温室の歓談
「【ホーリー・バースト】」
校庭が消し飛んだ。
計測器っぽい魔道具が光と共にその存在を終え、残された地平には、隕石でも落ちて来たかのような巨大クレーターが出来上がっていた。
きゃあっ! 流石! すごーい! ──的な歓声は微塵もなく。
破壊神、降臨──みたいな静寂が、朝の校庭に満ちていた。
(──アインハルトの魔力、ヤベェ……)
〝力〟を手にしてしまった……ばりの緊張感ある心境で己の右手を見やる。
これは流石に予想外だった。
今の【ホーリー・バースト】の威力が、普段使っているものとまるで別格だったのだ。別物と言ってもいい。
どうやらゲームでは単に「敵の魔力を吸収」という効果がそのまま「MP回復」に繋がるだけだった《吸精》スキルは、ことこの現実化した世界においては、「吸収した相手の魔力を自分のものにする」という効果になっていたようだ。
ただのMP回復・還元ではない。
吸い取った相手の魔力とその性質をそのまま支配下に置き、行使できるというもの。
確か前世の設定資料によれば、曰く、聖騎士時代のアインハルトの魔力は、「強大なる神聖の魔力」という解説がされていた。
いやいや神聖の魔力ってなんだよ、ゲームシステム的には「神聖魔法」はあっても「神聖属性の魔力」なんかねーよ、っていうまさしく裏設定的なものに過ぎなかったのだが。
「……、」
……しかし……これではっきりした。
レベルがどうとかじゃなく、アインハルトは持っている魔力の質からして常人とは違うのだと。ラスボス補正?
「……えー、ヴァイス・フローレンスさん? 貴方は、聖女として救世を掲げていましたよね?」
「ええ、はい」
「…………が、頑張ってくださいね。先生は、応援してますから……っ!」
気弱そうな苦労人属性っぽい眼鏡巨乳の担任の先生が、まるで命乞いのようなことを言ってきた。俺も! 私も! と、それにすぐさま便乗するクラスメイトたちはしたたかなのか図太いのかノリが良いのか何なのか。
そんな感じで無事に実力検査をやり過ごし、外から教室へ戻る途中、
「見て見て! 二年生が戦ってる!」
「向こうの実力検査は実戦形式なのか……!」
窓から見下ろした中庭では、二人の騎士が相対していた。
片方は銀髪の聖騎士、アインハルト。
もう一方は黒髪の騎士──エクレールだ。
《鑑定》を発動させて戦況を見れば、エクレール側には結構なバフスキルが乗っているのが確認できた。
ざっくり言うと速度+3、回避確率+1、珍しいことにクリ率バフ+1。
合理主義者なのにクリティカルギャンブルとかやっている。私かよ。
「動く──!」
観衆の生徒が声を上げた時、二人の姿が霞んだ。
エクレールの速度はアインハルトを上回っている。常人が認識できる速度を超えている。防御ゼロで速度と回避に振って立ち向かってる辺り、アインハルト戦において相当に研究と試行を重ねたのだと解るが──、
「っ……!」
彼の攻撃を、アインハルトは容易く斬り払う。
超反応している、という様子ではない。普通に視認できているのだろう。バフも何も関係ない。普通に攻撃をいなし、仕掛け、それをエクレールが紙一重で回避する。
エクレールのレベルは73。
たったの7レベル差だというのに、これ。
──結局、傷一つつけられずに剣が弾かれ、アインハルトの勝利と相成った。
膝を屈したエクレールに、アインハルトが手を差し伸べ、彼がそれに掴まって立ち上がる景色が見えたところで視線を切る。
(……ステータスの値も、同レベルの私とは違うと考えた方がいいかもな……)
常人離れしている。
やはり、アインはシステムを越えた領域に足を踏み込んでいるのかもしれない。スキル、数値が無意味。ゲームではギリギリ縛れていたそれが、こういうリアル環境になると、果たして機能しているかも分からない。
──ま、今となっては、彼と戦わないためにも、周回を重ねているのだが。
♰
「──あ、あのっ! 一緒にお昼ご飯、行きませんかッ……!?」
昼休み。
隣席の美少女ことセシリアから、そんな誘いを受けた。
やたら緊張した面持ちで。勇気を精一杯振り絞りました! といった決意の可愛い顔で。
「あ、はい」
ついオーケーしてしまった。物凄く素で返答してしまったのを後悔する前に、「やった……!」と小さくガッツポーズするセシリアの嬉しそうな顔が見えた。
めちゃくちゃ可愛いなこの妹……
流石はアインハルトの実の妹というか、顔が良い。混血だからって遠巻きにするのが損なくらいだ。
しかし──セシリアについて情報が欲しいのも事実。
まだ彼女の死亡フラグが完全に潰れたかは保証できない。
一度目は止めた。だが二度目はどうなる?
そういった事もあって──
「そ、粗茶ですっ」
「これはどうも」
やって来たのは学園内にある温室。
そこのテーブルの一角に座り、セシリアが淹れてくれた紅茶をいただく。
綺麗な植物や美しい花々の景色や香りを楽しみながらのランチタイムとは……今、物凄く貴族っぽいことをしている気がする。ランチというかお茶会だ。ケーキスタンドがあるだけでテーブルの華やかさが違う。
「あのっ……この前は助けていただき、ありがとうございました」
「うん。一生感謝するといいよ」
「はわっ……は、はい! ええとですね、それでですねっ」
わたわたとセシリアはなんだか口が回っていない。
緊張しているのだろうか。私相手に?
えーとえーと、と彼女の目がぐるぐるしてきたところで、クッキーをその小さい口に押し込んだ。
「むぐっ」
「落ち着いて」
さくさくさく、とクッキーを食べるセシリア。まるでハムスターのようだ。
……めっちゃ可愛いな……
確かにこんな娘が目の前で死んだら闇堕ちするのも頷ける。流石は来世メインヒロイン。
「も……申し遅れました。まずは自己紹介ですね。セシリア・ミレイ・ローゼンクロイツです。兄がいつもお世話になっています」
「此方こそ。君のお兄さんの婚約者のヴァイス・フローレンスです。よろしくセシリア」
まずは形式的だが挨拶から。
紅茶を一口飲み、それで、と言葉を続ける。
「私に何かご用?」
「あっ……ええと、まずはあの日のお礼が言いたくて。それといくつか質問が」
「どうぞ」
まずはセシリアがどれくらい未来について知っているのか。
〝魔王にならないで〟と彼女はアインハルトに言っていた。それだけでもおおよその予想はつくが──、
「まず……ヴァイスさんは救世主様、なんですか?」
「それはその定義にもよると思うけど……まぁ、私はまだ魔王を一人も倒していない。それが基準となるのなら、私は救世主と呼べる存在ではないだろうね」
「いえ……でもヴァイスさんから感じるのは、多くの神々の気配です。三重加護……どこかでそれを受ける原因になった因果があったのではないですか?」
……鋭いなこの子。
因果、か──そんな事を言えば、そりゃあもちろん「ブラグレのプレイヤーだったこと」だろう。
プレイヤー。
そして彼女の言う救世主とは、その分身。
実質、前世:救世主といえよう。
その内の一人に過ぎないが。
「心当たりはなくもないけど……その前に、此方も確認しておきたいな。セシリア、君はどこまで視た?」
彼女が息を呑む気配がした。
答えるのも躊躇われる質問だ。予知夢の体質。今の私の問いは、それを知っていなければ出てこないものである。
得体の知れない相手に話せるものか──
「ええと……若干正確性に欠ける説明だと思うんですけど、私が見たのは、黒い衣装の兄さんが玉座で黄金の杯を掲げている様子で……」
それは……オープニングムービーですね……
ブラグレのOPのワンカットだ。血の注がれた聖杯を掲げて、これでもかとラスボス最大瞬間風速を記録する一瞬である。プレイヤー心理的には、いつかこいつと戦う時を思ってワクワクしたものだ。
「あまりにも禍々しい様子だったので、きっと兄はいつか道を違えて魔王になってしまうのではないかと……! その原因が、あの女性なんじゃないかって思って……」
なるほど妥当。
道理で危険を冒してまで飛び出してきたワケだ。しかし悲しいかな、こういった断片的な予知は、往々にして解釈を誤って取り返しのつかない事態を引き起こすものだ。
セシリアの場合、あまりにも典型である。
だが引っかかってしまうのも仕方あるまい。「典型だ」と感じる私の感覚は、多くの物語の類型を知っているが故なのだから。
「ま……当たらずとも遠からず、かな」
「!?」
「トリガーは君の死だよ、セシリア。それが全ての破滅への引き金となる」
「え……!?」
彼女には……共有しておいた方がいいだろう。
自分の身を、きちんと自分で護ってもらう意識を芽生えさせるためにも。
「……私には、断片的にだがある救世主の記憶がある。その記憶において、君の兄は、君の死をきっかけに壊れるんだ」
「こわ……れる?」
「その結果が君の見た光景だよ。そして私の持つ救世主の記憶において、君の兄は救世主と戦い、倒される」
何度も何度も。
救世して記録して再開してX周目する。
何度も何度も。
彼らと戦い、彼らを倒して、世界を救う。
「じゃあ……えと、ヴァイスさんは……」
「私はイレギュラーだ。本来この世界に在っていいものではない。異物だよ」
「!? ご、ご自身をそんな風に言わないでください!」
そんなことを即答される。
ガタンと身を乗り出して立ち上がったセシリアが、泣きそうな顔で見つめていた。
なんとなし、その口にクッキーを押し込んだ。
「むぐぅ!!」
「事実を述べただけだよ。自己評価が落ち込むほど思い詰めてないから安心なさい。むしろ私はこの状況を愉しんでいる。君が死から逃れたことで、ありえない世界が構築されているんだ。私の存在そのものが世界を変革させている。こんなに愉快な事は他にない」
ははっ、と笑い声を漏らす。
「誰の企画かは知らんが、私はそれに全力で乗っかるよ。面白いからね。だがなんにせよ、あいつに世界を滅ぼさせるわけにはいかない。協力してくれるかな、セシリア?」
「んぐっ……協力、とは?」
「生き延びること」
ぱちくり、とセシリアの目が瞬いた。
「どんな状況になっても、生を諦めないで。たとえ私が途中でしくじったとしても、君が生きている限り、私がいた意味があるから」
「ヴァイスさん……」
「二人だけの秘密ね」
人差し指を口元に立てて、しーっとする。
そこでセシリアはゆっくりと身を引き、自分の席に座り直す。
「……でしたら、ヴァイスさん! 折り入ってお願いがあります!」
「ん? なに?」
「私を鍛えてくださいッ!!」
──???
流石に紅茶片手に固まるしかなかった。
「え、何……なんて?」
「欲しいんです……力が!! ヴァイスさんも兄さんも護れる……そんな『力』がッ!!」
グッ、と拳を握ってやる気を見せるセシリア。なんて頼もしい。
「私の死が切っ掛けとなるのなら、その運命をはねのけられるくらいの強さが必要不可欠! お願いしますヴァイスさん、どうか私を──弟子に!!」
い、イケメンだぁ……
……こういうところはなんか、来世のメインヒロインみを感じるなー……やはり魂は同じということか。
「フ……私の教えは厳しいよ?」
「望むところです! よろしくお願いいたします!」
「ちなみに今のレベルどれくらい?」
「32です!」
おや、そこそこの高さだな。
目を丸くしていると、実は……とセシリアが語り出した。
「偶に、屋敷を抜け出してダンジョンに行っていたり……」
「君はまず命を大事にすることから覚えなさい」
全力で自分のことを棚上げして私は言った。
セシリア……来世に負けず劣らず、活発な娘だ……!




