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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
インタールード
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71/250

まいこロマンス(3)

 その産声が聞こえてきた瞬間を、俺は生涯忘れない。新しい命が生まれ、自分が人の親になり自分よりも大切な守るべき存在を得た瞬間は、俺の中に深く刻まれた。

 すべきこと考えなければならないことは沢山あったけれど、その時の俺を満たしていたのはただただ感謝の念のみだった。

 ありがとう、と。まずはそれさえ伝えられれば良いと思った。





 物語の中で天候で心情を表現することがよくあるが、別に晴れの日だって気分が悪くなることはあるし、雨の日だって元気でも良いだろ、と俺は思っていた。

 しかし、今日は違う。

 先日、待望の我が子が生まれて、その子が我が愛妻・茉衣子と一緒に退院できた今日まで爽やかな晴天に恵まれていた。俺たちの心情が空に表れているかのようだった。

 ようやく俺たちの暮らすアパートまで戻ってくることができたのだが。


「茉衣子、大丈夫か。何なら息子も俺が担ぐぜ」

「大丈夫よ。あなたには荷物を全部持ってもらってるんだから、逆に危ないでしょう。この子は私がちゃんと抱いてるから」

「階段も気をつけろよ。ん、いや、待った。俺が先に行って荷物だけ置いてくるから、そこで待ってろ。うん、そうしよう」

「え、ちょ、洋くん、そこまで気を遣わなくて良いから!」


 茉衣子の言葉を無視して、俺は荷物を抱えて階段を駆け上がる。そのまますぐに自分たちの部屋へ入って荷物を降ろし、再び階段下の茉衣子たちの方へ引き返す。

 茉衣子は俺が言った通り待っていてくれたが、不満げな表情を浮かべている。


「洋くん、気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと過保護じゃない? ……階段は自分で上るからね」


 そう言って、茉衣子は愛しい赤ん坊を抱いたままゆっくり階段を上る。それでもやはり心配なので、俺はすぐにフォローができる態勢を整えながら後ろから続く。

 過保護で結構だ。出産が茉衣子の身体に与える負担がどれだけ大きいか、想像しきれずとも理解はできる。むしろ、父親の俺がしてやれることがあまりに限られていて情けないくらいさ。

 その代わりに、俺にできることなら何だってやるつもりだ。母親になったばかりの最愛の妻と、まだ名前のない我が子のためならば、何だって。





 アパートの部屋に着いた俺たちは、主に俺の手によって片付けと支度を済ませて、ようやく落ち着くことができた。

 学生時代に住んでいた部屋から二人で暮らせる別のアパートへと引っ越して、その時はちょうど良い広さだった。しかし、子どもが産まれて、ベビー用品を一通り揃えるとすっかり狭くなってしまった。家族が増えるというのはこういうことだと、まずは居住空間から教えられたような気がした。

 赤ん坊は新品のベビーベッドの中でよく眠っている。とても小さく、それでも寝息を立てている姿を見ると、この子が確かに生きていることが感じられて、それがたまらなく嬉しい。大切にしたい、守りたい、という気持ちが心の底から湧き出てくる。これが「愛おしい」って感情なのだろう。


「この子はどんな風に大きくなるんだろう。茉衣子に似れば、とても優しい子になるだろうな」

「あなたに似ても優しい子になるでしょう……ちょっと癖がありそうだけど」


 癖があるとはどういうことだ。捻くれてるところとかか。


「はん、俺みてーなのは俺だけで良いだろうよ。……なあ、茉衣子。やっとこの子に良い名前を思いついた」

「本当に? まさか、最近多いキラキラネームじゃないでしょうね。嫌よ、恥ずかしいから」

「ちげーよ。俺だって嫌だよ、可愛い我が子にそんな十字架を背負わせるのは。まあ、ある意味キラキラネームかもしれないが」


 俺はベッドで眠る我が子をはっきりと見据えながら言った。


「この子の名前は、晴輝にしよう」

「ハルキ?」

「そうだ。天気の晴れるという字に輝く、と書いて晴輝だ。この明るい晴天のようにみんなを明るく輝かせることができるような子になって欲しい」


 どうだろうか、と問いかけると、茉衣子は手を口元に添えて考えるような素振りを見せた。何かが引っかかるのだろう。予想はつくが。


「ねえ、洋くん。この子自身が明るく輝くのではないのね?」


 気づいてくれて良かったよ。スルーされたらどうしようかと思った。


「ああ、そうだ。晴天は喩えに使ったが、人間として輝くというのはどういうことなのかーーもっと言えば、人はひとりでに輝くことができるのか? ……そいつは違う」


 そこまで言ったところで、茉衣子は顔を上げた。


「つまり、他の誰かを照らすことができて、初めてその子は輝いている、と言うことができるのね」

「そうだ。自分が光ってるなんて自称してるのはただの自惚れたイタい奴だからな。そうじゃないんだ」


 俺は遠大な未来を秘めた我が子を見て言う。


「誰かのために何かができる、優しい子になって欲しい。そして、優しさが認められて自身の誇りにできるような子に育って欲しい。そう、俺は願う」


 そう言いながらも、親の願いなんてのは手前勝手で、子どもの人生を縛れるものではないことはわかっている。

 どういう人間になろうが、子どもは子ども自身の思うままに生きれば良い。そして、子どもが自立できるまで守り育てて、生きる術を教えるのが親の役目だ。

 だから、願うのは役目ではなく欲目に過ぎない。俺たちも親なりにものの良し悪しは理解しているから、子どもが良い方向へ進んで欲しいと希望する。願う。それだけのこと。

 あくまで願いはスタートライン。スタートラインに立たせてやって、あとは這い這いから地面を蹴って走れるまで、人生のコースはその子のものだ。

 親の願いってのはそんなもので、それを形にできるのが名付けなんじゃないかって俺は思ってる。新米パパなりに沢山考えて、そう思った。

 だがもちろん俺一人で決められるものではないので、グレートマザー・茉衣子のご様子を伺うと、彼女は晴れやかな表情を浮かべていた。


「とても素敵な名前だと思う。この子の名前は晴輝ね。ふふっ、やっぱりあなたに名前を考えてもらって良かったわ」

「なんだよ、反対意見もなしかよ。わかってもらえたのは嬉しいが拍子抜けな気もするな。考えるの大変だったぜ」

「それは産むよりも大変なことなの?」

「そんなことはありませんでした。申し訳ございませんでした」


 素直に間違いを認める俺なのだった。


「う、嘘嘘! 冗談よ。洋くんには沢山助けてもらったんだから」

「俺は別に良いんだよ。これまでも大変だったが、これからはもっと大変だぞ。考えることもやることも山積みだ。俺の休暇もいつまでもは続かないから、その間の茉衣子のサポートもなんとかしたいし、もっと先を見据えてアパートから越したいし、二人目も欲しいし」

「ふ、二人目⁉︎」

「ああ。子どもってこんなに可愛いんだ。もう一人くらい頑張らないか?」

「…………ぜ、善処します。前向きに」







 俺が子どもの頃は、こんな未来を全く想像することができなかった。仕方のないことだ。子どもの頃は自分で自分を育てるのに精一杯だったからな。

 それが今ではすっかり愛情と感謝に満ち満ちている。

 茉衣子、こんな俺を愛してくれて、いっしょに家庭を築いてくれてありがとう。

 晴輝、俺たちの子どもに生まれてきてくれてありがとう。お前が愛され祝福されて生まれたことを、これからの俺の父親として振る舞いで証明してみせよう。 

 ついでに、自分のことも。

 誰かと家庭を築き、その輪を広げることが、こんなにも自分の人生を豊かにしてくれるなんて思いもよらなかった。

 小さく尊い命を授かり、負うべきものも与えて与えられるものも今の俺にはある。

 ロマンスの時代はもう終わった。

 ロマンスが人生という長いシリーズに組み込まれ、なおも大きく広がり続いていく。

 続きが気になるので、今日も精一杯生きてみようと思う。

今回でインタールードは終了です。お読みいただきありがとうございました。

次回からサードシーズンが始まりますので、引き続きよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] またもや感動回で、とても素晴らしかったです、、!!! 3話とも趣向の違ったお話でしたが、それぞれの良さがありどれも深く胸を打ちました。 今回特に、晴輝くんの名付けの理由がとても深くて、私…
2020/07/04 19:07 退会済み
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