26 先に言え
〈陽輪〉はすっかり落ち込んでいる。
リベルとしてはそのことに苛立ち、ついには自棄になってこう言った。
「あのさあ、今は格好どうこうにこだわってる場合じゃないだろ。どうしても我慢できないならさ、俺たちが勝手におまえにぶら下がってるだけだと思えば」
『わかっている』
黄金竜はそう答えた。
「今は格好どうこうにこだわっている場合ではない」ということはわかっている、ということらしい。
――事の発端は、リベルがこの先、どうやってヴィレイアたちと連絡を取るのか、ということだった。
距離が縮まりさえすれば連絡を取れるだろう法術師を連れて行くのは、本人の了解さえあれば、有難いことこの上ない。
ゆえに、リベルとしてはティドの、「伝令役が必要なら、僕、あなたと一緒に行く」という言葉に飛びついた。
一度訊き返し、彼が本気だとわかると快哉を叫ぶ勢いだった。
ティドとしては、家族同然のザイクをリベルが救ったのだから、恩返しをせねばという思いがある様子で、リベルは身勝手にも、「鉱路で行方不明になってくれてありがとうザイクさん」とすら考えそうになったほどだった。
そして、そもそもリベルを欠落の淵から救ったのはティドとリリシアだったはずだから、それを以て恩返し完了と考えなかったティドを、心の底から本気で尊敬した。
一応、格好だけは遠慮して、「いいの? 本当に?」と尋ねたものの、リベルがティドの手を握らんばかりになっていることは周囲にもわかっただろう。
が、ここで予想外の方向から問題が発生した。
「ティド一人で?」
と言い出したのがバール。
レイネとベリオも真剣に心配そうな顔をしていて、リベルは内心で驚倒した。
ティドは十七、八歳に見える。
つまり、もう立派に大人だ。
共和国では、十五になれば大人と同等の責任が課せられる。
勇者組合では、十二歳やそこらで加護を恃んで勇者になり、四十絡みの玄人勇者について懸命に生き抜く子供も珍しくはない。
そしてリベル自身、八歳の頃には売り飛ばされて鉱路で生き延び、行商を襲い、十一歳で〈言聞き〉に誓約させられて、怒声で周囲を脅すようになっていた。
ゆえに、ティドがこの年齢になってもまだ、庇護が必要な子供として見られていることに驚いたのだ。
――そして同時に、バンクレットを思い出した。
リベルたちを子ども扱いして甘やかす彼を。
とはいえバンクレットのあの優しさ、甘さには、これまで不幸な目に遭ってきたリベルとエルカに、その分を取り返させようとするような、そういう切実さがあった。
だが、思えばこの町は小さく、陸艇も陸舟もないとなれば閉鎖的な環境だ。
子供をいつまでも子供と甘やかしているというよりは、貴重な若者を大切にしているという方が近いのかも知れない――と、リベルは想像を働かせた。
リベルが、「必ず無事に帰しますので」と言い出す前に、バールたちの間で議論が白熱し、更にそこに周囲の住民たちまでが割って入って、収拾がつかなくなった。
そして、リベルが茫然としている間に、「じゃあ、バールとベリオとレイネもついて行くか」ということで話が纏まってしまったのである。
「ベリオ、いいの?」
「ザイクか? まあ、リリシアがついてるし、もう欠けやしないだろ。なら大丈夫さ」
リベルは慌ててしまったが、バールはあっけらかんと、「いざというときに人手が合った方が良くないか?」と。
「例えばさ、あんたが〈言聞き〉を追って、ケセットからまた別の町に行くことになるとするだろ。ティドも当然連れて行くわけだ。
そのときに、俺か、レイネか、ベリオがその場に残れば、あんたの仲間に事情を説明できるぜ」
「それに、」
と、レイネ。
「あんまり詳しくは知らないけど、生まれた町の外に行くと、旅券をあちこちで見せなきゃいけなくなるって聞いたことあるわ。
リベルくん、きみ、旅券も持ってなさそうだもの。持ってるあたしたちと一緒にいた方がいいわ」
リベルは渋面。
――リベルには、元より旅券はない。
生まれたときに付与されたそれは、ショーズ商会に売り飛ばされると同時に焼き捨てられた。
ゆえに、勇者組合に属していることがわかる徽章がその代替となる。
――が、リベルの徽章は誘拐されたときに取り上げられている。
これではケセットをうろついていても不審者扱いだ。
バンクレットやヴァフェルムの名前を振り翳せばなんとかなるだろうが、お節介な衛卒に捕まる時間の無駄すら避けたいのだ。
加えて、バールの言うことも尤もではあり、では、さて、移動手段はどうするかという話になるが、これは一択。
何と比しても時間が掛からない、黄金竜の翼に頼るべきだ。
――斯くしてリベルが〈陽輪〉のそばに戻り、雨に打たれながらもこれまでの経緯を説明。
〈陽輪〉としても、何よりも尊い、彼――あるいは彼女――の愛し子の安否が懸かっているのだから、一刻も早く出発しようとのことで意見は一致しており、〈陽輪〉はリベルよりも更に輪を掛けて気が急いている様子ですらあったが、
『荷物が増えるのか……』
〈陽輪〉からすれば、リベルは大切な愛し子の心臓を預かっている存在だ。
ゆえに、乗せて運んでやることにこだわりはない。
だが一方で、そこにどこの馬の骨とも知れぬ――彼に言わせれば――二つ虫が大量に加わるのは遺憾であるらしい。
格好にこだわっている場合ではないが、可愛い相棒を救いに駆けつけるときに毛虫を大量にくっつけてその場に現れることになった、と言わんばかりの落胆具合。
リベルとしては、申し訳ないやら腹立たしいやらである。
「もう、仕方ないだろ。
そもそも、おまえの相棒の心臓の具合に、俺を巻き込んだおまえらが悪い」
苛立ちに声を大きくしてそう言えば、〈陽輪〉は大きな琥珀色の神秘の瞳で、リベルをじっと見た。
『――おまえが愛し子に頼んだことだ』
「嘘いうな」
うんざりしたリベルは手厳しくそう言ったが、〈陽輪〉は無言でその神秘の双眸を瞬かせるばかりだった。
リベルと黄金竜の間には、更に一悶着があった。
というのも、リベルは自分の、〈陽輪〉は相棒の、それぞれで緒の長さを同じくする命の期限について、両者で言い回しが微妙に異なったのである。
急いたリベルは「とにかくもうあと八日しかない」と言い、リベルよりも更に急いた〈陽輪〉は「もう八日もない」と言う。
両者でその言い回しのずれへの違和感を舌の先で弄んでから、リベルはそっと言った。
「あのさ、まだ何か俺に黙ってることない?」
〈陽輪〉は〈陽輪〉で、恐ろしい予感に震撼するような気配を見せて、囁くように。
『まさかとは思うが、この月が欠け落ちるまでの間に、愛し子を取り戻せばいいだけだとは思っているまいな?』
リベルは朱色の瞳を見開いた。
「――違うの……?」
『――――』
さしもの黄金竜も絶句の気配を見せた。
その首の辺りで、さわ、と黄金の鱗が逆立つ。
『おまえはつくづく、私の予想を上回って常に愚かだな』
辛うじて絞り出すようにそう言って、〈陽輪〉は消え入りそうな声で続けた。
『……そもそも、おまえと私の愛し子の心臓を入れ替えるために、五日を要したことを忘れたのか』
「――――」
『もちろん、心臓の入れ替えだけをいえば、さすがに然したる日数は要さないが。
そもそも期限が迫れば、当然、心臓には如何なる負担もかけられなくなる。愛し子を――ああ、おまえもだが――少しも動かすわけにはいかなくなるのだ』
せめて三日の猶予は得たい、と真面目に言葉を続けられ、リベルはその場に崩れ落ちた。
このときの〈陽輪〉の言葉はリベルにしか伝えられていなかったから、周囲はなんだなんだとどよめく。
リベルは歯を食いしばっての涙目である。
――〈陽輪〉の翼をもってすれば、移動速度は陸艇に比しても段違いの有利を得る。
それを差し引きしても、なぜ〈陽輪〉があれほど繰り返し「時がない」と言っていたのか、リベルはようやく納得した。
「さ――先に言えよ!!」
怒鳴る。
「そういうことは! 言わなくても俺がわかってるだろうって高を括ってるんじゃなくて! ちゃんと言えよ!」
赤錆色の髪を掻き毟って、リベルは雨の中で絶叫する。
「なんだよもう! 殆ど手遅れじゃねえか!!
ヴィリーに会えなかったら、何をどうしてでも絶対におまえを呪ってやる!
俺の兄貴分だって、おまえを見つけたらただじゃおかねえからな!」
『ここでおまえが手掛かりを見つけたはずだ』
〈陽輪〉は冷静に呟いた。
気は急いていても、〈言聞き〉を見失った当初に見せた動揺は鳴りを潜め、冷静さを取り戻しているのだ。
『おまえには加護もあるはずだ。そして私には翼がある。
心臓は既に癒えた』
「おまえらに捉まった時点で、俺の加護がクソの役にも立たねぇことはわかるだろ!!」
リベルは罵声を上げ、「てめぇの可愛い〈言聞き〉を見つけるのに、おまえはやる気あんのかよ!」と怒鳴り、さすがに黄金竜の機嫌を損ねた。
――確かに、〈陽輪〉は、心臓を取り替えられたリベルがそれと知らぬまま鉱路内を彷徨うところを捜索して見つけ、彼に事情を説明し(つまり、力で劣るリベルを力づくで服従させようとはせず)、リベルの意思を尊重して彼の立てた計画に従ってきた。
そして直近では、無理を押して魔法を使うという不注意から、欠落寸前にまで至ったリベルを救うべく尽力し、その間に周囲に事情を説明して、リベルが協力を得やすい体制を整えてくれたのだ。
それは裏を返せば〈陽輪〉自身のためでもあったが、「二つ虫」と蔑称で呼び続ける割にはリベルを尊重していることも否定できない。
〈陽輪〉が一声吼えて脅せば、人間程度は何百人いようが制圧できただろうことを思えば、周囲の人間にも十分気を配っているといえる。
ゆえにリベルの罵倒はいささか度を過ぎてはいたが、命の期限が想定よりも短いとあっては、堪忍袋の緒が切れるどころか蒸発するのが人間というものである。
――リベルも徐々にわかり始めていたが、この黄金竜は傲慢かつ長広舌、そのくせ自分に既知のことは相手も既知だと思い込む、典型的な学者気質の、その悪しき部分を詰め込んだ性格をしていた。
案外、日常では学者として過ごしているのかも知れない――黄金竜にも学者や研究者という分類があるのならば。
頭に血が昇ったまま、いったん建物の中に入ったリベルに向かって、そのやり取りはリベルの側しか聞こえていなかったはずのレイネが目を丸くして、「リベルくん、あんな風に怒鳴るんだね」と言ってきたが、虫の居所が最悪だったリベルは、日頃の人見知りも脇に放り捨て、それを無視した。
慮外の苦労を伴ったのは、〈陽輪〉が彼らを運ぶ手立てだった。
リベルとしては――そしてその場の全員が――当然ながら、馬に荷を乗せるときの如く、また友人を負ぶさるときの如く、黄金竜の大きな背中に目をつけたが、
「駄目だ、これ」
許可を得て〈陽輪〉の背中に攀じ登ったリベルが、そこから滑り降りながら言った。
「掴まる場所がない。背中の棘っぽいやつに掴まったら絶対に掌が切れる。それから多分、長いこと上にいると、鱗の縁で怪我をしそう」
リベルは苛立っている。
こんなところで時間を浪費すべきではない。
既に時刻は昼下がりだ。
残り時間が想定していたよりも更に二、三日短いとあっては、もう一刻たりとも無駄には出来ない。
――まさに同時刻、ヴィレイアたちはリベルの伝言を受け取っているのだが、リベルがそれを知る由もない。
数分の議論ののち、最も穏便な案が採られた。
即ち、大判のシーツを用意し、それを即席の釣床の如くにして〈陽輪〉に握ってもらう――握る箇所には麻布も加えて補強する。
そしてそのシーツを釣床あるいは鞦韆のようにして、人間が運ばれるというものである。
バールとベリオは複雑そうな顔をしたが、ティドとレイネは明らかにわくわくしていた。
とはいえ、高揚するどころではないリベルの顔を見て、それを必死に抑えていたが。
リベルからすれば、そばに確保しておきたいのはティドだけだ。
ゆえに、「ちょっとでも出発の挨拶で時間を喰うようならば待たずに出発する」という強固な意思が顔に出て、リベルも冷静であれば罪悪感を覚えそうなほどに簡単な、手を振るだけの挨拶を以て四人の四等勇者は即席の釣床に潜り込んだ。
リベルはどうしてもそこに加わる気になれず、〈陽輪〉としても、貴重な心臓を預かっているリベルを他の二つ虫とゼロ距離の位置に置いておくのは不安が大きかったらしく、暗黙の裡に、リベルはここに来たときと同様、〈陽輪〉の前肢の掌に掴まった。
隣の前肢からぶら下がる釣床から、レイネの「リベルくんはこっちに来ないの?」という声が聞こえてきたが、リベルは応答しなかった。
聞こえなかった振りをして、貰い受けてきた地図を、雨から庇いつつ、片手で広げて眺めていた。
地図を畳み、懐に仕舞い込んだリベルが、最初の方角を大声で〈陽輪〉に伝える。
何しろ黄金竜である、人間が勝手に建設した巣――都市ともいう――の位置関係など、把握しているはずもない。
黄金竜がゆっくりと羽搏いた。
亜竜とは比べ物にならない優雅さ、静けさ。
まるで空気そのもの、風そのものがその巨躯を支え、空が手招きしたかのように、雨の中で煌めく黄金の竜が上昇する。
荷物を抱えることに〈陽輪〉は落ち込んだが、何を抱え込もうとその高潔さと美しさ、神聖不可侵の佇まいが毀損されるものか。
顔に吹きつける雨のために、リベルは目を閉じた。
風が雨粒に濡れた頬から体温を奪って、濡れた髪を後方へ嬲る。
(大丈夫、大丈夫――)
不安に竦む自分自身に言い聞かせる。
(もうすぐあいつらに会えるから)
*◇*◇*
「もちろん、〈言聞き〉じゃない可能性だってある」
陸艇の客室の奥、仕切壁の向こうの個室で、エルカは小声で言った。
――初春の月二十四日の夜である。
そばにいるのはヴィレイアとバンクレット、そしてリエラだ。
全員がリベルの過去を了解しているが、逆にいえば他人には、リベルの過去は本人の了承なく話す気がない者たちだった。
アーディスたちにさえ過去を黙っているのだから、リベルが彼の過去を詳らかにする気はないのだと、全員がわかっている。
「俺とリベルの、共通の嫌な思い出だろ? 他にも山ほどあるよ。
でも、形があって明確にこれだって言えるのは、〈言聞き〉くらいだ。あとはなんだろう――昔のあいつの部下かな」
エルカはやや慎重に言った。
ヴィレイアも緊張に唇を噛み、細い指先で、「九四八」の数字が浮かぶ時精時計をぎゅっときつく握っている。
リベルの行方を案じるように見える二人のその仕草は、しかし半ばは、リベルの得た自由の不完全さ――それを伏せておかねばならないがゆえの緊張によるものだった。
「リベルが〈言聞き〉を追う理由がわからないな」
バンクレットが呟く。
彼の右足が貧乏ゆすりに揺れて床を叩いている。
この生真面目な軍人の貧乏ゆすりを、ヴィレイアは初めて目にしていた。
「あいつが、自由に〈フィード〉に伝言を載せられるのに俺のところに帰ってこない理由も、俺にはわからないですね」
エルカが低い声で言って、それから瞬きしてヴィレイアを見て、訂正した。
「ごめん、俺たちのところ、だな」
「ううん、あなたのところだよ」
ヴィレイアは無意識の語調でそう呟いて、もう何度目か、左手の人差し指を振った。
空中で銀の小魚が跳ね、それは透過視精の影だったが、その小魚を差し向けた先が、伝言を受け取るだけの支払いを渋った――あるいは支払いが不可能だった――ことを察知して、これももう何度目か、ヴィレイアは可憐な眉を顰めて彼女らしからぬ舌打ちを漏らす。
「リベルも役立たずを捉まえたものね」
彼女らしからぬといえば、今の格好もそうだった――長い白百合色の髪は乱れたまま、顔色は悪くげっそりとしており、唇も乾いてかさついて、いつもは丁寧に整えられている指先、丸く削られている爪は噛まれてぎざぎざになっている。
「何にせよ、元より南に向かっていて運が良かった」
バンクレットが、午後の沈む陽光に沈んだ窓の外を眺め遣って呟いた。
曇天を受けて夜空は陰鬱な暗灰色と漆黒の斑、眼下には、接近しつつある町の気の早い明かりが、夥しい数の白い光点として見えていた。
ケセットの町である。
*◇*◇*
ヴィレイアたちの与り知らぬことではあったが、リベルはそれよりも一日以上早くケセットの町に到着していた。
陸艇の速度と黄金竜の翼の速さの差が、如実に出た結果であった。
初春の月二十三日の夜、リベルたちはケセットの町明かりの程近くで〈陽輪〉から離れた。
マーフェを出発して、僅か半日余り。
町と町を繋ぐ街道から離れた木立で〈陽輪〉と離れ、街道に戻って町まで向かおうという算段である。
ティドはどうやら、絵本よろしく〈陽輪〉が町へ特攻していくことを期待していたようだが、さすがにリベルにその気はなかった。
仮に〈言聞き〉を確保した何者かがケセットにいたとして、黄金竜を目にすれば――あるいは、近くにいると聞けば――、その黄金竜が相棒の〈言聞き〉を捜しているのではないかと疑って当然だ。
それで諦めて〈言聞き〉を差し出してくれるならばいいが、そうでなかった場合に大いに困る。
〈陽輪〉の常識知らずの速度があって――とはいえ、人間たちを慮って、〈陽輪〉からすれば地獄のような牛歩であったらしいが――、全員が軽い貧血のような状態にあった。
それに加えてティドはじゃっかん酔ったらしく、〈陽輪〉から離れる足取りがふらついている。
リベルは妙な気怠さの中にあった。
その日の夕暮れ頃から感じ始めた倦怠感は、最初のうちこそ気のせい、あるいは高所を飛翔しているせいだと思えたが、ここに至ってどうにもそんな軽いものではないらしいとわかり始めた。
そして、どうやらそれを察したらしい黄金竜の瞳に心からの危惧と恐怖を見て、リベルは〈陽輪〉が言っていた、「期限が迫れば、当然、心臓には如何なる負担もかけられなくなる」という言葉の意味を察し始めている。
期限が迫り、リベルと〈言聞き〉の双方が弱り始めているのだ。
そのことを薄刃が突き付けられるように意識して、リベルは、ひたひたと迫る命の期限を直視した気分になっていた。
ケセットの町明かりは、街道から離れた木立の中からもちらちらと窺え、レイネはあちこちを見回すような仕草をして、「どれくらい離れたのかわからないけど、」と前置いた上で、
「マーフェからこんなに離れたの、間違いなく初めて。バールもベリオもそうでしょ?」
と。
逆にリベルには、離れずに済む故郷があるということがぴんとこなかった。
そしてレイネの感傷に付き合っている場合でもなく、「行くよ」と。
黄金竜の鱗は再びリベルの懐に収まっており、〈陽輪〉はくどいほどに「何かあれば呼ぶように」とリベルに言い聞かせた。
リベルは面倒そうにそれに頷いて、心臓を押さえて一息。
――月が欠け落ちる期限まで、三日の猶予を確保して〈言聞き〉を取り戻すことが必要だというのなら、正味の期限は二十七日まで。
命の成否を分ける期限まで、あと四日。




