絵を描くということ
これもすでに短編として掲載してありますが、ここでも載せさせていただきます。
「人は何故絵を描くのだろうね?」
わたしの親友、雲居香純ちゃんはお昼休みにわたしとお弁当を食べながら、そう言うのだった。
やっと香純ちゃんは同い年のわたしにはタメ口で話してくれるようになったのがめちゃ嬉しい。
で、香純ちゃんが今回のことを考え始めたきっかけは何だったっけ? まあ良いや。
ちなみに、わたしというのは、他ならぬわたし。
みんなの寺井優雨ちゃんである。
「何故描くって……描きたいから、とかそういうことじゃなくて?」
「ああ…………いや、多分それで済んでしまう話なんだろうけれどね。優雨ちゃん、絵というのは本物に似ているほど評価されるものだ。本物そっくりに描くーー写し取るのは実際とても難しいからね」
「うん」
「だが、ここで思い出して欲しいんだけれど、ものを写す、といえば写真があるだろう。写真ほど本物そっくりに写せるものはないよね。写実性の正確さで言えば、絵と写真、比較するまでもない」
「うんうん、写真だよね」
「しかも、写真は今日携帯やスマホのカメラの普及のおかげで、いつでも誰でも撮れるようになった。その利便性たるや……優雨ちゃん、距離が近くないかな?」
「ごめんごめん、香純ちゃんの長い睫毛って大人っぽいなー美しいなー、とか考えてたら、つい、ね」
うっかりうっかり。
「でも、ちゃんとお話も聞いてたからね。つまり、写真は本物を忠実に写せて、スマホのおかげで写真を撮る機会が増えたってことだよね? それが何に繋がるの?」
「それがさっき言った問いに戻るんだよ。『何故絵を描くのか?』とね。簡単に写し取るツールがあるのに、絵描きは絵を描くことを止めないだろう。それが何故だろう、と思ったんだ」
なるほどねえ。言いたいことはわかるけど、なーんか引っかかるなあ。なんだろ? 絵を描くことって写すことだけに意義がある訳じゃない気がするんだけど、……うぅん、うまくまとまらないや。
「優雨ちゃん、さっきから地の文に書いてないところで私に擦り寄ってくるのをやめてもらえるかい? 自分の行動はちゃんと語ろう」
「えー、良いじゃん。冬って寒い、寒いから暖まりたい、暖まるなら人肌、人肌は美少女から摂取っていう完璧なフローチャートがあるんだよ!」
「地の文に書いてないことについては?」
「美少女を愛でるのに、言葉は要らない」
「はっはー、セクハラを随分と良く言い方にするよね」
香純ちゃんもしっかりツッコミを入れてくれるから、ボケる側としては嬉しい限りだよね。さて、香純ちゃん成分をしっかり摂取できたから、ちょっと行って来ようかな?
「ん、優雨ちゃん、どこかへ行くのかい?」
実は後ろからハグしていた腕を解きながら、わたしは答えた。
「うん、ちょっと援軍を読んでくるね」
「わわっ、何よ? なんで、アタシ優雨ちゃんの教室に連れてこられなきゃいけないわけ?」
「まーまーまーまー、お話したくてちょっと拉致っただけだよ。久しぶりだね、えみちょす」
「そうね、久しぶりね。……あのさあ、前から思ってたんだけど、えみちょすってニックネームってどうなん?」
「えー、じゃあ~」
「……いや、ごめん、何となく今よりも悪化しそうな気配がするから、えみちょすで良いわ」
と、わたしと絵未ちゃんが久々の会話に花を咲かせかけたところで、
「えーと、優雨ちゃん、そこの人はどなたなんだい?」
香純ちゃんは困惑したように絵未ちゃんを指して訊いてきた。
いけないいけない。ちゃんと、紹介しなきゃ。
わたしが隣のクラスから連行してきたのは、紙川絵未ちゃん。肩にかかるくらいの髪を後ろでくくって、アンダーリムの眼鏡をかけた眼鏡っ娘。可愛い。わたしの猛烈アタックでオチてくれた美少女の一人である。ニックネームで呼ぶ時もあれば、普通に名前で呼ぶこともある。そこはわたしの気まぐれだ。
「で、こっちが雲居香純ちゃん。知ってる?」
「うん、アタシの方はアンタのことを知ってる。秀才の名はウチのクラスまで轟いてるからさ。よろしく。雲居さんって呼べば良い?」
「できれば、下の名前で呼んでくれるとありがたい。こちらからも親しみを込めて、えみちょすと呼ばせてもらうよ」
「いや、呼ばなくて良いわ! …………実際に顔を合わせてみると面白い人だな、香純さんは。今度スケッチさせて欲しいくらいだよ」
香純ちゃんはそれを聞いて、口許に手を添えて考えこむようにしてから(カッコいい)、わたしに訊いてきた。
「優雨ちゃん、絵未さんをわたしのところに連れて来てくれたのは、つまり……」
「うん、そう! えみちょすは絵がめっさ上手なんだ。美術部にも入ってるし。だから、絵についての話をして欲しいなーって思って連れて来たの」
「ん? 絵についての話? 何それ?」
わたしはさっき香純ちゃんと話していたことをそのまま絵未ちゃんにも伝えた。絵未ちゃんはふんふんと首を縦に振りながら話を聞いてから、香純ちゃんの方に向き直った。
「香純さん、アンタ絵に関してはど素人なんだね」
「ど、ど素人?」
「そう。絵と写真は全く違う別物よ。絵は何かを写し取るものじゃなくて、描く人が描きたいものを描くだけなんだから。自然を描いたりお城を描いたり女の子を描いたり、まあ、色々。写生をする時も確かにあるけど、そういう時でも『描く人が見たものを描く』ってことが大事」
「ふむ。見たもの、というのは必ずしも物理的なものとは限らないと考えて良いのかな?」
「そうそう。見たままを描くこともあるし、見たいものを描くこともある。だから、現実的じゃない絵だって沢山あるでしょう」
「なるほど。では、絵未さんにとって、絵を描くモチベーションとなるものは何かあるのかな?」
「そりゃあ、あるわ。アタシのモチベーションは、美的関心が動いた時。何か美しかったり面白いと思ったりしたものを見聞きしたら、その衝動のままに絵を描きたくなる。あるいは、自分の美的関心が動くようなシチュエーションを思いついた時、かな。そういうのを目に見える形で表せるのが絵だと、アタシは思ってるの。だから、アタシは絵を描くの」
「はっはー、それはすごいね。色々納得できた。……大成する気がするよ、絵未さんは」
「あはは、アタシなんかが大成するかはわからないね。ただ、もっと上手くなりたいとは思ってるわ。……えーと、優雨ちゃん、さっきから黙っちゃってるけれど、大丈夫?」
ん、二人の話はもう終わりなのかな?
「大丈夫大丈夫。二人の話を邪魔したくなくて、黙ってただけだから」
「ごめんね優雨ちゃん、気を使わせちゃって。アタシが喋り過ぎちゃったから」
「えっ、いーのいーの。わたし、人の話を聞くのも大好きだから。ニヤニヤ……ニタニタ笑いながら聞いてたよ」
「言い換えた意味がわからないんだけど…………まあ、とにかくそういう話なんだけど、香純さんと優雨ちゃん、これで良い?」
「ありがとう。わざわざ来てもらって貴重な話を聞かせてくれて」
「やっぱり絵といえばえみちょすだなーって、思ったんだ。流石、期待を裏切らなかったよ。来てくれてありがとね」
「連行された、の間違いだけどね。まあ、お役に立てたなら良かったわ。アタシ、そろそろ自分の教室に帰るよ。それじゃあ、またー」
「ん、ばいばーい」
スイスイと教室を去って行く絵未ちゃん。わたしがさっきの話の余韻に浸っていると、香純ちゃんが椅子から立ち上がり、絵未ちゃんを追うように教室を出て行こうとしていた。
「どしたのー?」と、香純ちゃんの背中に訊いてみても、「ああ、ちょっとね」とだけ言い残して出て行っちゃった。
気になるよね、これは。わたしは少し待ってから、教室の出口から頭を半分だけ外に出して廊下の様子を覗いてみる。と、思った通り、香純ちゃんと絵未ちゃんが何か話しているようだった。デビルイヤー、展開!
「…………本当にアタシで良いの? アタシ、まだ香純さんに自分の絵を見せてないんだけど」
「問題ないよ。あなたは信用できそうだから」
「信用、ね。……わかった、本当はちゃんとプロを頼った方が良いとは、思うけどアタシが力になる」
「ありがとう。とても心強い」
「…………香純さん、アンタもしかしてハナっからそのつもりで、優雨ちゃんにアタシを呼ばせたんじゃ……」
「はっはー、何のことだろうね」
「まあ、良いわ。アタシもお礼としてアンタを描かせてもらうから。にしても、その贈り物のアイデアは面白いけど、クリスマスプレゼントにでもするつもり? 少しだけ早い気もするけど」
「クリスマスプレゼントではないよ。……ただ、半年前に出来なかったことを果たそうと思ってね」
ん、半年前っていうと……。
それから数日後、十二月十四日。寒さは日々増していき、人肌――特に、可愛い女の子の体温で暖まりたいなーと思っていたら、目の前に歩く香純ちゃんの背中を見つけた。
……読者の皆さん、お待たせしました。今回は、わたし割と大人しめだと思ったよね。二人の話をふんふんと聞いていただけだし。
しかし、ご安心ください。わたしの本領はここから発揮されるからね。
愛でるぞ。めいっぱい愛でるぞ。
クラウチングスタート、よーい、どん‼
足音を立てないように、でも、地面を踏みしめる足は力強く。フォームに無駄はない。瞬間的で構わないから、誰よりも早く。
走れ。走れ。走れ。
この腕に、香純ちゃんを抱くんだ。
香純ちゃんの背中が目の前に迫り、カニバサミのようにわたしの腕を香純ちゃんに回そうとした…………が、手応えがない? 姿が消えている……⁉
「こら、優雨ちゃん。たかが朝の挨拶をするのに、大げさな地の文を使うんじゃないよ。このシリーズはいつの間に陸上を扱っていたのかい?」
いつの間にか、香純ちゃんに背後を取られていて、頭をコツンとされてしまった。え、何その身のこなしは?
「これでも私は危機回避能力には自信がある方だからね。朝一番のセクハラを避けるなんて造作もないよ」
「ちぇー」
「さて、おはよう、優雨ちゃん」
「おはよー、香純ちゃん」
ナチュラルに、わたしは右腕を香純ちゃんの左腕に滑り込ませた。このくらいは許してくれるらしい。 やったぜ。
そのまま学校に向かい、教室に着いて鞄を下ろしたところで、香純ちゃんがわたしの席のところまでやって来た。両手を後ろに隠している――後ろ手に何かを持っているのかな?
「優雨ちゃん、今日は何日だい?」
「十二月十四日。…………クリスマスプレゼント貰うには、まだ早いよ」
「クリスマスプレゼントは別に用意するから違うよ。ただ、プレゼントをすることには変わりない。……じゃあ、今日のちょうど半年前は何の日かわかるかい?」
「十二月の半年前だから、六月? 六月十四日はわたしの誕生日だけど……え、あれ、まさか?」
「そう、そのまさかだよ」
香純ちゃんが前に出した両手には、青いリボンで真ん中を結んだ、丸められた紙が握られていた。
わたしはそれを受け取り、丸められた紙を開いた。そこに描かれていたのは、
「だいぶ遅れてしまったけど、優雨ちゃんお誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、……私と出会ってくれてありがとう」
わたしの似顔絵だった。一目で、わたしが描かれた絵だってわかる。
「あの頃は色々あって余裕がなかったけれど、誕生日プレゼントを渡せなかったことを後悔していたんだ。遅れてでも何かを渡そうとは思っていたんだけれど、考えれば考えるほど迷ってしまってね。そんな中で、似顔絵をプレゼントに渡した、という話を聞いて、これだ、と思ったんだ。ただ、私は自分の画力にいまひとつ自信がなかったから、誰か絵の上手な人のアドバイスを貰いたくて。それで、優雨ちゃんは顔が広そうだから……」
照れているのか、ちょっと顔を紅潮させながら捲したてる香純ちゃんだけど、そんな香純ちゃんが超可愛いんだけど、それよりも何よりもわたしの中で嬉しさがもう大爆発しちゃって。
「ありがとー、香純ちゃーーん‼」
「……だから、絵未さんにお願いして私の絵を、って、うわあぁあ⁉」
溢れる友愛の意を込めて、思いっきり香純ちゃんをハグした。
今のわたしはきっと満面の笑みを浮かべていることだろう――そっくりな似顔絵にそっくりな笑顔で。
絵に描かれていたのは、にっこりと笑うわたしと。
Happy birthday to you.
今後も優雨と香純ちゃんだけでシリーズを書き続けられるのではないかと、最近真剣に考えております。




