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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
4 お手をどうぞ、勇者さま
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05 好きなのは赤色だけど

 バンクレットが「ここで待っていて」と言い置いて居間から出て行った。


 その瞬間にリベルとエルカから、「さすがに駄目だ!」「正気か!」という批難がヴィレイアに向かって殺到しようとしたが、最初の一言でヴィレイアが悲しそうにしゅんとしたため、リベルもエルカも言葉に詰まり、「まあ、いいか……」と、数時間後の自分を後悔させる結論に流れ着いてしまった。

 二人とも自覚していることだが、恩義があってヴィレイアには甘くなっているところが存分にあった。



 居間を出て行ったバンクレットは、間もなくして女性を伴って戻ってきた。


 女性は小柄でふくよかな身体つき、年の頃は五十過ぎとみえ、女中のお仕着せに、二、三の装飾を加えた格好をしている。



 女性を連れたバンクレットが戻って来るまでに、リベルたちは朝食を完食していた。

 更に言えばエルカは、「どう考えても勿体ない」と宣言して、ヴァフェルムの朝食の残りも引き受けた。



 やって来た女性は、振り返ったヴィレイアを見てにっこりと微笑んだ。

 次いでリベルとエルカを見て(エルカは気まずそうな顔で、そっとヴァフェルムの椅子から立ち上がって自分の席に戻っていた)、いっそうにこやかに微笑む。


「――ジョーゼルさま、仰っていた方々ですね?」


「そうだ」


 バンクレットは堅苦しく頷く。


「手配が済んでいるといいのだが」


「済んでますとも。尤もあなた方みたいな軍人さまは、手配が済んでいるのかどうかも分からないんでしょうけれど」


 バンクレットは顔を顰め、ヴィレイアに立ち上がるよう合図した。

 不思議そうな顔で女性を見つめて立ち上がるヴィレイアに、咳払いした彼が紹介する。


「彼女はリリエット・ベイアー夫人。ここの女中頭の一人で、更衣を所掌している」


「あなた、先にいらっしゃい」


 ベイアー夫人はそう言って、ヴィレイアに手を差し伸べた。

 ヴィレイアがいっそう不思議そうな顔で首を傾げると、彼女は言い添えた。


「仕立屋の方々がもうすぐいらっしゃいます」


 ヴィレイアがぱっと笑顔になった。

 彼女がすぐさまベイアー夫人の手を取って、きょとんとしているリベルとエルカを振り返る。


 リベルは訳もなく不安になっていた。

 ヴィレイアがどこかに連れて行かれそうな気がしたのだ。


「ヴィリー?」


 語尾を上げて呼び掛けると、ヴィレイアはリベルが純粋に当惑しているだけだと思ったのか、悪戯っぽく微笑んで指を上げた。


「リベル、その辺にある布を被ってドレスになるわけじゃないのよ。採寸だとか色々、やらなきゃいけないことがあるのよ」


「――なるほど」


 リベルは呟いた。


 バンクレットがベイアー夫人に、「彼女を頼む」と言って、ベイアー夫人がリベルとエルカの方に目配せすると苦笑した。


「すぐに連れて行くとも」


「えっ、俺たちも?」


 リベルは覚えず素っ頓狂な声を上げ、エルカと恐怖の目を見交わしたが、それに頓着する者はいなかった。


「わーい」と言わんばかりに楽しそうなヴィレイアがベイアー夫人に連れられて居間を出て行き、ぱたんと扉が閉まる。



 バンクレットは扉の外で足音が遠ざかるのを待つような間を置いた――とはいえ扉は分厚く、廊下の絨毯は柔らかく、足音など聞こえるものではなかったが。


 それからリベルとエルカを振り返って、彼は傷痕の残る目許を緩ませた。


「――今回のことについては驚かせたと思うが」


「そりゃそうでしょ」


 エルカが言って、眉間に皺を寄せた。


「しかも一銭も入らないってマジですか。――俺は別にいいですけど。自分で金使えるようになったのも最近なんで」


「まあ、ヴィレイアに贈呈すると言ったドレスと宝飾品、実際に仕立ててからでなければ分からないが、売り払えば相当な額になるとは思うが」


「あ、そうなんすか」


 たちまち納得したエルカに対し、リベルは思わず微かによろめく。


(そうなのか……)


 思えば、ヴィレイアは高価な外套を買い求めていることはあったものの、それ以外で服装に拘っていたことはない。

 鉱路に潜らない普段も男物の格好をしているくらいで、それを思えばヴィレイアは、「ドレスと宝飾品を贈呈」と聞いてすぐに、売り払った場合の儲けを計算してこの話に乗ったのかも知れなかった。


 エルカがちらっとリベルを見て、苦笑した。


 そんな二人の視線の遣り取りに不思議そうな顔をしつつ、バンクレットが咳払いをして言い差す。


「今回のことについては、半分以上がヴィレイアのご機嫌取りで……」


 バンクレットは苦笑して、肩を竦めた。


「彼女に楽しい思いをさせてあげないと、もう飽きたと言って投げ出されてしまいそうだからね。

 実際に《死霊の姫君》に向かうときには、欠け人から契約を奪うに当たって法気の大きさは問題にはならないものだが、法術に詳しい彼女にはそばにいてほしいのだ。

 逃げられては堪らないから、これはまあ――きみたちの息抜きだと思って」


「息抜きになると思って――?」


 リベルは思わず口走ったが、バンクレットは鷹揚に微笑むのみ。


「議長の誕生逆日の祝宴は盛大だ。多少羽目を外しても、その場にいるお偉方に致命的な失礼を働かない限り、咎め立てされることはないだろう。

 本気の外交をさせるつもりはないから、安心してくれ」


 リベルは胸を撫で下ろした。

 エルカはそれを口に出した。


「あ、良かった。あんた正気だ」


「エルカ!」


 慌ててリベルがエルカを窘める大声を出したが、バンクレットは幸いにもエルカの物言いには頓着しなかった。

 彼は扉の外を指差した。


「ヴァフェルムさまも乗り気でいらしてくださっている。実をいうと仕立屋には昨日のうちに、今日ここへ来るよう伝えていてね。ヴィレイアがこの話を蹴った場合は、屋敷の女中数人に新しい服を仕立ててやらねばならないところだった」


「じゃあ、その人たちはヴィリーがこの話を受けてがっかりしてることでしょうね」


「どうだろうか。少なくとも、私はヴィレイアの方が好きだから」


 衒いなくそう言って、バンクレットはリベルたちを手招いた。


「さて、きみたちがこれを然程堅苦しくないものだと分かってくれたところで、ヴィレイアを追い掛けようか」





 邸宅の一室、居間からはかなり離れた位置にある部屋で、ヴィレイアは遠慮なく楽しそうにしていた。


 その部屋は大きく、南に面した大きな窓が開いていて、今はそのカーテンはいっぱいに開けられて部屋は隅々まで明るい。


 部屋の奥に衝立が並べられていて、奥が見えないようになっていた。


 そしてその手前には、リベルとエルカが目を疑うような量の、上質な布地がテーブルや床に積み上げられている。

 どれ一つとして同じ色合いのものはないように見え、唐突に視界を襲った色の洪水に、二人は愕然と立ち竦んでしまった。


 そして、部屋の中には鏡があった――巨大な姿見だ。

 鏡それそのものも高価だが、この鏡には彫刻の施された黄金の縁飾りがあり、輪を掛けて値打ちものだと分かる。



 リベルとエルカは、世界の断絶めいたものすら感じて目を見交わした。

 彼らには縁のない世界がそこに広がっている。


 使い捨ての()として陸艇に詰め込まれては、鉱路や他の場所で汚れ仕事に使われてきた彼ら、そして自由になってからも、ひたすら鉱路で返り血に塗れ、町に戻っては分相応な生活を楽しむ彼らには。



 部屋の中には、当然ながら人もいる――仕立屋だろうと分かる、黒い繻子の衣服を纏った壮年の男性が、姿見の向こうに置かれたテーブルの上に何やら紙を広げ、そこに木炭を走らせている。


 他にも、濃淡様々な赤い日用(デイ)ドレスを着た数名の女性たちがいて、楽しそうに布地の間を歩き回っては手に取り、布地を身体に当てては振り返るヴィレイアを見ては、「可愛いですよ!」「お顔映りがとっても華やか」「お綺麗です」と笑いさざめき、楽しげにしていた。


 ベイアー夫人の姿はない。

 女中頭ともなれば多忙だろうから、ヴィレイアを仕立屋に引き合わせてすぐ、自分の仕事に戻ったのだろう。



 ヴィレイアがリベルとエルカ、そして彼らをここまで連れてきたバンクレットに気づいて、ぱっと笑顔を弾けさせて手を振った。


「リベル、エルカ! ジョーゼル小父さま!」


 ヴィレイアのそばの女性たちと、仕立屋の主人だろう壮年の男性がこちらを見たために、リベルは赤くなって後退り、エルカの陰に隠れた。


 エルカは苦笑して、ヴィレイアに手を振り返す。


「採寸してるのかと思ってた」


「さっき終わったところ」


 バンクレットが後ろからリベルの肩を押した。


「どの色が似合うか見てあげなさい」


「なんで俺?」


「この中ではヴィレイアとの付き合いが最も長いから」


 押し出されるがままに数歩を進んだリベルは、ヴィレイアがどこか警戒するような目でバンクレットを見ていることに気がついた。


「…………?」


 リベルが怪訝に眉を寄せると、ヴィレイアははっとした様子でリベルに笑顔を向けて、揶揄うように言った。


「リベル、似合うかどうかで服を選んだことなんてないでしょ?」


「よく分かってるじゃないか」


 そう答えるリベルの人見知りを察知して、女性たちがさっと引き、いかにも何かの用事があるかのように、他の布地を見始める。


 リベルはほっとしてヴィレイアに歩み寄り、姿見の向こうのテーブルにいる男性をちらりと見た。


「……あの人は何を?」


「意匠を考えてくれてるの」


「なるほど……」


 呟いて、リベルはヴィレイアに視線を戻して、部屋中に溢れんばかりに重ねられた布地の海を見渡す。


 同系色が階調で並べられ、次々に色が変わっていく様には眩暈すら覚える。

 布地の質感も様々で、繻子や絹のように光沢のある布もあれば、透けるような質感の布もある。


「世の中にはこんなにたくさん色があるのか……」


「どの色でもお手に取れますよ」


 恐れ入ったように呟くリベルに、ヴィレイアが冗談めかしてそう言って、そばにあった緑色の布地を持ち上げ、リベルの胸の辺りに宛がう。

 光沢のある深い緑色の天鵞絨だ。


「あなたは案外緑も似合うかな。いつも黒とか茶色ばっかりだけど」


「おまえが着るんだろ。おまえはいつも白とか青とか着てるけど、何色が好きなの?」


 ヴィレイアはリベルから布地を離した。

 そして、布の海を見渡しながら苦笑した。


「好きなのは赤色だけど、あんまり似合わないんだよね」


 リベルは瞬きした。

 一瞬、妙にヴィレイアが寂しそうに見えたのだ。


 思わずヴィレイアの右手首を握って、様々な赤色の布地が積み上げられている場所まで移動する。

 そして、目についた鮮烈な赤色をヴィレイアの前に掲げてみた。


「そうか? 別にいいんじゃない?」


 ヴィレイアは笑って、リベルの手を下ろさせた。


「もう、本当にセンスがないんだから」


 リベルはむっとして、今度は上品にくすんだ赤い色を掲げてみせる。


「こっちは」


 ヴィレイアは笑い声を上げてそれを下ろさせ、左隣からリベルの顔を覗き込んだ。


「何色が似合うと思う?」


 リベルは口籠ってヴィレイアを見下ろした。


 額から眉間にかかる白百合色の前髪、整った形の眉、その下で悪戯っぽく煌めいている大きな扁桃(アーモンド)型の濃緑の瞳、可憐な形の小さな鼻、微笑む唇。



 実をいえばヴィレイアが目の前にいないとき、彼女のことを考えるときに真っ先に思い出すのはその声、囀るような朗らかな声音であり、次に思い出すのは瞳だった。

 生命そのもののような色合いの瞳。



 だからか、無意識にリベルは呟いていた。


「――それこそ、緑とか……」


 ふむふむ、と頷き、ヴィレイアが右手でリベルの左腕をとって、今しがた辿ってきた道順をまた逆に歩き、緑色の布地の広げられた場所まで戻る。


 リベルはふと気になってエルカの方を見た。

 彼が退屈しているのではないかと思ったためだが、エルカは何やらバンクレットと話し込んでおり、リベルたちを見てはいなかった。


 リベルは布地の海に目を戻した。


 テーブルの上に広げられている布地は、緑色と括ることが出来る分だけでも相当な量がある。

 その左側には黄色が、右側には青色が、同じく豊かな色彩で続いていた。


 リベルたちは黄色の側から歩いてくる格好になったが、黄色に近い緑色を手に取ったヴィレイアに、リベルは曖昧に首を捻った。


「いや、そういう緑っていうよりは……」


 そこで二人は緑の区画を横断し、青に近い位置に立った。


 リベルは絹タフタを手に取った。

 僅かに青み掛かった複雑な色合いの薄い緑色(ペールグリーン)


「こういうのとか……」


 ヴィレイアがその生地を嬉しそうに受け取り、胸の辺りに宛がってくるっと回る。


 意外なほど嬉しそうに見えたので、リベルは少しばかり驚いた。

 とはいえ嬉しそうな彼女を見ることは好きだったので、リベルは数歩を戻って別の布地を手に取る。


 いつも着ている木綿の服と、本当に同じ「布」という種類で括ってしまっていいのか、迷うほどに滑らかな手触りだ。


 手に取った繻子は深い緑色。


「こういうのも似合いそう」


 姿見の向こうにいた男性が、ふと立ち上がってこちらに歩いてきた。


 リベルは繻子をテーブルの上に慎重に下ろし、ヴィレイアのそばに戻って小さくなった。


 近くで見ると男性は、落ち着いた物腰で端整な仕草、これぞ紳士といった風貌で穏やかに微笑んでいる。


 男性はリベルに微笑み掛けてから、ヴィレイアに向かって耳に心地よい低い声で話し掛け始めた。


「――白を基調にした、華やかなストマッカーをご用意しましょう。ドレスのスカート部分を薄い緑色で、縫い付けるガウンを深緑でお仕立てするのは如何でしょう。ラッフルとレース飾りもふんだんにして」


「すてき」


 ヴィレイアが心からの声音でそう言った。



 その間に、すたすたとこちらに近付いてきた女性の一人が、リベルを衝立の奥へ促した。

 エルカも同様に促されており、二人して狼狽してバンクレットを凝視してしまう。


 バンクレットは肩を竦めた。


「普段の格好で放り出すわけにはいかないだろう。採寸だ」


「ヴィリー、助けて」


 リベルは思わず口走り、ヴィレイアに呆れた顔をさせた。


 ヴィレイアが仕立屋に向き直って、「この人、あんまり慣れてないんです」と、注釈を入れるように言う。

 仕立屋の紳士は鷹揚に微笑んでいた。


「そのようですね」


 とはいえ、何と言おうが、間もなくしてリベルとエルカは苦笑する女性たちに衝立の向こうに追い立てられ、採寸を受けることになった。


 二人とも、服を剥かれるのではないかと警戒していたものの、外套を脱ぐよう促されただけだった。



 慣れないというより未知のものだった、その一連の儀式に警戒しっぱなしの二人に、採寸に当たった女性がますます苦笑する。


「そうご心配なさらなくとも。当店の店主は腕のいい魔法使いですよ。お客さまにご満足いただけなかったことはありません」


「はあ……」


 あの人は魔法使いなのか、と、リベルは驚いたあとに納得した。


 ――勇者は大抵、暴力的な方向で魔法を使うが、魔法の本質は手間暇と時間を心袋に詰め込むことなのだ。

 本来ならば仕立屋や建築家、料理人にこそ重宝される能力なのだろう。



 鉱路探索よりも余程まごつき、緊張したその時間のあと、リベルとエルカが心持ち足早に衝立の陰から出ていくと、ヴィレイアが姿見の前に立って、幾つかの生地を身体に当てている最中だった。


 リベルが示した色と似た色の(正直にいえば、リベルにはもはや同じ色に見えた)布地を比較しているようだったが、ヴィレイアが「最初の候補の方がいいですって」と言っているのが聞こえてくる。



 続いてリベルとエルカにも似合う色が選定され始めた。


 エルカは可愛らしい女性に囲まれているうちに気分が良くなったようだが、リベルが見知らぬ人々に包囲されることに深刻な恐怖の表情を浮かべたため、バンクレットが半ば呆れて、「ヴィレイア、見てあげなさい」と声を掛けることとなった。



 バンクレットが仕立屋の男性に向かって、「リベルとエルカの分は、我々の軍服を参考にした形にしてくれ」と要求している。


 そして、それを耳聡く聞きつけたリベルが振り返り、「俺を客じゃなくて警護の人間にしてくれ!」と叫ぶと、とうとう耐えかねたように彼は大笑いし始めた。
























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