02 人生、思うようには運ばない
「わー、難破船だー!」
ヴィレイアが感動したようにそう言ったのは、砂浜を遥か遠くに望む場所まで出てからだった。
砂浜では、例の勇者たちが辺りを探索しているようだが、氷の足場を自分たちの周囲の限られたところにしか残していないリベルたちからすれば、もはや他人事だった。
悪徳勇者とはいっても、どうやら多少のユーモアは持っている連中だったらしく、砂浜からこちらに向かって――というよりヴィレイアに向かって――一昔前の恋の歌を、うろ覚えの様子でがなり立ててくる者があったが、氷の上で滑りそうになるほど大笑いしたヴィレイアが、両腕で大きなバツ印を作ると、砂浜の方でも笑い声が上がっていた。
――ちなみに、とはいっても、他の勇者隊が命綱として作るケルンを壊すような連中である。
碌な連中ではないどころか、明確な悪人たちではあった。
さて今、ヴィレイアが見ているものは、青緑色の澄んだ海面の下に仄見える、黒ずんで崩れかけ、沈んだ船である。
足許の氷から身を乗り出さんばかりになってそちらを覗き込もうとするヴィレイアに、リベルはひやりとしてその手を掴んだ。
「危ない、危ないから」
ヴィレイアは複雑そうな顔で身を乗り出すのはやめたものの、期待の眼差しでリベルを見上げる。
「ねえ、引っ張り上げたらだめ?」
「は?」
「影兵霊に頼んで、浮揚精も使えば、引っ張り上げられるんじゃないかな」
「いや、なんで?」
「だって楽しそうじゃない。難破船といえば、大抵の童話では金銀財宝が積んであるものよ」
「ああ、ごめん、あんまりそういう話は聞いたことなくて……」
「あ、ごめんなさい」
「いいじゃん、楽しそうじゃん」
エルカがヴィレイアに加勢した。
「それに砂浜にいる連中、びっくりするんじゃない? いい気味」
リベルは溜息を吐いた。
鉱路の中で「楽しそう」を基準に動くなど狂気の沙汰だ。
なんで俺の両隣にはこんな変人が揃っているんだろう、と思ったものの、
(まあ、エルカもいるし、大丈夫か……)
彼は頷いた。
「いいよ、ヴィリー。でも、危ないと思ったらやめるんだぞ」
「やった!」
拳を握ったヴィレイアが、いそいそと額のリボンを外して前髪を下ろし、リボンを丁寧に畳んで懐に仕舞い込む。
リベルは眉を寄せた。
不可抗力以外で、ヴィレイアが鉱路の中で前髪を下ろすのを見たことがなかったのだ。
「ヴィリー?」
「あ、何かの拍子に濡れたら嫌だなって」
「海の上でそれを言う?」
「だってこれ、高かったじゃない」
「秋におまえが買ってた青い外套、覚えてる? 桁が違うよ?」
リベルは愕然として言った。
ヴィレイアが身に着けているのは、ハイリの鉱路における顛末をヴァフェルムに説明したその翌日、ヘルヴィリーでリベルが選んだリボンである。
ヴィレイアが珍しいほど遠慮するのを半ば説き伏せて買う形になったが、そのときも彼女は「高いよ」と言って渋っていた。
「もうちょっと安いのにしようよ」と、リベルを露店に引っ張っていこうとしたときには、リベルは茫然としたものだが。
結局、もじもじと遠慮し続けるヴィレイアに選ばせることが出来ず、リベルが――リベルを勇者と見分けた店主に冷たい目で見られつつ――慣れないながらも選んで贈ったのだが、
(気に入ってくれたのは嬉しいけど、さすがにちょっと度が過ぎてるぞ……)
「鉱路で使うのを前提に買ったんだって、忘れた?」
「でもすごくちゃんとしたお店で買ってくれたんだもの……リベル、人見知りなのに」
「おまえは一千オレガを逃したんだぞ!」
「はいはい、ヴィリーの好きにさせりゃいいだろ。――ヴィリー、俺からは何がほしい? そろそろなんか思いついた?」
エルカが割り込んで、ヴィレイアは影兵霊を呼び出そうと右掌を上に向けたまま、小さく首を傾げて瞬きした。
そして、はにかんだ様子で微笑んだ。
「うーん、考えておくね」
「早めに言ってくれないと、趣味の悪いもの送りつけるぜ」
「それはいやだ……」
嫌そうに顔を顰めて見せつつも笑ってしまうヴィレイアが、咳払いして右手で手招きする。
――途端、海の上に落ちる僅かな影の間から、無数に這い出してくる影兵霊。
ヴィレイアが海底の難破船を指差すと、影兵霊たちが漂いながら海の中を行進していく。
更にヴィレイアは指を振って、
「――契約、影、浮揚精」
その瞬間に辺りに満ちる、精神で聞く凛とした鈴の音。
ヴィレイアがわくわくした表情で精霊に指示を下し、数分後。
軋みを上げ、甲板から盛大に水を零しながら、海底から黒ずんだ難破船が姿を現した。
引き揚げられた難破船は、ごく小さな帆船だった。
引き揚げられようとするときには、慌てて船の中から逃げ出すように漂っていく水棲の明りクラゲが無数に見え、加えて、二、三の、姿の仔細までは見て取れなかったものの、人と同程度の大きさの鉱路生物も見えた。
難破船は、小さいとはいえ、勇者が素人仕事で作った船とも思えず、鉱路に船を持ち込むとはどういう状況だったのだろう、とリベルは首を傾げる。
崩れそうな甲板に乗り込んでみると、朽ちる寸前といった帆柱や欄干が、如何にも物悲しい。
エルカがあちこちを見て、「なんか、きらきらしてる」と呟くと、ヴィレイアが衒いなく答えた。
「たぶん、塩でしょ」
「塩?」
「ここの水、しょっぱくなかった? 本物の海みたいに塩水なんだよ、きっと。それで、塩の塊がくっついてるんじゃないかな」
煌めいているのは凝固した塩の結晶だけではなく、あちこちの板木の割れ目や甲板の隅に、小さな薄桃色の鱗が落ちているのも発見された。
この難破船を巣にしていた鉱路生物の置き土産だろう。
歩き回ると、甲板は危なっかしく軋み、一部はばっきりと割れた。
リベルは早速難破船の上に昇ったことを後悔し始めていたが、ヴィレイアとエルカは楽しそうである。
リベルが船の端っこで動くことも憚っている間に、二人があちこちを見て回るので、リベルは卒倒しそうになった。
「おい、あんまり遠慮なく動くなって……」
「だって俺、海の船に乗るのなんて初めて」
「これを船に乗ったって数えていいのか……?」
「おまえだって初めてだろ、二十歳にして」
「まだ十九だよ、俺が生まれたのは春」
「おっとごめん」
誕生逆日を祝うほどだから、欠落に向かって一歩進むことになる誕生日は、大抵の人間が嫌っている。
リベルはヴィレイアの誕生日を知っているが、それが判明したのもふとした会話の流れであって、彼女は気まずそうにしていた。
ヴィレイアは船のキャビンに下りる入口を見つけ、リベルのところに戻ってきて真面目くさった顔で敬礼し、「隊長、探険したいです」と述べたものの、リベルは断固として許さなかった。
「もう、せっかくの難破船なのに探険できないなんて」
「鉱路の中で更に探険したいとか、そんなことある?」
「そうだけど……」
ヴィレイアが不満たらたらの様子で片方の頬を膨らませたところで、エルカが「なあ」と声を上げる。
「なんか、この船、傾いでない?」
リベルは思わず、「そんなの最初からだろ」と応じかけ――
――気づいた。
「やばいやばい、マジで滝になってる!」
いつの間にか眼前で、この巨大な海がぷっつりと途切れていた。
そちらに向かって流れが早くなっていく大量の水、行き着く先は滝しかない。
そして滝の向こうには、澄んだ青緑色の岩壁が滑らかに広がっているのが見えた――この色合いのために、砂浜からは海が限りなく続いているように見えていたのだ。
滝に向かって転落するように速度を上げていく難破船、悲鳴を上げるように軋む船体。
リベルがヴィレイアに飛びついて彼女を片腕で抱え込む一方、エルカもリベルのそばについて、彼の腕をしっかりと確保する。
滝に達した難破船が、明確に傾く。
朽ち果てそうな船の欄干に掴まり、胃がでんぐり返りを披露する心地で滝の下を直視したリベルが、思わず絶叫する。
掌の下では、欄干がぬめついた感触を伝えてきている。
「くそったれ!!」
「わあ、マジで滝だ!」
同じく欄干をしっかりと掴みつつ、エルカが嬉しそうに笑う。
三人の足が甲板から浮く。
滝に落ちるその直前、直角に傾いた難破船の上で、リベルとエルカの腕力だけで欄干からぶら下がっているような格好。
ヴィレイアはリベルの片腕で支えられ、他にどうしようもなく、彼の首に抱き着く姿勢になっている。
リベルは自分の胸で、ヴィレイアの心臓の速いリズムの鼓動を感じ取った。
どうどうと落ちる滝の水滴で、間もなく三人はずぶ濡れになり――
「落ちるって!!」
「あっ」
リベルが叫ぶと同時に、エルカが間抜けな声を上げた。
というのも、ばきっ、と、不吉な音が聞こえたからである。
リベルとエルカの体重に耐えかね、遂に難破船の欄干が大破したのだ。
「っ、あ――っ!!」
三人分の絶叫が滝に呑まれる。
白く飛沫を上げる瀑布の中に転落し、為す術なく錐揉み回転しながら落下していく身体。
胃と肺は滝の上に残してきたに違いないと思えるほど、腹の中が浮き上がり、でんぐり返りし、何より息が詰まる。
水が口から鼻から押し寄せてきて、耳の中には雪崩れ落ちる水の音しか聞こえない。
――どぼん。
真っ白な飛沫で埋め尽くされていた視界が、唐突に水中の光景を捉える。
滝壺の中に落下したのだ。
勢い余って沈んでいく身体、上下すら咄嗟には分からないが、大量の水草が水の流れにたなびいているのは見える。
そしてその水草の中に逃げ込むように泳いでいく、半人半魚の鉱路生物たち――
――と、どこからか、悪霊としか思えない、無数の影の掌が差し出されてきた。
「――――!」
声が出ないながらも、リベルは肺の中に残っている空気を使い果たす勢いで絶叫した。
落ち着いて考えてみれば、それは影兵霊に他ならなかったが、目の当たりにしたその瞬間は、ただただ悪霊じみた外見が怖かったのである。
*◇*◇*
「ふう、生きてる」
「おい、迷ってんだぞ」
エルカが額を拭って清々しくそう言ったものの、リベルはにべもない。
――海が滝になった、その滝は半円を描いて雄大に流れ落ちている。
ここはその滝壺を望む陸地で、足許は砂というより砕いた硝子に見える質感の土壌と、露出した岩が混在している。
滝を背にしてみれば、坑道に続く暗い洞穴が口を開けており、迷ったとはいっても、そちらに出てヴィレイアに透過視精での探索を頼めば、他の勇者隊の痕跡を見つけることは出来よう。
各々が身に着けている物資にも余裕があり、絶望的な状況というわけではなかった。
先程までの暑さはどこへやら、ここは冷え込んでいた。
頭上で輝いているはずの巨大な不傷石の明かりと熱が、滝に阻まれてここまでは届いていないのだ。
ヴィレイアは寒そうに震えつつ、熱精で暖を取り、リベルたちをも温めているが、それはそれとして、大事に懐に仕舞っていたリボンまでびしょ濡れになったことに、悄然と項垂れていた。
リベルとエルカは、ヴィレイアが熱精を使い始めてくれたとはいえ、びしょ濡れの衣服を着ているだけで寒く、上半身は裸になっていた。
彼らが思い切りよく革鎧を脱いで服を脱いでしまうので、ヴィレイアが固く目を瞑って、その上から両手で目を覆ってしまったほどだった。
今も彼女はリベルたちには背を向けて、二人の衣服を乾かしている。
衣服を乾かす程度ならば、魔法使いであるリベルとエルカにももちろん可能なことだったが、ヴィレイアが当然のようにその作業に入ったために、二人はそれを言い出しそびれていた。
リベルは胡坐を掻き、エルカは脚を伸ばして、ヴィレイアと背中合わせになるように座り込んでいる。
熱精の恩恵が隙なく届いて、ついでに各々が少しばかり魔法を使って、ズボンも長靴も問題なく乾こうとしていた。
「まあまあ、なんとかなるって。おまえもなんだかんだ乗ってきたじゃん」
「丙種の鉱路だからって油断してた」
悔恨の口調ではあったが、リベルは寛いだものを感じていた。
以前までは――アーディスたちと組んでいたときは――濡れ鼠になろうがどうしようが、人前で服を脱ぐなど有り得なかった。
背中の焼き印を見られることを恐れていたからだ。
だが、相手がエルカとヴィレイアならば話は別である。
エルカはそもそも同じ焼き印を抱えているし、ヴィレイアもリベルも過去を知っている。それどころか救ってくれた張本人である。
この安心感たるや。
――余談となるが、リベルは以前、どうしても気になってエルカに尋ねたことがある。
曰く、「おまえ、結構女の子と遊んでるけど、背中のあれは見られないの?」と。
エルカはあっさり答えた。
「暗い部屋だと割と大丈夫。それに、俺が相手の背中を見ることはあっても、相手に背中は見せない。むしろ警戒するべきなのは触られたときだな。ぼこってなってるから気づかれるし、古傷だとか言ったら見たいとか言い出す女もいるし」。
その口調に己の窺い知れない蘊蓄を感じ取り、リベルは「なるほど」とだけ言って会話を打ち切ったものである。
「ねえ、もう、服着てよ」
後ろからヴィレイアが痺れを切らしたようにそう言って、二人にすっかり乾いた衣服を投げてきた。
エルカが背中に目があるような危なげのなさでそれをキャッチし、ついでにリベルの分を彼の頭にぶつけてくる。
リベルは舌打ちして頭にばさりと掛かった衣服を掴みつつ、まだ悲しそうな顔をしているヴィレイアに気づいて、慌てて言った。
「――なあ、もう、元気出せって。またおまえが気に入ったのを買ってやるから」
そばの岩から、岩魚が跳ねた。
小さな手足のある魚が、文字通り岩の中を、水を泳ぐようにして泳いで姿を見せたのだ。
疲れ切っているときに岩魚に血肉を毟り取られる勇者隊は少なくないが、岩魚は極端に臆病で、疲れても弱ってもいない人間の前にはまず姿を現さない。
リベルが大きく足踏みすると、途端に岩魚は慌てふためいて岩の中に潜り込んで姿を消した。
「――まあ、まずは無事に帰り道を見つけられるかだな」
手早く服を着ながらリベルはそう言った。
被った木綿の服はまやかしの海水を吸い込んで、微かに潮の匂いがする。
さすがにばつが悪そうにし始めたエルカを睨み、リベルは嘆息。
「この馬鹿に乗った俺も馬鹿だったよ」
「ねえ、リベル」
ヴィレイアが苦笑して、小さく右手を挙げる。
「私には怒らないの」
「滝の方に行きたいって言ったのエルカだし」
「難破船を引っ張り上げたのは私だよ。船に乗ってなかったら、もうちょっと賢く滝を下りるか、引き返すかしてたんじゃないかな」
リベルは少し考えて、正直に言った。
「おまえに怒るって考えがなかったよ」
「ひでぇ、依怙贔屓だ」
エルカが笑いながら指摘した。
ヴィレイアが眦を下げ、どことなく寂しそうに微笑んだので、リベルは驚く。
「ヴィリー?」
声を掛けたものの、ヴィレイアにはその声が聞こえなかったようだった。
帰り道が見つかるかどうか――と悲観的に言ったものの、リベルとエルカが、使い捨て同然に放り込まれた鉱路において生き残る上で身に着けた技術の中には、抜群の方向感覚もある。
自分たちがもと居た方向を踏まえて考えれば、少なくとも鉱路の中でどちらを目指せばいいかの判断はつく。
そのうえ、透過視精に喰わせて探索をさせる法気潤沢なヴィレイアがいるのだから、帰路の確保には困らなかった。
ただし、
「――なあ、成果がゼロなんだけど……」
およそ己の人生で初めてとなる、「戦果ゼロ」という経験に恐れを成しながらリベルが指摘する。
指摘され、それまで意識していなかった成果に意識が向き、さぞかし嘆くだろうと思いつつ戦々恐々と見遣った先で、しかしヴィレイアは気の抜けたような笑顔。
「うーん、でも、エルカの新しい剣の遣い方が分かったし、いいんじゃない?」
「いや、赤字だよ?」
「それはまあ……次は頑張る」
肩を竦めたヴィレイアに、リベルは思案顔。
「いったんダイアニまで行って、エルカがバーコに剣の使い心地を報告しなきゃならないとして、その後またすぐ探索に出られるか?」
ヴィレイアが首を傾げる。
彼女の大きな濃緑の双眸が、くるりと上を向いた睫毛の下から、探るようにリベルを見た。
「……今でも私の貯金を心配してくれてるの?」
「そりゃあ」
と、リベルは殊勝な表情。
バンクレットに釘を刺されたということもあり、元より彼女のために切っていた小切手すら渡し難い雰囲気になってしまった。
というのも、金の受け渡しを仄めかすと、ヴィレイアが途端に硬い顔をするようになったのだ。
(バンクレットさん、どういう脅し方したんだよ……)
リベルとしてはやきもきするが、その一方でほっとしていることも否めない。
己の中で義理と感情が常に戦っているような状況である。
いつしかリベルは、ヴィレイアに対して口に出して、「おまえに纏まった金がいくようにしないと」と言うことで、自分が義理に即して生きているように見せかけるようになっていた。
真夜中にそんな自分を思い出し、羞恥で枕を殴ることもあるが、それはヴィレイアには口が裂けても黙っているべきことである。
リベルの殊勝な返答に、ヴィレイアは嬉しそうに、安心したように微笑んだ。
彼女は形式上は四等勇者だから、単独での鉱路探索は出来ない。
リベルが先日大金を手にしたこともあり、しばらくのあいだ探索は控えると言い出すことを警戒していたのかも知れない、と彼は思った。
「ありがとう、リベル」
「いや……」
気まずくなって逸らした視線の先では、リベルの内心をほぼ正確に推し測っているだろうエルカが、「この意地っ張りめ」というような目で彼を見ている。
*◇*◇*
とはいえ、鉱路を脱出し、エーデルの勇者組合の陸艇に首尾よく乗り込んでエーデルの町に戻った三人は、「一度ダイアニに向かってから、またすぐに探索へ」という目論見が阻まれたことを悟った。
駅で陸艇を下りた三人はそこで、検閲よろしく衛卒が立ち、陸艇から降り立つ勇者たちを眺めていることに気づいた。
全ての勇者が、後ろ暗いことは何もないという顔をしようとして、結果的に存分に後ろ暗いところがある表情を作ってしまっていた。
勇者組合は旅券なしで入ることの出来る数少ない組合の筆頭であるから、脛に傷持つ者も多い上、勇者をやっているうちに脛に傷が出来ていく者も多いのだ。
さて、リベルたちだが、これも並々ならぬ後ろ暗いところを持つ。
とはいえ同時に、並々ならぬ後ろ盾も持っている身の上なので、驚きつつも陸艇から降りたのだが。
ざっ、と靴音を立てた衛卒たちに、ずらずらと目の前に並ばれ、更に包囲されて、リベルは正直、かなり焦った。
つい最近、とある犯罪行為に手を染めた覚えのあるヴィレイアも、ぎょっとした様子だった。
ついでにリベルは逃走経路も算段したが、危ういところで山鳩色の軍服を着こなした軍人がその場に到着した。
何が危ういところだったのかといえば、決まっているが、その場にいた衛卒たちの肋骨数本である。
軍人の到着があと数秒遅ければ、すっかり動転したエルカがものの弾みで衛卒たちの肋骨を折りかねなかった。
陸艇を降り、リベルたちを追い越して、早朝の――寝ぼけたような空気が漂う町へ戻っていく勇者たちが、衛卒に取り囲まれた三人に気の毒そうな目を向けていく。
山鳩色の軍服を着た軍人は、指揮系統は異なるものの彼よりも低い位階に属するのだろう衛卒たちに、「もう結構」と述べてから、リベルたちに向き直った。
衛卒たちが渋々といった様子で離れていく。
町で周囲を見渡せば、一度に五人は目につく数で、あらゆる町に配置されている衛卒。
彼らの仕事は治安の維持であり、欠け人の確保であり、公然たるその手段は暴力だった。
リベルたちは警戒心を薄れさせたものの、まだなお胡散臭そうに相手を見ている。
なんといっても、馴染みの軍人であるジョーゼル・バンクレットではない人物――初対面の軍人だ。
とはいえ過去にも、バンクレットが他の軍人経由で伝言を寄越したこともあり、今回もその形式か、と察しはつく。
果せるかな、軍人はリベルたちを一通り眺め渡してから、口を開いた。
「――勇者組合を訪れたのだが、きみたちが見当たらずに驚いた」
どことなくこちらを責めるような口調である。エルカが皮肉っぽく応じた。
「知らないんすか。勇者の本業は鉱路探索なんすよ」
リベルはそっとエルカの足を踏んだが、エルカは悪びれない。
軍人は、まるでエルカの言葉が聞こえなかったかのように表情を変えなかった。
彼は淡々と告げた。
「バンクレット閣下が諸君らに、ヘルヴィリー、ヴァフェルム閣下のお住まいに出頭するようにと仰せだ」
「出頭」
ヴィレイアが思わずというように復唱し、それから気の毒そうな目を軍人に向けた。
「法術師にお願いして、私あてにご伝言を下さればいいのに、って、ジョーゼル小父……あー、バンクレットさまに仰っておいてくださいます?」
「法術師を使うよう、私も申し上げた」
軍人は居丈高にぴしゃりと応じた。
明らかに、自分の仕事は二十歳そこそこの勇者たちへの伝言ではないと主張する様子だった。
「バンクレット閣下は、諸君らが鉱路に潜っていた場合、伝言が届かない――そのリスクは冒せないと仰せになったのだ」
「まあ、あんたも鉱路には入れないから、人を寄越したところで、って感じすよね」
エルカが馴れ馴れしく言って、にこっと笑った。
軍人は顔を顰めたが、すぐに腕を上げ、駅の向こうを示した。
「陸艇があちらに――」
「あの、すみませんが、」
と、リベルは蚊の鳴くような声で囁いた。
これは軍人に恐れを成したためではなく、初対面の人間が相手だったからである。
軍人がリベルを見る。
リベルは視線を逸らし、軍人の膝の辺りを見つめながら、精いっぱいきっぱりとした口調で言った。
「俺たち、今からダイアニに行かないといけなくて」
「は?」
「すみませんけど、バンクレットさんには二、三日遅れるって伝えておいてください。必ず行きますから」
軍人は眉間に深い皺を刻み、溜息を吐いて懐中時計を取り出し、時刻を確かめた。
時精時計ではなく、通常の機械式の時計だ。
数秒ののち、軍人は嘆息して顔を上げた。
「――我々の陸艇に乗りなさい」
「いや、だから」
言い差すリベルを手で遮って、軍人は鹿爪らしく言った。
「時間を浪費してはいられないのだ。私がきみらをダイアニに送り届け、それから責任を持ってヘルヴィリーに連行する。これ以外は認めない」
リベルはエルカとヴィレイアを窺った。
エルカは顔を顰めているが、リベルに向かって「好きにしろ」と肩を竦めてみせている。
ヴィレイアは純粋に嬉しそうだった――確かに、駅で次のダイアニ行の陸艇を待つよりは、時間と手間の節約になる提案ではあった。
「……じゃあ……」
リベルは軍人の方を向いて、曖昧な仕草で頷いた。
よし、と胸を張り、颯爽と踵を返す軍人。
それを追おうとしたヴィレイアが、ふと背伸びしてリベルの耳許に唇を寄せ、囁いた。
「ねえ、もし私たちがちゃんと資源を持って帰って来ていて、これから換金なんですって言ってたら、この人、頭から火を噴いてたんじゃないかな」
真面目くさったその声音に、リベルは思わず噴き出した。




