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アンディ視点です。

アンディは、レティシアにパンチを受けた鳩尾を押さえた。急所を的確に突いてくるあたり、レティシアは、護身術を習っているのだろう。最初の初手を逃れれば、逃げる事が出来るし、助けが来るまでの時間稼ぎにもなる。しかも、鍛えているアンディの筋肉に打撃を与えて、自分の手が無事な辺り、結構武芸の才能があるのかもしれない。あのリクソール侯爵とリリアナの事だから、良い師を付けたのだろうとも思う。ひ弱そうに見えるルシアンも、意外に強いのかもしれないと、手合わせをしてみたくなった。


自分の部屋(結婚したら二人の寝室予定)に戻って、やたらと大きなベッドに沈み込んだ。


レティシアは、今日、アンディを受け入れてくれるつもりだったと言ったが、レティシアは、まだ十五歳で成人していない。二人の結婚予定自体が早いので、レティシアは気にしていない様だが、アンディには大きな事だった。アンディとも年齢が近いから、若い二人のすることだからと、アンディの我慢がきかなくても世間的には受け入れられるというのは予想が付くが、これがアンディが十歳ほど年齢差があったら、途端に犯罪者かロリコンの様な目で見られるだろう…というかアンディが他人ごとだったら、そう思う。


若いからと許されるという事は、一応成人したアンディも、まだひよっこだと思われているという事だ。来年になって、せめてレティシアが成人してくれなければ、婚前交渉はあり得ない。ジュリアン王子に、メルヴィナが側妃に上がったり、ミリアリアが正妃になったりする用意を、宰相のリュークがしている以上、レティシアとの結婚は、思っていたよりも遅くなりそうで、アンディも結婚まで待とうという気はさらさら無かったが、最低限の年齢のクリアと、せめてもう少しレティシアがアンディに情が湧いて来てからが良いと考えていた。


しかし、今日のレティシアは、瑞々しい肌を晒していて、まるでウエディングドレスのような上等なレースの夜着は、胸元が少し見えてしまうもので、正直アンディも焦った。一瞬、理性が揺さぶられ、一ヶ月会わないだけで女性は急に大人びるものだと思ったが、一ヶ月の期間以上に、おそらくは大人っぽく見えるような髪型や化粧などをしていたのだろう。実際に昼間に出迎えてくれた時には、あまり変わったという印象は無かった。


ただ、出迎えられた時の一瞬の抱擁は、やわらかくて温かく、やっと安心できる場所に戻って来られたという実感はあった。この一ヶ月間以上離れて怒涛の日々を送った後、レティシアがアンディの戻る場所になったのだと、漠然とした思いが芽生えた。


アンディはローゼ家の長男として生を受けたが、自分が跡取りなのだと自覚する頃には、ミゲルが既に生まれていたので、割合危険だと思われる事にも挑戦することが出来た。実際に領軍での訓練などは、次男の存在がなかったら、周りの大人達も許さなかっただろう。そうしてスペア扱いされるミゲルが不満も漏らす事も無く、アンディの武功を褒め称えてくれる聡明さを持っているのに、先に生まれたというだけで、自分の方がスペアでは無いという考えにアンディは成らなかった。


ミゲルでもローゼ家の当主を務められる、むしろお互いがスペアで替えが利く存在なのだとアンディは思って来た。レティシアともミゲルの方が仲が良かったし、年齢も一つしか離れていないのだから、婚姻が無理だという事もないだろうと考えていた。


しかしながら今日、それは無理だとはっきりと分かった。レティシアにとって、ミゲルは完全に弟という存在だった。血の繋がりがある所為も大きいが、レティシアにとって、兄がエミールで、ミゲルが弟という認識だった。少しだけ実の弟のルシアンは、レティシアの中でどういう存在なのかが宙に浮いている印象を受けたが、それはあのリクソール家の事を思うと、多少特殊な関係だったにしても何となく納得させられてしまうものがあった。


レティシアと距離が自分だけ遠い事に悩んだ事もあったが、婚約者として肌を重ねるのに抵抗感が無いという意味では、あまり近しくして来なかったのは、かえって良かったのだろう。実際アンディも母方の従妹のキャシーと、もしも結婚しなくてはならなくなったら、生理的に辛い気がする。


アンディの中で半分程度の重みしか無かった自分の命が、今夜、急に重みを増した。


今回の戦争で、軍事に特化したリクソール家との同盟関係は、絶対に必要だと嫌でも肌で感じさせられた。ローゼ領の平和と安定の為には絶対欠かせない。それに同盟だけでなく、黒髪紫眼のリリアナへの領民や兵士達の忠誠心を目の当たりにした。決してアンディが蔑ろにされた訳では無いが、他領に嫁に出たリリアナに対して、アンディと同等の扱いをするというのは、やはりあの見た目が大きい。アンディも自身の子が、黒髪で生まれて来て欲しいと願わずにはいられない。リュークは自身が苦労した話は一切しないが、アンディの目の色が紫色だった事に、とても安堵しただろう事は想像に難くない。


そう思うと、レティシアに流れるローゼ家の血とリクソール侯爵家の血筋は、まるで奇跡のような貴重なものだ。皆が有難がるのが奇妙に映っていたし、面白くないと感じていた時期もあったが、どんな貴人よりも貴い身だと、今のアンディも思う。以前エミールにレティシアが婚約者でどれほど恵まれているかと諭された事があったが、本当にその通りだと素直に思う。


リクソール侯爵もリリアナも、それを十分理解していながら、レティシアを嫁に出すに当たって、何も見返りを要求して来なかった。


それは、ローゼ家にでは無く、リュークに何か恩義を感じている節も見られるので、ひとえにリュークのお陰かもしれないと思うが、鉱山の権利を譲れくらい言ってきても、ローゼ家は絶対に断らないだろう。まして新たな鉱脈をリリアナが見つけてくれた。今は手付かずの状態だが、エベルネージュの人々が働き手として来る様になれば採掘も進んで、武具などに使う鉄を購入しないで済む様になれば、リクソール領としては随分助かる筈だ。


その辺りは、少々不可解で不気味に感じてしまって、かえって何か要求された方が楽な気がした。


エベルネージュとライトンの新領地政策も、ローゼ領で小麦や物資を二国に送る様に手配することになったが、リクソール家はそれに対して金銭で莫大な金額を負担してくれる上、王都にローゼ領が卸していた分の小麦を、リクソール領が賄ってくれるという。


これは一応その分は相殺されるものの、ローゼ領から王都に卸していた分は、殆ど利益になっていなかったので、願ったりかなったりの申し出だった。リクソール領と比べると運送コストがかかる為だが、今迄王都に卸していたのは、小麦の値段を王都で上げない為だった。


それを知っているリクソール領が不足分を、補ってくれるという。リクソール侯爵も国政に関わる身であるし、何よりも王都に近い分、王都で問題が起きれば、ローゼ領よりもあおりを受けやすいので、自領の為でもあるが、ローゼ家の代表の立場で決め事をする上で、効率的に両方の利を考えてくれるリクソール侯爵家の考え方には、随分と助けられ、思うところがあった。


リュークが宰相として忙しい為に、アンディに戦後処理の領での全権を委ねられた。副領主であるレイモンドや、部下のライナス達もいるので、一人でやれと言うわけではないので半人前の自分に対して滅茶苦茶な要求では無いが、リュークは王都で相当忙しかったのだろう。


それに決め事の殆どは、アンディとレイモンドと事務方とリリアナとで、リリアナがリクソール側と、国政を担う役割も両方引き受けていて、皆でどうすればいい方向に向かうのか話し合うという感じだった為に、アンディも他領との交渉といった雰囲気は感じなかった。


実際にリクソール家は、あまり権利を主張せずに、ローゼ家の手が届かないところを担当してくれるという結果に、相手がリリアナでなければ騙されていないか疑うレベルの親切さ加減だった。


アンディも、「流石にリクソール家は欲が無さすぎるのでは?」と聞いてみたが、リクソール侯爵が、今回は、殆どがローゼ領の手柄であるのに、リクソール家にリュークが宰相として褒賞を分け過ぎな為に、領の交渉は、リリアナが良いと思う範囲で、リクソールの利益を主張し過ぎないようにという方針を受け取っていたらしい。


リュークはローゼ領が褒美を受け取り過ぎは、自領にとってもマイナスなのと、今の時点で、自領だけで疲弊したエベルネージュやライトンの民を支えるのは負担が大きいので、リクソール領にも協力を仰ぎたくてそうしたと、リュークとの手紙の遣り取りでアンディも知っていたので、それを気にする必要は無いとは思ったが、意外にリクソール侯爵は、義理堅いというか、考え方も固くて堅実で、少々思っていた人柄からは信じられない行動だった。


見た目は秀麗な顔立ちをしていてサファイヤブルーの印象的な瞳に、輝く銀色の髪をなびかせながら綺麗に微笑むセフィールは、「銀の悪魔」や「魔王」などと外宮では呼ばれているが、社交界ではそんな噂は噂だと思われるくらいに、非常に上品で優雅に振舞い、実に貴族らしい貴族だった。


しかし、アンディは親戚で未来の義父になる人物が本当に罪人に対しては悪魔の様な事をしていると知っていた。それは、叔母であるリリアナがリュークに話す内容が脇に居る小さなアンディにも聞こえて来るからだった。子供といってもローゼ家の後継に厳しい内容を隠す気は無いらしく、むしろアンディにもセフィールの厳しさを知っていた方が先々の為だろうと思われていたせいもあって、セフィールの所業は、大体噂通りだとアンディにも理解出来ていた。


貴族らしさは、演技では無くて素ではあるが、貴族らしいイコール残虐非道な行為をとらないという事ではないというおおまかな理解で、子供だったアンディの心の中に納まった。


セフィールは、アンディに対しては、一応の礼儀を持って接してくれていたので、実際に怖ろしさを体験したのは、この前の査察に入ると決め、隣国との戦争までがセフィールの規定路線だとわかった時だった。


リリアナに聞いてみると、流石に戦わなくても良い状況ならば、パーシヴァル伯爵に預かって貰っていた兵を引かせただけだっただろうとは言うが、精鋭部隊をローゼ領に近い親族に預けていたのだから、ほぼ戦うつもりだったのは、間違いない。


そういう意味では、今回だけで無く、常に弾薬を用意させていたリリアナも半端なく怖ろしい。狼煙のろしなども用意させて、非常時に合図の色までの想定を考えると、国境を接する領主の娘であったリリアナと比べると、アンディはまだまだなのだと落ち込んでしまうが、誰もかれも今回のアンディの働きを称賛してくれるので、アンディは複雑な気分だった。


褒めてくれる相手に対して、こちらが未熟な事を落ち込んでいる姿を見せられる筈も無く、ましてローゼ家の後継と目される自分が、弱いところを見せる事は出来ない。


そうして内心落ち込んでいたところに、レイモンドや、あろうことか母であるローレンシアまで、戦いで血が滾っているのを治めた方が良いと、若い兵士たちと共に娼館に行かそうとするのだから、アンディは心底頭を抱えてしまった。自分はレティシアを襲う獣か何かにでもなったのかと思われているのかと、血が滾るどころか、段々と心が冷えて落ち込みが深くなっていくばかりで、リクソール侯爵夫妻から、一生かかってもレティシアの婿として認められる気がしなかった。


話が進みませんが、気持ちは進んで行っている気がします。

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