まいこロマンス(2)
いつのまにか1万PV突破していました。
本当にありがとうございます。
恋とはどんなものかしら。
何かの歌の歌詞にあったこのフレーズは、きっと誰もが一度は抱いた問いかけだと思う。
私もそう。
幼いながらに男女の違いがわかってきて、カッコいい男の子に憧れて、色んな好き嫌いを理解して、私は恋を知っていった。
ただ、思春期になっても二十歳を過ぎても、未だに恋を知る道程。なんとなくわかっているけれど、知っているとはまだ言い切れない。
知らないなりに知ったようなことを言えるとしたら、百パーセント自分にとって都合の良い相手など居ないということだ。
『めんどくせーな。俺ァ寝るぜ』
『おっ、やるか? 口だけはよく回る俺に挑もうってのか?』
『強い者が勝つんじゃねェ。勝った者が強いし偉いしチヤホヤされるし何やったって良いんだよ』
優しくないことも沢山してきて、落ち着けずにハラハラさせられて、何が普通の一般人よあなたが一番無理無茶無謀を繰り返しているじゃない、と文句を挙げればキリがない。
ないのだけれど。
『困ってる人を助けるなんて善行を働いた覚えはねーよ。たまたま目について、たまたま手と口が伸びただけだ。棚ぼた程度に思っとけ』
『日頃は妥協も逃げることも悪かない。正念場で一生懸命になれればな。それは今だ』
『……俺さ、実は結構怖がりなんだよ。何が怖いかすら人に言わないくらいにな。だから、もう俺を怖がらせないでくれ』
優しい言葉をかけてくれたのも、一緒に居て温かい気持ちになれたのも。
私の理想の何もかもを塗りつぶしてしまったのも、彼だった。
恋に憧れていた頃の理想なんて、今はもう思い出せない。靄がかかって漠然としたものから、すぐ側に居る彼の顔へと変わり、理想は形を持った。私の心はそれを誰よりも愛おしく思った。
恋という言葉は想いの後からついてくる。
けれど、一人だけのものにしたくないのならば、分かち合いたいと強く望むのならば、想いを言葉に乗せなければならない。
そうして初めて、私は彼とのロマンスを始めることができる。
恋とはどんなものかしら、なんて。
夢見る少女の時代はもう終わり。
彼から食事に誘われたのは一週間前のこと。
当日の今夜、私はレストランのテーブルに一人座って、窓から見える夜の海を眺めている。波の音は聞こえないけれど、海水が照明に照らされて微かに揺れながら光っている。
沿岸にあるホテルのレストランはこの近辺でも海産物を使った高級料理で有名な店だ。
「たまには良いもん食べようぜ。大人の嗜みってやつだ」
そう言って少年のように笑った彼は、しかしまだこの場に来られていない。事務所での仕事が長引いてしまって遅れる、と連絡が来たので、私はこうして待ちぼうけを喰わされているという訳だ。
別に怒ってないけれど。
仕事が忙しいのはよく理解しているけれど、遅れてくることよりもむしろ、身体の方が心配になってしまって腹が立ってしまう。自分のことがおざなりになる悪い癖は相変わらずで、口は減らないし悪知恵ばかりよく働き折を見ては妙なサプライズを仕掛けてくるし、時々どうしてこの人のことが好きになってしまったんだろうと疑問に思うこともある。
二十歳を過ぎて数年経った今でも、私は恋とはどんなものかがわからないーーあるいはそう自分で思い込んでいる。
大好きで大嫌い。けれど、嫌いも好きの裏返し。不平不満も心配の裏返しであることは自分でも感じていた。
それに、何のことはない。表も裏も関係なく、私の心を占める彼の存在が大きいだけのことなのだから。
一度改めて考えてみようと思ったのだけれど、考えるだけ無駄だった。
無駄で良かった。揺らぎのない想いに安心できた。
安心して彼からのプロポーズに応えることができる。
………………。
何となく察しはついていた。お互いに社会人としてある程度落ち着き始めて、恋人関係も冷めることなくずっと続けば、自然とゴールインのタイミングも見えてくる。その上で、このように場を整えてもらえれば、プロポーズだと考えても自意識過剰ではないだろう。
サプライズ好きな彼には申し訳ないけれど、驚くようなリアクションは取れそうにない。
彼との付き合いも結構長くなったのだ。
余裕を持って、彼からのプロポーズを受け入れよう。
「びっくりなんてしてあげないんだからね」
微笑み交じりにそう呟くと。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
「え! な、何⁉︎ 停電⁉︎」
真っ暗な中で周囲を見回しても、やはり暗闇で何も見えない……いや、床で何か光っている。短く光るテープが等間隔に並んでいる。二列に、まるで通路のように。その近くで人の動く気配と物音がする。
音は段々と止み静かになった。
そして、弾けるような指パッチンの音。
それを合図に、テープの通路に沿って灯りがついた。いや、レストランの服を着た人たちが並んでキャンドルを持っているのだ。
声も出ずに混乱していると、不意に足音が聞こえた。コツコツと革靴で床を歩く音がこちらに近づいてくる。
キャンドルの道を歩く、スーツ姿の男性。近づくにつれて、そのスーツがここぞという時に着る上等なものだと話していたスーツであるとわかってきて、目の前に来る頃には見慣れた顔が真剣な表情を浮かべているのがよく見えた。
驚きのあまりすっかり固まってしまった私を見ると、彼はフッと笑った。
彼はその場で片脚で跪き、懐から小さな箱を取り出す。目の前が揺れて霞んでしまう。喉の奥がカッと熱くなる。
彼は私を優しく見つめている。私も嗚咽を飲み込んで、頬を伝う涙もそのままに彼を見つめ返した。
「茉衣子、」
私の名前を呼ぶ彼の声色はどこまでも穏やかで。
「茉衣子との時間は何よりも幸せだった。本当にありがとう。願わくばこれからも幸せが続いて欲しい。だから、俺の一世一代のワガママを聞いてもらうぜ」
大きく息を吸って。
「健やかなる時も病める時も、幸せな時も辛い時も、俺と共に一生を分かち合って欲しい。その上で君に幸せにしてもらった分、俺が一生君を幸せにする。だから、」
小さな箱をそっと開いて。
「宮野茉衣子さん、俺と結婚してください」
私を真っ直ぐに貫いた。
彼の言葉、それ以上に彼の心に私の心が掴まれてしまった。固く、堅く。きっと一生離れることのないくらいに。
私は震えながらも、そっと彼の前に左手を差し出した。
「幸せにしてもらったのは私の方。貴方も私と一緒に幸せになって欲しい。だから、」
「はい」だけで答えるのも何だか寂しくて、私からもはっきりと彼に伝えたくて。
「寺井洋介さん、私と結婚してください。……よろしく、お願いします」
差し出した左手の薬指に、彼が指輪をはめてくれた……瞬間に。
周囲が明るくなった。キャンドルの灯りよりも遥かに大きく、闇を消し去る明るさ。
そして、大きく弾ける……クラッカーの音?
気づけば沢山の人々に囲まれて、クラッカーを向けられていた。しかも、集まったその面々は。
「おめでとう、洋介、茉衣子さん」
「葉山くん⁉︎」
「二人ともおめでとうっ! お幸せにね!」
「姫香さんも⁉︎」
「このような素晴らしい瞬間に立ち会えて良かった。本当におめでとうございます」
「フンッ、付き合わされたのが茶番じゃなくて良かったわ。……お幸せになさい」
「水川くんと家達さんまで! 洋くん、これって、」
私は彼の方に向き直ると、悪戯を成功させた子供のように、どころではない悪どい笑みを浮かべていた。
「ああ、呼べる友だち全員呼んだのさ」
レストランの中は私たちの高校・大学時代の友人たちでごった返していた。待っていた時の静けさから一転、すっかり賑やかになってしまっている。
「へへっ。どうだ、驚いたろ」
「驚いたって、あなたは、ホントにもうっ……!」
先ほどの「びっくりしない」という呟きが完全に振りになってしまった。彼のことをまだまだ侮っていたらしい。
「茉衣子? どうしたんだ、黙り込んで。もしかして、……怒らせちゃったか?」
「……あなたは怒った人にわざわざ訊くの?」
「え、いや、あの、その、ごめん。ごめんな」
私の低い声にすっかり慌てた様子の彼に、思わず吹き出してしまった。
「え、ちょ、何? 怒ってるの? 笑ってるの?」
戸惑っているようなので、私は涙を拭いながら答えてあげる。
「怒ってないわ。その代わりに、私も強くならなきゃなって思ったの。あなたのサプライズに一々驚いていたら、身が持たないもの。……一生付き合わされるんでしょう?」
努めて悪戯っぽくそう笑いかけると、彼は頭を掻きながら苦笑を浮かべた。
「……そうだな。よろしく頼むよ」
プロポーズの時さえこんな調子なのだから、彼に添い遂げることになった私の将来は果たして明るいものか暗いものか。
いずれにしても、きっと笑いの絶えない将来になるだろう、と。
私には確かな予感があった。




