妹の日
Twitterのトレンドで「妹の日」を見かけて、思いつきでショートショートを書いてみました。
「今日は妹の日だよ。わたしに感謝し、崇め奉ってもらわないと」
新学期になって数日経った平日の夜、夕飯の食卓で優雨が突然そんなことを言い出した。僕たちの向かいに座る両親もキョトンとしていたが、やがて父さんが何かを思い出したように「ああ、」と声をあげた。
「そういや、今日、九月六日は妹の日だったな。ただ、父の日や母の日みたいに感謝するような風習はねーだろ」
僕の隣に座る優雨は、しかし、咀嚼していたご飯を飲み込んでから抗議する。
「でも、お父さん。誰かが誰かに感謝するのはとても大切なこと。その機会を増やそうという提案はとてもとても素晴らしいことだとは思わない?」
瞳の光沢を増しながら、優雨は言った。
母さんはこういう時には静かに状況を見守るタイプなので、眉を八の字にしながら黙って食べている。しかし、血の気が多いこの二人に会話を任せていると嫌な予感がする。堪らず僕は優雨にツッコミを入れる。
「感謝の機会を増やすって言っても、お前、感謝される側が言い出したら意味ないからな。わたしに感謝してって言ってるイタい奴になってるからな」
「兄さん、冷たい! 妹の日を迎えた妹様になんてことを言うの!」
「だーかーらー、その妹の日が妹に感謝する日じゃないって話をしてたんだろうが」
「まあまあ、そうヒートアップすんな。多少賑やかいのは良いが、飯時に揉めんな」
一触即発の空気を察した父さんが仲裁に入った。そのまま、父さんは母さんの方を向いて続けた。
「なあ、茉衣子。お前の誕生日は二月だよな」
「ええ、そうね」
母さんは怪訝そうな表情で答える。
「んで、俺の誕生日は五月だ。だから、学年が一緒な俺たちだが、今は俺の方が一個歳上だろ」
「ええ、それがどうしたの? ……まさか」
「茉衣子、お前は俺の歳下の女性。つまり、俺の妹だ!」
…………。アホなことを言い出したぞ、この中年。
母も表情が引き攣っている。
「洋くん、そのおかしな妄言の根拠はスルーするとして、私を妹扱いして何をするつもりなの?」
「あん? 決まってんだろ。妹の日にかこつけて、目一杯可愛がってやるよ」
そう言うと、父さんは母さんの背後に回りこみ、母さんの頭と顎を撫で始めた。
「よーしよーし、妹よー、いつもありがとうなー、んー、今日も可愛いなー」
「ちょ、やめ、やめなさい! 子どもたちの前でやめなさい! 後ろに立たないで! 座って!」
「照れんな照れんなー」
「私は怒ってるの!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄! 怒った顔も可愛いぜー。まあ、飯時にハッスルすんのもアレだしな。食後のお楽しみだ」
そう言うと、父さんは空いた皿をまとめ始めた。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「ごちそうさま。先に皿を下げとくぜ。あと、みんなが食べ終わったら言ってくれ。俺が全部洗っとくから」
父さんは鼻歌を歌いながら、キッチンの方に引っ込んで行った。母さんは髪を乱しながら頬を紅潮させているーー色々消耗したような雰囲気である。
僕は何だか可哀想な状態になっている母さんを指して、改めて、優雨に問いかけた。
「なあ、優雨。妹の日だからって、本当に特別な感謝をして欲しいのか?」
優雨は先ほどまでの自信に満ちた表情から打って変わって、苦笑いを浮かべて首を横に振る。そして、両手を挙げて降参ポーズを作った。
「兄さん。もっと大きい妹の可愛さには負けたよ……」
「私は妹じゃない!」
いつも静かな母さんの悲痛な叫びが寺井家の食卓に響いたのだった。




