若さはたくましさ
ほっこりしたところで背後を振り返ると、井坂が喜色満面といった具合でこちらを見ていた。
ニヤニヤという擬音が聞こえてきそうなほどに。
「なんだよ」
「いやぁ、青春の一ページ的なシチュエーションを目の前で見せられたらなぁ」
「そういう言い方やめてくれる? 恥ずかしくなるから」
「『僕も一緒に来られて良かったよ、咲良』」
「やめろ。蒸し返すな」
真面目なセリフをこんな風に茶化されたら、今後僕は何も言えなくなるぞ。シリアスなシーンに何も喋らない主人公になるぞ。
第100話を前にして、そんなガッカリなことはない。
シリーズの良心担当でもある僕が積極的にメタなことを言っているのは目を瞑るとして(口には出していない)。
援護射撃を求めて咲良の方を見ると、僕の方を見つめてニコニコ笑っていた。ダメだ、ご機嫌のあまり井坂のからかいが全く耳に入ってない。
こちらで見るものも見たので、さっさと退散することにした。
「咲良、次行こうか」
彼女の手を引いて僕は歩き出す。同じ班とはいえすぐに追ってくることはしなかった井坂だけれど、何故か笑みが深くなったように見えた。
次のフロアでは外に開けた白いプールがあった。その周りをスタンドが囲っている。いわゆるイルカショーが行われる場所だ。
お客さんやクラスメイトたちも続々と集まりつつある。プログラムを見てみると、たまたまショーが始まる時間近くだったようだ。
ちょうど二人分の席が空いていた。座ろうとしたところで、咲良の手を取ったままだったことに気づく。
「ああ、ごめんな」
「え、う、ううん、良いの」
吃りつつ目を伏せつつ、咲良は答えた。
昔からの流れで何の気なしに咲良の手を取ったけれど、最後に手を握ったのはいつだっただろうと考えていたところで、ステージから陽気なアナウンスが流れた。ショーが始まるようだ。
トレーナーが観客の拍手とともに出迎えられ、イルカたちがスイスイと泳ぎ始める。軽快に、あるいは豪快にジャンプするたびに水飛沫が上がる。ステージからさほど近くないここにまで少し飛んできた。
ある時は器用に鼻先やヒレでボールを操り、またある時は複数のイルカたちが連携技を披露する。観客席のボルテージは最高潮の盛り上がりを見せ、ショーの終了を告げられた際には割れんばかりの拍手が起こった。
「イルカさん、すごかったね!」
十年は若返ったような弾む声と表情の咲良。「面白かったな」と答える僕も恐らく同様だろう。子供の時以来久しぶりに見たけれど、多分これから大人になったとしても変わらず楽しめる気がする。
「いくつになってもはしゃげるようなモンはやっぱり大事だよな」
僕の思考を読み取ったような声を背後から掛けられた。井坂、いつのまに来ていたのか。
「一応は班行動だからよ。邪魔はせずに後ろから楽しませてもらったぜ」
井坂のさらに斜め後ろには氷見さんがいた。こちらに遠慮がちに手を振ってくる。
「咲良、そろそろ班で合流してご飯を食べに行こうか。ちょうど良い時間だろう」
「そうね。行きましょう」
客席から続々と離れる群に混ざって、僕たちは四人でまとまって別フロアにあるレストランに向かった。
レストランでの昼食を終えた僕たちはクラスでの集合場所へと戻った。班ごとに点呼を取り終えたのちに、再びみんなでバスに乗り込む。
バスに乗って速やかに船乗り場へ辿り着き、そこでバスから定期船に乗り換えた。島から島への移動をするためである。
別段船酔いしやすい訳ではないけれど、自然と視線が外の遠い景色へと向けられる。僕たちが先ほどまで居た島は遠ざかって小さくなっていき、次の目的地の島が段々と近づいてくる。綺麗な海に囲まれていて建物があまり目立たないのは変わらないが、あちらの島は木々や山が多く見える。
さて、この島で僕たちが何をするかと言えば、
「俺たちの民泊先はどんな人が居るんだろうな」
井坂が声をかけてくる。
そう、今日を合わせて現地で二日間民泊をさせてもらうことになっている。班ごとに民泊先が分かれていて、一応その家のかたの名前は事前に聞いているけれど、どんなかたなのかは全く知らないのだ。
「わからない。わざわざ僕たちを泊めてくれるくらいだから、良い人には違いないだろ」
「だな」
塩気を含む風が髪を揺らし、飛行機から見下ろした時よりも格段に海の存在を側に感じられた。
船が港に着くと、僕たちは島の中高年の方々に出迎えられた。「めんそーれ」と書かれた横断幕まである。
僕たちは彼ら彼女らに揃って挨拶をした。これからお世話になる人たちだ。自然と頭も下がる。
全員での挨拶を済ませた後、僕たちは班ごとにお世話になる家のかたを探す。僕たちは四班。目立つように班の番号のプラカードを持ってくれているので、四と書かれたプラカードを探せば良い。
すぐに見つかった。水色の半袖のシャツに白いズボンを履いた五十代から六十代くらいの女性だ。親しみやすそうな顔やプラカードを持つ腕は十二月の今でも微かに日に焼けている。
僕と咲良と井坂と氷見さん。四人が近づいていくと、それに気づいたのか、あちらからも僕たちに近寄ってくる。
「アナタたちが四班の子たち?」
「はい、そうです」
そのまま僕たちは自己紹介に移ろうとすると、少しだけ挙げた手で制されて、
「私は比嘉きみ江です。ここまで来るのに大変だったでしょう。立ちっぱなしも何だから、続きは車の中で聞かせてちょうだい」
そう言うと、スタスタと歩き始めてしまった。慌てて僕たちはその背中を追いかける。かなりサバサバした人のようだ。
比嘉さんの後をついていくと、ワンボックスカーが駐めてあった。これに乗せてもらって、僕たちの民泊先である比嘉さんの家に向かうらしい。
「スーツケースはまとめて後ろに積み込んで。手荷物はごめんね、自分で持つか座席の空いているところに置いてちょうだい。助手席は孫たちが散らかしてしまって、後ろの方から乗ってくれる?」
「あ、はい、わかりました」
句読点が本当はないんじゃないかというくらい矢継ぎ早に告げられる比嘉さんの言葉に従って、僕たちはスーツケースを積んで、後ろから車に乗り込んだ。僕と井坂が真ん中の二席、咲良と氷見さんが一番後ろの二席に。
全員が座席に落ち着いたところで車は出発した。
カーブを曲がって坂を登り始めたところで、
「さっきはごめんね。自己紹介してくれようとしていたんだろうに。私、この辺の人に似合わず昔からせっかちってよく言われるのよ。顔はさっき覚えたから、名前を教えてちょうだい」
運転席の比嘉さんから声をかけられた。というか捲し立てられた。
何とも慌ただしいけれど、改めて僕たちは自己紹介をする。
「僕は寺井晴輝と言います。一応この班の班長をやってます。これから二日間よろしくお願いします」
僕に続いて、井坂、咲良、氷見さんの順で比嘉さんに挨拶をした。
「うんうん。優しそうな晴輝くんに、胡散臭そうな文弥くんに、可愛らしい咲良ちゃんに、賢そうな鈴花ちゃんね。おばぁはちゃんと覚えたわ」
バックミラー越しでしか僕たちを見えていないはずの比嘉さんは、しかしきちんと僕たちのことを把握されたようだ。……おい、井坂。お前、胡散臭そうなとか言われてるぞ。
「流石は年の功。参ったな」
井坂はそう小声で返すと、意味深な笑みを浮かべていた。
そういえば、比嘉さんは自分のことを「おばぁ」と言い、井坂は見透かしたように「年の功」と呟いた。
「あの、比嘉さん。失礼ですが、歳はおいくつなんですか?」
どうしても気になったので訊いてみたら、
「歳はえーと……細かい歳は忘れたけど、そろそろ八十に手が届くね」
「八十⁉︎」
驚愕と共に思わず声を上げてしまった。
八十に手が届くということは七十代後半……。僕の初見での年齢の見立ては全くあてにならなかったらしい。
ーー年齢を全く感じさせないさばけた性格のおばぁに導かれ、恐らく一生忘れられないであろう、島での二日間が今始まろうとしていた。
次回は100話記念の特別編をお送りします!




