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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
2 ガール・ファインズ・ボーイ
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04 命の売り買い

 小さな、窓もない狭い部屋。

 時刻は昼のはずだが当然ながら暗く、部屋の中央の丸テーブルで、光晶が一つ、淡い光を放っている。



 硬い椅子に棒を呑んだような姿勢で座る少女に、エルカは呆れた目を向けた。


「――少しは楽にしたら? そのうち倒れるよ」


 少女――エルカは名前も知らない――は、怯えた様子で、如何にも傭兵といった姿をした――ごわつく上衣、武器の下がったベルトを通したトラウザーといった格好の――エルカを見遣る。


 狭い部屋の中、小銃を抱えた男と二人きりであれば、それは怖いだろうな、とエルカも納得している。


 特にエルカは、相手を安心させるような容姿はしていない。

 短く刈り込まれた砂色の髪、日焼けした肌、がっしりした身体つき、切れ長の薄青い瞳は、自他ともに認める目付きの悪さ。


 エルカは今年十九になった。

 少女はエルカより二つ三つ年下といったところか。



 怯え切った少女の薄紫色の瞳に溜息を吐いて、エルカは低い声で促す。


「メシ食ってないだろ。不味いだろうけど、食わなきゃ欠けるよ」


「――――」


「そんな怖がらなくても、俺の主人もあんたを取って食ったりしないよ。

 ()()()の作戦とはいえ成功すりゃあ万々歳なんだから」


「――――」


 少女は黙り込んでいる。


 折れそうに細いその体躯。

 肩の上で切り揃えられた、淡い金髪。


「それに、ちょっとは寝てくれよ。あんたが眠ってる間じゃないと、俺もおちおち眠れない」


 吐き捨てるように呟き、その呟きを覆い隠すような溜息を吐くエルカ。


 少女は瞬きする。

 そして、意を決した様子で囁いた。


「……私の見張りのため――ですか?」


「逃げられたら困るじゃん」


「あなた一人だから――ですか? どうして他の人と一緒にいないんです? 交替は?」


「交替の隙に逃げようっていうなら、そりゃ残念、交替はないよ」


 揶揄うように舌を出してそう言って、それからエルカは顔を顰める。



 ――思い出したくもないのに忘れられない、あの顔。



「……十四の頃までは、俺にも相棒がいたんだけどね」





*◇*◇*





「ショーズ商会が仮に、傭兵団の法術師を使って治癒精を独占したのだとしても、それは時期尚早と言わざるを得ない愚策だ」


 バンクレットがそう言う唇の辺りを、ヴィレイアは眺めている。


「そりゃあ、世間にばれたら袋叩きに遭いますものね、ジョーゼル小父さま」


 からかってやろうと思って呼び始めたのだが、バンクレットはこの呼び名を嫌がる様子を一切見せない。


「そうだ。特に勇者組合は黙っていない。商人組合を盾にするにしても限度がある」


「でも、成功すれば億万長者?」


「既に億万長者だよ、ショーズ商会は。フィアオーゼ議員はショーズ商会出身で、存分に便宜を図っている。

 ――だが、仮に治癒精を独占することに成功してしまえば、今度は金ではなくて直截の権力を持つことになるだろう」


「お金ってつまり権力でしょう?」


「権力を生む一つの方法に過ぎない」



 二人はヴァフェルムの邸宅の廊下を歩いていた。


 左側の壁は一面が硝子窓になっており、陽光が燦々と射し込み、等間隔に置かれた花台の花瓶に活けられた大輪の花を照らしている。

 足許は毛足の長い絨毯で、足音を吸い込む静寂こそが富の象徴めいていた。



「ふうん。――まあいいのよ、その辺のことは。

 ショーズ商会お抱えのラディス傭兵団でしたっけ、そこにそんなに腕利きの法術師がいるって、どうして分かったんです?」


 そう尋ねて見上げると、不思議そうにこちらを見下ろすバンクレットと目が合った。


「……なにか?」


 首を傾げる。バンクレットは、「いや……」と口籠り。


「――勇者隊の絆は固いものだと思っていたが、単独行動になってもきみは淡々としているな。いや、絆が固いがゆえか?」


「絆!」


 思わず笑ってしまい、ヴィレイアは首を振った。


「そんなものあるわけないじゃないですか。――私からは離れていた方がいいんですよ。

 以前まで一緒にいた人たちは、私がいようがいまいが困らないから、だから上手くいっていたんです」


 勢いで言ってしまってから、訝しそうにするバンクレットにヴィレイアは臍を噛む。


 そして、そっと肘で彼の腰の辺りを押した。


「それで、どうしてラディス傭兵団に目をつけるに至ったんですか」


「簡単な話だ」


 バンクレットは肩を竦める。


「ヴァフェルムさまは以前よりフィアオーゼ議員とは犬猿の仲だ。フィアオーゼ議員は商人組合推挙の議員だが、ヴァフェルムさまは軍人議員、何かと反りが合わないことも多いらしい。

 ――相手の動向に常に目を配っていれば、治癒精との影契約消滅の直前に全ての鉱路から引き揚げていた、不審なラディス傭兵団の動きにも気づく」


「ラディス傭兵団って、探索もするんですか」


「正確には探索ではないが。彼らは勇者組合には入っていないから――勇者組合が抗議しようにも、ラディス傭兵団の後ろには彼らの得意先のショーズ商会がいる。下手に抗議は出来ず、黙認しているというわけだ。

 ラディス傭兵団が喰いものにしているのが、商会本拠の置かれる南方一部の鉱路に限られているということもある――いや、最近になって勢力拡大の気も見えるが」


 ヴィレイアは可憐な眉を寄せる。


「鉱路に対して数の力を恃むにしても、鉱路で使い潰しては傭兵団への志願者もいなくなるでしょうに」


 素朴な疑問を零したヴィレイアに、バンクレットは眉間に皺を寄せた。


 ――そして、逡巡しながら呟く。



「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ヴィレイアは瞬きし、バンクレットを見上げた。


 バンクレットが足を止め、窓の外を眺める。

 ――降る陽光に燦然と照らされる、豊かな首都の姿を。



「――二百年前までは、人は究極的には自由だったという。ちょうど共和国が成立した直後、竜が死を失うまでは。

 飢餓罷業というものを知っているか。飢えを以て権力者に意見を示す方法だ。意見を聞き容れるまで断食するというもの」


「はあ?」


「つまり、二百年前までは、人は――竜は、死ねたのだ。死ねば取り返しがつかない。

 ゆえに、飢餓に陥ってまで主張を通そうとすることは注目を浴び、同情された。今では想像も出来ないが」


 壮麗絢爛な首都の表通り。

 塵一つ落ちていないその風情を保つのは、ものを言わぬ、ただ唯々諾々と命令に従う、尊厳もないかつての人――


「今の我々は、生でも死でもない、()()()()()に向かって歩んでいき――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人の命の終着に課す莫大な税と、――その税を厭う者を喰いものにする強欲の化け物。

 ――ゆえに、望むと望まざるとに関わらず、危険な場所に身を置かざるを得ない者もいる」


 ヴィレイアは瞬きし、それからぽん、と手を叩いた。


「難しいことは分かりません。

 ――それより、ジョーゼル小父さま」


 窓の外から、金褐色の瞳がヴィレイアを振り向く。


「なんだ」


「私は、ショーズ商会に向かっているヴァフェルムさんの――」


「――()()


「ヴァフェルム()()の小隊が、件の法術師を捕まえてくるまでは暇なんですよね?

 精霊の奪い合いともなれば、面と向かわなきゃですし」


 ヴァフェルムが動かせる戦力のうちの一部が、証拠を押さえるため――有体にいってしまえば件の法術師を捕らえるため、既に商会の支部の幾つかに向かっていることは聞いていた。


 バンクレットは不愉快そうに喉で呻いたものの、頷いた。


「そうだ。――それで?」


「ラディス傭兵団についてお勉強しておきたいんですけど、資料なんてあるんでしょうか」


 バンクレットは瞬きし、事も無げに襟章の一つを外しながら、呟いた。


「――思っていたより真面目なんだな」


「リベルには不真面目だと怒られていますが」


「資料なら、図書館に行けば見られるよ。

 ――入るのを拒否されそうだったら、これを見せなさい」


 襟章を渡され、ヴィレイアは瞬きする。


「実際にラディス傭兵団と鉢合わせしたことがある者も、軍部にはいるよ。議事堂の周りは我々軍人の庭だ。行き合う者に訊いてみなさい。

 ――やはり、それを見せれば答えてくれる者も多いだろう」


 ヴィレイアは戸惑って、掌の中の襟章を見つめた。

 ――黄金の花の中央に紅玉を嵌め込んだもの。


 決して軽いものではないはずだ。


「――どうしてこんなことを、ひょいひょいと」


 呟いたヴィレイアに、バンクレットはむしろ意外そうに応じた。


「本当にきみが治癒精を取り戻してくれるならば、それは国を救うに等しいことだ。

 ヴァフェルムさまが示している報酬も、本当に最低限の――この問題に取り組むことだけを想定したものなんだよ。

 成功しさえすれば、ヴァフェルムさまだけでなく各所がきみに報酬を出す。


 今現在、この国の医療のほぼ全てが止まっているのだ。

 そしてこの事態が長引けば勇者も鉱路には潜らなくなる――資源が不足しあらゆる産業と生活が危うくなる。それほどの危機なのだ。


 ――その役目を承諾してくれた相手に、この程度は当然のことと思わないのか」



























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