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20話 修行

「はぁはぁはぁ……あと何周ですか?」

「私が良いと言うまでだ」


 せめてそれくらい教えてくれてもいいのに。

 あーやっぱり他の講師選んどくんだったなー。


 面接のあと、俺は特殊な白界に連れてこられた。

 ここは何でも常時展開可能な場所らしく、白界だというのに色もあってちょっと白界っぽくないところだ。


 そんな場所で俺は、瓦屋根の家が目立つ昭和時代みたいな町の中をひたすら走らされていた。


 これがまともな道ならまだよかった。


 だが人がギリギリすれ違えるような細いジグサグとした道や、連続する半円状の橋、階段の昇降が連続するただただ辛い道など酷道のオンパレード。


(それに何かここに来てから、妙に疲れやすいんだよなぁ)


 最近の自分は朧人を浄化する過程で魂が強化されたおかげで、そこら辺の大会に出たらワンチャン優勝出来そうなくらいまで身体能力が上がったと思う。


 だけど今はまるでこの仕事を始める前の軟弱な自分に戻ったみたいだ。


 しかし足を止めるわけにはいかない。


 今の俺は忍者服みたいな紺の衣装に着替えさせられたのだが、その中に着ている鎖帷子が足を止めると急激に重たくなるのだ。


 一応、怪我しない程度に加減されている感はある。


 だが問題は肌に食い込んだ鎖帷子の跡が残り、変態みたいな感じになってしまうことだ。


 万が一千紘ちひろさんに目撃され蔑んだ目で見られたとしたら……。

 きっと俺は男として立ち直れなくなる。


 だから頑張るしかなかった。


(にしてもここって本当に白界なんだろうか?)


 世界に色があるし、人はいないけど猫とか犬みたいな動物もいて、木々を揺らす風もある。

 

 ないのは太陽くらいだ。


「あのここって本当に白界なんですか? なんか色もありますし」

「ここは確かに白界だ。ただ訓練用に空間内の情報量を増やしている特別仕様だがな。その分、入界した者への魂の負荷も増えるが逆に言えば効率よく訓練を行うことが出来る」

「へー……そうなんですね」

「だが肉体には直接作用しない。つまり基樹、お前がそこまで疲れているということは、それだけ元の肉体が軟弱だということだ」


 これでも一応走る習慣はあったんですけど……。


 ちんけなプライドが傷つくのを感じ、言い返してやろうかという気持ちが少しだけ湧く。けれど涼し気な顔で並走している高重さんの姿を見て、一瞬でその気持ちが萎む。


 走りにくそうな袴のような服。しかも米俵みたいな見た目の重りを、三つも担いでいる。靴も運動靴とかじゃなくて草履だ。


 そんな状態なのにまるで引かれた線の上をなぞるような、ブレのない走りを見せている。


 ちなみに重りは何と一つ六百キロあるらしい。

 まあ本当に六百キロもあるわけないだろうけど。


 いくら魂で身体能力が強化されたとしても、限度ってものがある。


 でも試しに持ち上げようとして一ミリも挙がらなかった。

 だからそれなりの重さがあるのは間違いない。


 今までいろんな凄い人に出会ってきたが、この人は身体能力面で人類か疑わしくなるような凄い人だ。


 なーんて呑気なことを考えられる余裕もやがて無くなる。


 そしてどんどん重くなっていく足ばかりに意識が向く。

 いつになったら終わるんだろう。

 ここで足を止めたらどうなるんだろうか。


 怒られるのかな?

 それとも根性がないと呆れられるのかな?


 そんな疑問が頭の中を渦巻き、埋め尽くす。


「……よし、走り込みはこれくらいにしておこう。身体を休めなさい」

「は、はい……」


 その場に崩れ落ちるようにして倒れこむ。


 しばらくして意識がはっきりしてくると、自分が最初にスタートした町中の広場にいることに気づいた。


「ほらこれを飲んでおけ、水分補給は大事だからな」

「あ、ありがとうございます」


 高重さんから茶色い液体が入ったペットボトルを受け取る。

 魂布茶? 


 なんだこれ。

 印刷ミスか?


 疲れで目がおかしくなったのかと何度か見返すが、間違いなく魂布茶と表記されている。


 ま、いいか。


 今はもう飲めればなんでもいい。

 うん、味は悪くないな。普通のお茶だ。


 昆布の旨味みたいな深い味がしておいしいかも。


「一つ尋ねるが、どんな事を考えながら走っていた?」


 そう言って高重さんが俺の隣にそっとしゃがみ込む。


 何か距離が近い。

 少し体を逆側にそらしながら、質問の意図を考えようとして諦める。


 下手な嘘をついてもどうせ気づかれるだろうし。

 でもちょっとだけ取り繕っておくか。


「やっぱり訓練って大変だなって……」

「怒らないからもっと率直な感想をいいなさい」

「うーん……。疲れたなぁとかいつ終わるのかなぁみたいな感じでした」

「だろうな。これは体力もだが精神力を確認する訓練でもあった。終わりがわからないものは辛いからな」


 あー確かに。


 最初から町内十周とか二十周とかはっきり言われたら、ここまで精神的には疲れなかったかもしれない。


 後半はいつ終わるんだよって、心の中でずっと文句言いながらイライラしてたかも。まあ最後はもうそんな余裕すら無くなってたけど。


「今まですぐ終わるような戦闘しか経験したことがないだろう。だが朧人との闘いは時に丸一日以上かかることもざらにある」

「い、一日以上ですか……」


 そんな長い時間あんな奴らの相手をするなんて、考えたくもない。


「ああ、そうだ。そんな時は体力もそうだが精神が問題となることも多い。先ほどの走り込みは体力を鍛えながら、いつ終わるかもわからない戦闘時の感情を少しでも理解するための訓練だった」

「なるほどちょっとわかった気がします。……っていうかそんなずっと朧人が出ることもあるんですか?」

「時期と場所によってはな」


 うへー、マジなのか。


 今の俺の実力だと多分戦えても一時間くらいが限界かも。

 頑張って体力つけないとなぁ。


 でもその前に複数体との戦闘を出来るようにしたほうがいいか?

 一体ならともかく複数体の戦闘とかですぐグダっちゃうし。


 課題が山積みだ。


 体力面はおいおいつけていくとして、とりあえず複数の敵と戦うときのコツでも聞いて、対複数戦の備えをしておこう。


「沢山の敵と同時に戦う時のコツってあります?」

「そうだな。まず常に冷静さを保つこと。それと場所と視野も大事だな」

「なるほど……?」


 場所だけはわからなくもないが、他はあまりピンとこない。


「冷静さを失えば動きが乱れる。場所は戦いの有利不利に大きく影響する要素だ。視野は見るべき場所だな。目の前の敵だけに集中せず、他の敵も意識の中に留め置く必要がある」

「うーん……難しそうですね」

「そのあたりの感覚は一朝一夕で身に付く物ではないから、意識した上で経験して慣れていくしかないな」

「はい」


 経験か。

 満足に戦えるようになるのは、当分先だな。


「それまでは無理だと思ったらすぐ逃げなさい」

「えっ、逃げてもいいんですか? 別に白界内なら死ぬわけじゃないんですよね?」


 白界作る前に襲われたら確かに逃げるのはアリだと思うけどさ。


「状況によってはな。確かに白界内では死ぬことはないが、多少なりとも魂は損耗する。だから死なないことに越したことはない。何より死に慣れすぎると、段々と感覚が狂ってくる」


 言われると確かにそうかもしれない。

 前に事故って死んだときは結構パニくってたもんな俺。


「では訓練を再開するぞ」

「えっ」

「戦いの最中、冷静さを保つ為には体力が何より大事だからな。疲れは判断力を鈍らせる」

「いや、せめてこれを飲み終わってから――」


 にしてほしい。


 そう言い終わる前に持っていたペットボトルが何故か高重さんの手に。

 そしてペットボトルを思いっきり傾けて、あっという間に中身を飲み干してしまった。


「これで無くなったな。では行くぞ」

「あっ、はい……」


 何も言えなくなった俺は、何故か休憩前より重く感じる足を再び前へ進めるしかなかった。

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