃ……行くか。問題の令嬢はオレが引き受けるよ。今回こそ因縁にケリをつけてやる」
「では二手に分かれよう。女性陣は姫君を。団長の方は私が行く」
「了解。ザスキア、姫を誘導できそうな場所って分かる?」
「聖典……そろそろ返す頃だろうから、図書室かな。私が行くね……?」
軽い打ち合わせがそれで完了し、四人、コクリと頷き合ってそれぞれ行動に移っていく。
第六神聖騎士団。
彼らは今──敬愛する団長と、その姫を影からサポートする実働部隊と化していた。
平穏な日常とは、常、数多くの努力によって成り立つものである。




