07 腹を括れ
旧王朝時代には宮殿であった、現在は議事堂として使われている建物こそが、件の祝宴の会場となる場である。
普段は議会が開かれ、官吏が会議を執り行い、各組合の出張所において様々な上申が取り纏められている場でもある。
議事堂は図書館を従えて聳えているが、巨大さでいえば図書館とは比較にならない。
大の男を三人積み重ねた程度の高さの城壁に開いた優美な鋳鉄の門を潜れば、その先には見上げるばかりの高さの青銅の像から水が滔々と流れ落ちる噴水があり、噴水を回り込んで続く幅広の道の向こうに、堂々たる白亜の柱廊玄関。
庭園はもちろんのこと広く、かつて革命のときには革命軍が踏み荒らしたものだが、今ではすっかり整えられ、小川に四阿、入り組んだ小径に計算され尽くした光晶の照明、生垣の迷路と、見晴らしのいい箇所と必要に応じて人目を忍ぶことが出来る箇所をそれぞれ備えている。
議事堂の正面は幅にしておよそ四百フィートにも及び、かつて革命のときには一部が崩壊の憂き目に遭っていたものの、今となっては補修され、ゆえに新旧の様式が入り混じる、唯一無二の芸術的な外観を獲得した。
夥しい数の窓、バルコニー、小塔、塔屋、弓形窓が入り組んで、鳥瞰してみれば一個の精巧なパズルのようですらある。
形は巨大なスクエア型、中庭を有する箱の形である。
有する部屋の数は千以上に昇るが、中には封鎖されている部屋もある。
実務的な部屋の他にも、議員たちの私室、音楽室や舞踏場など、様々な施設を備えている。
かつて絶対的権威の象徴とされてきた玉座の間は、今では壮麗な玉座の宝石が取り外されて議長席となり、多くの椅子やベンチが持ち込まれ、議会の議場となっていた。
議事堂の背後には、ささやかながら運河が流れている――ただし、運河から議事堂に登ろうとすれば、絶壁の間を切り拓かれた細い階段を登らねばならず、そしてその階段は、議事堂の小塔から如何様にでも狙い撃ち出来る構造となっていた。
ここが宮殿であったときの名残である。
またここは、二百年前、王族たちが脱出のために小舟に乗った場所でもあった。
運河は議事堂の後ろを流れ、すぐに地下へと呑み込まれ、隧道の中を通っていく。
隧道は旧王朝よりも更に古い時代に掘り進められたもので、ヘルヴィリーの地下を網の目のように走っている。
議事堂近くまで、ヘルヴィリーの貧民街の子供たちが、度胸試しと称して進んで来ることもあるのだが、それは議員たちの把握していることではなかった。
ヘルヴィリーの地下を走る隧道は、完全な無法地帯でもあった。
欠落税をはじめとする、もはや法外な域に達しつつある重税には、殆ど全ての共和国市民が喘いでいるところであって、それは欠落税を理由として売られていく子供の数が増加の一途を辿っていることをみても明らかである。
そしてその状況が続けば、人間の常である、必ず創意工夫を凝らす者は出てくるのだ。
――曰く、自分の子供を売るくらいならば、誰か他の者を自分の子供と偽って、売ってしまえばいいじゃないか、と。
ゆえに適当な子供を殴り倒し、この地下隧道に引き込んで、そこで待つ仲介者に子供――場合によっては夫婦間の欠落税の誤魔化しのために、もう少し年長の者であることもある――を引き渡す。
そうして売られていく子供、あるいは大人たちは、場合によっては鉱路に送り込まれ(加護のない者を鉱路に送り込もうという人間は、まずいない。それは勇者が真の意味で勇者だった時代から連綿と続く、人間の本能である。鉱路には加護を必携のこと、と)、あるいは趣味の悪い富豪の慰み者になり、あるいは欠落させられて悪徳勇者に売り渡され、勇者隊は尤もらしくそれを「鉱路で見つけました」と届け出て、欠け人の確保に余念がない共和国から報奨を手に入れる。
――斯くなる情勢、治安の悪化は議会にも昇っていたものの、それに手を打とうとする議員は少数だった。
更なる軍備で無法者どもを抑えるのか? ではその軍備を支える資金はどこから支出するのか? 支出しようと思えば欠落税や資源税を上げるより他ない。
税を引き下げて人心が落ち着きを取り戻すのを期待するのか? とんでもない。人間はそう理性的ではないだろう。税を下げれば軍備は薄くなる。
この問題に真剣に取り組もうと、本心から考えている数少ない議員のうち一人がゴール・ゲッセンタルク、勇者組合推挙の議員だった。
彼からすれば、ショーズ組合傘下のラディス傭兵団が勇者の真似事をして鉱路を侵しているのも我慢ならず、それに右倣えとばかりに、他の素人集団が人工加護のある者をこれ幸いとばかりに鉱路に放り込み、一攫千金を狙っているのも我慢ならなかった。
そして軍部出身の議員エメット・ヴァフェルムもまた、この問題に辟易している一人だった。
彼からすれば問題の論点は単純明快、竜が欠けるからこその人心の崩壊である。
ならば、人間が問答無用で命の終わりに欠落する、その状況を変えればいいのだ。
一方、現状で極めて満足しているのがユーベルク・フィアオーゼ、商人組合推挙の議員である。
彼からすれば、彼を指示する商人組合が現状で満足している――合法非合法問わず、潤うに足る資金の調達方法を持っている――のだから、特段の変化の必要性を感じろという方が無理があった。
数十人の議員が雫型のシャンデリアの下で議論し、睨み、愛想笑いし、迎合し、脳裏で算盤を弾き、議会は進んでいく。
建築組合推挙の議員が、フロレアの復興状況について述べ、復興に必要な資材について、もう少しばかり価格に便宜を図ってもらえないものか、とフィアオーゼに当てつける。
フィアオーゼは面倒そうに手を振って、議論を先に進めろとだけ合図する。
何人かが苛立たしげに足踏みするが、毛足の長い臙脂の絨毯がその足音を吸い込む。
そのとき議場の扉が開き、衛卒が駆け込んでくる。
議員たちの眼差しを受けて、衛卒が報告する――南方ヴォーガルの町で〈鉱路洪水〉。
どよめき、溜息。
建築組合の議員が崩れ落ちる中、ゲッセンタルクが舌打ちする。
「ヴォーガルの組合には特等勇者が一人いるが、彼が探索に出ていないことを祈ろうか」
ゲッセンタルクの灰色の瞳がヴァフェルムを見る。
「軍人も、鉱路の怪物が相手ではお手上げでしょうからな」
ヴァフェルムは反論せず、フィアオーゼに視線を向ける。
フィアオーゼは琥珀色の瞳を細める。
「――おやこれは、運のない者がいたようで」
議長が溜息を吐き、かつての玉座の上から、かかる問題は勇者組合が対処するものである、と告げる。
〈鉱路洪水〉は大きな災害で、かつ多くの欠け人が発生することになる一大事だから、発生すれば衛卒は議会にそれを伝える。
議員たちはその事実を頭の片隅に控えておいて、あとはその場に居合わせた者たちが全力を尽くして生き延びようとすることを、以て共和国の平穏が保たれることを確信して、ただ眺める。
*◇*◇*
「ねえ、別に今から取って食われるわけじゃないんだし、もうちょっと落ち着いたら?」
「俺は落ち着いてる!」
「全然落ち着いてないって。知らない人がたくさんいるの、そんなに怖い?」
「居心地が悪いだけだよ!」
ヴィレイアに噛みつくリベルに、バンクレットが笑いを堪え、エルカが呆れ返っている。
ヴァフェルム邸へ向かう馬車の中である。
まだ日は中天にあったが、準備の時間を含めて考えると、辺りが暮れなずむ時間帯に議事堂に着いているためには、昼間から動き始めねばならないらしい。
――初春の月十日、今日は共和国議会議長その人の誕生逆日の祝宴の夜だ。
窓際に右の肘を突き、苛々と爪先で馬車の床を叩き、左手は膝の上で落ち着きなく動いているリベルの隣で、ヴィレイアが呆れてくるりと瞳を回す。
「この人見知りさん。大丈夫よ、エルカが一緒にいてくれるでしょ」
「おまえは!?」
「私は議員さんに愛想を振り撒きに行かなきゃ。それと組合の首長さんたちに」
鳩尾に垂れる時精時計を両手で包み込み、ヴィレイアは小首を傾げる。
青い時精時計に浮かぶ数字は「九六二」。
リベルが左手を赤錆色の髪に突っ込んで動きを止め、呻き声を上げたので、バンクレットがとうとう助け舟を出した。
「きみたちに礼儀作法を求めるのであれば、私であってもこの一箇月の間にきみたちを鍛えたと思わないか」
「暖炉の前ですっ転ばされましたけど」
バンクレットはにやっと笑って、それを誤魔化すように手を振った。
「壁際で黙って立っておくだけで構わないんだよ。話し掛けられたら、素直にヴァフェルム議員の招きを受けた勇者だ、と言うんだ。勇者と話したがるような好奇心旺盛な人物は、一握りしかいないから」
リベルはがばっと顔を上げたが、希望を見出したがゆえではなかった。
「一握りはいるんですか。ゼロじゃないんですか」
「もう、大丈夫だって」
エルカが向かい側の座席から、リベルの肩を強めに叩いた。
「おまえ、黙って険しい顔してりゃ、結構怖く見えるから。その顔で睨んだら大抵の人間は歓迎されてないって察してくれるって」
「なんでおまえは落ち着いてるんだよ!」
「だって、話し掛けられたらへらへらしてりゃいいだけだろ。どうせ話し掛けてくる方も酒が入ってんだから、まあ大丈夫だと思って」
リベルが呻いたちょうどそのとき、馬車が停まった。
バンクレットが内側から扉を開けつつ、不憫そうにリベルを見る。
「――まあ、腹を括りなさい」
昼から準備に掛かるとは言われたものの、その「準備」とは即ち、大部分がヴィレイアの準備を指すらしかった。
ヴィレイアがヴァフェルムの邸宅の奥に連れて行かれた一方、リベルとエルカは無数にある居間の一つに通され、軽食を出された。
リベルがその軽食を睨むばかりなので、エルカはとうとう気の毒になったのか、励ますように弟分の肩を叩いた。
「大丈夫、大丈夫だって。半日後にはおまえ、帰ってぐっすり寝てるよ」
この場合の「帰る」とは、「バンクレット邸に帰る」ことを指す。
リベルは情けなく、「早く帰りたい……」と呟き、そうこうしているうちに二人も準備に呼ばれた。
着替えを見られること――具体的には、背中を見られること――は、リベルもエルカも共通で警戒することではあったが、幸いにも二人は衝立の奥へ追い遣られ、肌着とシャツとトラウザーを渡され、それを身に着けてからあれこれと世話を焼かれることになった。
二人揃って白い絹のシャツを纏う。
シャツの袖口にはラッフルがあしらわれ、その上からリベルは深緑の、エルカは深青の、繻子と天鵞絨のウエストコート。
その釦は金色で、きらりと光る宝石が留められており、エルカがまじまじとそれを見て、「なあ、これ、金剛石?」と言い出したので、リベルは蒼くなった。
エルカは、「そんなわけないか」という顔でリベルを見て、リベルの顔色を見て急速に真顔になっていた。
ウエストコートの上からは、それぞれ同色の羊毛のジャケット。
袖口はシャツのラッフルを見せるために広がっている形で、襟と背中は繻子。
しっかりした革の造りの剣帯を渡され、「帯剣していいそうですよ」と微笑まれる。
恐らく――というより十中八九、「勇者らしさ」を出すために鉱路産の得物を持っていろという意味だ。
武装した人間が入れるということは、それだけ彼らを招待したヴァフェルムの影響力が強いのか、はたまたヴァフェルムの招待客ならば下手なことはするまいという信頼があるのか、あるいは警護の人間が相当に腕利きなのか。
リベルが〈氷王牢〉を、エルカが〈岩王令〉を剣帯から提げる。
喉元にはクラバット。
クラバットには大きな宝石が留められており、リベルにもエルカにもその種類など分かりようもなかったが、リベルの喉許には柘榴石、エルカの喉許には菫青石が留められている。
二人とも、かつてなくしっかりと髪を撫でつけられ、額が露わになるように櫛を入れられた。
足許は上等の革靴、最後に白い絹の手袋を渡され、一目で飾りと分かる金の飾緒があしらわれた、やや無骨な形の黒い外套を肩に掛けられて、彼らの身嗜みを世話した女性たちは額を拭った。
いかにも、「完成です!」と言い出しそうな達成感に満ちた顔だったが、リベルはそろそろ人見知りゆえの緊張が限界に達しつつあり、俯いたまま震え始めていた。
エルカの方は開き直ったのか、鏡をじっと見てからそばの女性に笑い掛け、「どう、俺、かっこいい?」と尋ねている堂に入りようである。
女性はまんざらお世辞でもない様子で、「とっても凛々しくていらっしゃいます!」と熱を籠めて返していた。
と、そのとき、別室で支度していたらしきバンクレットが顔を出し、二人に微笑み掛けた。
「支度は終わった?」
リベルは光明を見出したような顔で彼に駆け寄り、バンクレットが感心した顔で自分を見て、「見違えるね!」と快哉を上げるのを、悲劇的な表情で聞いた。
「……もう帰りたいです」
「まだ始まってもいないよ。とはいえ、きみの人見知りを考えると、彼女らには手心を加えるように言っておくべきだったかな」
バンクレットが苦笑して女性たち(彼女たちが仕立屋から派遣されているのか、あるいはここの侍女たちなのかは、リベルには判然としなかった)を見渡す。
彼もまた正装していたが、これはれっきとした軍服である。
更に、リベルやエルカと違って、彼は真の意味でその格好が堂に入っていた。
普段とは違う、深紅を基調とした礼装に、リベルは眩しさすら感じる。
「ほんとそうですよ、マジでずっと近くに張りつかれてて……」
リベルがぼそぼそと言い差すと、バンクレットは笑って、「違う違う」と手を振る。
彼もまた腰に剣を帯びているが、これは儀式用の大仰な大剣だった。
「身支度を手伝うのだから、それは当然だろう。私が言ったのは出来栄えの話だ」
「出来栄え?」
きょとん、と朱色の瞳を瞬かせるリベル。
バンクレットは誇らしげに微笑んだ。
「とても立派だ。色んな女性から話し掛けられると思うよ」
「――――」
リベルは表情を失くした。
エルカが爆笑し、かと思うと後ろから近付いてきて、どん、と軽くリベルの背中に肩をぶつける。
「――でも、ま、おまえにはヴィリーがいるもんな?」
リベルは無表情の中からなんとか困惑を引っ張り出し、眉の辺りに貼り付けた。
「……ヴィリーに守ってもらえってこと?」
呟いた彼に、エルカががっくり肩を落とす。
「マジかよ、おまえ、この朴念仁」
「は?」
当惑するリベルを他所に、バンクレットが「エルカ」と窘める。
顔を上げてそちらを見たリベルは、バンクレットの表情に、なんともいえない切なげな色を見た。
「――――?」
しかしそれもあっという間に霧散して、バンクレットがにっこりと笑う。
「そのヴィレイアも、無事に支度が終わった頃だと思うよ。合流しに行こうか。
私が聞いた話によれば、彼女はコルセットを締められて、近年稀な悲鳴を上げていたらしいが」
リベルは目を見開いた。
「ヴィリーに何かあったんですか!?」
バンクレットは瞬きし、数秒黙り込み、言った。
「――いや、単に身支度に苦戦したというだけだ」
それでも愁眉を開かないリベルに、エルカが呻いた。
「……そんだけ条件反射でヴィリーのこと心配してるのに、おまえ、本当に馬鹿だな」
準備を終えたヴィレイアは、姿見の中の自分と睨めっこしていた。
恭しく開けられた扉をくぐったリベルたちは、彼女の背中と、そして鏡に映った彼女の姿を見ることになる。
ヴィレイアの白百合色の長い髪は丁寧に梳られ、半ばが複雑な形に編まれて結い上げられている。
真珠が編み込まれたレースの髪飾りを見た瞬間に、リベルは自分の盛装よりもヴィレイアの盛装の方に、何倍も金が掛かっていることを認識した。
ドレスを成すガウンは深緑の繻子、まさにリベルが彼女に似合うと言ったその色合い。
スカートはパニエで膨らみ、ガウンの前から見えるその色は青みを帯びた複雑な色合いの薄い緑色。
腰はぎゅっと細く締められており、リベルとしては、ヴィレイアはこれほど華奢だったのかと瞠目するような気持ちになった。
ガウンの襟ぐりは大きく開いていたが、そこから贅を尽くした銀糸の刺繍と黒瑪瑙の釦が並んだ白い絹繻子のストマッカーが覗く。
袖口は肘を覆う位置で広がり、華麗なラッフルで飾られ、肘から指先までを、白と銀が混じったようなレースの手袋が覆っている。
床に届く長さの裾にも袖口にも、更にはガウンの縁にさえも、繊細華麗なレースがあしらわれている。
姿見の向こうの自分と睨めっこしていたヴィレイアが、扉が開いてリベルたちが覗き込むと同時に、そばにいた侍女らしき女性から、「お連れの方ですよ」と囁かれ、ぱっ、と明るく微笑んで振り返った。
ちりん、と、その耳許で耳飾りが揺れる。
二インチ近くある棒状の橄欖石の耳飾り。
振り返ったヴィレイアは、普段と違って化粧をしている。
瞼に乗る淡い色、普段よりも色づいた頬と唇。
エルカが、ひゅう、と口笛を吹いた。
途端、侍女の誰かが窘めるように咳払いをする。
しかしそれは気にせず、エルカは素直に感心した声を上げた。
「――すげぇ! こりゃ準備に時間かかるわけだわ!」
ヴィレイアは照れたように微笑み、ついで大きく目を見開く。
彼女がレースの手袋に覆われた細い両手を口許に宛がい、「うわぁ!」と声を上げた。
「すごい!」
バンクレットがヴィレイアに歩み寄って、「よく似合っている」と声を掛けた。
口調こそややぶっきらぼうだったが、彼が本気で感嘆し、自慢にすら思っているだろうことは表情から見て取れた。
ヴィレイアもそれを感じ取ったのか、得意そうにスカートをひらひらさせる。
「可愛いですか?」
「とても。これは困った。きみから目を離したら大変なことになりそうだ」
真顔でそう言うバンクレットに、ヴィレイアが噴き出す。
くすくす笑うヴィレイアが、扉の下で立ちぼうけになっているリベルとエルカに視線を戻した。
彼女がはにかんだように微笑んで、首を傾げる。
睫毛に煙る濃緑の瞳。
「すごいね。びっくりした。誰かと思っちゃったわ」
「いやぁ、こっちの科白」
エルカが言って、バンクレットに続いて室内に足を踏み入れる。
リベルはそれに半歩遅れて続いた。
ヴィレイアは近付いてくるエルカをまじまじと見つめ、破顔した。
そして、太鼓判を押すように言った。
「かっこいい!」
エルカが肩を竦め、半歩脇へずれて、リベルを顎で示した。
リベルはまじまじとヴィレイアを観察している。
ヴィレイアはほんのりと赤くなった。
首を傾げ、その拍子にまたちりんと耳飾りが揺れる。
こうしてみると、彼女の肩の細さが際立って見えた。
意味もなくふふっと笑ってから、ヴィレイアは呟く。
「……うん、素敵ね」
「ありがと」
とリベル。
彼が真顔でヴィレイアを眺めているため、とうとうエルカが彼を肘で押した。
「おい、なんとか言えよ」
リベルは瞬きし、真顔で言った。
「――目新しいな」
エルカが額を押さえ、バンクレットが苦笑する。
ヴィレイアは大仰に傷ついた表情を浮かべてみせた。
とはいえ笑ってしまっている。
「ちょっと! 嘘でも、綺麗だとか可愛いとか言ってよ!」
「え? あー……」
言い淀むリベル。
ちょうどそのとき、部屋の奥から侍女が声を掛けた。
「お嬢さま、身に着けていらしたものは……」
ヴィレイアがくるっとそちらを振り返り、慌てたようにスカートをつまんだ。
「あっ、待ってください、大事なものなので……!」
部屋の奥へ走ろうとするヴィレイアに、「危ないですよ!」と複数の声。
そんな彼女を見送りつつ、エルカが、「あのさぁ」と呻いた。
「ヴィリー、可愛いじゃん。なんでそう言ってやらないの」
「え、だって、」
と、リベルは困惑顔。
「着飾ってるなとは思うけど、だからって特別可愛いわけじゃないだろ。普段から可愛いじゃん、あいつ」
エルカは目を見開いてリベルを見た。
「――ちゃんとそう思ってるのか」
「は?」
当惑しつつも、リベルはヴィレイアに目を戻して、小声で。
「……まあ、嬉しそうにしてるのは可愛いけど」
ヴィレイアが、いつも身に着けている時精時計と、薔薇色の両手剣である〈焔王牙〉を手に、うろうろと戻ってきた。
手許から完全に離してしまうのが不安らしい。
リベルが溜息を吐いて、手を挙げた。
「〈焔王牙〉なら、俺が預っておこうか?」
「えっ、いいの?」
ヴィレイアが輝くような表情でリベルを見上げ、「ありがとう!」と嬉しそうに顔を綻ばせる。
リベルは微笑んで、彼女に歩み寄って〈焔王牙〉を受け取った。
薔薇色の両手剣を、〈氷王牢〉と並べて腰から提げる。
ヴィレイアは、「邪魔じゃない?」と首を傾げたが、心配ないと手を振っておく。
それから、やや躊躇ったものの、ぶっきらぼうに告げた。
「……――可愛いよ、その格好。綺麗だし、似合ってる」
「――――」
ヴィレイアが目を見開いて硬直した。
信じられないものを見る目でリベルを見上げ、ぽかん、と口を開けて絶句している。
心外といえば心外なその反応に、リベルは思わずたじろいだ。
「なんだよ……」
直後、ぼぼぼ、と音が鳴りそうな勢いでヴィレイアは赤くなった。
耳まで赤くなって俯き、両手に載せた時精時計に顔を伏せる。
「……びっくりした……」
呟き、顔を上げたヴィレイアは、わざとらしく顔を顰めている。
「もう、びっくりさせないでよ。聞き間違いかと思っちゃったじゃない」
リベルは言い返そうとして口を開き、言葉を思いつかなかったので口を閉じた。
エルカがリベルの後ろから顔を出し、悪戯っぽく提案する。
「せっかくリベルも似合ってるって言ったことだし、ヴィリー、そのドレス一式、売り払うんじゃなくて置いときゃいいじゃん」
「え?」
ヴィレイアが目を丸くする。
リベルは思わず、肘でエルカを押して、二人してヴィレイアから少し距離を取った。
「おい馬鹿、余計なこと言うなよ……」
今しがたのエルカの言葉は、つまるところが、「纏まった金を手に入れるのはやめておいて、もうちょっと俺たちと一緒にいようぜ」という誘いである。
「余計じゃないと思うけどな」
エルカが肩を竦める。
リベルはエルカから目を逸らせて、ヴィレイアをちらりと盗み見た。
ヴィレイアは時精時計を掌に載せて、いっそいつものように首から下げていようか、と言い出したところであるようだった。
「……大事なのは、ヴィリーがどうしたいかだろ」
リベルが呟くその視線の先で、バンクレットが苦笑して手を伸ばし、時精時計をヴィレイアから取り上げた。
あっ、と声を上げるヴィレイアに、バンクレットが言い聞かせるように告げる。
「私が預かっておくから。ヴィレイア、私のことは信頼できるだろう?」
「ジョーゼル小父さまは……そうですね」
そう答えながらも、少し迷う様子を見せるヴィレイアの、華やかに着飾った肩に手を置いて、バンクレットは呟く。
「――たまにはこのことも忘れなさい。ね?」




