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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
2 ガール・ファインズ・ボーイ
35/228

番外編 変化するもの



番外編です。読み飛ばしていただいて支障ありません。


時系列としては、1章終了時点と、2章終了時点になっています。






*◇*◇*一一五三*◇*◇*



 リベルは溜息を吐いて、立ち上がった。


 ――(ところ)はエーデルの勇者組合、その食堂である。

 食事を摂っていたわけではなく、待ち合わせだった。


 相棒とここで待ち合わせ、鉱路探索に赴くはずだったのだが――


「……陸艇、もう行ったな」


 呟く。

 声は我ながら不機嫌だった。


 もう何度目か、左手の親指の黒い指輪を軽く押さえ、対の指輪に向かって話し掛けようとしてみるが、指輪は反応しない。

 対の指輪の持ち主が遠く離れた場所にいるか、あるいは指輪を身に着けていないか、意識がないか、どれかだ。


 はあ、ともう一度溜息を吐いて、リベルは赤錆色の髪をがしがしと掻き回した。


 ――()()()()()に出会って相棒になったヴィレイアは、確かに何もかもが奔放で、破天荒なところがあり、自由気儘だが、それでもリベルには恩義を感じているらしく、これまで約束を破ったことはなかった。


 だが、


「――あいつ、まだ寝てるのか」


 時刻は昼近い。



 リベルががっくりと肩を落としたのは、落胆からではなかった。

 ――リベルはヴィレイアを連れて、確かにかなりのハイペースで探索をこなしている。


 だが、リベルには本来、その必要はないのだ――リベルにはそれなりの貯蓄がある。

 リベルが甲斐甲斐しく探索する鉱路を見つけてやって、探索をこなしているのは、(ひとえ)にヴィレイアのため――ヴィレイアが早く貯蓄を作って、フロレアの元いた隊に戻れるようにしてやるためなのだ。


 それが、まさかその探索まですっぽかされるとは。


 肩を落としたのはひとえに、呆れと軽蔑のゆえだった。



 うんざりしながらリベルは顔を上げる。


 そしてそのとき、見知らぬ勇者から話し掛けられ、うんざりした表情から一転、びびり上がった顔になって後退った。


「――よう、いつもの美人の連れに振られたのかい」


 話し掛けてきた勇者は、戦慄の表情で後退るリベルに、いっそ気まずそうにする。

「悪いな」というようにひらりと手を振って、彼は続けた。


「すまんすまん、いつも二人でわいわいやってるものだから、顔を覚えててな」


「――――」


 ますます怯えた顔になるリベル。

 ――顔を覚えられることは、この組合では避けたかったのだ。


 うろうろと相手の足許に視線を落とし、リベルは吃りながら。


「――あ、えっと、まあ……」


「……ごめん、びびらせるつもりはなかったんだ」


 勇者は気まずそうに言って、「ま、元気出せよ」と、最後にリベルの肩を叩こうとし――自重して、ひらひらと手を振って歩き去っていった。


 その背中を見送り、リベルはふう、と息を吐く。


(――まあ、いっか。どっかで家具でも見て、帰るか……)


 ぼんやりとそう考えたものの、組合を出ながら、やはり腹に据えかねるものを感じたリベルは、首を振った。


(いや、やっぱり一回ヴィリーのところに行って、がつんと言おう)





 ――そして。


「……で、おまえ、どういうこと?」


 リベルは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


 ――処はヴィレイアの住居、つい先日、リベルが見つけてやった集合住宅の一室である。

 契約金まで払ってやったのだから、所在を知っているのは当然のことで、今日の探索の約束をすっぽかされて頭にきたリベルが突撃してきた格好ではあったが。


「……ほんとうにごめんなさい……」


 弱々しく呟くヴィレイア、リベルの乱暴なノックに応じて辛うじて立ち上がって鍵を開けたものの、そこで力尽きてぺたんと玄関先で座り込んでしまった彼女。


 一目で部屋着と分かる袖のない白いワンピースを着て、その上から毛布を羽織ったおかしな格好。

 晩夏の月も末とはいえ、まだまだ暑気が残っている気温ではあるが、毛布を羽織ったヴィレイアは如何にも寒そうに震えており、しかしその割には頬は真っ赤になって目が潤んでいる。

 いつもは綺麗に梳られている白百合色の長い髪は絡まってくしゃくしゃになっており、それを気にした風情もない。


 つまり、見るからに。


「おまえ、風邪ひいたの?」


 はい……、と頷いたヴィレイアが、目を回してその場にひっくり返った。


 ごつん、と響く、耳に痛い床と頭の衝突音を聞いて、「あちゃー」と、リベルは額を押さえる。





 リベルがヴィレイアに見つけてやったこの部屋は、リベルの部屋に比べて随分狭い。


 リベルの部屋には浴室もあり、アルコーヴにはキッチンの設備があり、部屋そのものも、一室とはいえ一人で使うには十分以上に広く、衝立を置けば幾つかの部屋に区切って使えるほどのものだ。

 出窓もあって、リベルは気に入っている。


 一方このヴィレイアの部屋には、申し訳程度のキッチンはついているものの、浴室は他の住人と共同で使うものが集合住宅の一階にあるものを使うしかなく、洗濯も、中庭にある大きな浅い池じみた水場を共同で使って行うしかない。


 ちなみに法術師でも魔法使いでもない住人は、洗濯物をそのそばに張られたロープに掛けておくが、かなりの頻度で干しておいた洗濯物が盗まれるという揉め事が起こっているらしい。


 そしてこの部屋そのものも、寝台を置いてしまえばあとは然程余裕はない。

 窓も小さく、がたついている。



 所在は当然に知っていたとはいえ、実はリベルがヴィレイアの部屋を訪ねるのはこれが初めてだった。


 万事において適当というか、奔放な彼女のこと、部屋が足の踏み場もないほど散らかっていることをリベルは半ば予期していたが、意外にも部屋は殺風景だった。


 備えつけの寝台、質素でがたついた小さな丸テーブルと丸椅子、部屋の隅に姿見があり、そのそばに衣装櫃が一つ。

 衣装櫃の上には、ヴィレイアの愛用の〈焔王牙〉が無造作に置かれている。


 ――調度はそれだけだった。


 窓際には、ヴィレイアが好んで集めているのだろう香水の小瓶が並べて置かれており、陽光を弾いて煌めく小瓶が美しい。



 目を回してひっくり返ったヴィレイアを、五回程度は溜息を吐きながら助け起こしてやり、半ば引き摺るようにして寝台に戻し、その上に寝かせる。


 ヴィレイアはけほけほと咳き込み、洟を啜って、鼻声で呟いた。


「ごめんなさい……今日……」


「ああ、覚えてたんだね」


 リベルは素っ気なく言って、キッチンを振り返って歩み寄り(リベルの歩幅ならば二歩だった)、申し訳程度のキッチンをざっと見渡す。


 調理器具といえるものは小さな鍋一つだけだったが、さすがにカップや皿はあった。

 リベルはカップを一つ、それから隅の小さな籠から不溶石を一つ取り上げ、カップに不溶石を落とし込んで軽く力を籠めた。

 硬質な音がして不溶石が砕け、澄んだ水になる。


 それを持って寝台に踵を返し、リベルは喉がつらそうなヴィレイアに、「飲む?」とカップを差し出した。


 ヴィレイアがもぞもぞと起き上がり、両手で弱々しくカップを受け取る。

 その胸元で青い時精時計が揺れる――寝込んでいても首から外していないのだ。


 時精時計には、「一一五三」の数字が浮かんでいた。


「ありがと……」


 こくこく、と水を飲むヴィレイアに、リベルは呆れた顔で尋ねた。


「治癒精は?」


 あらゆる不調を癒す治癒精は、無論のこと風邪などものともしない。


 ヴィレイアは答えようとして、喉が痛んだ様子でぐっと言葉を呑み込み、そして蚊が鳴くような声で囁いた。


「頭が痛くて……」


「うん」


「集中できなくて……」


「そう」


「契約できない……」


 リベルは特大の溜息を落とした。


「治癒精とだけでも、普段から影契約しておけば?」


「影兵霊が……ちょっとしんどい……」


「ああ、そう」


 リベルは赤錆色の髪を掻き上げた。


「――で? 別に何か、果物でも買ってきてやらないこともないけど。要る?」


 ヴィレイアはまさしく、英雄を見るような涙ぐんだ目でリベルを見つめた。


 毛布にくるまった、ワンピース一枚だけを身に着けた、華奢で可憐な容貌の少女にそんな目で見られれば、人によってはころりと情に絆されただろうが、生憎とリベルは心底呆れただけだった。


「普段からいいもん食ってんだろ、おまえ。なんで風邪なんて引くの? 腹出して寝た? にしても、まだ暑いのに」


 ヴィレイアは洟を啜った。


「すみません……。何か果物を下さい……」


 リベルは息を吸い込んだ。


「いいよ。待ってて。――なんか好みある?」


 ヴィレイアは首を振って、辛うじて微笑んだ。


 つらそうではあったが、リベルからの親切が嬉しいようだった。


「なんでも。――ありがとう、私の幸運の勇者さ、んっ」


 勇者さま、と続けようとしたらしき彼女が、最後の最後で喉の痛みに咳き込み、語尾が潰れる。



 はあ、と、リベルは何度目かも分からない溜息を落とした。





 かくしてエーデルの商店街区に出かけ、手ごろな果物を買って戻ったリベルは、ついでとばかりにヴィレイアのために桃の皮を剥いてやりつつ、ぼやくように言った。


「おまえ、どんどん俺への借金が膨らむな。こないだのフロレアまでの往復の旅費と、この部屋の契約金と、これと」


「すみません……」


「別にいいけどさ。――はい、食える?」


 寝台の上で小動物のように丸くなっていたヴィレイアが、もぞもぞと起き上がった。


 発熱が頂点を過ぎたのか、今度は暑そうに汗をかいている。

 いつもは雪のように白い肌は相変わらず熱に上気して、ほのかに赤い。


 リベルから皿を受け取りつつ、ヴィレイアは咳き込んで。


「ごめんなさい……探索、頑張ります……」


「今日のは流れたけどね」


「すみません……」


 ひたすら肩身が狭そうにするヴィレイアが、桃を一欠片口に入れ、途端に、ぱあっと顔を輝かせる。


 相当腹が減っていたのか、桃が美味かったのか。


 その無垢な笑顔を見ていると、リベルも自然と微笑んでしまったが、まあ、それはさておき。



 このままここにいれば、ヴィレイアが汗が気持ち悪いと言い出しかねない。

 だが、リベルには彼女の入浴の面倒まで見てやる義理はない。



 リベルは素早く立ち上がった。


「体調戻ったら、さっさと治癒精で治せよ」


 もぐもぐと桃を咀嚼しつつ、ヴィレイアがこくりと素直に頷く。


 リベルはそちらに、おざなりに手を振った。


「じゃ」


 ヴィレイアが、リベルを見送ろうとした様子で立ち上がろうとしたので、リベルはうんざりしてそれを止めた。


 どのみち、この部屋の狭さである、寝台から見送られようが変わらない。


「いいから。――じゃあ、また」


 リベルのそのおざなりな挨拶に、ヴィレイアはゆっくりと微笑んだ。


 彼女に独特の、曙光が差すような嬉しそうな笑みで。


「――うん。……ほんとにありがとう、リベル」





*◇*◇*一〇七七*◇*◇*



 リベルは眉を寄せ、エルカと顔を見合わせた。


 エルカも不安そうな顔をしている。


 ――処はエーデルの勇者組合、その食堂。

 リベルとエルカがここで朝食を食べ終え、はや一時間が経過しようとしているが――


「――ヴィリー、来ないな?」


 リベルの怪訝な声に、エルカも心配そうに頷く。


「今日、三人で探索しようって言ってたよな?」


 必要以上に不安げな兄貴分の顔に、リベルは慌てて彼の膝に自分の膝をぶつけて、言った。


「大丈夫だって、もう何回も言ってるだろ。

 ――俺たちは自由で、ヴィリーが俺たちのせいで何かに巻き込まれるなんてことはない」


 声を潜めた断言に、けど、とエルカはなおも不安げな顔。


 リベルは自由になったばかりの彼の手を握った。


「大丈夫。――前もこういうことあったし」


「そのときは? ヴィリー、寝坊でもしたの?」


「いや、体調崩してた」


「…………」


「…………」


 顔を見合わせ、リベルとエルカは思案顔。


 ややあってどちらからともなく頷き合い、リベルが立ち上がる。

 立ち上がりながら、リベルはエルカの肩を拳で叩いた。


「あいつの家に様子見てくる」


「俺も行こうか?」


「いや、あいつが今ごろ慌てて家を出てて、俺と擦れ違いになる可能性もあるだろ。ここにいて」


 エルカは頷いた。


「おう。分かった」


 エルカに微笑み掛けて、リベルはならず者で混み合う勇者組合を出た。





 ヴィレイアの部屋の前に立ち、遠慮がちにノックする。


「ヴィリー?」


 ――応答なし。


 リベルは首を傾げた。


(勇者組合の方かな――擦れ違いになったかな)


 そう思い、踵を返そうとしたとき、部屋の中から、がたん、という音が聞こえてきた。


「――――?」


 扉を振り返り、再度ノックする。


「……ヴィリー?」


 部屋の中から、呻くような声。


 リベルは逡巡した。

 扉のノブに手を掛けたが、当然施錠されている。


 施錠されていなければいなかったで、リベルはヴィレイアの防犯意識について怒髪天を衝く勢いで説教することになるが。


 が、リベルは魔法使いである。

 鍵の形状を知っている魔法使いからすれば、鍵は決定的な障害たり得ない(ために、大抵の富豪は複雑な形状の鍵を幾つも扉につけている)。


 ――どうするか。


 悩んでいる間に、またも部屋の中から呻き声。


「…………ごめん」


 呟いて、リベルは鍵を開けるその一連の動き、その手間暇を心袋に詰め込む。


 かちり、と、それこそ手品のように滑らかな音がして、ノブが回った。


 ゆっくりと扉を押し開け、リベルはおずおずと中を覗き込む。


「ヴィリー……?」



 そして直後、リベルは遠慮を忘れて部屋の中に踏み込んでいた。



 ヴィレイアは確かに部屋の中にいたが、明らかに様子がおかしかったのである。





 ヴィレイアは寝台に凭れ掛かるようにして丸くなっている。

 というより転がり落ちたらしい。


 つん、と臭う異臭があって、どうやら彼女は嘔吐したらしい。

 寝台のシーツも汚れている。


「ヴィリー? ヴィリー、どうした?」


 彼女のそばに膝を突き、慎重に彼女を抱き起こす。


 呻くような声を立てていたヴィレイアが、それで急にぱっと目を開けた。


 ――汗ばんだ額に張りつく白百合色の前髪、見開かれた扁桃(アーモンド)型の濃緑の双眸。

 明らかに顔色が悪く、いつもは雪のように白い肌が、今は不健康に青白い。


 リベルは危うく発狂しそうになったが、間一髪のところでヴィレイアが呟いていた。


「――リベル?」


「…………」


 少なくとも彼女に意識があることに大きく安堵の息を吐いて、リベルはヴィレイアを抱き締めた。


「どうした? 何があった?」


 ヴィレイアはぽかんとしてリベルを見上げている。

 ぱちくり、と瞬きし、そして直後、彼女は叫んだ。


「――なっ……なんでここにいるの!?」


「勝手に入ってごめん。でも、おまえが来ないから――」


「え?」


 ヴィレイアが周囲を見渡し、目を丸くした。


「もう朝なの……?」





 ヴィレイア曰く。


「昨日の夜かな、それくらいからお腹が痛くなっちゃって、吐いちゃって、目が回って」


 リベルが甲斐甲斐しく差し出す水の入ったコップを受け取り、口の中を潤して、はあ、と息を吐くヴィレイア。


 リベルが断りを入れてからその額に触れると、明らかに熱い。


「熱がある」


「あ、道理で頭がぐるぐるすると思った」


 シーツが汚れているため、彼女を寝台に寝かせるわけにもいかず、いったん丸椅子に座らせているのだが、それでも危なっかしくふらふらしている彼女を、リベルは背中に掌を当ててしっかりと支えてやりつつ。


「治癒精は? 契約出来なさそう?」


「――――」


 ヴィレイアは左手を持ち上げ、しばらく目を瞑っていたが、やがて、「無理……」と弱々しく呟いて手を下ろし、目を開いた。


 リベルは汗で額に張りつく前髪を払ってやり、それから彼女の手を握った。


「無理するな。何か欲しいものある?」


「――」


 ヴィレイアが何か言おうとし、それからはっとしたように口を噤んだ。


 リベルは眉を寄せる。


「ヴィリー?」


「……大丈夫」


 ヴィレイアがそう応じたため、リベルは眉を寄せたまま、首を傾げた。


「何か食えそう? 吐いたってことは、おまえ、何か悪いもんでも食べたかな。心当たりある?」


「ない……」


「いつから具合悪かったの? 一人で不安だっただろ。早く来れば良かったな――ごめん」


「ううん、なんかもう、朦朧としてたし、別に……」


「腹は減ってる? 果物なら食べられるか? それとも粥とか?」


 ヴィレイアは首を振って、やんわりとリベルを押し返すような身振りを見せた。


 そうしつつ、胸元に下げた時精時計を触っている。

 彼女は先程も、時精時計に傷がないか、汚れがないか、それを神経質に気にしていた。


 時精時計には、「一〇七七」の数字が浮かんでいる。


「大丈夫よ。――ねえ、それよりエルカは? 今日、三人で探索に行こうって言ってたよね? 今、何時かな――陸艇はまだ出てない?」


「探索になんか連れて行かないよ。寝てろ」


「私はね。――リベル、エルカと一緒に行くでしょう? 引き留めたことになってなければいいんだけど」


 不安そうにヴィレイアがそう言うのを、リベルは渋面で聞いた。


 ――リベルとエルカが自由になって一箇月足らず、以前に比してヴィレイアは、リベルに対して距離を置いて接することが増えた。


 何か思うところがあるのかも知れず、リベルとしては記憶を総浚いして心当たりを探っているところではあるが、――今はそれどころではない。


「馬鹿、おまえを放っておくわけないだろ。

 ――ヴィリー、しばらく一人で座ってられる? 俺、シーツ引っ剥がすから。替えはある?」


「あるけど……」


「どこ? 敷き直すから」


「リベル、大丈夫よ、そこまでしなくていいから」


「ふらふらのおまえにさせられるわけないだろ。汚れたところで寝かせるのも論外だし」


「大丈夫だって、ほんとに。あの、汚いでしょ?」


 リベルを引き留めるヴィレイアをやんわりと引き剥がして、リベルは顔を顰める。


 機嫌が悪いわけではなかったが、彼のこのときの微妙な心情を、彼の不器用な顔面が表現し切れなかったのである。


「ヴィリー、いいから大人しくして、良くなるまで言うこと聞いて」


「…………」


 ヴィレイアはまだ不服そう――あるいは不安そうだったが、リベルが再度促すと、替えのシーツの仕舞い場所を応じた。


 リベルは微笑んで彼女の頭を撫で、藁とおが屑が詰まったマットレスから汚れたシーツを引き剥がす。


 ヴィレイアの了解を得て、そのシーツで床の汚れも拭き取ってしまってから、替えのシーツをマットレスに被せた。


 まだ申し訳なさそうにしているヴィレイアのそばに戻って、彼女の傍らに膝を突く。


「横になる? それとも――」


 言いようのない言い難さがあって言葉を切ってから、リベルは訳もなくおずおずと。


「……あの、汗とか――気持ち悪かったら、先に風呂に入る?」


 ヴィレイアは瞬きした。


 くすんだ象牙色になっていた頬に、じゃっかん血の気が戻った。

 それをほっとする気持ちで見つつ、リベルはこの住居の環境に思いを馳せ、逡巡してから提案した。


「――嫌じゃなかったら、俺の家に来る?」


「――――」


 ヴィレイアが、ぽかんと口を開けた。

 大きな目を見開いてリベルを見上げ、盛んに瞬きする。


「……え?」


「あ、いや、」


 リベルは慌てて手を振った。


「俺の家なら、風呂もついてるし、俺も看病しやすいし」


 ごにょごにょと続ける。


「最初っから、おまえにもちゃんとそういう家を選んでやれば良かったんだけど」


「…………」


 ヴィレイアはなおまじまじとリベルを見つめている。


 それから何を思ったか、唐突に、思い切り自分の頬を抓った。


「ヴィリー!」


 ぎょっとしてリベルが呼び掛け、抓られて赤くなった頬を撫でる。


 ヴィレイアの柔らかくて滑らかな頬に比べて、彼の指先の皮膚は武器に慣れて硬く、ざらついている。


「何してるんだよ」


 おたおたと頬を撫でるリベルをぼんやりと眺め、ヴィレイアはどこかふわふわした声音で独り言ちた。


「……夢じゃない」


「夢じゃないよ」


 リベルは噴き出しそうになったが、堪えた。


「なに、俺ってこういうことは言い出しそうにない奴と思われてるの?」


「いえ……ううん、そうじゃなくて……」


 ぼうっとして続けたヴィレイアは、しかし言葉を切った。


 彼女は少しのあいだ俯き、顔を上げると、またおずおずと。


「……あの、エルカは……?」


 その瞬間、リベルは――自分でも意外なことに――苛立った。


 その瞬間に覚えた苛立ちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という、拗ねたような感情だった。


「――なんで?」


 結果として素気なく応じたリベルに、ヴィレイアは怯んだ様子だったが、続けた。


「エルカ、探索に行くつもりで待ってたら申し訳ないなって……」


「――ああ」


 ほっとしたような気持ちで、リベルは言った。


「大丈夫だよ」


「ほんと?」


「ほんと。――で、どうする。俺の家に来てくれる?」


 ヴィレイアが口を開き、その口を噤んで、ややあって笑窪を浮かべて首を振った。


「……ありがとう。でも大丈夫だよ。

 治癒精と契約できるようになったら、すぐに良くなるから」


「……そっか」


 どことなく寂しい気持ちになりつつ頷いて、リベルは首を傾げる。


「横になる? 横になるなら、俺、その間におまえが食べられそうなもの買ってくる」


 ヴィレイアは首を振った。


「ううん。ちょっと……すっきりしたいから、お風呂に行こうかな。

 リベルは帰ってて。来てくれて本当にありがとう」


「そう?」


 リベルは眉を寄せた。


「ふらふらだけど、大丈夫? 転んだりしない?」


「大丈夫よ」


「俺が付き添うわけにもいかないしな……」


「そっ――そうね」


 ヴィレイアが立ち上がろうとするのに手を貸して、リベルは言った。


「じゃあ、風呂入ってて。長風呂するなよ、のぼせて具合悪くなるかも知れないから」


「分かってるってば。リベル、私をなんだと思ってるの」


「俺、ここにいるから。おまえが戻って来たら、おまえが食えそうなもん買いに行く」


「リベル……」


 ヴィレイアが困ったようにリベルを見つめた。


 リベルはしゅんとして肩を落とす。


「……ごめん、逆に迷惑?」


「違っ、――それは、……違うけど……」


「良かった」


 ほっ、と頬を緩めたリベルの手に、ヴィレイアはおずおずと指先を触れた。


「リベル、――無理しないで」


「何が? してないよ」


 ヴィレイアは苦笑のような、顰め面のような、微妙な色合いの表情を浮かべる。


「――以前(まえ)もこういうことあったね。私が夏風邪を引いたとき……」


 リベルも表情を緩めた。


「あったな」


「あのときはすごく迷惑そうにしてたでしょう」


「ごめんって。――あのときとは……違うだろ」


「何が?」


 ヴィレイアの、大きな澄んだ双眸が、ひたむきにリベルを見上げた。



「違わないよ。

 ――リベル、何回か言ってるけど、私は、」



 言葉を選ぶような間。



「――私は、あなたに感謝されたくて、あの議員さんと交渉したんじゃないのよ。

 それに、あの議員さんと話した通り、今のあなたの境遇は、全部あなた自身の功績なのよ」



「分かってるよ」


 リベルは応じて、ふらつきそうなヴィレイアの肩を支えた。



「違うのは、俺があのときより、おまえはいい奴だって分かってるってこと」



「――――」


 リベルはヴィレイアの顔を覗き込む。


「大丈夫? 歩ける?」


「大丈夫……」


「着替えは?」


「あっ大丈夫です自分でやります」





 ヴィレイアが共用の浴室によろよろと入っていくのを見送ってから、リベルは大急ぎでヴィレイアの部屋に引き返し、汚れたシーツを抱え上げた。


 そして中庭に下りて、中庭の真ん中に造られた洗い場にシーツを放り込む。



 ラディスから這う這うの体で逃げ出し、仮初の自由を得てダイアニで初めて居を構えたとき、リベルはこれより数段環境の悪い場所に住んでいた。


 どの程度環境が悪かったかというと、まず、探索から戻って自室に入ろうとすると、毎回間違いなく鍵が壊されており、扉を開けると「おう、おかえり」とばかりに柄の悪い見知らぬ男が居座っていたりしていた。


 探索帰りには、そういった連中との乱闘がお約束になっていたのである。


 そしてリベルはリベルで、育ちのためにそれが異常なこととも思わず、その住居を引き払ったのは、知り合って間もないアーディスが彼の居住環境を知って、「そこは今すぐ引き払え、じゃないと火を点けるぞ」と言ったがためだった。



(あそこには、こういう洗い場もなかったな……)


 そう思いつつ、洗い場のそばに置かれた金網の籠から、不傷石を一つ取り出す。


 質の悪い不傷石だが、これで十分で、水に浸けてから力を籠めて発火させると、周囲の水がぼこりと泡立って湯になる。


 同じ籠には石鹸もいちおう備えつけられており、リベルはそれを疑わしげに見てから手に取った。


 リベルの魔法の補助があって、熱いほどの湯になった水で、リベルは汚れたシーツをごしごしと洗う。



 そのとき、洗い場に、この集合住宅の住人の一人だろう若い男性が現れた。


 ぼさぼさの髪に伸び放題の髭、うっそりと歩いてきた彼が、リベルを見て驚いたように立ち竦む。


 リベルはリベルで人見知りを発揮して、すっと目を逸らしたが、まじまじと彼を見た男性は、ぼそりと言った。


「……見ない顔だな……」


 今にも通りに駆け出していって、「衛卒さんこっちです!」と言い出しかねないその雰囲気に、リベルは蚊の鳴くような小声で。


「……ここに住んでる奴の、友達です」


「ああ……」


 そう言いつつ、男性はすたすたと洗い場に歩み寄ってきて、洗い場にばしゃばしゃと衣服を放り入れていった。


 リベルはなんとなく、既にじゅうぶん清潔になっていたシーツを水からさっと引き上げ、ぎゅっと絞った。


 シーツを広げてばたばたと振って、魔法で素早く乾かす。



 ちょうどそのとき、共用の浴室から、ヴィレイアがよろよろと出てきた。



 眩しそうに中庭を見渡した彼女が、リベルを見つけて目を丸くする。


「――っ、リベル、何してるの!」


 そのまま彼女が走り出そうとしたので、リベルは大慌てで、「待て、落ち着け!」と叫んだ。


 逆にリベルが彼女に駆け寄ると、ヴィレイアはおろおろしながら口を開く。


「何してるの、そこまでしてくれなくても……」


「いいから。――大丈夫?」


「私は大丈夫……」


 リベルはヴィレイアの手から、彼女が脱いだ方の衣服を受け取ろうとしたが、これはヴィレイアが断固拒否した。


 それもそうか、と思い至るリベルだったが、その一方、洗い場に屈み込んでいる男性は驚いた様子で、


「きみ、こないだ越してきた子? へえ、男いたんだ?」


 と。


 リベルとしては、ヴィレイアが遭遇するかもしれない揉め事や危険を多少なりとも回避できるならば、ここで誤解があっても構わなかったのだが、ヴィレイアは違ったらしい。

 彼女はきっぱりと訂正した。


「違います。お仕事上の相棒です」


 リベルは溜息を落とした。


「お仕事上の相棒として心配だからさ、ヴィリー、部屋に戻るよ」





 部屋に戻ったヴィレイアを寝台に座らせ、断りを入れてから、まだ濡れている髪を撫でる。


 親愛の仕草ではなくて、単純に、体調から風精とも熱精とも契約が出来ない彼女の髪を、魔法で乾かすためだった。


 長い、艶やかな、絹糸のような感触の髪を撫で、指で梳いて、乾かす。

 そのあいだずっと、ヴィレイアは息を詰めていたようだった。


 リベルとしては少々傷つく反応ではあるが、遠慮して寝台に並んで腰掛けることもせずに屈んでやっている現状、これ以上どう気を遣えと、と思わないこともなかった。



 それを終えて、ヴィレイアを横にならせると、リベルは彼女の顔を覗き込む。


「買ってくるの、果物でいい? 他に欲しいものは?」


 ヴィレイアは枕に埋まった頭を振った。


「大丈夫、ほんとに大丈夫だから。もうすぐ治癒精とも契約できるようになりそうだし」


「にしても、何か食っといた方がいいだろ。――取り敢えずなんか買って来る」


「お金……」


 ヴィレイアが呟くのを、リベルは軽く彼女の頭を小突いて黙らせた。


「おまえに金がないのは知ってるから」





 商店街区に足を向ける前に、リベルは大急ぎで勇者組合に戻った。


 エルカが手持ち無沙汰そうに待っていて、リベルに気づいて立ち上がる。

 彼を手招きし、並んで組合を出ようとしたところで、エルカが息せき切って尋ねた。


「ヴィリーは?」


「体調崩してた。悪いもん食ったのか知らないけど、吐いちゃって、熱もある」


「で、なんでおまえはそのヴィリーを放り出してここにいるの?」


 酷い言いようではあったが、エルカがヴィレイアに感じている恩義には激烈なものがある。


「放り出してないよ。取り敢えず寝かしつけて、あいつが食えそうなもんを買いに来たところ」


「そういうことね」


 エルカが頷く。


「俺も付き合うわ。――見舞い、俺も行こうか」


「それは……」


 リベルは言い淀んだ。

 それを見て、唐突にエルカが目を見開く。


「――あ、自分以外の男は近寄らせたくない?」


「なんでだよ」


 純粋に困惑してリベルが見返すと、エルカは驚いたように目をぱちくりさせる。


「てっきりそうなのかと」


「違うよ。おまえまで来たらヴィリーが気を遣うんじゃないかって、そう思っただけ。……そう思っただけだ」





 リベルが大急ぎで買い物を済ませ、ヴィレイアの部屋に戻ると、ヴィレイアはすっかり寝入っていた。


 すうすうと穏やかな寝息が聞こえ、目を閉じたヴィレイアがあどけない寝顔を晒している。



 買ってきたものをそうっと小さな丸テーブルに下ろしながら、リベルはしばらく、ぼうっとしてその寝顔を眺めていた。



 ――白百合色の髪がかかった頬、真珠の肌、伏せられた長い睫毛に小さな鼻、微かに開いている唇。


 下心があって眺めていたわけではなく、まるで人形のように可憐に整ったその容貌の奥に、エルカとリベルの人生を救った剄烈な強さがある不思議をふと思って、視線が縫い留められたのだった。



 しばらくそうしていて、リベルははっとして、自分に呆れ返った。


(違う、ぼーっとするために来たんじゃない)





 ん、と小さな声がして、ヴィレイアが目を覚ましたのが分かった。


 リベルは彼女を振り返って、「気分は?」と声を掛ける。


 ヴィレイアはぼんやりした目でリベルを見て、数回瞬きし、そしてぎょっとした様子で目を見開いて起き上がろうとした。


 リベルは駆け寄って慌ててそれを制しつつ、じゃっかん傷ついて、「寝込みを襲ったりしてないよ」と。


 ヴィレイアはぶんぶん首を振る。


「分かってる、それは分かってる、ごめんなさい、眠り込むつもりはなかったんだけど」


「眠れたみたいで良かった。ほっとした。――具合はどう?」


 ヴィレイアはもぞもぞと起き上がり、長い絹糸のような髪を指で梳く。


「もう大丈夫――ほんとに」


 リベルは断りを入れた上でヴィレイアの額に手を当てた。


 ぎゅっと目を閉じるヴィレイアの睫毛がふるふると震えているのを見つつ、軽く首を傾げる。


「いや、まだちょっと熱ありそうだけど」


「大丈夫だってば」


 さすがに苦笑するヴィレイアから一度離れて、リベルは用意してあったカップを持ち上げて、また寝台のそばに戻ってそのカップをヴィレイアに勧めた。


「はい、飲めそう?」


 水だと思ってそれを受け取ったらしいヴィレイアは、立ち昇る香りに大きな瞳を瞬かせた。


「――ん?」


 柑橘の果汁を湯で割って、蜂蜜を加えたものである。


 飲めそう? と首を傾げるリベルに、ヴィレイアは慄いた様子で尋ねる。


「……私の家には、こんなものはなかったと……」


「買ってくるって言っただろ」


 ヴィレイアは何か言おうとして、言葉を呑み込み、ゆっくりと、おずおずと微笑んだ。


「ありがとう。――ごめんね」


「なんで謝る。林檎要る?」


「……欲しい」


「素直でよろしい」


 丸椅子に腰掛けたリベルがナイフで林檎の皮をくるくると剥くのを、ちびちびとカップを傾けながら眺めて、ふとヴィレイアが言った。


「リベルって器用だよね」


「そうか?」


「私、林檎の皮剥けない」


「へえ」


「剥こうとすると、皮の方が分厚くなっていっちゃう」


「それはもったいないな」


「だから、リベルが風邪ひいちゃったら、林檎以外のものを持って行くね」


 リベルは目を上げて、ヴィレイアを見た。


 ――ここ最近、ヴィレイアはリベルから距離を置くような言動が多かったが、今の言葉は。


 リベルは微笑んで、また手許に目を戻した。


「――心強い。覚えとくよ」


「……忘れていいんだけどね」


 ヴィレイアが上の空で小さく呟いたので、リベルは手を止めた。


 顔を上げて、ヴィレイアを見つめる。


 リベルの挙動にも気づかなかった様子で、ヴィレイアはぼうっとしている。

 濃緑の双眸が、リベルではなくて、その背中の向こうを見ているようだった。


「――ヴィリー?」


 急に不安になってリベルは囁くように呼んだが、ヴィレイアにはどうやら聞こえなかったらしい。


 彼女は両手で持ったカップに唇を近づけたまま、ぼんやりと繰り返した。



「私を忘れるのは、――いいことなんだけどね」



「――――」


 リベルは半ば茫然として彼女を見つめたが、数秒して、はたとヴィレイアはそれに気づいたらしい。


 慌てて表情を復活させて、取り繕うように微笑んだ。


「――リベル、本当にありがとう。もう治癒精とも契約できると思うよ」


「……そう?」


 皮を剥いて一口大に切った林檎を皿に入れ、リベルは立ち上がって、その皿をヴィレイアのそばに運んだ。


 空になったカップを引き取って、リベルが促す。


「食べて」


「ありがと」


 素直に皿を受け取るヴィレイア。


 リベルは身を乗り出して、寝台の向こうにある窓に手を伸ばし、窓を開けた。

 寝台が小さいからこそである。


 開いた窓から林檎の芯を放り捨て、元通りに窓を閉めると、ヴィレイアがなんともいえない目で彼を見ていた。


「――リベルって、常識人に見えるけど、別にそんなこともないよね」


「そうか? 金遣いに関してはおまえより遥かに常識があると思うけど」


 ヴィレイアはうっと言葉に詰まる。


「それは……その……」


「いや、怒ってるわけじゃないよ」


 リベルは思わず注釈を入れて、ヴィレイアの肩を叩いた。


「いいじゃん、元気になったらまた何か買えば。……その、高価過ぎないもので」


「治癒精がいるから、すぐ元気になると思うよ。

 ――ねえ、エルカ、怒ってないかな?」


「あいつがおまえに怒るなら、その前に天地がひっくり返ると思う。

 むしろ、おまえが何か変なもん食って体調崩したなら、その食事を出した店を特定して怒鳴り込むくらいのことはすると思うけど」


 ヴィレイアは呆れた風情で目を閉じた。


「もう、またそういうこと言う」


「俺たちを恩知らずにさせないで」


「違うってば」


 ヴィレイアは目を開けて、困ったようにリベルを覗き込んだ。



「エルカはあなたを助けてくれてたんでしょう?

 そのあなたが私を助けてくれたんだから、私が恩を返しただけなのよ」



「――――」


 リベルは一瞬、危ぶむような気持ちでヴィレイアを注視した。


 ――恩を返した、貸し借りがなくなったから、ヴィレイアが彼と距離を置こうとしているのかと思ったのだ。



 だが、それを追及するのはなんとなく怖かった。

 リベルはヴィレイアから視線を逸らして、明るく言った。


「――まあ、いいや。どっちにしろ、おまえに大したことがなくて良かった」


 ヴィレイアが申し訳なさそうに笑う。


「エルカに、埋め合わせはするって伝えてくれる?」


「伝えとく」


「ありがと。――元気になったら何を買おうかなー」


「良識は持てよ? 良識は」


「いつも持ってるわ」


「それであれなの!? むしろ怖いわ……」





 その数日後、たいへんお高い深青色の美しい外套を着てにこにこと笑うヴィレイアと、積み上がりつつあった彼女の貯金が吹き飛んだ事実を前に、リベルが表情を失くして崩れ落ちたのは余談である。




















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