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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
4 お手をどうぞ、勇者さま
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01 海は広いな

 ざざーん、と響く、深い波の音。



 延々と続いて見える水平線の彼方まで、穏やかに揺蕩う波は鮮やかな青緑色。

 和やかなばかりの青畳。


 足許に視線を落としていけばその色は透けていき、白い砂浜にひたひたと寄せる波は、さながら白いレースの縁取りを施された水晶の綾絹。



 柔らかい砂が波打つように続いた果てを海に背を向けて望めば、そこには、黒曜石を切り出したような断崖絶壁。

 その絶壁に、細い切れ目が開いており――実際のところ、その切れ目は高さにして三十フィートはあり、幅は三フィートほどだった――、その切れ目の向こうは暗がりになり窺い知れない。


 黒曜石の断崖は頭上遥かに高い、つるりと滑らかな印象を受ける、渦巻く模様の入った縞瑪瑙を思わせる天蓋にまで達していた。



 そしてその縞瑪瑙の天蓋には、ごうごうと燃える不傷石と浮揚璧の化合岩が浮かび、このまやかしの海辺を灼熱の光で照らし、ここを永遠の昼としていた。





「あ、暑い……」


 力なく呟いたヴィレイアは、白い砂浜の上に仰向けに寝そべっていた。


 可憐な花のかんばせは表情優れず、ぐったりと目を閉じて、四肢を投げ出していかにもつらそうである。


 外套はもちろん脱ぎ捨て、頭の下から尻の下に敷かれている。

 そばには他に、外套が二着、乱雑に脱ぎ捨てられたままとなっていた。


 ヴィレイアはシャツの袖を捲り上げ、ズボンの裾まで捲り上げて長靴を脱ぎ捨てており、細い腕と足首が露わになっていた。


 額には汗が浮かび、容赦なく照らされた頬は湯気を立てそうに赤い。


 鳩尾の上にころんと載った青い時精時計に浮かぶ数字は「一〇〇四」。

 その時精時計も、頭上の不傷石から射す強烈な光を鋭く反射していた。



「おい、生きてるか?」


 不意に、ヴィレイアの顔の上に人型の影が差した。


 砂の上をずぼずぼと歩いてきたリベルが、腰を屈めて彼女を覗き込んでいる。


 暑そうに端整な顔を顰めてこそいるものの、リベルはヴィレイアほど無防備でもなければ精魂尽き果ててもいない。

 鼻の頭から滴ろうとする雫を手の甲で拭って、リベルは鞘に収めた黒い〈氷王牢〉を左手に握り、ヴィレイアのそばにしゃがみ込んだ。


「不溶石は? ちゃんと水飲んでるか?」


 ぱち、と、ヴィレイアが瞼を上げる。

 真っ白な睫毛の奥の濃緑の瞳を瞬かせて、ヴィレイアは気怠そうに肘を突いて身体を起こした。


 それぞれの耳の下で二つに結われた、緩い癖のある長い白百合色の髪が、右側の房は胸に垂れ、左側の房が肩を滑って背中に垂れる。


 真新しい深緑色の繻子のリボンで前髪を上げている彼女は、眩しそうにリベルを見て――


 ぷっ、と、噴き出した。


「――もう、ずぶ濡れじゃない」


 リベルは顔を顰めて、ぐっしょりと濡れた赤錆色の髪を右手で掻き上げた。

 髪から雫が滴って、蟀谷を水滴が滑る。


 全身余すところなくびしょ濡れになった彼は、ここまで歩いてくる最中で、濡れた長靴に纏わりついた砂に、鬱陶しそうな目を向ける。


「仕方ないだろ」


「ごめんなさい。――乾かしてあげたいんだけど、まだ影契約が使える感じはしないな。あなた、戦線離脱してきたの?」


「離れてろって言われたんだよ。――まあ、この暑さだったらすぐに乾きそうな気もする」


 どことなく拗ねたようにそう言うリベルに、ヴィレイアは肩を竦めた。


「外は冬なのよ、お忘れなく。ここに来るまでの道のりもすっごく寒かったし、そのままここを脱出しちゃったら絶対に風邪ひくからね」


 そう言いつつ、リボンに砂がついていないかどうか、気になるように指で撫でるヴィレイア。


 リベルは思わずその手を掴んで止めて――というのも、彼女がそういった仕草を取る頻度が高過ぎた――、呆れて言い聞かせる。


「だから、汚れたらまた買ってやるって言っただろ」


「だってお気に入りなんだもの……」


「同じのをまた買ってやるから。なんなら在庫として幾つか贈ろうか?」



 そのとき、ざっばあ、と、盛大に波が立つ音が聞こえた。



 リベルとヴィレイアが、揃ってそちらに顔を向ける。



 ――海といっても違和感はないほど、広々と続く水平線。


 砂浜から五百ヤードほど離れたところで、今しも海中から身をくねらせ、巨大なミミズが躍り上がったところだった。



 ぬめぬめとした赤黒い膚、ぼこぼこと不規則に泡立つように、その膚から盛り上がる瘤。

 ミミズにはあるまじきことに、身体の脇にはこれもまた不規則な間隔を開けて、身体と比して不均衡なまでに小さな、飛魚(トビウオ)の胸鰭にも似た鰭が生えて、ぱたぱたと動いている。

 頭部からは二本の長い触覚が垂れ下がり、そして大きな口が――さながら、その巨大なミミズが一つの筒であるかのような錯覚を与えるほど大きな口が――大量の水を吐き出しながら開かれていた。


 ヴィレイアが戦慄の表情を浮かべたのは、彼女にとって巨大なミミズは悪夢の権化であるらしいからだった。

 最初にあの姿を見た瞬間に、ヴィレイアは「小さなミミズでも無理なのに、なんであんなものに近付けると思うの?」と言い放った。



 海上に屹立したミミズは、しかし長くそこには留まらなかった。



 一瞬ののちに、血飛沫が弾ける。


 唐突に大輪の赤い花が咲いたかのような光景は、しかし刹那のうちだけだった。


 海面を叩く大量の血飛沫に、ど(・)う(・)と倒れるミミズの巨大が起こす大波。



 穏やかだった海が束の間大きく揺れて、しかしすぐにまた、元のように穏やかに波を寄せ返し始める。



「あ、影契約、使えそう」



 間もなく、悠々と海を泳ぐ人物の頭が見えた。

 滑らかに水を切って泳いできて、浅瀬に立ってから、じゃぶじゃぶと豪快に水を蹴立てて歩いてくる。


 刈り上げた砂色の髪、がっしりとした身体つき、怜悧な顔立ちの中で、切れ長の薄青い目が楽しそうに煌めいている。


 勇者らしい木綿の衣服と革鎧からは、ぼたぼたと滴が滴っており、その滴の色には血が混じる。


「エルカ」


 リベルが不満そうに呼びかけて、兄貴分を軽く睨んだ。


「なんで俺だけ先に離れさせたんだよ」


「いやあ、楽しくなっちゃって」


 と、エルカは悪びれない。


 ヴィレイアは慌ただしく立ち上がって、エルカの肌を伝う血の色に驚いた表情を見せている。


「エルカ、怪我したの?」


「するわけないじゃん」


 エルカは得意そうに笑った。


「返り血ばっかりだよ。余裕余裕」


「まあ、やられるわけがなかったからいいけどさ、」


 リベルが嘆息して、ヴィレイアの素足を見下ろした。


 柔らかそうな白い肌の小さな足が外套を踏んで、頭上の不傷石の、太陽も斯くやという燦々たる光に煌めいている。


「鉱路(ヴェルク)で靴まで脱いで寛ぐのはさすがにどうかと思うよ、ヴィリー」


 ヴィレイアも、釣られたように自分の素足を見下ろした。

 そしてこちらも悪びれず、悪戯っぽく片脚を上げて振ってみせる。


「だって暑くて。それに、影兵霊がいるし」


「そうだけどさあ……」


 溜息を吐きつつ、リベルは手を伸ばして片足立ちするヴィレイアの右手を掴み、彼女が転ばないよう支えた。



 リベルがヴィレイアを支える彼の左手の、親指には黒い指輪が、そして人差し指には、真新しい深紅の指輪が光っている。


 そして、リベルの手の中に見えるヴィレイアの右手にも同じく、親指には黒い指輪が、人差し指には深紅の指輪が光っていた。



 リベルに握られた己の右手を見て、ヴィレイアがほんのりと苦笑する。

「大丈夫なのに」と言わんばかりのその表情はいったん無視して、リベルは上機嫌で微笑むエルカに朱色の瞳を向けた。


「――で、どう? 満足?」


 エルカはにっこり笑った。


「満足!」



 その腰には、黄鉄鉱の色合いの鞘。


 左手の親指には、リベルとヴィレイアと揃いの深紅の指輪が光る。



 そして右手には、黄鉄鉱の色合いと真珠色が芸術品めいた大理石模様を織り成す、実直な形の片手半剣。



 ――この探索は、仕上がったエルカの武器のお試しのためのものだった。





*◇*◇*





 ダイアニの町でこの剣と、そして三人の揃いの指輪を受け取ったのは実に一昨日。


 そこからいったんエーデルの町に引き返し、すぐさま探索に出かけて、今に至る。



 丙種鉱路ではあったが、第二種に分類されており、これから探索が進んでいき、その結果として勇者隊が遭遇する鉱路生物次第では、乙種への変更も有り得るだろう鉱路だった。


 この鉱路を選んだ理由は単純明快、「すぐに陸艇が出る」と聞いたからである。



 辿り着いた鉱路を意気揚々と進むあいだ、エルカはすっかり上機嫌だった。


 エルカは――育ちを考えれば驚嘆するほど――明るい性格なので、機嫌がいいのは珍しいことではないが、それでも輪を掛けて嬉しそうで、釣られてリベルとヴィレイアまで上々の気分で鉱路を進んだほどだった。



(――たぶん、)


 と、リベルはこっそり考える。



 ――エルカは、リベルより更に幼少のときから、ラディス傭兵団で苛烈な環境に置かれていた。

 生き延びることが人生の全てであって、自分を生かすために身を切るような生活を続けていたのだ。


 彼自身のために誂えられた品物を受け取ったのは、正真正銘、これが人生で初めてだったのだ。


 だからこそそれが嬉しくて堪らないのだろう。



 一方リベルは、同じく彼のために誂えられたものとして最初に挙げられるのは〈氷王牢〉だが、これほどはしゃいだ記憶はない。


 これもまた当然といえば当然で、当時のリベルと今のエルカでは状況が違う――リベルは〈氷王牢〉を鍛えてもらったときですら、真実の意味で自由ではなく、いつ衛卒に取り押さえられるか、法務官の前に引き摺り出されてショーズ商会の手許に戻されるかと、気が気ではない生活を送っていた。


 そのため〈氷王牢〉も、「待ちに待った自分のための武器」というよりは、「使っても壊れない武器」という気持ちで出迎え、なんなら愛着すらなかった。


 リベルは――これもまた、生き残ることに必死になっていた彼の幼少期の影響だが――物事に対して面倒だという視点を持たない。

〈氷王牢〉を鍛えてもらったのは、通常の武器は鉱路では消耗品でしかなく、際限なく使っては壊し使っては壊し、買い替える代金で窮乏に溺没する羽目に陥っていたからだった。


 仮に通常の武器が無料で提供され続けるのならば、リベルは彼の武器を鍛えてもらおうとはしなかっただろう。


 更に言えば、氷王を仕留めたことですら、「大変だった」とは思っていても「面倒だった」とは思っていないため、〈氷王牢〉がたとえば盗まれたり、回収不可能な谷底に落ちたとしても、また鉱路探索をこなして同等の鉱路生物を仕留めて、また制作を頼めばいいのだから、頓着することではないとすら思っている。


 刀匠バーコが聞けば、リベルの頭を溶鉱炉に突っ込みそうな暴論である。



 そしてエルカは、何の愁いもない自由を満喫しているところに、鍛えてもらった武器がやって来たのである。


 そろそろ二十歳になろうとする彼であったが、年齢不相応にはしゃいでも無理ない局面ではあった。



(――まあ、とはいえ……)


 ここまで突き進んできて、本来の目的であるための、鉱路での資源採集――戦果はほぼゼロ。



 エルカの武器の試し斬りの方に三人が三人とも夢中になり過ぎた、その当然の結果であった。



(それに――薄々思ってたけど――)


 リベルは海など見たことはないが、それでも話に聞く海とはこんなものだろう、と思う鉱路の浜辺に立つ三人。



 共和国随一に狂暴な傭兵団上がりの二人と、法術にのみ特化した一人。



(俺たちって、三人だけでいても、あんまり資源採集には向いてないんだよなぁ……)


 リベルは単独探索をしている間は、「数を撃てば当たる」という方式で採掘を行っていた。

 つまり、宝か屑か、よく分からないままに大量の資源を地上に持ち帰っていたのである。

 アガサたちと組むようになり、アーディスという目利きを得て、リベルの稼ぎは飛躍的に安定した。


 ヴィレイアも、明らかに資源を見る目は持っていない。

 フロレアでは仲間に頼り切っていたことがよく分かる。


 そしてエルカもまた、傭兵団が鉱路に送り込まれるときには、目利きなど発揮している場合ではなく、ひたすら生き延びて帰りの陸艇に転がり込むことが目標になっていた。

 つまり、資源を見る目はない。


 これまでも三人で鉱路に潜るときは、古き良きリベルの「数を撃てば当たる」という方式を踏襲してきた。

 通常の勇者隊は、前線に出る戦闘特化の勇者と、採掘に当たる隊の目となる勇者で構成されるが、この三人はそうではない。



 そんな三人が、他の関心事をぶら下げた状態で鉱路へやって来たのである。


 本来の目的が疎かにならないはずがなかった。



(……――それに……)


 自己嫌悪を覚えつつ、ちらりとヴィレイアを見遣るリベル。



 ――ヴィレイアはエルカとじゃれ合って、熱精と風精で彼を乾かしてやろうとするのを、「暑いしこのままでいいよ」と言うエルカに、「風邪ひくよ」と苦笑している。



 ハイリの鉱路探索を終え、ヘルヴィリーからエーデルに戻った後は、革鎧をはじめとする装備一式を新調あるいは修繕するのに忙しかった。


 あれ以来、今回が最初の探索である。


 前回の探索の――というよりは、ヴァフェルムからの依頼の――報酬があのような結末になったのだから、今回の探索の成果は、ほぼ全額をヴィレイアに譲る形になるはずだ。



 ――纏まった金額を手にすれば、意気揚々とフロレアの隊へ戻り、再出発するはずの彼女に。



 それを思うと資源採集にも身が入らなくなったというのが実際のところで、これは本当に、


(俺ってマジで最低……)



 先刻までとは一転、どんよりした気分で息を吐くと、ヴィレイアがびっくりしたようにリベルを振り返った。


「リベル、どうしたの?」


 お腹が冷えちゃった? と真顔で首を傾げる彼女に、リベルは「違うよ」と。


 そして、嬉しそうに新しい剣を矯めつ眇めつする兄貴分に目を向けた。


「エルカのそ(・)い(・)つ(・)の特性も分かってきたし、ここ、実質行き止まりみたいなもんだろ。そろそろ引き返さなきゃいけないけど、またあのクソ寒いところに戻るのかと思ったらうんざりしただけだ」



 鉱路産の素材の業物は、それぞれが特性を持つことで知られる。



 ――例えばリベルの〈氷王牢〉。

 所構わず冷気を吐き、氷を作り出す特性。


 ――ヴィレイアの〈焔王牙〉。

 こちらは熱と光と炎を生み出す特性を持つ。


 アガサの〈流閃花〉。

 液体の流れを促進する、鉱路で重宝される特性。



 そして、鉱路の業物の中には、使い手を選ぶものもある。

〈氷王牢〉であれば、リベルが知る限り、それを十全に使うことが出来るのはリベル自身とエルカだけだ。

〈焔王牙〉であれば、持ち主であるヴィレイアと、リベルとエルカ。

 他の人間の手の中では、〈氷王牢〉も〈焔王牙〉も、特性を振り撒くのをぴたりとやめて沈黙するのである。



 そして、鉱路の業物の特性は、実際に使ってみなければ分からない。



 バーコもそれは重々承知で、まずは試しに使ってみること、使ってみた上で合わなければ多少は手を加えてやれることを説明していた。


 ついでに、「おまえのために鍛えたことには鍛えたが、おまえが使えるとは限らんよ」と不穏な言葉も発していて、リベルがすかさず、「その場合、代金ってどうなりますか」と尋ねると、刺すような目でリベルを睨んできた。



 ――とはいえ、杞憂だった。


 エルカの新しい武器は、エルカの手の中で存分に働きを果たした。



〈氷王牢〉も〈焔王牙〉も、由来となった鉱路生物の能力が極めて分かりやすかった――ゆえに、出来上がった武器の特性もおおよそ予想がついていた――のに対して、エルカの武器は全く未知、そのため、はしゃいでいるとはいってもエルカも最初は慎重だった。


 具体的には、リベルとヴィレイアを極端に遠ざけてから使おうとした。


 リベルは憤慨しつつも取り残されたが、エルカはすぐに戻って来て、「最高だから見て」と。



 そのときエルカが把握したこの武器の特性は、エルカ曰く、「岩を引っ張れる」というもので、離れた位置からでも岩壁をがらがらと崩すその所業に、リベルもヴィレイアも閉口したのだが、しばらく使って勝手が分かってくると、そのうちに「岩の形を変えられる」という特性も分かってきた。


 これによりエルカは、鉱路のとある一画を階段やら柱やら奇妙な形の物体(オブジェ)やらでいっぱいにしたため、後続の勇者隊はさぞかし肝を冷やすことであろう。


 更に岩なら簡単に一刀両断できることも判明し、この時点でエルカの気分は最高潮だった。



 ヴィレイアが、「あの巨人、岩で出来てるみたいだったもんねぇ」と感心しながら呟く一方、リベルは真面目に、「岩といっても種類があるので、たとえば浮揚璧を含んでいることが条件であるとか、何かの条件があるならば最初のうちから把握すべき」、「動かせる、変形させられる岩の大きさに限度はあるのか、距離に限度はあるのか」といった疑問を並べていって、一つずつ潰すことを提案したものの、当のエルカが嫌がった。


「面倒じゃん」


 あっさり言われて、リベルは絶句。


「なんだそれは」


 とはいえ、すぐに干渉できる岩の距離や大きさの限界は分かってきた。

 距離は五百ヤードほどならば問題なく干渉できたが、間に障害物があると難しい。

 大きな一枚岩であればあるほど干渉は難しい。



 この海に辿り着き、ヴィレイアの「影契約が使えない」という申告により大型の鉱路生物が近くにいることが分かったとき、エルカは元気よく、「水の中でも使えるかやってみよう」と宣言したのだった。



 リベルとエルカが揃って海に潜ったが、器用に潜水しながら海底を引き剥がすエルカの暴挙に、リベルは唖然としたものである。


 そのうちに、「おまえ、砂浜に戻ってて」と言われ、――今に至る。



「――戻る、ねぇ……」


 リベルの言葉に、エルカが顎を撫でた。


 りん、と澄んだ音を立てて、まだ無銘の剣を鞘に収めると、彼は真顔で海の向こうを示した。


「さっきさ、ちょっと向こうの方まで流されそうになったんだけど、」


「危なかったんじゃねえか!」


「おまえが俺の心配するなんて百年早いよ。

 ――この……海? ずっと続いてるように見えるじゃん。でも実際は、あっちの方で滝になってるっぽい。少なくとも流れがある」


「滝?」


「多分な。で、ここまで辿り着いた勇者隊もいたんだろうな。壊れた船とかが沈んでてさ」


 リベルは嫌な予感を覚えてエルカを見た。


「――まさか滝の方に行ってみたいとか」


「分かってくれると思ったよ」


 リベルは天を、というよりは縞瑪瑙模様の天蓋を仰いだ。


「――有り得ないだろ。滝から落っこちたら戻って来られなくなる。ケルンを辿れないなら脱出も難しいぞ」


「と、思うだろ?」


 エルカが片目を瞑り、「後ろを見ろ」と合図。



 リベルは瞬きして、後ろを見た。



 ――そしてたちまち渋面になった。


 彼らが通ってきた、細い岩壁の隙間から、今しも他の勇者隊がこの空間へ踏み込んで来ようとしているところだった。



 ――ところで勇者隊には、アーディス隊やウェイン隊のように、最低限の信義則には従って動いている隊と、商売仇である他の勇者隊の足を引っ張るためならば何でもするという、いわゆる――他の勇者の顰蹙を買って囁かれるところの――悪徳勇者隊、二つの種類がある。

 帰路の陸艇内での資源強奪を働くのは、言うまでもないが後者である。


 甲種や乙種の鉱路を探索できる二等以上の勇者には、悪徳の勇者は少ない。

 そのため丁種や丙種の鉱路でこそ、悪徳な連中に注意すべきだと言われている。



 そしてある程度組合でやってきた勇者ならば、あるいは人を見る目があれば、前者と後者の区別はなんとなくではあっても感じ取れる。


 本人たちが隠そうとしていなければ猶更だ。



 今、この空間に足を踏み入れようとしているのは、間違いなく悪徳勇者隊だと分かる――何しろ斜に構えた態度、万事に対して自分が良ければ全て良しと思っていることを窺わせる目付き。


 男ばかりで六人ほどか、実力不相応な装いをしている者がいることからも、他人からの施しを強引に引き出して生きていることがよくよく分かる。



 ついでにリベルが、その連中を碌でもないと内心で断言した決め手は、彼らの、ヴィレイアを見る目付きだった。

 いかにも、見目の綺麗な若い娘を見つけて嬉しいと言わんばかりの、脂下がった表情と眼差し。



 ヴィレイアはそういった目付きを察知しなかったのか、新たに現れた勇者隊を見て悲しそうに顔を顰めている。


「あらら……ケルン、壊されちゃってるかもね」


「だな」


 と言いつつ、リベルは意識してヴィレイアを隠すように立った。



 ――ダイアニで勇者をしていたときは、こういう面倒はなかったな、と考える。


 そもそも潜っていた鉱路が甲種ばかりだったということもあるが、何より、相手がダイアニの勇者であれば、リベルの背格好を見てすぐさま、それが誰かを悟っていたからだ。



 現れた勇者隊の、先頭の男が何かを言おうとする。


 それに先んじて、リベルは〈氷王牢〉を僅かに鞘から抜いた。



 途端、ぱきんッ、と甲高い音を立てて凝結していく背後の海。



 ――悪徳勇者に出会ったときの心得は、すぐにその場を離れることだ。

 疲労が最たる敵となる鉱路においては、体力ですらも相手に奪わせてはならない。



 やった! と暢気な声を上げて、エルカが海に駆け出していく。


 現れた勇者隊も、リベルが所持しているのが鉱路の業物だと分かったためだろう、悪い相手を引いてしまったか、と、危機感を微かに顔に浮かべている者が多い。



 リベルはヴィレイアを振り返った。


 ヴィレイアは既に靴を履いて手早く靴紐を締めており、三人分の外套を拾い上げている。



「ヴィリー、」


「はい」


 心得た様子で答えるヴィレイアに微笑んで、リベルは言った。



「海に出るから、俺から離れないで」

























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