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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
2 ガール・ファインズ・ボーイ
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07 あなたの幸運の勇者

〈言聞き〉:地上のものでもなく鉱路のものでもない、神秘のもの。

〈言聞き〉は必ず黄金竜と行動を共にする。

この黄金竜こそが、地上から姿を消していない唯一の真正の竜である。


〈言聞き〉の姿は、外套を羽織りフードを下ろした長身の男にも見える。

然程珍しくはなく、あなたも道行くときに見かけたことはあろう。

だが、彼らの顔を覗き込んだことのある者は口を揃えて、あれは人ではないと証言する。


彼らの習性は一つ――契約の媒介。

彼らに誓ったことは、彼らが常に持つ象牙色の本に書き留められ、そしてそれを違えることは不可能となる。


契約には二種類がある――禁則契約と天命契約である。

だがどちらにせよ、〈言聞き〉と彼らの黄金竜たちを前に口を開くときは、その言葉を七度己に問うてからにすることが賢明であろう。


〈言聞き〉の神秘の習性は、商取引をはじめ、あらゆる取引で利用されてきた――国家間での条約の締結でさえ。


なお、竜が死を失ってより、竜の生命に関する決め事すらも、〈言聞き〉の契約可能範囲に入ったことは、今さら言うまでもない。


――――――――――









 リベルは無言でヴィレイアを眺めた。

 無表情だったが、朱色の瞳の奥で、焦燥と衝撃が走ったのが分かった。


 当然ながら返答もなかったので、ヴィレイアは言葉を続ける。


「ヴァフェルムさんの部隊が返り討ちにされたらしいのよ。

 傭兵団では何か決まりがあったの? 突然悪事を暴かれそうになったらどこに逃げ込め、みたいな」


 首を傾げた彼女の白百合色の髪が、真新しい陽光を弾きながら肩を滑って垂れる。


 それを見るともなしに見てから、リベルは顔を逸らせ、遥か遠くのルヴル湖の青い煌めきに視線を定めた。



 ――心臓が唐突に激しく打ち始めていた。


 出来るものならば人生から拭い去ってしまいたい過去を指摘されたことに対する、恐怖に近い感情。

 いっそ屈辱すら覚える。


 そして、無邪気な顔で他人の過去を指摘して、何らの遠慮も覚えていないらしきヴィレイアへの苛立ち。



 息を吸って、平静を保つ。

 少なくとも平静に見えるように。


「――知らないな」


「皆さん手詰まりみたいだったから、どんな些細な情報でも喜ぶと思うけれど」


 探りを入れるようなヴィレイアに、リベルは苛立ちを籠めて唇を噛む。


「知らない」


 一瞬、「傭兵団にいたことはない」と白を切ろうかと考えた。

 だが断念した。


 理由は二つ。

 一つに、ヴィレイアがどうやら確たる証拠を掴んでいるらしいこと。


 二つに、


 ――『坊主が偉くなりゃ、この老い耄れが偉くなったも同然だわな。だろ?』



 彼なら――リベルが出会った中で最も勇気があった彼ならば。



 ――治癒精との影契約の全てが解除されたということだが、リベルが身に迫ってその影響を感じることはなかった。


 これはある意味では当然で、一つに彼は療院へかかっていないこと。

 二つに、療術師たちも混乱を避けるため、治癒精を使えなくなったことは伏せ、あくまでも「治癒精を使っても意味のない何かの事象が起こっている」と患者やその家族に説明しているはずということ。あるいは法術師が病に臥せったことにしているか。

 三つに、家族が近く欠落すると分かれば、その身内は家族としての繋がりの抹消に動くことに忙しくなり――無論、欠落税を避けるためだ――、おちおち療院に顔を出してもいられないこと。

 四つに、治癒精の異変を訴えられる組合や議会も、事を大きくしないため、殆ど緘口令に近い態勢を敷いているはずだということ。


 ――加えて、何より、衛卒の存在だ。

 ぐるりを見渡すだけで常時五人は目に入る衛卒。


 彼らが混乱を許さない。


 彼らは既に、「治癒精についての混乱を許すな」という下知を受けているはずだ。


 ならば、町中で「治癒精」を叫ぼうとした者は、それだけで袋叩きに遭っているはず――そしてそれを見ていれば、同じ愚を犯すことはするまいと決意するのが人間というものだ。



 だが、最近とみに勇者間での揉め事が多いことを思えば、あの混乱が数十倍になって国を襲うことにそう猶予がないことは分かる。



 ――あの老人なら、ここで白は切るまい。



 だが、それにしても、


(図書館か――)


 盲点だった。

 リベルは法術師ではないから余計に。



 四等勇者であった期間は本当に僅か、その後は単独探索を続け、親しい間柄になった者はいなかった。


 アガサたちのいた勇者隊にいたときも、誰一人からも過去について尋ねられることはなかった――その暗黙の了解があった。


 勇者になる以前にどこにいたのか知られたのは、正真正銘これが初めて。



 その事実を消化するために息を吐き、過去を正視するにあたって鉛を呑み込むような気分を味わってから、リベルは小声で呟いた。


「――俺は……俺は、確かに、あの傭兵団にいた――いたことがあるけど」


 両手で顔を拭う。


「――俺があの傭兵団にいたのは五年前までだ。今の状況は何も知らない。これ以上訊かないで」


「知り合いもいない?」


 間髪入れずに重ねて尋ねられ、リベルは軽蔑露わに息を吐いた。


「久しぶり、ようメシでも行こうぜ、そういえば治癒精のことだけどさ――ってか? 出来るかそんなこと」


 ヴィレイアが黙っているので、リベルは彼女の方を向いた。


 ヴィレイアはいつもと変わらない表情で、むしろリベルがまだ何か話すのを待っているような風情。


 それを見て、唐突にリベルは猛烈な怒りを覚えた。


(――()()()()()()()



 あの傭兵団がどんな場所か。


 それを知らず、察しようともせず、訊かないでと言ったにも関わらずなおも踏み込む――



「――あのな、」


 リベルはヴィレイアに向き直った。


「あの傭兵団は、()()()()()()の集まりってわけじゃないんだ。将来の欠落税を払いたくないって身内に叩き売りにされた連中か、他の家族の欠落税の支払いのために売られた連中ばっかりで、商会に使い潰されるためだけの集まりだ。

 右も左も分かんない子供を陸艇に詰め込んで、鉱路に放り出すような連中だぞ。

 俺が顔を出したとして、欠けずに生き残ってる奴が俺を歓迎して酒を奢ってくれるとでも思うのか?」


「『思うのか?』も何も、私はその傭兵団を知らないからね。そんな酷い集団だったなんて、今が初耳」


 ヴィレイアは落ち着き払った声でそう言って、左手の指を立てた。


 その調子に、リベルは勢いを失って口を噤んだ。



 ちょうどそのとき、物見遊山らしき二人連れが二人のそばを通った。



 彼らが笑いさざめきながら通り過ぎるのを待って、ヴィレイアが肩を竦めて言う。


「私が知りたいのは、とっても腕が立つ人が例の法術師を連れて逃げちゃったらしいから、その人が行くような場所に心当たりはない? って、それだけなんだけど」


「おまえ、もしかして前金で報酬もらった?」


 リベルは皮肉っぽく尋ねたが、声は小さくなっていた。


「おまえ、四等なんだから俺がいないと探索できないだろ。なのに俺に嫌われることなんて、全く怖くないんだな。もう三等に上がる目処が立ったの?」


「前金では貰っていません。()()()()()()()()()なの」


 あながち冗談でもない口調でヴィレイアはそう答えて、微笑んだ。


「つまり過去をほじくり返すことは、あなたに嫌われる手段なのね。

 ――じゃあ、リベル。まず、傭兵団でとっても腕が立つといえば誰か、心当たりはある?」


 リベルは再び、遠いルヴル湖に視線を向けた。


「――まだ訊くのか。本当におまえのこと嫌いになりそうなんだけど」


「だから、嫌われるのは大歓迎なんだって」


「おまえ、俺に世話になったの忘れた?」


「忘れるわけないじゃない。あなたが私を嫌いになっても、私があなたをどう思うかに関係があるの?」


 それに、と微笑んで、ヴィレイアは悪戯っぽく声を潜めた。


「――この問題が長引いたら、そのうち世の中も荒れちゃって、赤の他人の私にも優しくしてくれるリベル、あなたみたいな人は胸を痛めることになるんじゃないかしら。

 多少なりとも私に知恵を貸しておいて、来る日の心を軽くしておきたくはない?」


「――――」


 リベルは息を吸い込んだ。


 ――ヴィレイアは冗談めかせてはいるが、確かに彼女の言葉には一理あった。

 治癒精との影契約が機能しないとあっては、世の中をどれだけの混乱が襲うかは想像の埒外だ。


 いざその時世がやって来たとして――リベルが心穏やかに過ごせるかといえば――答えは恐らく否だろう。



 ならば、貸せる手は貸しておくべきだ。



「ほら、リベル。腕利きの人に心当たりはある? 治癒精を捕まえた法術師の護衛を任されるような」


「――――」


 口籠ったリベルは、治癒精を盗んだ法術師の捜索は火急のことだと自分を説得する。


 だがそれでも、名前を口に出すのは余りに心が痛んだ。


「――……腕利きなら、心当たりは、ある」


 ヴィレイアは励ますように微笑んだ。


「お、朗報です。じゃあ、その人が行きそうなところは?」


「知らない。……そもそも逃げ場を用意してくれるような良心的な雇い主じゃないよ、商会は。

 でも今回ばかりは、治癒精を抱えた法術師が欠けたら大事件だから、何か考えたかも知れないけど」


「失敗したら大事件だっていう作戦に動員されたことはないの?」


「ないね。――一時待機のために、陸艇が用意されてたことはあったけど……」


 なるほど、とヴィレイアは頷く。


 そして、友好的な関係を築きたいと考えている相手に対して当然に覚えるはずの遠慮や配慮、そういったものは欠片もなく、リベルの顔を覗き込んだ。


「あなたがいたなら、あなたが一番腕利きだったんじゃないの?

 もしかして心当たりの人は、あなたと仲が良かったの?」


 リベルは顔を顰めたが、ヴィレイアを黙らせる方法は限られる。


 ――ここで無言で去ったとして追い掛けてくるだろうし、橋から放り出すのはさすがに憚られ、ついでにいえば黙って放り出されてはくれないだろう程度には、ヴィレイアも腕利きだ。



 ――更に都合の悪いことに、ヴィレイアは彼の相棒だ。


 出会った直後の騒動もあり、それから回数を重ねた探索、その間に交わした馬鹿話や目配せでの合図、食事を共にした回数だけの情が、既にリベルに湧いてしまっている。



 それこそ、その情が心理的な隔壁に穴を開ける程度には。



 何を尋ねられても、嫌いになりそうになるばかりで、実際には彼女を嫌えないほどの情が。


 恐らく、この情に相応しい名前は信頼なのだ。



 ――溜息を吐き、顔を擦り、ぼそりと答える。


「――まあ」


 ヴィレイアは興味津々という顔。


「もしかして相棒だった?」


「そうかもね」


「どうして、」


 ヴィレイアは首を傾げ、その仕草で白百合の髪が一筋、また肩を滑って胸へ垂れた。


 時精時計に髪が掛かる。時精時計には「一一〇三」の数字が浮かんでいる。



「どうして、今は離れ離れなの?

 ――喧嘩でもした?」



 リベルは肺の底から溜息を吐いた。





 ――不幸のどん底の掃きだめにようこそ、新入り。


 ――おまえ、なに、資源袋を落っことしたの? しゃあねぇ、俺がやったことにするから、おまえは大丈夫だ。


 ――おまえは一人でどっかに行ったり、欠けたりしないよな、……リベル。





 リベルがベンチから立ち上がり、橋の胸壁に向かってぶらぶらと歩み寄り、彫刻が施されたその胸壁に肘を突いてしまったので、ヴィレイアも立ち上がってそれについていった。


 とはいえ隣で寛ぐ気にはなれず、リベルの半歩後ろに立つような格好になる。


「――喧嘩とかじゃなくて」


 リベルは不明瞭な声で言った。

 その声が高所に吹く風に浚われていく。


「相棒……っていうか、俺よりちょっと早く傭兵団に入れられてて、俺より慣れてたんだよ。何をしたら怒られるかとかをよく分かってて、守ってくれてた。

 周りがどんどん欠けてくから、必然的に残ってる俺たち二人の息が合ってたってだけだ」


 リベルがちょっと身を乗り出して、遥か眼下を見渡した。


「結構酷いところだったんだよ。そもそも最初から……その、分かるかな、家族の誰かが欠けたとき、欠落税が払えなくなるだろ、そしたら子供を売るんだよ。で、その金で欠落税を払う――だから俺たちは、じいさんばあさんが欠けたせいで、親に見捨てられて人生を売り飛ばされたわけ。

 で、売られたら()()()()に大火傷をさせられるんだけど、それでもう大半の反抗心はどこかにいくし。

 行動手順っていう馬鹿馬鹿しい規則があるんだけど、それにちょっとでも違反したらすげぇ目に遭わされるし――自分が酷い目に遭ってるときはまだ頑張れても、仲間が目の前でそんな目に遭ってるのはつらかったな。助けなきゃっていうのと、助けたらまずいことになるっていうのとで、二律背反。

 一応食事は貰えるけど、あれはどっちかというと豚の餌……」


 そこまで言って、話し過ぎたことに気づいて、リベルは口を閉じた。


 が、ヴィレイアが半歩後ろから更に尋ねた。


「それならますます不思議だわ。あなたなら、そんな酷いところから逃げ出すときには、仲のいい人は連れて行きそうなものだけど」


「おまえは俺の何を知ってるんだ」


 思わず笑ってそう言ったリベルは、「主に、私の〈鉱路洪水〉事件にわざわざ手を貸してくれたお人好しっぷりね」と答えられ、ますます苦笑。


「逃げる好機がきたときに、あいつがそばにいなかったんだよ。

 ――そばにいたところで、逃げるときに何が起こるか分からなかったし、一緒に逃げるのは無理だったと()()――思う」


 小さな声でそう言って、リベルは唇を噛む。


「あの傭兵団がクソみたいに性格が悪いのは、――形ばかりの小隊を組ませて、その小隊長に当たる奴に、」



 ――今でも覚えている、あの()()()()()()の、到底生き物のものでは有り得ない顔貌を前にして泣き喚いた、まだ幼かった自分。


 ――『やめてくれ、やめさせてくれ、なんでこんなに酷いことが出来るんだ!』


 ――『人生終わってもまだ逃がしてくれないのか。だったらほんとに終わらせてくれよ、大昔みたいに死なせてくれよ!』


 ――それをただ頷きながら端然と聞き、象牙色の本を開き、リベルが求められる誓約をすることを待っていた、あの化け物。


 ――リベルに鞭と真っ赤に焼けた火掻き棒と、あとは少々の脅しを以て誓約を迫った大人たち。中には、リベルが何時間――あるいは何分――で陥落するか、大笑いしながら賭けをしていた者もいた。



「――そいつに、〈()()()()使()()()()()()()()()()()

 逃げたりしません、他の奴が逃げようとしたら欠落させます、って。

 で、あいつが俺を守ってくれるから、傍目には俺の方があいつより“出来る”奴に見えてたんだろうな――小隊長は俺だった」


 そのとき唐突に肘を掴まれて、リベルは驚いた。


 思わず視線を向けた先で、ヴィレイアの可憐な容貌が、驚愕と――殆ど切望に近いものを浮かべて、彼を凝視している。



「どういうこと?」



 ヴィレイアの濃緑の瞳が、瞬きもせずにリベルを見つめる。



「あなた、――〈()()()()()()()()()()()()()()()?」





「どういうこと? 〈()()()()()()()()()()()()でしょう?

 〈言聞き〉に誓ったことを破ったなんて話は聞いたことがないわ。

 リベル、()()()()ここにいるの?」


 矢継ぎ早に問い詰められて、リベルは思わずヴィレイアから一歩離れて両手を挙げた。


「天命契約ならどうしようもなかった。でも俺が誓約してたのは禁則契約だった」


 ヴィレイアは不審げというより、いっそ責めるようにリベルを見ていた。

 先ほどまでの飄々とした、興味津々な様子は欠片もない。


 リベルは嫌な予感に眉を寄せた。


「ヴィリー? おまえ、何か〈言聞き〉に誓約してることがあるのか?」


 ヴィレイアは白い睫毛を瞬かせ、溜息を吐いた。


「いいえ。――家族が……」


 呟いて、しかしすぐに肩を竦めて顔を上げる。


「まあ、もう済んだことなんだけどね。

 ――禁則契約って、破ったらとんでもない……なんだっけ、『人生全てが焼き尽くされる苦痛』に襲われるんじゃなかった?」


 巷での言い方を引用した彼女が、自分自身から話題を逸らせたことは察しながらも、リベルはもう一度眼下に目を向けつつ。


「――ああ。だけど、俺の心袋はでかいから……」


「は?」



「だから、魔法っていうのは物事を()()()()()ことなんだろ?

 だったら()()()()()()()()()()()()()()()っていうのはずっと考えてて――天命契約ならどうしようもなかったっていうのは、それで分かるだろ?

 ……まあ、色々あったし、危うく欠けるところだったけど、結果論でいえば逃げ出せた。

 ――で、()()()()()



 実際には、心袋の許容を遥かに超える事象を詰め込もうとしたせいで、周囲にも被害を及ぼす惨事になり、彼は高熱で死にかけ、朦朧とした意識は数日元に戻らず、意識が戻ったあとも言葉が出ず、このまま自分が不具になるのだと思って、リベルは恐怖と後悔に啜り泣いていたのだが、そのことは一切省略した。


「ここにいる」


 ヴィレイアは繰り返して、まじまじとリベルを見てから息を吐いた。


「――そんなこと聞いたことがないわ。

 法務官が聞いたら……考えたくもない大混乱になるね……」


 彼女の驚愕の声に、リベルは顔を顰めた。



 ――〈言聞き〉は神秘のものだが、その神秘は商取引にも多く利用されている。


 魔法使いがその大原則に対抗する力を持っているとなれば、議会はあらゆる法規制を変更することよりも、魔法使いを弾圧することを選ぶだろう。



「他人に話したのはおまえが初めてだよ。――こんなこと、他人に言えるわけないだろ。

 それに、俺だって俺よりでかい心袋を持ってる奴は知らない」


「……そうね」


 ヴィレイアは呟き、息を吸い込んで、頭を切り替えた――あるいは、()()()()()()ようだった。


 そして、やや投げ遣りな口調で確認した。


「それで、あなたの心当たりの元相棒さんがもし今も生きていれば、その人が件の法術師を連れているかも知れないってことよね?」


「あいつだったとして、どこに逃げ込んだかは知らないぞ」


 リベルは警戒するように言った。


 ヴィレイアは瞬きして、胸壁に肘を預けるリベルとは逆に、彼の左側で、胸壁に背中で凭れ掛かった。

 そして、陽光に目を細めて小首を傾げる。


「――あなたはその人と一緒に逃げられなかったことを……なんというか、後悔しているように見えるけど」



 ――『そばにいたところで、一緒に逃げるのは無理だったと思い――思う』



 明らかに彼は、「一緒に逃げるのは無理だったと思いたい」と本音を零し掛けていた。

 一緒に逃げられた余地があったにも関わらず、その道を採らなかったのだという可能性を恐れている。



「もし本当にその人だったら、伝えた方がいい?

 その人、名前は何ていうの?」


「――――」


 リベルはヴィレイアの生真面目な表情を見つめた。


 そして、いつもよりもゆっくりと顎を撫でた。


「……いや」


 呟いて、目を逸らす。


 千切れ雲が飛ぶ蒼穹に視線を移す。


「俺はあいつに散々守ってもらってたのに、連れて逃げようとしなかった。あいつを連れてたら、俺も逃げられなくなるかも知れないから。

 ――今までも、あいつが無事でいるのか、考えることはあっても行動することはなかった。自分が自由でいる方が大事だから。

 ――俺が、」


 どうして口走ったのかは分からないが、リベルは口走っていた。


「俺が、逃げて……まあ当然、追われたんだけど――その俺がぶっ倒れたところを守ってくれた爺さんがいて、」


 高熱で足許も覚束ないリベルを外套の下に隠し、追手相手に平然と惚けたあの物乞いの老人。


()()ってのはこういうことかと思ったね。他人を助けることまで自由にできる。

 ――でも、俺には無理だった。

 脱走したとはいえ、法的には俺の身柄はまだショーズ商会の()()だから」


 自嘲すら籠めてリベルはそう言った。


 所有。

 売買されるもの。

 商取引の対象。


 ――未だに、法務官の前に出て身分を辿られれば、リベルは当然に商会に帰属するものとして扱われることになる。


 彼が法に従えば、彼は自由を失う。



「……連れ戻されるのはどうしても嫌だ」



 息を吐く。


 認めるのは矜持と意地が邪魔をしたが、ヴィレイアの、憐れみなど欠片もない眼差しがその言葉を吐き出させた。



「俺の加護が先天加護だったら、さっさとこんな国からはおさらばしてたんだけど。俺はこの国以外では、稼ぐ手立てもないからな。

 それでも出来るだけあの商会から逃げて北の方で勇者になったのに――あいつら、今よりもっと北にも拠点を構えるんだろ。

 俺はダイアニでは有名になってたから――万が一でもあいつらの耳に入ったら、絶対に取り返されると思った」



 息を吸い込む。



「俺は――確かに、『逃げたりしない』っていう誓約を破って、それはなんとか騙し騙しでも成功した。だけど、()()()()()()()()()()()()()。もう一回でもあいつらに捕まったら、俺はまた〈言聞き〉の誓約の範疇に引きずり戻されるかも知れない。

 ――そう思ったら、もう、」



 リベルはそこで言葉を切ったが、ヴィレイアは正確に、その後に言葉なく続いた、「怖くて」という意図を汲み取った。



「だから特等を返上して逃げたんだよ。

 三年も一緒にいた仲間を放り出して、だぜ。俺も薄情な悪人だ」



「――なるほど」


 ヴィレイアは呟いた。彼女はぎゅっと時精時計を握り締めた。



 ――リベルが初対面のヴィレイアに対して示した、驚くほど大きな親切が何に由来するものか、彼女は理解した。


 あれはそのまま彼の後悔であり、殆ど贖罪に近いものだったに違いない。



 かつての相棒を助けられなかったから、代わりにヴィレイアを助けたのだ。



 だがそれが、ただの代償行為であるはずがあろうか。


 ――ヴィレイアは確かに救われた。そしてフロレアにいた人々も救われた。



 だからこそ、



「じゃあ、まあ、結局、あなたは手掛かりは知らなかったってことね」


 胸壁から一歩離れ、軽やかにリベルに向き直って、ヴィレイアは朗らかに言った。


 リベルは肩透かしを喰らったように瞬きする。


「それなのにあれこれ問い詰めてごめんね、リベル。

 ――お詫びにと言ってはなんだけど、」


 陽光の中で、ヴィレイアはにっこりと微笑んだ。


 自信に満ちて、いっそ慈愛深いといってもよいほどに。



「あなたの自由で私を助けてくれた幸運の勇者さま。

 ――私が〈鉱路洪水〉でくよくよしていたように、あなたもあなたの相棒のことでずっと悩んでいるみたいだから、」



 右手の指でリベルを指して、ヴィレイアは真っ直ぐに彼を見つめ、



「私があなたの相棒が生きているか確かめて、生きているなら助け出して、」



 明るく輝く表情で、これ以上ない確信を籠めて、断言する。



「今度は私が、あなたの幸運の勇者になってあげる」



「――は……?」


 リベルが面喰らって胸壁から離れ、彼女に向き直ると、ヴィレイアは礼儀正しく握手をするように手を伸ばし、リベルの右手の親指に触れた。


 ――亜竜の眼球の一部が埋め込まれている、ちょうどその辺りに。



「私の先天の加護は、あなたに会うためのものだったって、以前に言ったよね」



 ヴィレイアは照れくさそうに呟いて、ぎゅっとリベルの手を握り――すぐに離した。



「今度は、あなたの後付けの幸運が、()()()()()()あなたが救われるためのものだったって言わせてみせるわ」






















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― 新着の感想 ―
途中までなんだこのクソ女、って感じだったけど、最後でヒロインっぽさを醸し出してくれてよかった。
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