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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
4 お手をどうぞ、勇者さま
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09 今を時めく

 ヴィレイアは迷いのない顔をしている。


 一方、頭から酒を掛けられた若者は、数秒の間ぽかんとし、それから言葉に詰まり、そうしてから()()()爆発した。


「――きみ、何をする!!」


「いえ、こっちの科白ですけど」


 と、あくまでも真顔でヴィレイアが言う。


 彼女が白百合色の頭を、そばに立つ給仕の男性に向けて動かし、心底からの軽蔑の籠もった声で続けた。


「彼、あなたの足許にちょっとだけお酒を零しただけじゃないですか。なんでそれで、馘首だなんだと騒ぎ始めるんです。あなた、どうせ他に幾つも靴くらいは持ってるんでしょう? それが一張羅だって言うなら同情しますけど、違うでしょう? それを、ただでさえこの馬鹿騒ぎで疲れてるこの人を罵るなんて。しかもあなた、議事堂にいる人を馘首する権限なんてないでしょう。色々と、恥を知った方がよろしいんじゃなくて」


 またしても上がろうとした怒鳴り声を掌で押さえて、ヴィレイアは鼻を鳴らしてみせた。

 彼女の見目が非常に整っているため、どこから見ても様になる仕草だった。


「まあ、どっちにしろ、もう彼のしたことはどうでもよくなったでしょうから、弁償だなんだと騒ぐなら、相手は私にしていただいて」


 そこまで言って、ヴィレイアは平然と給仕の男性の方を向いた。


 彼も、恐らくは長いだろう議事堂勤めの中で、この粗相は初めて働いたらしい――あるいは、この無礼講の祝宴にあってもこの粗相を責める相手に対しては、初めてだったらしい。

 色を失っている。


「というわけで、あなたはもう大丈夫ですよ」


 きっぱりとそう言って、ヴィレイアは華奢な肩を竦める。


 若者が大爆発の兆しを見せたそのとき、駆け寄ったリベルがヴィレイアの腕を引いた。


「何してんだ!」


 ヴィレイアは驚いたらしい、ぱちりと目を見開く。


「あら。――無理して出て来なくていいのに。

 ……あの、さっき、可愛い人に声掛けられてなかった?」


「そんなこと言ってる場合じゃない!」


「大丈夫よ。――この人は、」


 この人、と言って、レースに包まれた指で無遠慮に若者を示し、ヴィレイアはきっぱりと続けた。



「私たちから人生を奪えるかも知れないけれど、この瞬間は奪えない」



「人生奪わせたら駄目だろ……!」


 そのとき、舞踏室の入口に近い側から、別種のざわめきが拡がった。

 晩餐会を終えた議員たちの一部が、この舞踏室に足を踏み入れたのだ。


 怒り心頭の若者もそちらを振り返り、決まり悪そうに足踏みする。


 直後に靴音がして、慌てて振り返ったリベルはすぐそばにヴァフェルムの、怪訝そうな胡乱な目を見た。


「――どうかしたのかね?」


 湖の色合いの瞳に見据えられ、リベルはぱくぱくと唇を動かす。

 普段と違って、今夜のヴァフェルムは隙のない盛装だ。


 普段とは受ける威圧感が違う。



 周囲はあっという間に静まり返り、楽団すら音楽を止めていた。



 そんな中で、ヴィレイアが平生変わらぬ態度で若者を指差す。


「――この方が、些末なことで給仕の方に噛みつき始めたので、腹が立って私がお酒を掛けました」


 ヴァフェルムの眉間に深い皺が刻まれ、彼は呻いた。


「……ジョーゼルは何をしている」


「お友だちに会いに行かれました。ヴァフェルムさま、いらしていただけてちょうど良かったです」


 にっこりと微笑むヴィレイアの顔を見てから、ヴァフェルムは深々と溜息を吐き、鼻の頭から酒を滴らせる若者に向き直り、片手を差し出した。


「――エメット・ヴァフェルムだ」


 若者は喉に絡んだ声を出した。


「ぞ……存じ上げております……」


「それは何より。私の招待客がやんちゃをしてすまないね。許してくれるだろうか」


 若者は深々と頭を下げた。


「……勿論でございます」


「結構」


 切り捨てるようにそう言って、ヴァフェルムが合図する。

 背後の誰かがその合図に気づき、楽団に向かって手を振った。


 再び始まる、軽やかな音楽。


 若者が、酒の雫が滴る髪を気持ち悪そうに掻き上げつつ、ヴァフェルムにぺこぺこと頭を下げ、最後にヴィレイアを睨んでから、足早に舞踏室を出て行く。


 その後ろ姿に、現金にも笑い声を上げる者もあった。


 ヴィレイアが舌を出して若者を見送り、直後に斜め後ろから、「男気のあるお嬢さんだ」と声を掛けられて、愛想を全開にして振り返り、「あら、ありがとうございます」などと可愛らしく宣う。


 リベルはヴァフェルムから欠落刑宣告を聞くような気持ちでその後の数秒を過ごしたが、幸いにもヴァフェルムが致命的に機嫌を損ねた様子はなかった。


 溜息を吐き、彼がヴィレイアとリベルに合図して、後ろを振り返る。


 後ろから、ヴァフェルムと同時にこの場に到着し、事態を眺めていたのだろう別の議員――議員だと分かるのは、周囲からも浮いて見えるほどに装いが洗練されているからだ――が、微かな冷笑を浮かべて近付いて来ていた。


 後ろに撫でつけられた鋼色の髪、灰色の目。表情の読めない口許。


 ヴァフェルムはリベルとヴィレイアを伴って、彼の方へ歩み寄った。



 リベルは若干の警戒心を以てその議員を眺め遣る。


 それから視線を振り向けて、ヴィレイアの全身をざっと点検した。

 ――特段、ドレスに酒が零れてしまったりはしていない。


 リベルはそのことにほっと息を吐いてから、しかしながらドレスが何らかの形で毀損されてしまえば、ヴィレイアは否応なく今後も自分たちと一緒に居ざるを得ないのだ、ということに思い至って、そんなことを思いついた自分にうんざりしてしまった。


 ヴィレイアはヴィレイアで、新顔の議員を一瞥してから、素早くリベルに身を寄せて、こそっと囁いてくる。


「――ねえ、けっこう女の人から話し掛けられてなかった?」


「俺を見捨ててどっか行きやがったくせに、そういうことはちゃんと見てたのか」


 リベルは思わず半眼になって嫌味っぽく呟いてしまい、ヴィレイアはぷっと噴き出した。


「あ、その口調、懐かしい」


「え?」


「なんか最近――というかエルカと一緒になってから、リベル、私に遠慮してるでしょう。

 知り合いたての頃の口調だった、今の」


 リベルは瞬きして、いつもの癖で髪を掻き回そうとして、今はそれが出来ないことを思い出し、半端に蟀谷を掻いた。


「いや、遠慮してるんじゃなくて……」


 リベルは言い淀んだが、どう言えばいいのか分からなかった。


(そうじゃなくて、おまえ相手だと、滅多なことでは腹が立たなくなったんだよ。恩義を感じて我慢してるってわけでもなくて、おまえが何してても腹は立たないし、無茶苦茶なことしてりゃ、そりゃ呆れはするけど結局心配が勝つんだよ。

 おまえのそばにいると、今まで苛々してた心の部分がなんとなく丸くなるような気がする――おまえが楽しそうにしてると、何もかもなんとかなっていきそうな気がするし――おまえには何でもしてやりたいし――おまえが悲しそうにすると俺も悲しくなるから、口調が変わってたとしたらそのせい……)


 そんなことをぐるぐると考えたのは数秒だった。



 その数秒のリベルの内心などは、当然ながら知る由もなく、ヴァフェルムが鋼色の髪の議員に向かって、リベルとヴィレイアを示す。


「――ゲッセンタルク。先ほど話していた、私の知人の勇者たちだよ。

 こちらがリベル、こちらがヴィレイア。――あと一人いるはずだが、どうやらこの祝宴を楽しんでいるらしいな」


「――――」


 リベルは息が止まる思いで眼前の議員を見た。


 ――ゲッセンタルク議員。勇者組合推挙の議員。

 彼が。


 ゲッセンタルクが眉を寄せ、リベルとヴィレイアを交互に見た。


 リベルが半歩下がるのと同様、ヴィレイアも珍しく気後れした様子でヴァフェルムを見上げた。

 ヴァフェルムは微笑んでいる。


「――聞き覚えがあるな」


 しばらくして、ゲッセンタルクがゆっくりと言った。

 低い声で、ややもすれば聞き取り難いほどだった。


「特等勇者に、同じ名前の者がいたように思う……どこの者だったか」


「その通り。さすがだ、ゲッセンタルク」


 ヴァフェルムはそう言って、鮮やかな笑みで二人の勇者を一瞥した。


「では、きみは勇者と私が親しくしているのは気に入らないだろうから、私はここで退散しよう。きみを擁立してくれている彼らと、とくと話したまえ」


「――え」


 リベルは思わず喉の奥で声を出してしまった。


 曲がりなりにも付き合いのある議員の援護なしに、他の議員と話すことなど予想だにしていなかった。


 ヴィレイアも驚いたようだったが、彼女らしくすぐに、「まあいいか」と結論づけたらしい。


 リベルはゲッセンタルク議員の表情を窺った。

 議員らしく、「下々の者と話すなど冗談ではない」という嫌悪があるかと思いきや、彼の表情は平坦だった。


 先ほど不幸な目に遭った人物とは別の給仕が、すす、と近付いてきてゲッセンタルクに飲み物を勧める。

 ゲッセンタルクは不明瞭に唸るような礼の言葉を呟いて、グラスを受け取った。


 ヴァフェルムがリベルを振り返り、微笑んで尋ねる。


「エルカはどこに?」


「……多分、大広間だと思います」


「そうか。楽しんでくれているといいのだが」


 そう言って、実際に踵を返してしまうヴァフェルム。


 すかさず、だがおずおずと彼に話し掛ける人々があって、あっという間にヴァフェルムは舞踏室の中心と化した。

 ダンスを打ち切って彼に話し掛けようとする者の姿もあり、俄かに立食スペースが満員御礼の風を見せる。


 ゲッセンタルクはヴァフェルムから距離を置くように動きながら、いきおいそれについて動くしかないリベルをヴィレイアを、思慮深げに見比べるように視線を動かす。


 そして、出し抜けに言った。


「――勇者がこの祝宴に顔を出すのは珍しいな」


「お誘いいただきまして」


 ヴィレイアが卒なく答える。

 ゲッセンタルクは低い声で笑った。


「誘ったところで逃げ出すのが勇者だと思っていたが」


 ヴィレイアは、「ヴァフェルムとゲッセンタルクの間の橋渡しをしなければならない」という任務を覚えており、はっきり意識しているらしい。にっこりと微笑んだ。


「縁があって、ヴァフェルムさまには非常に良くしていただいております」


「ほう」


 ゲッセンタルクは眉を上げたが、それについて仔細を尋ねることはなかった。

 グラスを傾けて黄金色の酒を喉に滑り込ませてから、彼は二人を見比べつつ、呟いた。


「ヴァフェルムの言う通りだとすると、きみらは特等勇者かな?」


 リベルとヴィレイアは言葉に詰まった。

 ややあって、ヴィレイアが言い難そうに言葉を絞り出す。


「……――以前は」


「以前は?」


 ゲッセンタルクが顔を顰める。


 ヴィレイアは癖で時精時計を触ろうとし、しかし今は時精時計を手許から離しているために空振った両手に、少しばかり気まずそうな顔をした。


「あの――私は、元いた隊で〈鉱路洪水〉を引き起こしてしまいまして……」


「ああ」


 ゲッセンタルクはグラスを下げ、ヴィレイアを見つめた。


 地位のある人間にありがちなことだが、彼も現場の運用を熟知しているわけではないようで、続けた言葉には曖昧さが滲んだ。


「確か……そうすると筆頭勇者が組合から除籍されるのだったか」


「――然様です」


「きみが筆頭だったわけか――特等ならばそのはずだな」


 ゲッセンタルクは納得したように頷き、更にまじまじとヴィレイアを見つめた。


 ヴィレイアはレースの手袋に包まれた両手を品よく挙げて、


「もう発症してしまいましたから、たとえ私が感染していたのだとしても、ここに鉱路を呼んだりはしませんよ」


 と。

 そのとき初めてゲッセンタルクは本心からの笑みらしきものを浮かべた。


「その程度の知識はある。――しかし〈鉱路洪水〉とは、運がなかったな。いや、運がないと言ったのはフィアオーゼだったが……最近もヴォーガルで〈鉱路洪水〉が起きた。あれはいかん、被害の回復に何年も掛かる」


 ヴィレイアは、目の前で〈鉱路洪水〉が起きたときのことを思い出したのか、つらそうな顔をして頷いた。


 給仕が通り掛かり、そんな彼女に飲み物を勧める。

 ヴィレイアは小声で礼を言ってグラスを受け取り、彼女に恭しく頭を下げた給仕が、必要以上に長くヴィレイアを見つめている気がして、リベルは覚えず咳払いした。

 給仕は微笑んで、リベルにも飲み物を差し出した。


 ゲッセンタルクはグラスを揺らして、空いた手で顎を撫でた。


「〈鉱路洪水〉については、私も調べるよう命じているところで――尤も、」


 そこまで言って、勇者組合推挙の議員は、甚だ面白くないという目で、着飾った人々に十重二十重に囲まれるヴァフェルムを一瞥した。


「きみらが親しくしているヴァフェルムの方が、どうにもご執心のようだがね。

 ――いやなに、奴としては〈鉱路洪水〉となれば形無しとなる可愛い軍人どもの醜態が許せないのだろうが……」


 リベルもヴィレイアも、返答に困って微笑んだ。


 ややあってヴィレイアが、気の利いた返答を思いついたとき特有の清々しい表情になって、言った。


「〈鉱路洪水〉の原因を突き止められれば、それこそ勇者にとっては英雄です」


 ゲッセンタルクは苦笑した。

 そして、まだ中身の残っているグラスを立食のテーブルに置いた。


「ここはやかましくていけない。まだ私と話がしたかったら来たまえ。知人に顔を見せに行くが、きみらを紹介すれば面白がるかもしれん」


「喜んでお供します」


 ヴィレイアが生き生きと答え、グラスをテーブルに置いた。

 そして、リベルの手からもさっとグラスを取り上げて、同じくテーブルに置く。


 さっとドレスのスカートをつまんでゲッセンタルクの後に続く彼女に、リベルも慌てて続いた。


 そうしながら彼は振り返り、ヴァフェルムと視線を合わせようとしたが叶わず、彼に見えたのは、ヴァフェルムの満足そうな笑みを浮かべた横顔だけだった。



 ゲッセンタルクは迷う様子もなく回廊を引き返し、階段に向かった。

 どうやら大広間を目指しているらしい。


 階段を降りるときになって、リベルはヴィレイアがドレスの裾を絡げて転がり落ちるのではないかという恐怖に苛まれ、彼女に一歩先んじてから、ヴィレイアに手を差し出した。


 ヴィレイアは明らかに驚いた様子で、濃緑の双眸を零れんばかりに見開いたものの、おずおずとリベルの手を取って階段を下った。





 大広間は、相も変わらず華やかな人々でごった返している。


 ヴァフェルムやゲッセンタルクが舞踏室に到着したのと同時に、大広間に到着していた議員もいるらしい。

 あちこちで議員を取り巻く渦が出来上がりつつあった。


 リベルは大広間の中央に聳えているケーキが、最後に見たときよりも傾いて、あちこちに欠けが出来ているのに気づいたが、それはそれとてこの巨大な砂糖とクリームの塊を、お開きまでに食べ切れるものなのだろうか、と訝った。



 大広間にはまだエルカがいた。


 彼がかなり疲れてきているのはリベルの目には明らかだったが、ヴィレイアはぼそっと、「エルカ、元気だね」と呟いていたので、彼の強がりはどうやら付き合いの長いリベルにしか見抜かれていないものらしかった。


 エルカは二人の男性を相手に、あれこれと話して笑いを誘っており、疲労が半分、そんなことをしている自分への嫌悪が半分といった本音をリベルは見て取ったが、傍からみれば完璧に愛想よくしていた。


 とはいえ、接近してくるリベルとヴィレイアを見つけた途端、彼は臆面もなく「会いたかった!」という顔をしたのだが。



 奇しくも、ゲッセンタルクが顔を見せに来たというのは、エルカが話していた二人の男性であるようだった。


 だが、これを度外れた偶然とはいえまい――二人はそれぞれ、ヘルヴィリーおよびアインヴェルの勇者組合の首長であり、大広間に勇者がいると話題になった結果、エルカに話し掛けるに至ったらしい。


 エルカはエルカで、「そういえば勇者組合の偉いさんと仲良くならなきゃまずいんだった」と思い出し、全力で愛想を振り絞っていたところであるらしかった。



「マジでつらかった……」


 と、そばに寄ったリベルにエルカは小声で述懐したが、リベルはしばらく考えてから首を傾げた。


「でもおまえ、それまでは珍しい勇者だってちやほやされて楽しんでたんだろ?」


 彼がそう言ったのは、エルカの下ろしたてのシャツの襟に、どう考えても女性につけられたとしか思えない口紅の痕がついていたからだった。


 エルカはにやっと笑った。


「ばれたか」



 ゲッセンタルクに気づき、二人の勇者組合の首長は居住まいを正したが、議員を前に(へりくだ)る様子は一切なかった。


 リベルの知識の埒外のことではあったが、あくまでもゲッセンタルクの議員としての地位は選挙の結果のものであり、ゲッセンタルクといえど、投票権を持つ組合の首長相手に大きくは出られないということを、二人は熟知しているのである。


 ゲッセンタルクはエルカに目を向け、彼がリベルとヴィレイアに親しげな顔を向けるのを見て、「これがヴァフェルムの言っていたもう一人の勇者か」と得心したらしい。


 辛うじて笑みと分かる表情を浮かべて首長たちに話し掛けながら、如才なくリベルとヴィレイアを引き合いに出している。


 引き合いに出されながらも、会話に加わる隙は当座のところなく、エルカはちらっとヴィレイアとリベルを見て、からかうように微笑んだ。


 そうしていると、彼が大広間の中で大いにちやほやされただろうことも納得である――温室育ちの坊ちゃんたちにはない、一種野性的な魅力が存分に溢れて目に見えるようだった。


「ヴィリー、知らないやつと仲良さそうにしてなかった?」


「お話がつまんない上に心も狭かったから、顔を目掛けてグラスの中を空にしちゃった」


「マジかよ、見たかったな。――リベルはそんなヴィリーを慌てて追い掛けて行ったってとこ?」


「違う、この場の雰囲気に胃が耐えられなかっただけ」


「バンクレットのおっさんが泣いちゃいそうなことを言うね、おまえ」


「私は楽しいよ。――ジョーゼル小父さまはどこ?」


「そういや見かけねぇな」


 そのとき、勇者組合の首長二人が、揃って勇者たちを見た。

 背の低くずんぐりした方がヴィレイアを眺め回し、「驚くな」と呟く。


「きみ、勇者なの? 本当に?」


 ヴィレイアはにこっと微笑んだ。

 長身痩躯の方はリベルをじろじろと見ていた。


「きみ、勇者の割には痩せていないか?」


 リベルも曖昧に微笑んだ。

 ゲッセンタルクが含み笑って、二人を示す。


「口を慎みたまえ。二人とも特等の実力がある」


「そりゃすごい」


 ずんぐりした方がそう言って、またじろじろとヴィレイアを見た。


「でも、特等相当とは妙なことを仰いますね、議員。今は特等ではないと?」


 ゲッセンタルクが肩を竦める。


「〈鉱路洪水〉が……」


「ああ……」


 一気に沈痛な表情になる二人。


「そりゃ大変だったね、きみ。目の前で話して大丈夫? つらい?」


 ヴィレイアはちらりとリベルを見てから、さして無理した様子もなく微笑んだ。


「お気遣いを賜って恐縮です。大丈夫です」


(大丈夫じゃないだろ……!)


 リベルは顔色を変えたものの、ヴィレイアが無理した様子もない手前、声を上げるわけにもいかず、ただ注意深く彼女の顔色を窺う。


「最近の〈鉱路洪水〉というと、ヴォーガル――ではないな、ヴォーガルの勇者ならこんなところでのんびりしてはいられないだろうから。とすると、フロレアの勇者かな?」


 ヴィレイアは驚いたようだった。


「はい。――あんな北の方のことを、よくご存知で」


「〈鉱路洪水〉が起こると、組合間でも色々あってね」


「そもそもあちらの首長が生きているのかを調べねばならんし、生きていなければ代理で指揮を執る者を送り込む協議を持たねばならん」


「出来る範囲で物資も支援することになるしね」


 ゲッセンタルクは頷いた。


「現場に苦労を掛けていることは、重々承知しているのだが」


「閣下が閣下の戦場でご尽力くださっていることは百も承知です」


 ずんぐりした方が素早く言う一方、長身痩躯の首長がグラスを揺らしながら指摘する。


「――確か、私の記憶が正しければ、フロレアの〈鉱路洪水〉では二次災害があっただろう――初手の洪水で仕留め損ねた亜竜が出現した」


 ずんぐりした方が、カナッペを持った手の肘で痩躯の方を押す。


「いや、二次災害の被害は殆どなかったんだよ、奇跡的に。他の町の特等がその場にいたんだ。

 亜竜単独討伐! 英雄だねえ。〈フィード〉に載るなり、僕のアインヴェルでも話題になってたみたいだよ」


 エルカが、もう愛想を売って神経をすり減らすのは懲り懲りだと思ったのか、あっさりと弟分を売った。


「ああ、それ、()()()()()()


「へえ!」


 二人の首長の目がきらんっと光り、リベルは本気の怒気を籠めて兄貴分を睨んだが、リベルを怒らせたところで痛くも痒くもないエルカは、暢気に笑っている。



 ヴィレイアが話題を逸らそうとしてあわあわしているが、ゲッセンタルクまでが興味を示したとあっては、話題の逸らしようもなかった。


 間もなくして、「えっ、出会って間もないこの子のためにフロレアに乗り込んだの!?」、「勇者にも義侠心はあるのか」、「文字通りの勇者だね!」などと寸評を受け、リベルもヴィレイアも最低限のことしか話さなかったがために、その場の人間の想像力が暴走する結果となった。



 そのうちに二人の首長が真顔で、「その辺に小説家はいないの? 如何にも戯曲になりそうな話じゃないか」と言い出すに至り、今をときめく小説家が実際にその場に顔を出し、リベルは涙目で兄貴分を睨んだ。


「てめぇ、後で覚えてろよ」


 ヴィレイアもさすがに目を閉じてしまっている。



 エルカはあっけらかんと笑った。



「いいじゃん。二人の出会いが形になって残るとか、浪漫じゃん」






















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― 新着の感想 ―
リベルがヴィレイアに手を差し出したところ、片思いだけど自覚してないリベルと自覚しているヴィレイアというすれ違いがよく出ているエピソードで、ニマニマしてしまいます。
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