27 同等の誼
日が落ちた後とあって、ケセットの町の市門は堅く閉ざされていた。
夜間に余所者の侵入を嫌うのはどこの町でも同じである。夜間に行き来があるのは、乗合馬車や陸艇だけだ。
だが、相当に新しい町でない限りはどの町も、二百年前の革命の暗黒期を潜っている――どの町がいつ革命軍の手に落ちたのか、それを知らなければ大勢の命に関わったあの時代を。
そのため、籠城のための機能を備えると同時に、いざというときの伝令のための入口は、どの町も備えていると考えていい。
リベルは手早くその入口を見つけ出し、通常であれば魔法でそこをぶち破るところを自重して、レイネに魔法でそこを開けさせた。
リベル自身がその魔法を使ったならばものの数秒だっただろうが、彼とレイネの心袋の大きさには如実な差がある。
ゆえに、堅く閉ざされたその入口の錠を開けるためにレイネが数分を掛け、その間リベルは苛立ちながら待機を強いられた。
が、開いてしまえばこちらのものである。
突然の闖入者に色めき立ったのは、その小さな扉の向こうに控えていた番の衛卒たちだが、その部屋にいた五人程度の衛卒を叩きのめすのに、リベルは三分も掛けなかった。
不意を突いたということもあるし、夜半の緊急事態など滅多にないだろう衛卒たちが酒を飲んでいたということもある。
あっさりと衛卒を無力化し、「行くよ」とその部屋を出ようとするリベルを、バールたちは目を丸くして見つめていた。
市壁は分厚く、その内側に、衛卒の詰め所などが作られている。
その市壁から出て首尾よく町に潜り込み、リベルは真っ先に勇者組合を探し始めた。
雨はもう止んでいたが、路面には水溜まりが点々と出来ていて、夜陰を吸い込んで黒々と見えるそれらが、軒先の光晶の明かりを反射して白い光点を宿している。
濡れた敷石にもつやつやと町明かりが照り映えて、一方で辺りは不気味なほどに静かだ。
「すっげぇ静か……」
リベルが思わず呟くと、バールが真顔で応じた。
「いや、夜だぞ。こんなもんだろ」
「――――」
リベルはまじまじと彼を見てしまった。
――昼夜の別なく動き続けたラディス傭兵団時代、そしてそこから逃げ出してすぐ、彼が暮らし始めたのは大都会のダイアニだった。
ダイアニであってもエーデルであっても、夜であっても活気は絶えない。
それがために、リベルには夜になれば静まり返る町というものに馴染みがなかったのである。
とはいえケセットも、ダイアニやエーデルほどではないにせよ栄えているようだった。
町の中心部に向かうと、人通りが疎らにではあれある。開いている酒場もあり、その中からは陽気な歓声が聞こえてきていた。
レイネもティドも目を丸くして、「まだやってるお店がある……」と呟いており、ベリオとバールがそれぞれの腕をはっしと掴み、ふらふらと店を覗きに行かないよう捉まえている。
小一時間ほど歩いてようやく、見慣れた勇者組合の印章を掲げた建物に行き着いた。
さすがというべきか、夜半であっても組合には明かりが灯っている。
リベルは若干ふらついていた――あの倦怠感は刻一刻と、徐々にではあれ増している。
ぜぇ、と小さく息を吐いて、リベルは「良かった」と呟きつつ、勇者組合の建物の扉を押し開けた。
明かりが入ってはいても、中は静まり返っていた。
勇者らしき人影は一つだけ、組合手続きの待合のためか、カウンターの前に置かれている長椅子に横になり、鼾高らかに眠り込んでいる五十代とみえる男性だけだ。
カウンターの奥では職員が雑談と残務に取り組んでいる。
彼らが、開いた扉に気づいてこちらを振り返り、更に見覚えのないリベルたちを見て、訝しげに顔を顰めているのがわかる。
リベルは後続を振り返り、囁いた。
「――俺、〈フィード〉を見てくるんで。良かったら、あの人たちにあなたたちの徽章を見せて、他所の勇者組合から来たから、部屋を貸してほしいって頼んでおいてくれませんか」
「部屋?」
ベリオが瞬きして問い返す。
リベルは軽く息を吸い込んだ。
「普通、このくらいの規模の勇者組合だったら、上に簡単な宿を持ってるはずなんです」
なるほど、と頷いた彼らが、いそいそとカウンターに向かう。
人見知りのリベルには出来ない思い切りの良さである。
その間に、リベルは組合のホールを横断して、〈フィード〉と思しき掲示板に向かった。
なぜか、レイネがリベルについて来る。
まあいいか、と頓着せず、リベルは、今は暗さをものともしない目で掲示板を見上げ、ヴィレイアたちからの新たな伝言を探す――
――あった。
『リベルへ。了解。きみのおじさんより』
バンクレットだ。
リベルはその文章が描かれた紙片を見上げて、もちろんその文字を書いたのはこの組合にいる誰かであることはわかっているけれども、それでもこの紙片を〈フィード〉から剥がして、後生大事に抱えていたい誘惑と戦う。
やっとの思いでその紙片から視線を引き剥がし、他にはないかと目を走らせる。
元から貼り出されていた、リベルの保護を求める文面に乱暴に横線が引かれている紙片が見つかった。
頼んだ通り、バンクレットはリベルの保護を求める指示を打ち消してくれたのだ。
更に、リベル自身が発信した文章も貼り出されている――その紙片には誰かが落書きをしていた。
大きな疑問符が付されており、どうやら「なんだこれ?」という意味らしい。
そして、他にも――
「リベルくん、こっちこっち」
と、レイネに肩を叩かれて、掲示板の別の端に貼り出された紙片を見る。
『当組合に軍部から指示がありました。
エーデルの勇者リベル(赤髪、朱眼、身長五・九フィート)訪問の可能性あり粗相のないように、と』
リベルはぱちりと目を瞬かせ、続いて息を吸い込むと、今しもカウンターで部屋を借りる交渉をしているバールたちの方を見て、慌ててそちらに向かって走り出した。
ごく短い距離ではあったが、取り替えられた心臓のために弱った身体には負担だった。
一瞬のあいだ眩暈と戦い、それからリベルはバールの隣でカウンターに手を突いて、彼らに部屋を貸し渋っている組合職員に向かって、控えめに気を引くような咳払いをした。
職員の瞳がリベルを見る。
三十代半ばと見える女性だ。
そろそろ疲れの窺える、一刻も早く帰宅したいと思っているような目だった。
リベルは小声で言った。
「リベルです。あの、〈フィード〉に貼り出されてる――エーデルの勇者です」
組合職員は瞬きし、まじまじとリベルを見て、気まずく思ったリベルが一歩下がったのに合わせて身を乗り出し、「まあ」と声を上げた。
「まあ、びっくりした。そうみたいね」
彼女が手を伸ばして、何かの帳面を取り上げて、開く。
「お部屋ね。わかったわ。ええっと、一人一部屋でいいかしら?」
すごい、すぐ解決した――とティドが呟き、それに乗じてバールが言った。
「ああ、あと、食事ももらっていいかな?」
リベルたち各々に貸し出された部屋に食事が運ばれる。
慣れない――慣れている人間などいるはずもない――黄金竜に運ばれての移動という疲労があり、しかも時刻が時刻だ、バールたちは食事を終えると、そのまま休むようだった。
が、リベルはじっとしていられず、食事を終えると部屋を出た。
〈言聞き〉を見た人がいないか、藁にも縋る思いで少しでも尋ねて回りたかったのだ――リベルの加護が本領を発揮すれば、〈言聞き〉を連れている連中とばったり遭遇、という慮外の幸運すら期待できるかも知れない。
(まあ、俺の加護が本領を発揮したのは、ヴィリーに会えたことと、エルカと再会できたときくらいだけど……)
そんなことを考えつつ廊下を歩いていると、背後で慌ただしく扉が開き、また閉まる音がして、こちらへ軽快な足音が近づいてきた。
「――――?」
振り返るとベリオだった。
瞬きしてリベルが首を傾げ、無言でいると、ベリオはやや真剣な様子で言った。
「いや、あんたが部屋を出る物音がしたから」
「――――?」
なおも首を傾げているリベルに、ベリオは目を丸くする。
「一人に出来ないじゃん。弟を助けてもらったのにそんなことしちゃ、俺、ザイクに顔向け出来なくなるぜ」
リベルは眉を寄せた。
特にベリオに頼り甲斐を感じるところがなかったためだが、続いた彼の言葉には、思わず心を動かされた。
「薄々思ってたんだけど、あんた、人見知りだろ。やたらと目ぇ逸らすし、下向きがちだし、他人に対して一歩下がってるし」
「…………」
「誰に何を訊けって指示くれたら、俺が訊きに行くからさ。一緒に行くよ」
図星を突かれた気まずさと、本心からの感謝があって、リベルは顔を赤くして俯いた。
「……ありがとう」
斯くして二人は夜の町に出た。
ベリオはどうやら敏感に、リベルの身体が弱りつつあることと、リベルが他人からの身体的な介助を積極的に受けられる性格ではないこと、その双方を察してくれているらしく、歩きながらもリベルの様子に目を配って、定期的に「俺が疲れたからちょっと休もう」と言っては、リベルを道端のベンチに誘って休息させた。
リベルもその気遣いを額面通りに受け取るほどには子供ではない。
「ありがとう」
軽く喘ぎながらそう言うと、ベリオは夜空を見上げて明るい星を探しながら、「何が」とだけ返した。
開いている酒場に顔を出し、「〈言聞き〉を連れた連中を見なかったか」と尋ねて回ること四軒目、「ああ、見たな」と言う一団があった。
明らかに勇者隊だった。
どうやら直近の探索で実入りの良い戦果を挙げたらしく、盛大に祝杯を上げている最中で、ついでとばかりに周囲のテーブルにも酒を奢っている。
もうかなり飲んでいるだろうにけろりとした五十絡みの勇者が、ベリオからの、「宴たけなわのところ申し訳ないが」と〈言聞き〉について尋ねたところ、あっさりとそう応じたのである。
「三、四日前だな。珍しいなと思って見てたから覚えてる」
「で、その後の探索で大儲けよ。縁起が良かったな」
と、これは三十代半ばと見える痩身の男。
リベルはまじまじとその勇者隊を見つめた。
彼はベリオの二歩ほど後ろで心細そうに立っていたが、
(三、四日前に〈言聞き〉を見た?)
この付近にある鉱路がどれほどの規模かは知らないが、探索の成果は鉱路の規模と危険度に比例するものだ。
仮に彼らが潜った鉱路が第一種や第二種であったとすれば、
(町からの行き帰りに一日掛かったとして、探索に二日程度しか掛けてないってことか。それでこんだけ騒げる収穫があったのか。よっぽど足が速いんだな)
勇者隊の足の速さは長所だ。
鉱路にいる時間を短縮して奥に切り込むことが出来れば、それに勝ることはないのだ。
一方で足の速い勇者隊は少ない。
勇者の間の与太話では、「法術師が法術にかまけて体力がない奴が多いから」と言われるが、それは半ば冗談にせよ、勇者隊の全員が揃ってそれだけの体力を持ち合わせている例は稀有なのだ。
ダイアニでのリベル隊――現在のアーディス隊――ですら、足の速さは然程ではなかった。
よくよく見れば、眼前の五十絡みの勇者の腰に下がっている剣は――その剣は腰の右側に下げられており、彼が左利きであることが窺える――、鉱路産の業物だ。
その鮮やかな橙色からそうと知れる。
更に言えば勇者本人の、剣ダコが出来て得物に慣れた掌、体重移動や視線の動かし方といった身ごなし、そうしたものから、彼が並々ならぬ手練れであることもリベルには見て取れた。
(一等かな……もしかしたら特等かも……)
そんな風に見積もったが、リベルは自分自身とヴィレイアの他に特等勇者を見たことはない。
「間違いなく〈言聞き〉でした? フード被っただけの酔っ払いじゃなくて?」
ベリオが重ねて問い掛けて、それを聞いた先方が興ざめしたように眉を寄せたのを見て、慌てて付け加えた。
「申し訳ない、俺たちにとってはすごく重要なことで、時間もなくて」
五十絡みの勇者は溜息を吐き、額を掻いた。
ちょうどそのとき、その隣に座っていた二十代と見える若者と、更にその隣の女性の間で喧嘩が勃発し、女性が麦酒を若者めがけてぶっかけ、若者がそれに怒声を上げた。
どちらもべろべろに酔って顔が赤い。
若者の怒声も舌が回っていない。
ばんばんと若者がテーブルを叩き、その勢いで若者の前に置かれていたジョッキが床に向かって転落した。
ジョッキはブリキ製で割れはしなかったものの、騒々しい音が響く。
周囲の喧騒がその音すらも掻き消すが、間近で上がったその音に、五十絡みの勇者は「うるせえなあ」と声を上げ、振り返って若者の頭を向こう側へどついた。
「ちょっと黙ってろ」
「ひでえ……」
若者が焦点の合わない目で呟く。
五十絡みの橙色の剣を佩いた勇者が、ベリオに向き直る。
「別に疑うのは勝手だけどな、あれは〈言聞き〉だったぜ。なんかこう、酔ってんのか? みたいにぐったりしちゃあいたが、全部の指を骨折して関節の増えた人間でもない限りは、ありゃ〈言聞き〉だな」
ベリオがリベルを振り返った。
リベルはおずおずと進み出て、彼を見た橙色の剣の勇者が「おっ」という顔をする。
一瞬未満のあいだ、リベルは彼との間に面識があったかどうか訝しんだが、違った。
どうやらリベルの些細な身ごなし、手の形や雰囲気から、彼もまたリベルをそれなりの手練れと認めてくれたようだった。
勇者は完全にリベルに向き直った。
「ラオだ、どうも」
「リベルです」
リベルが小声で名乗ると、ラオは眉を寄せた。
「リベル? ――帰って来たとき〈フィード〉で見たな」
「そのリベルです」
「へえ。――へえ!? 軍人かい?」
「違います。勇者です。
――あの、その〈言聞き〉を連れた連中、どこに行ったかわかります?」
ラオは顎を撫で、手探りでテーブルの上からジョッキを持ち上げると、麦酒をぐいっと呷った。
それから、なんとも気の毒そうな目でリベルを見る。
「なあ、若いの。何を誓約したか知らないが、〈言聞き〉をふん捕まえたからって、あいつらに誓ったことをなかったことには出来ないぜ」
「知ってる」
リベルは言下に断言した。
「その〈言聞き〉が、俺のめちゃくちゃ大事なものを持ってる。だから追ってるんです」
ラオはまじまじとリベルを見つめたが、どうやら彼の言うことを深追いはすまいと思ったらしい。
ジョッキをテーブルに置いて腕を組む。
「さてな。けど、連中、陸艇を使ってたな」
「うん」
「一つ提案だが」
「うん」
「駅の連中に訊いてみな。余所者が乗った陸艇が次にどこに行くって言って離陸したか。この町じゃ、その辺のことは駅に届けることになってるから」
「嘘いえるじゃん」
ベリオが口を挟んだ。
ラオは大きく口を開けて笑った。
「なんで嘘つくんだよ。本当のこと言って何の損もねえのにさ?」
「確かに」
リベルも呟く。
ラディスにいた頃、衛卒からの追及を避ける際の鉄則は、「大きな嘘はついてもいいが、小さな嘘はつくな」だった。
己の身分を偽るのはいいが、ここまで至った道程と、これから向かう目的地について、余りにも真実と懸け離れたことを答えてはならない。
衛卒は疑り深いから、積み荷の量や船体の損傷の具合から嘘が見抜かれれば面倒なことになる。
後ろ暗いときであればあるほど、つかずに済む嘘はつかないことが肝要だった。
「駅――は、今から行ってもその辺の記録簿は見られないか」
リベルが呟くと、ラオはまたも呵々大笑した。
「そりゃあな。記録係はそこまで働き者じゃねえよ。朝まで待ちな」
それから少し黙って。
「あと、駅の奴らが面倒くさがるようなら、ラオを呼ぶって言いな。ある程度は融通利くだろ」
「――ありがとう」
リベルは感謝を籠めて、初対面の勇者を見つめた。
そして、彼には珍しい他者への好奇心があって、ふと尋ねる。
「――一等? 特等?」
ベリオがぼそりと、「んなわけ……」と呟いたが、ラオはにやっと笑った。
「特等だ」
リベルは目を瞠って相手を見つめた。
――ヴィレイアも実力は特等相当だが、その地位はただひたすら彼女の才気を以て贖われた。
彼自身と同様にして、剣を握る実力で以て位を極めた勇者を、リベルは初めて見たのである。
ベリオは冗談だと思ったらしい。はは、と小さな声を上げている。
ラオが、もの問いたげにリベルを見つめる。
リベルは小さく微笑んで、頷いた。
それでラオは了解したらしく、まじまじとリベルの全身を眺めて、「若いのになあ」と述懐する。
リベルは照れて俯いたが、すぐに顔を上げた。
「あのさ、変なこと訊きますけど、〈言聞き〉を連れてた連中、勇者っぽかった?」
ラオが眉を寄せる。
大量に酒精を呷ったとは思えぬ怜悧さだ。
「勇者? なんでまた?
あんた、大事なものを盗られたって、鉱路の中でのことだったのか?」
リベルはラオを窺った。
「――ってことは、勇者には全く見えなかったってことですか」
「まあなあ」
ラオが顎を撫でたところで、「ラオさぁん」と、彼の正面に座った勇者が声を上げる。
「なんすかさっきからぁ、余所者とばっかりぃ」
「もう相手してやっただろ」
ラオが笑って応じて、立ち上がる。
相当呑んでいるだろうに、足取りは確かだった。
そのままリベルとベリオを手招いて、喧騒凄まじい酒場を抜けて、いったん外へ出る。
早春の夜気はまだ凛と冷えており、喧騒が遠のいたこともあり、冷水で顔を洗ったかのように気分がすっと澄む心地があった。
からんころん、とドアベルを鳴らして酒場の外に出たところで、ラオはそばの壁に凭れた。
そして、どうやらベリオを田舎者と見抜いたらしい、リベルの方を見て、蟀谷を掻きながら声を低める。
「兄ちゃん、どこの勇者かな。この辺か? ここより南だと話が通りやすいんだが」
リベルはふらっとよろめいた。
南といえば、もうこれしか思い当たらない。
ベリオがぎょっとした様子で彼を支えようとしたが、それより早くなんとか均衡を取り戻す。
リベルは絞り出すように囁いた。
「――ラディスですか?」
「おう、わかるか」
ラオが苦々しげに言って、一方のベリオは「ラディスって?」と初耳の顔。
「なんだって連中が後生大事に〈言聞き〉を抱えてたのかは知らんがな。あの性根の悪そうな顔つきと、勇者でもねえのにでかい顔して鉱路を語るの、ありゃ、あいつらしかいねえ」
その瞬間、自分でも驚いたことに、リベルが覚えたのは反発だった。
(そりゃ性根も悪くなるよ、あんな環境に押し込められてたら)
それを堪え、リベルは唇を噛んだ。
「……わかる。ありがとう」
ラオは気遣わしげにリベルを見つめた。
「腕っぷしだけは確かな連中だからな。事を構えるなら気をつけろよ」
「うん」
「明日、駅に行けよな。
顔色悪ぃぞ、どんだけ大事なもん盗られたのかは知らねえが、今日は寝ろ」
リベルはぺこりと頭を下げた。
隣でベリオも同様にする。
「そうします。――宴会の邪魔してすみませんでした」
「いいよいいよ、同等の誼だ」
ひらひらと手を振って、ラオが酒場に戻っていく。
リベルはそれを見送ってから、両手で顔を覆った。
どっと疲れていた。
「――疲れたし、戻ろう。ベリオさん、ありがとう」
「いやいや」
ベリオは軽い口調でそう答えてから、冗談とは判じ難い冗談を聞いたときの表情でリベルを見た。
「それより、今の人、同等って言った? 特等って、あれ冗談だよな?」
リベルは力なく笑って、答えなかった。
*◇*◇*
翌朝早く、起き出してきたレイネとティドは、「駅に向かう」という方針とともに昨夜の顛末を聞かされ、ここぞとばかりに拗ねて騒いだ。
「ちょっと、外に出るなら言ってよね!」
「法術師が必要になったかも知れないのに!」
バールは「そうか」と言って、ベリオの肩を叩いている。
リベルに気を回したことを犒っているのだ。
その挙動を見ながらリベルは、どこの隊も筆頭は大変だな、などと思う。
雨は上がって、頭上は時おり青空の見える曇天だった。
空気も路面もまだ湿っていて、家々の軒先から雫が滴る音がしている。
夜間とは比較にならないほどの人でごった返す勇者組合のホールを抜けて外に出たリベルたちは、やはり人混みを縫って駅へ向かう。
群衆の相当数が駅に向かっているのだから、人波に乗っていけばいい話ではあったが、気が急くリベルが次々に人を追い抜いていくために、釣られてティドたちも速足になっていた。
そうやって辿り着いた駅で、最初こそまごついたものの、最後には特等勇者ラオの名前がものを言って、リベルは〈言聞き〉を連れた一団の船が行先として駅の係に告げた地名を、帳面の上に凝視することになっていた。
――“カリア”。
礼を言って駅の係から離れ、マーフェで貰った地図を広げて確認すると、カリアはケセットより南西に位置する町だった。
ごく近い距離に、あと二つの町がある。
“トトア”と“ヘイジー”。
リベルは顎を撫でた。
――大きな嘘はつくが、小さな嘘はつかない。
ただし、ごく近い距離の目的地を、他に言い換えることはあろう。
難しい顔で黙り込んだリベルを、不意にレイネが覗き込んだ。
覗き込まれる寸前にはリベルは一歩下がって距離を置いている。
礼を失するといえば失するその挙動に、「もう」と言わんばかりに顔を顰めて、レイネが口を開く。
「――どうするの?」
リベルはティドを見た。
「俺の仲間が近くにいるかわかる?」
「ヴィリーさん、だったよね」
ティドが念を押すようにそう言って、軽く指を振ったが、首を振った。
「少なくとも、僕が伝言を届けられる範囲にはいない」
リベルは舌打ちを堪えた。
一緒にいる法術師がリガーであれば、とうに連絡を取れていたのではないか――という、恩知らずにも程がある思考が湧き上がる。
それを呑み下して、「ありがとう」と呟き、彼はぎゅっと目を瞑った。
――眠ってみても、全身を押し包む倦怠感は消えない。
消えないどころか悪化している。
(今日が初春の月の二十四日。――あと三日……)
そう考えると、足許が冷たい水に浸かっていくような恐怖と、内臓が浮き上がるような覚束なさを覚える。
それを堪えて目を上げる。
「行先の候補が三つあるんだ。
――カリア、トトア、ヘイジー」
バールたちを見渡す。
「カリアに向かおうと思うんだけど、出来れば、あなたたちの誰かにここに残ってほしい。
残って、後から来るはずの俺の仲間に、俺がどういう事態にいるのか説明してほしい」
〈フィード〉に伝言を残すだけでは限界がある。
「ティドには俺と一緒にいてほしいから――」
言外に、誰が残るのかを決めてほしい、と言うリベルに、バールたちが顔を見合わせる。
「レイネは駄目だ」
と、バール。
「いくら腕っぷしはそこそこ立つとは言っても、女だからな。一人で残すのはぎりぎりまで避けたい」
「じゃあ、俺たちのどっちかだけど――」
「俺が残るわ」
バールがあっさり言った。
「俺も口が上手い方じゃないが、ベリオよりは筋道立てて現状の説明ってやつが出来るさ。
――リベル、教えてほしいんだが、」
「なに」
問い返しながらも、質問はわかっていた。
リベルは先回りして言う。
「まず、合流しなきゃならない人だけど、確実にいるのは三人。
いちばん目立つのが軍人だと思う。顔に傷痕のある軍人で、名前はバンクレットさん。金髪で、目も金色っぽい。金褐色かな」
呼びながら、懐かしさに胸が痛む。
「それからエルカ。俺よりちょっと背は低くて、がっしりしてる。髪は砂色で刈り上げてて、目付きが悪い。薄い青色の目。口が悪くて怖いけどいい奴だ。鉱路の業物は見たことあります? ないか、えっと……きらきらした黄鉄鉱の色の剣を持ってるはずだ。珍しいから見ればわかると思う」
それから、と言葉を継ぐ。
「ヴィリー――ヴィレイア、俺たちの隊の法術師。見れば絶対に一発でわかる。白い髪で、濃い緑色の目の美人」
「えっ、ヴィリーって人、男の人じゃなかったの!?」
「今はその話はしてねえ!
――悪いリベル、続けてくれ」
「ヴィリーも鉱路の業物を持ってるはずだ。こっちは薄紅色の両手剣。珍しいから、これも見ればわかる。あと、珍しい首飾りをしてる。青くて、丸い――時精時計はわかるでしょ? 時精時計を首飾りにしてる」
バールが頷いて、「バンクレット、軍人。エルカ。ヴィレイア、法術師」と復唱する。
「この三人に、俺はカリアに向かったって言って。俺の状況であなたが把握してることは全部話して。
あと、“〈言聞き〉を連れてるのは俺とエルカの古巣の連中だ”って言っておいて、それでわかってくれるはずだから」
息を継ぐ。
「何を言えば、あなたが俺から頼まれてここにいるかがわかるか、だけど――そうだな」
顎を撫でる。
「〈氷王牢〉を失くしたから、また鉱路に付き合ってって言ってた、って伝えてみてくれ」
ヒオウロウ、と、バールが復唱する。
リベル愛用の剣の銘は、ごく親しい一部の人間しか知らない。
これが一種の符牒になるはずだ。
「本当にごめん。ありがとう。
――バンクレットさんたちも陸艇を使ってるはずだから、真っ先に駅を通ると思う。ここにいてくれ。本当にごめん」
リベルが重ねて言うと、バールは首を振った。
「いや、そのために来たんだし、こっちは仲間の命を助けてもらってるからな」
リベルは弱々しく笑った。
「それ以上に借りが溜まり過ぎて、あと二、三回くらいはあなたの仲間の命を救わなきゃならなくなりそう」
「もう仲間が欠けそうになるのは勘弁だな」
バールが笑って言って、リベルの肩を叩こうとしたが、リベルの人見知りゆえの怯えが走る表情を見て自重した。
代わってティドの肩を叩く。
「俺らの恩人だ。頼むよ」
「任せて」
「ベリオとレイネも、足引っ張るなよ」
「失礼ね」
「頑張る」
バールがベリオとレイネの手を軽く握って叩き、リベルに視線を戻す。
本心から彼を案じていることがわかる表情だった。
「時間もないんだろ、早く、黄金――あー、例の御仁のところに戻りな」
「本当にありがとう。ごめん」
そう言いながらも、文字通り命が懸かっているとあって素早く、リベルが駅の雑踏で踵を返す。
ティドとレイネがそれに続き、最後にベリオがバールと掌を打ち合わせてから、それに続く。
――リベルはまだ知らないが、この町へ、ヴィレイアたちの乗った軍の陸艇が到着するのは、この日――初春の月二十四日の夜のことだった。
100話到達です。




