16 推測
黄金竜はしばし、じっと周囲の岩魚を眺めた。
鉱路を歩いたここまでの道中、黄金竜に立ち向かってきた鉱路生物はいない。
ただそこにいるだけで飛び出してきた怪魚も撥ね退けたのだから、岩魚程度はそれこそものの数ではないはずだ。
むしろ岩魚の存在が些末に過ぎて、黄金竜が岩魚に気づくかどうかが危ぶまれる。
とはいえ、ひとたび気づいて彼――あるいは彼女――が一声吼えれば、如何に熱心な後追いといえど引いていくだろう。
そう期待してリベルが見上げた先で、黄金竜はゆっくりと首を傾げた。
花の蕾に喩えられることが多い、まろやかな形の頭部で、ぱちり、と大きな瞳が瞬く。
荘厳な羽衣のように彼――あるいは彼女――に纏いつく、膨大な数の明りクラゲの光に、その琥珀色の眸が星を宿したように煌めいている。
そして、黄金竜は言った。
『――私の愛し子の行方を、彼らは知らないか』
「は?」
愕然と耳を疑うリベル――いや、この言葉は耳に聞こえるわけではないが。
先刻から「は?」「え?」と言ってばかりで、リベルはそろそろ自分が常以上に馬鹿になった気分だった。
黄金竜の玲瓏たる響きの声に、岩魚たちが悲鳴を上げて岩の中に引っ込んでいく。
それを見てしめしめとリベルが思った直後、黄金竜の声の響きが消えていくと同時に、岩魚たちがまたぽこぽこと顔を出し、リベルは呻いた。
岩魚の姫君はといえば、黄金竜の声にぎょっとして、何を思ったかリベルにしがみつき、素気無く押し返されている。
先程の黄金竜の話を踏まえれば、岩魚は黄金竜の言葉を理解できていない――竜に属するものとそれ以外のものの間には、言葉の壁がある。
ゆえに、彼らから見れば、事態はこうだ。
――リベルの言葉は分かるから、彼は竜ではなく、同属に近いはずだ。
そしてリベルが黄金竜を見上げて、何やら応答めいたものをしている。
つまり、
〔おい、大丈夫か〕
聞き覚えのある声がして、見下ろせば体長二フィートほどと大きい、あの先導役の岩魚である。
リベルは危うく、エイに似たその小さな頭を蹴り飛ばしそうになった。
〔さっきはいきなり逃げてくし、どうしたんだ。姫さまもびっくりなさってたぞ〕
ひそひそと話し掛けられて、リベルは相手が岩魚だということを忘れて、「逃げた相手を追いかけてはならない」と、膝を突き合わせて説教しそうになった。
――蹴りを入れるのも説教も堪え、リベルは苛立ちに押し殺した声で。
「――おいクソ馬鹿金ぴかトカゲ。なんとかしろ」
〔おいおい、本当に大丈夫か〕
『岩の虫は鉱路を知悉しているはずだ。私の愛し子を連れ去った救いようのない愚か者たちがどこへ行ったか知っているだろう。おまえから尋ねろ』
リベルは呆れ果てて黄金竜を見上げたが、はたと朱色の瞳を瞬かせた。
(いや、確かに――合理的かも)
実際、岩魚たちはこうしてリベルを発見した。
そのとき、くい、と袖を引かれた。
ちらりと目を向ければ、先程リベルに押し遣られた岩魚の姫君が、灰白色の嫋やかな指でリベルの袖をつまみ、機嫌を窺うように首を傾げて、よく揃った睫毛の奥の大きな双眸で、彼をじっと見つめている。
これが人間の少女であれば、リベルも絆されたかも知れないが、相手は岩魚である。
黄金竜から生態を聞いていたことも相俟って、リベルが彼女を見る目はひたすらに冷淡だった。
岩魚の姫君の手を振り払って、リベルはもう袖を掴まれないように腕を組む。
そして、己の中の良識やら竜の眷属としての生物的な矜持やらを棚上げするため、息を吸い込んだ。
ぎゅっと目を閉じて、一秒。
目を開けて、リベルは岩魚たちに向かって、抑えた声で告げた。
――ヴィレイアは初対面から常々、リベルの声を「穏やかでいながら面倒そうな、少しばかりの警戒を滲ませたような」と表現していたが、今のリベルは平静を装うことにほぼ成功し、いつものその声を出していた。
「――まず最初に言っておくけど、俺、おまえらとは違うものだから」
〔だから、均してやるって〕
「で、均してほしくもないから」
岩魚の姫君が、今度はリベルの腕を両手できゅっと掴んだ。
むっ、と、拗ねたようにその頬が膨らんでいる。
それを冷たく振り切って一歩下がりながら、リベルは黄金竜を示す。
「ここにいるのが、俺の――俺の――」
言葉に詰まるリベル。
黄金竜がそれを察して、如何にも親切な風に、助け舟を出すようにして、言った。
『おまえの願いを聞いてやる極めて優しい愛し子の、傍え』
リベルはかちんときた。
当然である。
「――俺をいいように利用してんだけど、今は強制的に欠けらば諸共になってる、金ぴかトカゲ」
黄金竜の牙の奥から、重々しい恐ろしげな音が響いた。
リベルは視界の端に、それを聞いて恐怖が限界を迎えたのか、ばったりと気絶して倒れる数匹の岩魚を見た。
『私の愛し子を無事に取り戻したあと、覚えておくがいい』
「てめえの可愛い〈言聞き〉には、俺からも言いたいことが山ほどある」
『――――』
「――――」
睨み合って、視線を逸らして、溜息を吐く。
リベルと黄金竜を見比べて、岩魚たちはどうやら事態が分かっていない様子の、慄いたような声を出している。
〔竜と喋ってるつもりになってるみたいだぞ、こいつ、狂った……〕
〔姫さま、姫さま、他のを捜して来ますって、他当たりましょ〕
〔このどでかいのが尻尾を振ったら僕たち死んじゃいますよぅ〕
岩魚の姫君は、戸惑った様子ながらも真面目にリベルを見て、それから黄金竜を見て、またリベルを見ている。
先程から何度もリベルに振り払われているというのに、めげた様子は欠片もない。
むしろ今の態度は、いたく感心したという素朴な表情を浮かべていて、まるで尊敬する先達勇者に付き従って、その講釈を懸命に聴いている駆け出しの勇者のようだ。
じっと自分を見つめる黒雲母の瞳に、殆ど崇敬に近い無垢な信頼を見て取って、リベルは――そんな必要は全くないのだが――罪悪感に顔を引き攣らせた。
――卵から孵ったばかりの小鳥の雛に、意図せずして自分が親だと刷り込みをしてしまったら、こんな気持ちになるのかも知れない。
そう思いつつ、リベルは強引に話を進めようとする。
「で、えーっと、こいつの……相棒というか、おまえらは見たことないかな、俺たちは〈言聞き〉って呼んでるんだけど、こう、頭に目玉がいっぱいついてて、いつも白い本を持ってて……」
身振りで〈言聞き〉のフードを象りながらリベルが曖昧に尋ねると、どうやら彼らの姫君に感化されてリベルの話を聞く気になったらしい先導役の岩魚が、胸鰭を傾けて、語尾を上げて言った。
〔おまえ、その匂いがするよな。それにしては目が悪そうだけど。〈目隠し〉だろ?〕
リベルは喉の奥で呻いた。
なるほど、リベルの心臓が〈言聞き〉のものであるのならば、竜の心臓の特性を踏まえれば、確かに今の彼の匂いは、〈言聞き〉のものに限りなく近づいているのかも知れないが、
(すっげぇ嫌だ……!)
リベルにとって〈言聞き〉は、人生最悪の日の象徴である。
彼が傭兵団から逃げ出したあと、エルカもあれと同じ目に遭ったのだと思うとなおいっそう。
だが、背に腹は代えられない。
リベルにとっては、心情は腹が満ちてから考えるべきことで、腹が満ちるということは生きていられる確信のことだ。
「そう、そいつ」
頷いて応じて、リベルは尋ねる。
「この辺を通ったはずなんだけど、見覚えないかな。多分、人間――二本足の竜に連れられてたと思う。
おまえらの仲間で、そいつらがどっちに行ったか分かるやつ、いない?」
黄金竜が、岩魚を怯えさせては貴重な証言も聞けないと考えたのか、懸命にじっとしているのが気配で分かる。
畳んだ翼で頭上に尖塔の形を作って、彼――あるいは彼女――は、ぴくりとも動かない。
その横腹が、呼吸のためにゆっくりと上下しているのが見えるが、その呼吸のリズムも非常にゆっくりとしていて、注視していなければ分からなかった。
もともと、黄金竜と人間では呼吸のリズムは象とハチドリほどにも違うだろう。
先導役の岩魚が振り返り、別の岩魚にひそひそと何かを囁いた。
ぽこ、と、そのそばの岩場からまた岩魚が這い出して、ひそひそ話を聞いていく。
岩魚の姫君が――彼女は、岩魚からすれば未熟な鰭に当たるらしい、人間の脚に似た二本鰭を相変わらず見せている格好だったが――その場に膝を突いて、彼女の眷属の言うことに、頷いたり何かを囁いたりしている。
恥ずかしがり屋というのは嘘ではないらしく、彼女ははにかむ表情を頻繁に浮かべていて、何かを囁くときの唇の動かし方も、極めて小さく、控えめだった。
それを見るともなしに見つつ、本来であれば祈りを捧げるべきこの局面であっても、リベルはぼんやりとヴィレイアのことを考えていた。
正確には、彼女であれば、こういった場合であっても間違いなく心情を採るだろうな、ということを。
――ヴィレイアには、そういうところがある。
考え無しに容易く賭けに出る側面が。
結果の良し悪しを問わず、まずは自分が嘘偽りなく生きて、心地よくありたいと望んでいるような。
しかしそれでいて、議員相手に冷静極まりない立ち回りで交渉してのけ、着飾った祝宴の場の振る舞いにも慣れていたのだ。
(分かんないよな、あいつ、どういう生い立ちなんだろ)
結果的に、岩魚たちの返答に期待と不安を募らせ、弱った心臓にとどめを刺しかねない心拍数を記録することになっていたかも知れないその数分、リベルはヴィレイアの破天荒な言動と、その言動に彼と一緒になって驚いたり呆れたりしていたエルカを思い返すことによって平静を保った。
数分して、立ち上がった岩魚の姫君が、つんつん、と、リベルの肩をつついた。
リベルは我に返り、その途端に今がどれだけ重要な局面なのかを意識して、がっと心臓に負担をかけたが、なんとかそれを堪えて、岩魚の姫君の足許にいる先導役の岩魚を見下ろす。
岩魚の姫君がリベルの視線の向きを見て取って、「こっちだよ」と言うようにリベルの手を引いたが、それに従って目を上げたリベルと目が合うと、さああっと頬を濃灰色に染めて俯き、リベルの手を離して一歩下がった。
うんざりした溜息をなんとか堪え、リベルは再度、足許の先導役の岩魚を見下ろして、促す。
「――知ってるやつ、いた?」
先導役の岩魚は、ちらりと彼らの姫君を見上げる風情を見せた。
そして、言い難そうに。
〔……姫さまがさ〕
その、「姫さま」は、顔の下半分を覆った手の指先から、窺うようにリベルを覗き見ている。
リベルは、今度は溜息を堪え損ねた。
「なに」
〔それをおまえに教えたら、おまえは俺たちのところに居てくれるのかって、それをめちゃくちゃ気になさってるんだが〕
「――――」
黙り込んだリベルに、とうとう耐えかねたらしい、黄金竜が身動ぎして尋ねた。
『なんだ、どうしたというのだ、二つ虫』
リベルは黄金竜に顔を向け、恐らくこれ以上奇妙な役割を負うことは今後の生涯にあるまいと思いつつ、岩魚の言葉を通訳する。
黄金竜は苛立たしげに翼を揺すった(そのために、怯えた岩魚が次々に岩の中に姿を消していった)。
『そんなもの。ここに居てやると応じればいいだろう』
「おまえの大事な〈言聞き〉の心臓が、岩魚の寸法に縮んでもいいんだ? こいつらに齧られてもいいんだ?」
『――――』
「――――」
睨み合って、目を逸らして、溜息。
しばしの間を置いて、黄金竜が低く言った。
『あの子の行方の手掛かりを教えなければ、私がこの場の全員を踏み潰して、更に己らの巣も火の海にしてくれる、――と伝えろ』
リベルは先導役の岩魚を見下ろした。
竜の歴史上初であろう、岩魚と真正の竜との間の通訳である。
「それ、教えてくれなかったら、ここにいる黄金竜がおまえらを踏み潰して、おまえらの巣も火の海にするってさ」
その瞬間、殆どの岩魚が岩の中に潜り込んだ。
残ったのは、先導役と、彼らの姫君、その二匹だけだ。
姫君はただでさえ丸い目をますます大きく見開いて、純粋に驚いたようにリベルを見つめている。
先導役の岩魚はといえば、二、三秒、気を失ったらしい。
姫君がそのそばに屈んで何事かを囁くと、はっと気を取り直した様子で、彼が言う。
〔分かった、分かった、案内していいと仰せだ。
――で、おまえ、それを追い掛けるのか? そうするにせよ、また来るか?
姫さまはどこにだっていらっしゃるからな、どこででもお待ちだとよ。
おまえ、普段は別のところで棲んでるのかな。俺たちの生活はあんまり知らないのかな。姫さまが、ちゃんと教えてやればおまえにも良さが分かるんじゃないかと――〕
リベルは赤錆色の髪を掻き毟って、叫んだ。
「どうでもいいから早く案内してくれ!」
『全く同感』
黄金竜が呟いた。
凶悪に牙を剥いたその貌を見て、岩魚は即座に口を閉じ、〔こっちこっち〕と身を翻した。
ぽこぽこと胞子から茸が芽吹くように、行く手の岩場や岩壁に岩魚の小さな頭が突き出していく。
〔こっち!〕
〔ここを通った〕
〔あっちへ! あっちへ!〕
その奇妙な道案内に従って足早に歩を進めるリベルと、事態を考えれば急ぐべきだとは分かっていても、リベルが足早に動くこと――心臓がその影響を受けること――に恐怖を覚えているらしき黄金竜。
相も変わらず二本鰭を見せてとことこと歩く岩魚の姫君は、足早に進むリベルに置いて行かれそうになりながらも、健気なまでの懸命さで彼を追い掛け、両手でリベルの手を握ろうとしては振り払われている。
〔この奥へ!〕
〔そろそろ見えなくなりそうだって!〕
岩魚の道案内が狭い隧道に差し掛かり、リベルは傍らの黄金竜を見上げた。
とてもではないが、巨躯のバランスを見ればほっそりとしている黄金竜ではあれ、そもそもの身体の大きさからして、この隧道には入れない。
エルカがいればな、とリベルはふと思った。
エルカの〈岩王令〉は岩を動かす。
「どう――」
どうしようか、とリベルが言い差したそのとき、黄金竜はなに躊躇うことなくまろやかな形の頭を傾げ、ふう、と岩壁に息を吐きかけた。
たったそれだけで、轟音とともに岩壁が崩れ、隧道が拡大される。
岩魚が悲鳴を上げ、リベルは思わず叫んだ。
「何してんだよ!」
『私が通るに足るようにと』
「岩魚が巻き添えになってんじゃねえか! 曲がりなりにも道案内してくれてる相手だぞ! せめて一声かけるとか!」
黄金竜は喉の奥で小さな雷鳴のような音を立てた。
『そうか』
リベルはなんとなく、目の前の空間に向かって問い掛けてみる。
「……大丈夫?」
〔だいじょうぶ〕
〔大丈夫、なんとか〕
〔これだから竜ってやつは〕
岩魚の姫君も怯えた様子で後退っていたが、リベルが頓着せずに前進を続けると、慌てて彼に追い着くように走り出し、懲りずにまた手を伸ばしてリベルの腕に掴まろうとした。
それを振り払うのにも疲れてきて、リベルはもう彼女のしたいようにさせることにした。
そして、それよりも気になることに意識を向ける。
「――さっき、誰か、そろそろ見えなくなりそうって言った?」
黄金竜が喉の奥で唸り声を上げる。
その声に悲鳴を上げる岩魚たちを宥める声を出しながら、リベルは彼もまた唸るように。
「……このクソ馬鹿トカゲ。相棒が大事なら邪魔するんじゃねえ」
『――――』
黄金竜が言葉を呑み込む気配。
怯えていた岩魚たちがまた戻ってきて、ひそひそと話し始める。
〔どんどん上に向かってるって〕
〔上の方から伝言が来てるからね〕
〔あんまり上の方だと、ほら、分かるでしょう〕
〔岩にも潜りづらくなるからさ〕
〔多分、お捜しの連中を見た奴はいなくなるんじゃないかなあ、そろそろ〕
「マジかよ……」
リベルの声音から、良くない知らせが齎されたと分かったのだろう、黄金竜が、「岩の虫どもは何と?」と促してくる。
そして、リベルが端的に岩魚が言ったことを伝えると、なんともいえない打ち拉がれたような音を喉の奥で立てた。
とはいえ、ここで諦めて膝を抱える選択肢は、リベルと黄金竜のどちらにもなかった。
「連中は外に出ようとしてるんだろ? じゃあ、どのみち上に行くところまでは案内してくれ」
『その蛆にも劣る連中の振る舞いを尋ねるのだ。岩の虫どもは鈍いが、それでも何も見ていないわけではあるまい。同じ二つ虫のおまえならば、振る舞いから目的地を推すことも出来よう』
「そうだ、――ええっと、連中は何をしてたかな? 推測は入れずに、」
何しろ、岩魚と人間では文化が違い過ぎる。
彼らの奇妙な推測を交えて話されたのでは、事実が曲解される可能性すらある。
「あるがままに、誰か、覚えてることを話してくれ。たとえば、〈言聞き〉――えっと、おまえたちの言う〈目隠し〉か、そいつをどう扱ってたかとか」
岩魚たちの間を、ひそひそ話が伝っていく。
その間にも誘導は続いて、リベルは凹凸の激しくなってきた岩場を乗り越えて前に進んでいた。
岩魚の姫君は嬉しそうに岩の間を泳いで擦り抜け、自分の優雅な動きを誇るようにリベルを見ているが、リベルが険しい顔のまま、一向に自分を見ないことに気づくと、しゅんとして俯いた。
黄金竜は最も優雅に、音もなく前に進んでいたが、恐らく彼――あるいは彼女――の心臓は早鐘を打っているはずだ。
岩魚の姫君が、ふと何かを思いついた様子でリベルに何か言おうとし――そして、含羞に負けた様子で、そばにいる先導役の岩魚に何かを囁いた。
岩魚が胸鰭を波打たせ、彼らでいうところの首肯のような仕草を取って、「なあ」とリベルに話し掛ける。
「なに」
〔姫さまが、他の巣にいるご自分でも、あんたの言うその誰かさんを捜してやろうかと言っておいでだ。お優しいな〕
「そうだな」
リベルは苛々と応じた。
「本当にありがたい。けど、多分、他の鉱路――おまえたちの巣には、俺が捜してる連中はいないんだ」
それを聞いて、岩魚の姫君がしょんぼりと項垂れる。
リベルは犬を構うようにおざなりに告げた。
「言ってくれるだけありがたいよ。ありがとう。また別の機会に頼むよ」
〔――――〕
顔を上げ、ぱああ、と顔を輝かせる姫君。
岩魚のひそひそ声が、鉱路を広々と伝っていって、それから戻ってきた。
〔――二本足の竜が十匹〕
リベルは眉を寄せた。
総勢十人の勇者隊であれば、滅多にない規模だ。
言うまでもなく、人数が増えれば増えるだけ、稼がなくてはならない食い扶持が増える上に仲間割れのリスクも増すのだ。
幾つかの勇者隊がたまたま行動を共にしているのか、あるいは――
〔〈目隠し〉を連れて行って、上に向かってる。――上って何があるの?〕
〔さっき、群れが二つに分かれた〕
〔小さくなった群れはどっちも、もうすぐいちばん上まで着く〕
「出口――いちばん上まで、ここからどのくらい?」
気が焦ったリベルが尋ね、未知の数字と単位の返答があって呻く。
――言葉が通じるので油断していたが、生き物として全く別なのだ。
恐らく、ものの個数を数えるときと時間や距離を数えるときで、使っている数字がそもそも違っている。
「急ぐしかないか……」
呟きつつ、質問を増やす。
「連中、でっかい袋――えーっと、袋って分かるかな、そういうの持ってない?」
ひそひそ。
〔持ってる〕
〔でも、〈目隠し〉は入れてない〕
〔〈目隠し〉は袋とは別。別の方にいる〕
「……おかしいな」
リベルが前に進みながらも呟き、黄金竜が、控えめに言っても静かな恐慌一歩手前の、危険を孕んだ声音で詰問する。
『何がだ。どうしたのだ』
リベルは手短に岩魚の話を彼に通訳した。
「おまえの相棒を連れてる連中、十人くらいで行動してるみたいなんだよ。で、資源袋――鉱路で集めた資源を入れておく袋だけど、それを持ってる方と〈言聞き〉を連れてる方で、さっき二手に分かれたらしい」
『ほう、どちらを焼き尽くせばいいのだ』
「そういうことじゃない。おかしいんだよ。おまえには分からないだろうけど、勇者の数として十人は多い。そんな大所帯で行動する勇者隊は滅多にない」
大きな岩を越える。
「考えられることとしたら、幾つかの勇者隊が一緒にいたっていうことだけど、――それにしてもおかしいんだ。
一つの隊だけが資源袋を持って行って、もう一つの隊が〈言聞き〉を受け取るなんて、いくらなんでも不公平だ」
『その通り、私の愛し子の尊さに比べれば』
「逆だよ、馬鹿トカゲ。〈言聞き〉なんて値段がつけられないものでメシが食えるか」
ちょろちょろと岩の合間を流れる、幅二フィートほどの流水を、ばしゃりと水を蹴立てて越える。
「だから可能性としては、稀に見るほど人数の多い勇者隊なのか、二つの勇者隊で行動してて、勇者隊どうしの力関係が不公平なのか、片方が本当に馬鹿なのか、――そもそも勇者隊じゃないか、だ」
『おまえの言っていることは要領を得ない』
「なあ、お互い心臓が懸かってるんだよ。今だけでいいから、相互理解の努力をしようぜ。じゃなきゃおまえの大事な相棒の心臓、今にも血管が切れそう」
リベルの苦虫を噛み潰したような表情と声音に、黄金竜がぐっと息を呑むような気配を見せ、渋々といった様子で応じた。
『私は元よりそのつもりだ。おまえの頭蓋の中身の質が劣悪に過ぎなければ』
「だからさ……!」
『……悪かった』
リベルは大きく深呼吸して、赤錆色の髪を掻き上げた。
「……そんなことはないだろうし、ないことを祈ってるんだけど、」
論理の飛躍、リベル自身の経験に引き摺られた、先入観の塊のような推測であることは分かっていたが、それでも。
「――鉱路は勇者の領分だから、勇者以外で入る奴となれば限られるんだ。
大抵が、金儲けを狙ってる奴に買われた奴隷みたいな連中のうち、加護のある奴らだ」
ベンノたちはこの鉱路に下ろされた。
――つまり、この鉱路は日頃から勇者が多く立ち入る鉱路ではない。
勇者組合の管理が行き届いている鉱路に、勇者以外の連中を潜らせようとするのは、余程の愚か者だけだ。
ラディス傭兵団にいるとき、リベルたちが下ろされていた鉱路は、町から離れ過ぎていたり、あるいは戊種以下の危険度で勇者がわざわざ入ることは少ないといった理由で、組合の目が離れがちになっている鉱路ばかりだった。
「で、そういう連中が、〈言聞き〉を見つけて、連れて行こうとしてるとすれば、」
実際にはあるはずのない痛みが、しくしくと背中の焼き印を刺すような気がして、リベルは呼吸を深くする。
「自分たちが〈言聞き〉の誓約で、何かの縛りを受けてるから、それを何とかしようとして――っていう、そのくらいしか理由が思い当たらない」
そう、それこそ、――かつてのリベルやエルカのように。
「俺の知る限りでは、〈言聞き〉を使ってまで奴隷を徹底的に逃がさないようにしてるのは、――ショーズ商会っていうところだけなんだ」




