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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
4 お手をどうぞ、勇者さま
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03 勇者というものは

 鉱路探索の間、碌な休息も食事も摂れなかった三人だったが、軍部の陸艇はそれを癒して余りあった。


 小さな客室めいた船室のソファで寛ぐことを許され、陸艇の小さな厨房で温め直された食事を摂って、ヴィレイアは満足した様子で丸くなって眠り込んだ。



 時おり気流の煽りを受けて揺れる陸艇で、エルカは窓のそばに張りついて、雲の狭間から見える地上の光景をじっと見つめている。


「何してんの?」


 リベルが尋ねると、エルカは真面目に応じた。


「いや、このまま誘拐されて、気づいたらヘルヴィリーにいた、とかは嫌じゃん」


 リベルは顔を顰めてエルカのそばに座って、彼の背中に額を置いた。


「大丈夫だって」



 エルカは――ラディス傭兵団にいたときから――生家のことを余り話したがらなかったが、ふとした瞬間に生家での出来事を零すことがあった。


 そしてリベルが一度だけ聞いたことがあるのが、エルカがショーズ商会に売り渡された顛末だった。


 不穏な気配を察して逃げようとしたエルカを、彼の両親が捕まえて、「これから優しいおじさんがいるところに行くから」と宥め賺して陸艇に乗せ、そしてエルカは最初に一発殴られて気を失い、気づいたときには裸にされて焼き印を突きつけられていたのだ。



 エルカはまだなおしばらく窓の外を見ていたが、やがて身動ぎして船内に向き直った。


「まあ、大丈夫か。あの議員、気に喰わないところはあるけど約束は守るみたいだし」





 軍の陸艇は脚が速いが、それでもエーデルからダイアニまでは陸艇で半日掛かる。


 リベルたちがダイアニに到着したのは、鉱路を出たその日の夕暮れ時で、軍人はしつこく、夜には陸艇に戻って来られるかと確認してきた。


(バンクレットさん、よっぽど急ぎで俺たちに用があるのか……?)


 軍人の態度にそう訝り、リベルが渋々頷いて(というのも、一晩を陸艇で過ごすとなれば、ヴィレイアが嫌がるかも知れないと思ったのだ)、「晩メシの後なら……」と答えると、このようなときに夕餉を摂るなどけしからんと言わんばかりの渋面を披露しながらも、軍人は重々しく頷いた。


「では、必ず戻るように」



 昼過ぎから、ざあざあと雨が降っていた。



 ダイアニに着いても雨は止んでおらず、冬の冷えた空気もあって、辺りは身震いするほど寒かった。

 陸艇を降りると、まさにその場所が大きな水溜まりになっており、リベルは後続に「足許に気をつけて」と声を掛ける。


 宵闇が迫る時間の雨で、町全体が煙っているようだった。

 雨音は止め処なく、根気強い楽隊のささやかな演奏のように響く。


 ヴィレイアが片手を中途半端に挙げて、雨から顔を庇う仕草をしている。

 彼女の長い白百合色の髪から雫が滴るのを見て、リベルは少しのあいだ考えてから、外套を脱いで彼女の頭にばさりと掛けた。


「わっ」


 声を上げたヴィレイアが、外套の縁からリベルを見上げる。


「ねえ、私でもその気になれば雨くらいどうとでも出来ると思わない?」


「要らないならいいけど」


「……要ります」


「おまえ、軟弱だもんな」


 エルカが笑い出し、「じゃあ、リベルが凍える前に行こうぜ」と朗らかに言う。


 三人はそそくさと踵を返し、駅の出口を目指した。

 駅といっても駅舎以外は露天に陸艇や陸舟が停まるものだ。出口は簡単なアーチである。


 敷石の凹みに溜まった雨水をばしゃばしゃと跳ねながら歩いて、エルカはリベルとヴィレイアを見て、「メシはどこで食う?」と。


 リベルは雨粒が伝う顔を掌で拭った。


「まずバーコのところだろ。

 手ぐすね引いておまえを待ってると思うよ、たぶん」





 実際にそうだった。


 バーコの鍛冶場からは温かい色合いの光が暮れゆく通りに漏れ出しており、リベルが扉を押し開けると、奥からバーコ本人がのしのしと現れた。


 そしてリベルにも、初めてここを訪れるヴィレイアが興味深そうにあちこちを見渡すのも眼中に入れず、エルカを入口の土間から奥へと引っ張り上げた。


「そろそろ来ると思っとったんだ、で?」


 エルカが濡れた靴で足踏みして、バーコが鍛えた彼の剣についての話を始める。


 どっしりとした梁の向こうの暗がりを眺めていたヴィレイアがそちらに視線を下ろし、微笑む。

 彼女はここまで来る、短くはなかった道のりの中ですっかり濡れそぼってしまったリベルの外套を腕に抱えており、ヴィレイアが熱精と契約を結びそうな気配を察したリベルが、素早く外套を自分の手に取り戻した。


 外套の裾から滴が落ちたが気にせず、魔法を使って外套を乾かしてしまう。


「私がやろうとしたのに」


「こんなところでおまえの特技を披露しなくていいよ」


 奥から、二十代とみえる若者がぱたぱたと走ってきた。

 焼け焦げだらけの前掛けを着けた青年はバーコの弟子で、リベルとヴィレイアを見て目を丸くする。


「師匠、お客さんを放っておいて自分の作品で盛り上がるなんて。――上がってください」


 どうも、と頭を下げて奥へ上がるリベルとヴィレイア。

 青年はヴィレイアを間近で見て、いっそう大きく目を見開いた。


「あなたも勇者?」


「まあ――はい」


「その剣は誰の作品?」


「フロレアの……なんて人だったかな」


 記憶を辿る顔をするヴィレイアの腰の〈焔王牙〉をまじまじと観察して、青年は数回頷いた。


 そうしているうちに、エルカから概ねの話を聞き終えたバーコが満足したように一息ついている。

 バーコに促されたエルカが彼の剣をバーコに見せて、バーコが神経質なまでにその刀身を点検した。


 しばらくそうしていたあとで、バーコはエルカに剣を戻した。

 そして目許を揉んだあとで、言った。


「提案なんだがね、」


「はい?」


「その剣の銘、〈岩王令(がんおうれい)〉はどうだろうね」


 エルカは素直に恐れ入った顔をした。


「かっけぇ」





 ヴィレイアが空腹を訴えたため、夕食を摂る店を探すこととなった。


 ダイアニに五年いたリベルは町の様子には詳しいものの、ヴィレイア曰くの「食べられればいい」という店しか知らない。


 とはいえ、


「あんまり待たせたら、あの軍人が怒鳴り込んで来そうだし、今日は適当なところで我慢して」


 リベルが、最近のヴィレイアに対するには厳しい声でそう言って、ヴィレイアは残念そうにしながらも、「はぁい」と答える。



 そうして覗き込んだ酒場兼食堂のような店で、リベルは馴染みの声に呼ばれた。



「よぉ、リベルじゃないか! どうした!」


 途端にざわつく店内。

 店の中にはテーブルと長椅子が並び、奥には円卓と椅子が雑然と並べられているが、満員御礼の状態だ。


 ダイアニには勇者が多く、ここにいる殆どの人間が勇者か、勇者組合の人間だろう。


 煙草の煙と食事の湯気が混ざり合って店内を曇らせて、酒精と肉と紫煙の匂いが混じり合った匂いがしている。



 そんな店内の人間が、一斉にリベルに視線を向ける。



()()()?」


()()()って言った?」


「〈錆びた氷(ラスティ・フリーズ)〉? マジ? ほんもの?」


「別の町に行ったって聞いたけど、帰って来たのか?」


 リベルは呻いて一歩下がり、エルカの陰に隠れた。


 エルカはそんなリベルに苦笑しつつ、リベルを呼んだ結果として彼に注目を集め、ばつが悪そうにするアーディスに手を振った。


「よう!」


 エルカがリベルの手首を掴んで、ざわつく店内を突っ切って奥の円卓に向かい、アーディス隊の面々を愛想よく見渡す。


「メシ食いたいんだけど、相席いいかな?」


「そりゃもちろん!」


 目の前に空の酒杯を積み上げているリガーが元気よく答え、そばを通り掛かった給仕にリベルを指差して合図した。


 給仕が胡乱な目でリベルを見てから、「ああ!」と思い当たった顔をし、踵を返して店の奥へ走っていくと、そこから同僚と協力して、三つの丸椅子を抱えて戻ってきた。



 斯くして相席の用意が整った。



 アーディス隊は、リベルからすれば古巣の勇者隊に当たる。


 ダイアニは広い町だが、ここで出会ったのは驚嘆すべき偶然というほどのものではなかった。

 リベルがよく知る店は彼らもよく知っているし、時刻は遅い夕食にはちょうどいい時間だからだ。



 リベルはアガサとラティの間に押し込まれた丸椅子に腰掛け、リガーの隣に座ったヴィレイアと、その隣でアーディスに親しげに肩を叩かれているエルカを見て、はっと気づいて――周囲の喧騒に負けないよう――エルカに怒鳴った。


「エルカ、酒はやめとけよ!」


 エルカは舌打ちし、手を挙げて給仕を呼んだ。

 ヴィレイアに希望を訊きながら、自分とリベルの分を適当に注文しているのだ。


 アガサが紫色の猫目でちらっとリベルを見てきた。

 眉間に皺を寄せて気難しい顔をしているが、不機嫌なわけではない、彼女はこういう性格なのだ。


「びしょ濡れじゃない」


「雨降ってんだよ、仕方ないだろ」


「私まで濡れてるんだけど」


「テーブルが狭い」


「なんでダイアニにいるの? このあいだ言ってた用事? こっちに引き取りに来るものがあるって言ってた」


「あー、違う」


 リベルは濡れた赤錆色の髪を掻き上げて、心袋に髪と衣服が乾くまでの事象を放り込んで自分を乾かした。


 ヴィレイアを見ると、彼女が熱精と契約するまでもなく、エルカが同様にして乾かしてやっているようだった。


「引き取りに来たのは、実はちょっと前に来てたんだよ。今回はその事後報告みたいな感じで」


 アガサは得心した様子で頷いた。


「ああ、バーコのところ? 誰の武器を作ってもらったの?」


 アガサの〈流閃花〉もバーコの作である。


 リベルは顎でエルカを示した。


「エルカの」



 円卓の上には既に、アーディスたちが頼んだ料理が並べられている――肉詰めのパイに骨付きの豚肉、シチューにバゲット。


 そこに更に、エルカが頼んだ料理が運ばれてきた――湯気を立てるスープに素揚げの鶏肉、辛味の強い挽肉炒めと、芋の団子。

 円卓の上にぎっしりと料理が並べられ、円卓が軋むほどだった。


 ヴィレイアが嬉しそうに微笑んで、目の前の素揚げの鶏肉に手を伸ばした。


 リベルの方をちらちらと見ながら立ち上がる若者がそばのテーブルにいたが、アガサが睨むと引き下がった。

 リベルはほっとして、親しみを籠めてアガサの足に自分の足をぶつけて、「ありがと」と囁く。

 アガサは呆れたようだった。


「なんでそんなに人見知りなんだか……」


「ラティにも同じこと訊いた?」


 冗談めかせてそう言ってラティを振り返ると、ラティは筋骨隆々の大きな身体を小さくして、小刻みに首を振った。


 リベルは器を両手で持ち、熱いスープを飲んで、濃すぎる味はともかくとして、腹の中から温まる感覚に目を細めた。

 暑さ寒さに強いといっても感じないわけではないのだ。


 ヴィレイアが挽肉炒めを口に入れ、辛さにはふはふと息を継ぎながら、味の薄い芋の団子を口に入れている。

 口をいっぱいにして頬を膨らませる彼女が幸せそうなので、リベルはほっとした。


 エルカは肉詰めのパイにかぶり付きつつ、酒を飲むリガーを羨ましそうに眺めている。



 周囲は酔っ払いの喧騒に包まれ、隣との会話ならばともかく、それ以上離れている相手との会話では、怒鳴るように声を張り上げなければ届かない。


 ヴィレイアは早々に会話を諦めて食事に専念し、そのうちに眠そうにし始めた。


 目を擦って欠伸を漏らすヴィレイアに、エルカが心配そうな目を向ける。

 明らかに、ヴィレイアが料理に頭を突っ込む形で突っ伏すことを恐れていた。



 リベルが、そろそろ自分が席を立ってヴィレイアを支えに行くべきか、と思案し始めたときだった。



 唐突に、入口付近の勇者たちが静まり返った。


 沈黙が伝播し、たちまちのうちに酒場全体が静まり返る。



 続いてひそひそとした声が(あぶく)のように湧き上がって、まるでその場にいる勇者たちが一個の生き物になったかのように、滑らかに全員の視線が動いて入口を見た。



 リベルもエルカも、全く同様に入口を見た。

 そして、二人同時にがたんと丸椅子をひっくり返して立ち上がった。



 ――入口に、衛卒を数人従えた、あの軍人が立っていた。


 山鳩色の軍服に雨粒が光っている。

 どう見てもご機嫌麗しいようには見えなかった。


 憤然とした様子で酒場を見渡す彼は、果たしてこれが何軒目の訪問となっているのか。



「やば」


 リベルが口走ったので、アガサが戦慄した眼差しで彼を見上げる。


「ちょっとリベル? あんた、何したの?」


「何もしてない、何もしてないよ」


 慌ててそう言って、リベルは円卓を回り込んでエルカとヴィレイアのそばに駆け寄り、暢気に舟を漕ぎ始めているヴィレイアの肩を揺らし、頭を叩いて彼女を起こした。


「ヴィリー、起きて。もう行くよ」


 ヴィレイアが呻いて目を開ける。リベルはその腕を引っ張った。



 そうしているうちに、軍人の方もリベルたちを見つけたらしい。

 衛卒を入口に残し、憤懣を振り撒きながら酒場の中に入って来た。


 周囲の勇者たちを、如何にも下品なものを見るように眺め渡す彼の視界の外では、何人かの勇者が手指で下品な仕草をして見せていた。



 リベルたちに声が届くところで足を止め、軍人が眉間に深い皺を刻む。


「諸君らは――時間が――分からないのか」


 エルカが顔を顰め、リベルは「別にいつまでに戻って来いとは言わなかったじゃないですか」と言おうとした。


 ぱっと目を覚ましたヴィレイアが、しばらくぼんやりした後で状況を把握したのか、明らかに喧嘩腰の瞳で軍人を見遣る。



 そのとき、そばのテーブルで、勇者の一団が憤然と立ち上がった。


「〈錆びた氷(ラスティ・フリーズ)〉に言い掛かりだ」



 がたん、がたん、と、次々に立ち上がっていく勇者たち。


「ここはダイアニだぞ」


「てめぇ、〈錆びた氷(ラスティ・フリーズ)〉に文句つけるなら勇者組合を通してからにしろや」


「喧嘩ならこっちが代わりに買うぜ」



 エルカがぽかんとして周囲を見渡し、リベルを見て、「おまえ、人気者じゃないか」と真顔で言う。


 リベルはこの場から消えてなくなりたいと切実に思った。

 鏡がなくとも、顔が――頬どころか額や耳まで――真っ赤になっていることが分かる。

 首の後ろから嫌な汗が噴き出してきた。


「……違う。みんな酔ってるだけだ」


 蚊の鳴くような声で囁いて、リベルは短い距離を走って軍人の目の前に出た。


 少なくとも軍人はエルカ以上に驚いていた。

 目を見開いて周囲を見回している。


「もう行きましょう、行きましょう」


 リベルが軍人のそばをすり抜けて酒場の外を目指す。


 周囲の勇者たちは野次なのか喝采なのか、よく分からないだみ声を上げて盛り上がっている。



 エルカがヴィレイアを連れてリベルに続いた。


 リベルは最後に振り返り、ぽかんとしている元仲間たちを拝み、「収拾つけておいて」と唇の形で伝えた。



 アーディスが呆れたようにリベルを見て、指を一本立てる。「一つ貸しだぞ」の意味である。


 リベルはこくこくと頷いて、雨のしとつく夜陰の中に滑り出した。





















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