天気の娘
今回で拙作『兄妹シリーズ』は100話を迎えました! 今後もよろしくお願いします!
ちなみに、『天気の子』は観に行ってません。
わたしの名前は寺井優雨。
どこにでもは居ない、とってもキュートな女子高生。お馴染みの優雨ちゃんである。
第100話おめでとう。めでたいね。
マジな話、こんなに続くと思わなかったよ
まだまだ沢山頑張らなきゃいけないことが多いだろうけれど(兄さんが)、わたしの大活躍をこれからも見守っていて欲しい。
さて、今回は100話記念の特別編ということで、ステキなわたしのステキなお話をお送りしたいと思う。
……最近少なかった出番を一気に補完してやるぞ。
兄さんが修学旅行に出発した朝、妹にして下級生のわたしはいつものように学校に向かう。
学校の近くまで来たところで、わたしは素敵な背中を発見した。冬服になった制服。首の後ろまで伸ばした緩くウェーブのかかった髪。教室で見慣れているので間違えようもない。
わたしは一度足を止めてから、再び足音を立てずに素早く彼女に近づく。そして、
「ゆーきーみーちゃーん!」
「ぎゃー!」
わたしがクワガタのように両腕を背中から挟み込むようにして抱きつくと、海野雪水ちゃんは釣り上がり気味の目を見開いて素敵な悲鳴を上げた。
「おはようおはようおはよう! 今日もかわゆいねえ!」
「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」
「あれあれ? 今日は彼氏はどうしたのかな? 居ないなら優雨ちゃんが独り占めしちゃうよ? ハグをハグしてハグし尽くしちゃうよ?」
「何言ってるの! バカじゃないのバカじゃないの! 離して! 離してください! 離しなさい!」
「あんっ」
雪水ちゃんに振り払われてしまった。どうやら今朝のお楽しみタイムはここまでらしい。
「兄さんたち二年生が修学旅行で学校を空けちゃうから、学校も人が減るねえ」
「え、あれだけのことをやっておいて、いきなり世間話に入るの?」
「雪水ちゃん、いい加減慣れようよ。わたしたちが友達になって、もうそれなりに時間経ったでしょ」
「私が知ってる友達ってセクハラの被害者と加害者の関係じゃないと思うの」
「ラブが止まらなくて。えへへ」
「可愛く笑ってもダメよ」
「ラブと言えば、さっきも言ったけど、清川くんだっけ? 今日は彼氏と一緒の登校じゃないの?」
「違う。私とアイツはそういうんじゃない。マジでやめてくれる?」
ぷりぷり怒るプリティーな雪水ちゃん。
……清川くんの方は明らかに雪水ちゃんに対して好き好きオーラを出しているけれど、それを言ったら本当に雪水ちゃんを怒らせてしまうかもしれないので黙っておく。
「それでも部活帰りに一緒に帰ってるあたり、雪水ちゃんも憎からず想ってると思うんだけどねぇ」
「はぁん?」
口を滑らせた。いけない、雪水ちゃんから凍てつくような視線を向けられている。
「優雨ちゃん、色々とほどほどにしておきなよ。君の愛情表現は同性間でもアウトギリギリかギリギリアウトなんだから」
背後から声をかけてきたのは、わたしの大親友、雲居香純ちゃんだ。香純ちゃんにも雪水ちゃん同様かそれ以上のアグレッシブな挨拶をしようと思ったけれど、立ち位置が悪い。それに、わたしの両手がいつの間にか後ろに香純ちゃんによって組まされて動けなくなっている。
「はっはー、私も散々やられてきたからねえ。君にばかり好き勝手はさせないさ」
苦笑を浮かべる香純ちゃん。残念だけれど、その可愛さに免じて今日はこの辺にしておこう。
香純ちゃんに両手の拘束を解いてもらって、わたしは二人と共に普通に歩く。
「はぁ……。朝からどっと疲れた気がするわ」
「雪水さんも優雨ちゃんから身を守る術を覚えた方が良いんじゃないかな。私が教えようか?」
「うーん、今後のことを考えるとマジでお願いした方が良いかしら」
「ちょ、二人とも、わたしを何だと思ってるのさ!」
「「可愛い女の子に目がない女の子?」」
正解だった。
「あ、そんなことより、香純さんに聞いて欲しい話があるのよ。優雨ちゃんも良かったら」
歩きながらそう言って、雪水ちゃんは話を切り出した。
「私に聞いて欲しい話?」
香純ちゃんが興味深そうに相槌を打つ。
「そう。香純さんって謎解きができるって話でしょう。それを聞いて、私が知ってる謎についての話を聞いて欲しくて」
以前、わたしの家に来て以来、雪水ちゃんとはよく話をするようになった。あんまり覚えていないけれど、その話の中で香純ちゃんの名探偵ぶりについても話していたのかもしれない。
香純ちゃんが自らの賢さをひけらかすようなことはしないだろうから。
「謎解きができるかどうかはさて置き、そういう話は好きだよ。私の方こそもし良ければ話してもらえるかな?」
「ありがとう。最近、この学校の図書館で起こってる不思議なことなんだけどね……」
「まず、私が図書委員をやってるのは知ってるよね? 仕事がなくても放課後は図書館に居ることが多いんだけど、そのおかげで不思議なことに気づいたの。
「図書館って晴れの日と雨の日、どちらの方が利用者が多いと思う?
「……そう。雨の日よ。
「昼休みにも図書館が開いているけれど、昼休みは外の中庭や校庭で過ごす人も多い。でも、雨の日はそうはいかない。
「単純な話、雨を避けてみんなが屋内に居るから、雨の日の利用者が多い。
「利用者が特に多い放課後もそう。雨のせいで部活ができない人たちや、放課後に時間を持て余した人たちが集まりやすいから。
「図書館は基本的には本を貸し借りする場所だけど、ウチの学校はテーブルと椅子が結構多く置かれてるから、そこで本を読んだり勉強したりする人も一定数居るわ。まあ、うるさくしなければ拒む理由はないわよね。
「勉強する連中は消しカスとかを散らかされると後でゴミを掃除しないといけないから面倒なんだけど、……まあ、そっちはとりあえず良いの。
「私が不思議に思っているのは、先月あたりから利用者の多い日が逆転してしまっていることよ。つまり、
「晴れの日に利用者が多く、雨の日に利用者が少ない。
雪水ちゃんは学校図書館の状況を丁寧に教えてくれたところで、最後におかしなことを言った。
おかしなこと。不思議なこと。
あるいは、
「矛盾しているね」
香純ちゃんが口元に手を添えて呟くーー深く考える時のポーズだ。
わたしも同じことを思った。晴れの日に多くて、雨の日に少ない。そんなのあり得るのだろうか。天気以外に何か理由があるのかな。
「いくつか訊いても良いかな?」
「ええ。どうぞ」
雪水ちゃんに促され、香純ちゃんは質問を始める。
「図書館に来る生徒の男女比は? 特に人が多い日はどう?」
「男女比はほとんど同じかな。目立った偏りはないように思う」
「同じ生徒が繰り返し来ているということは?」
「……うーん、あまり細かくは見ていないけど、何人か見覚えのある人が日を空けて繰り返し来ている気がする」
「なるほど。……じゃあ、図書館に来る人は最近少しずつ減ってきていない?」
「減ってるわ。香純さんの言う通り少しずつ減ってきてる」
雪水ちゃんが答えると、香純ちゃんは再び考え込む作業に戻った。一連の質問と答えを自分の中でも反芻して考えるけれど、ヒントも掴めない。ただ、
「香純ちゃん、何かわかったの?」
わたしは訊いてみた。最後の質問の仕方からして、ある程度見当がついているようだったから。
しかし、香純ちゃんは首を横に振って、
「いいや、わからないことが減ったけれど、まだ全然答えを出す段階にまで絞りきれていない。まだ情報が足りない」
そう言うと、雪水ちゃんの方へと向き直った。
「放課後に一緒に図書館に来てもらっても良いかな? 実地で確かめたいことがあるから」
「ええ、もちろんよ。私の方からお願いするわ」
雪水ちゃんは快諾する。
「ありがとう。優雨ちゃんも一緒に行こう。君の閃きにも期待しているからね」
「きゃっほう、行く行く!」
わたしは香純ちゃんの手を取って雪水ちゃん以上に快諾した。
ワトソン役かただの観客になるかはわからないけれど、名探偵香純ちゃんのそばに居られるならばこんなに美味しいことはない。
というわけで放課後、わたしたち三人は図書館を訪れた。教室棟から通路を通って、体育館の向かい側、プールの隣に図書館は位置する。
中に入ると、すぐ右側に上へ登る階段、閉じられた扉があって、館内にはそれとは別の正面の扉から入れる。
「右は司書室よ。中には司書さんやカウンターに出ていない当番の図書委員、あとはたまに図書担当の先生が来ているわ」
という雪水ちゃんの説明を受けつつ館内に入る。
中は長机が複数の縦列を作っていて、側には椅子が並べられている。机の奥と壁に書棚が置かれている。入って右側にカウンターがあるけれど、そこに座る図書委員はまだ来ていないようだ。
久しぶりに来たけれど記憶通りの光景だ。雪水ちゃんや香純ちゃんはよく利用しているようだけれど、わたしは春の入学直後にあったオリエンテーション以来だな。
「早く来すぎてしまったみたい。まだあまり人は来ていないようね」
雪水ちゃんの言う通り。わたしたちは勇み足で放課後になってすぐに来すぎてしまったみたい。
雑誌と新聞が置いてある奥まった場所に座って、わたしたちはしばらく待つことにした。
しばらくすると、図書館の中の生徒たちが増え始めた。書棚の前で物色する生徒も居れば、長机に座って本を読んだり勉強したりする生徒も居る。特に長机に座る生徒たちは間を空けて座っているけれど、間を詰めても四つある机のうち二つ半は埋まりそうな数だ。
晴れの日の利用者は多い。確かに雪水ちゃんの言う通りになった。
ある程度人が集まったところで、
「ちょっと何人かに聞き込みをして来るよ。優雨ちゃんたちはそこで待っていて」
香純ちゃんが立ち上がり、言葉通りに聞き込みを始めた。香純ちゃんが質問をする相手に統一感はない。男女もバラバラ、いかにも運動部って人から文化系っぽい人にまで話を聞いている。みんな最初はいきなり質問されて戸惑っているようだったけれど、答えるのに差し支えないのか、素直に答えているようだ。
その後も香純ちゃんは図書館中を歩き回って時々短い質問と応答を繰り返すと、満足したような表情でわたしたちのところへ帰ってきた。
「おかえり〜、香純ちゃん。守備はどうだった?」
わたしが訊くと、香純ちゃんは微笑みながら、
「上々だよ。というよりも、もう謎は解けた。早速だけど解決編に入っても良いかな?」
そう言ってのけたのだった。
え、早くない?
「どういうこと? もうわかったの?」
雪水ちゃんも驚いたようで、慌てて食いついてくる。
そんな彼女に対して、香純ちゃんの態度はたても落ち着いていた。苦笑まで浮かべている。
「雪水さん、これはね、理由が一つじゃなかったから不思議に思えたんだよ。複数の人たちのそれぞれの事情が重なって、謎にもなり得る状況ができあがったんだ」
「私は最初に聞いた時から複数の事情が絡んでいると思っていた。
「雪水さんの言う通り、天気も関係があるのは間違いない。けれど、それだけを理由にするには、あまりに色んな人間が動きすぎているんだよ。
「だから、私は図書館に来る生徒たちの内情が知りたかった。
「そして、彼らの内情には、彼らの所属する部活動と、先月が十一月だったことが関係している。
「放課後という時間と部活動が密接に関わっていることは言うまでもないね。
「十一月と言えば、優雨ちゃん、何が思いつく?
「そう。文化祭や部活動の大会だ。
「それを念頭に置いておいて、図書館に来る生徒たちの部活動について。
「私が聞き込みをしてみたところ、主だった部活がリストアップできたんだ。私から意図的に絞ったのではなく、例外なく六つだけ。
「吹奏楽部。演劇部。男子・女子のバスケットボール部。サッカー部。野球部。
「グラウンドと体育館以外の場所を使わない部活だね。他の部活は専用の場所があるからね、部室や専門教室を使う文化部や専用コートのあるテニス部、プールのある水泳部など。
「……まあ、例外の多い共通点ではあるんだけどね。
「吹奏楽部は主に防音設備のある音楽室で合奏をするし、楽器のパートごとに近所迷惑にならない限られた時間帯に学校の各所で練習をしている。
「演劇部も衣装や小道具を作るために被服室を使うこともある。
「他の運動部もグラウンド以外の場所で走り込みや筋トレをしていることも多いよね。
「例外が多すぎたかな? まあ、それもそうだろう。
「裏の共通点として、主でない活動がグラウンドと体育館以外で行われているということ。
「そういった活動も重要には違いないけれど、対外的には部活動というには少しだけ弱い。
「文化祭の準備との兼ね合いでどちらを優先すべきかを考えればね。
「大会が近く本格的な練習をしなければならなくて、尚且つグラウンドや体育館を使えれば部活を優先すべき。
「そうでなければ文化祭のクラスの準備に協力すべき。
「かなり乱暴ではあるが、そういう暗黙の了解が学校内で蔓延しているんだ。
「前提でちょっと話が長くなってしまったね。ちゃんと付いてこれてる?
「よし。じゃあ、ここから天気を絡めて、図書館に来る生徒が多い日と少ない日にどういうことが起きているかを説明するよ。
「まずは晴れの日に生徒が多い事情から。
「晴れの日は野球部とサッカー部がグラウンドを使えるけれど、両方の部活が一度に使えるほど広くない。故に交代して使うことになるーー大会が近い方が優先されるだろうけれど。ただ、グラウンドを使ってない間は筋トレをするんだろうけど、文化祭の準備の方に回されかねない。
「だから、彼らは自分たちがグラウンドに居ない間、図書館に逃げ込んで文化祭の準備をサボっていたんだ。全員が毎日ではなく、クラスの方にバレないように間を空けてね。
「体育館も同様だ。全ての屋内スポーツの部活が一度にできる訳がないから、交代でやらなければならない。体育館を使っていない間は、まあ、外の運動部と同じだね。
「演劇部は脚本や道具の資料のために図書館を利用することが多い。加えて、本格的な練習をするならば体育館を使わなければならなければ、他の運動部と同様に変わりばんこに体育館を使うことになる。文化祭に体育館のステージを使う吹奏楽部もそう。
「全ての事情を合わせると、あら不思議、晴れの日の図書館に生徒が集まってしまうという訳だよ。
「雨の日はわかりやすい。そういう人たちが何の言い訳もできずに、文化祭のクラスの準備に引きずり込まれるか、雨天関係なく屋内でそれぞれの練習をするだけ。人が来ないのも仕方がない。
「十一月の半ばに文化祭は終わったけれど、彼らの中には晴れの日に図書館に来ることが習慣化されてしまった人たちが居るらしくて、今でも全体的な数は減っているけれど、晴れの日に生徒が多く雨の日に少ないという法則が残ってしまっているんだよ。
「いやもう全く、蓋を開けてみれば面白味も真剣味もない真相だったね。
香純ちゃんの推理と解説を聞いて、雪水ちゃんは「ちょっと外に出ましょう」と香純ちゃんの手を取って図書館の外に向かった。わたしもついて行く。
外に出たところで、雪水ちゃんは深く息を吸って声高らかに叫ぶ。
「長いわっ!」
彼女は勢いそのままに続ける。
「え、私が疑問に思っていた『日常の謎』的な不思議って、たったそれだけのことだったの? 香純さんが長々と解説しなきゃいけないくらい面倒な理由つけて文化祭の準備をサボってただけだったの⁉︎」
「ええ、まあ」
香純ちゃんの返事は軽いものだった。
この拍子抜け具合がわたしには結構しっくりきている。
だって、わたしたちの物語はミステリじゃないもの。
コメディーがあって、シリアスがあって、時には謎や不思議もあるけれど、それらが妖しく曇らせるにはあまりに晴れ晴れとしている。
型にはまらない歪で楽しい青春。
それがわたしたちの物語だからだ。
「それより良いツッコミぶりだったよ、雪水ちゃん。“わたしたちの世界”に染まってきたんじゃない?」
「やめてちょうだい。マジでやめてちょうだい。私はもっと平凡に生きたいの」
「えー楽しいのにー」
仕事を終えた名探偵はどうしたかと見ると、近くの自販機でお茶を買って飲んでいた。長ゼリフで喉が疲れてしまったのだろう。
ある程度喉を潤した香純ちゃんはペットポトルの蓋を締めながら訊いてくる。
「加害者も被害者もいない、事件ですらない不思議をこうして解いてしまった訳だけど、これからどうする?」
「んー、用もないし帰ろっかな。香純ちゃんは?」
「私もそうするよ。優雨ちゃん、一緒に帰ろうか」
「わーい。雪水ちゃんはー?」
「私は図書館に残るわ。いつものことだし」
「ふーん。……うふふふーん。お邪魔虫になっちゃいけないから、わたしと香純ちゃんはもう行くね。彼氏によろしく〜」
わたしはそう言って、雪水ちゃんからの怒声を背中に浴びながら、香純ちゃんと一緒に図書館から離れて行った。
今日も楽しかった。お家に帰ろう。
✳︎
優雨と香純が帰った後、雪水は図書館に戻り、適当な席を見つけて座った。
図書館で自分の関心を唆られる本はもう読み終えてしまったので、バッグからブックカバーに包んだライトノベルを取り出した。
海野雪水は変わらずライトノベルが好きだ。つまらない日常から乖離した楽しい物語に没頭できる時間が、彼女は好きだ。
しかし、ここ最近はどこかおかしい。喜怒哀楽、心がたくさん揺り動かされているのに、ふと気が抜けると笑みがこぼれてしまう。
ライトノベルの外の、この日常で。
それは可愛い女の子が大好きだと言って自分にじゃれついてくるあの少女のせいか。
それとも、
「雪水、お待たせ」
つい最近、縁が戻り始めた幼馴染のせいか。
清川春矢が親しげに声をかけてくる。
「部活もう終わったの? わざわざここに来るなんて」
「ああ。練習が今日は早めに切り上げられたからな。たまには良いかと思って」
「そう」
短く返事をすると、雪水は読んでいた本を閉じてさっさと帰り支度をする。スタスタと図書館を出て行く雪水の背中を春矢は追いかけた。
一見淡白な雪水の態度だが、本当に気が抜けてしまうと彼女はこうなってしまう。ただ春矢は昔からそれを知っているので、特に不安にはならない。
校舎を出てバス停に向かう道すがら、彼女は春矢に今日あったことを話した。図書館の不思議と香純の謎解き、そして回りくどくもしょうもない真相を。
「へえ、そんなことがあったのか」
「でもね、香純さんの推理には一つだけ抜けていたところがあった。あの子のことだからミスじゃない、多分わざと抜かした事実がある」
「え、何か抜けてるところがあったか?」
「サッカー部には土のグラウンドだけでなく芝生のグラウンドがある。野球部や他の運動部が使うことのない練習場所。それだけあれば、少なくとも晴れの日ならちゃんと練習ができる。それなのに、何故図書館に来ているサッカー部の生徒が居たの?」
「…………」
「サッカー部のアンタなら何か知ってるんじゃないの?」
「……心当たりはある」
「何なのよ、それは?」
「連中はお前のことを見に来ていたんだよ」
「は?」
雪水は思わずポカンと口を開けてしまった。全く想定外なことを言われたからだ。
「なんで、私を?」
「俺の話によく出てくるお前を、俺と一緒に帰る姿を目撃されたお前のことを、連中は野次馬精神働かせて見に来てやがったんだよ」
「え? は? 何なのそれ? わからないんだけど。説明になってない。もっとちゃんと教えてくれる?」
「………………」
春矢は答えない。いや、答えられない。恥ずかしくて、雪水と目を合わせることもできない。
雪水は春矢の言葉と態度に疑問を覚えつつも、その意味を考えた。
すぐに答えにたどり着いた。
今度は雪水の方が春矢の方を見ることができなくなってしまった。
「……バッカみたい」
どこに向けられたかが曖昧な罵倒の声は上擦っていた。
目を合わせずに並んで歩く二人の前に、見慣れた路線バスが現れた。
✳︎
謎もスッキリ爽やかに解決したところで、わたしこと寺井優雨ちゃんは雲居香純ちゃんとイチャイチャ下校しているところだ。
「スッキリ爽やかと言えば、雪水ちゃんと清川くんの青春模様はどうなのかねぇ?」
「さあ? そこは私の預り知らぬところだよ」
「そんなこと言って、サッカー部の人たちが清川くんと良い感じになってる噂の美少女のことを野次馬しに来てたのを伏せてたくせに」
「はっはー、流石は優雨ちゃん。お見通しだったね。そもそも、この謎は雪水さんの視点からもたらされている。実際にその通りではあったけれど、晴れの日に生徒が多く雨の日に生徒が少ないのは彼女から見てのこと。その理由に彼女自身が関わっていても何らおかしいことはない」
「それもそうだね。あー今日も楽しかったー!」
「優雨ちゃんはこれで良かったのかい?」
「え、何が?」
「今日の一件は私と雪水さんが美味しいところを持って行ってしまったようでね。もっと優雨ちゃんの活躍の場があっても良かったんじゃないかと、友達ながらに思ったんだよ」
「ふふっ、香純ちゃんは優しいねえ。わたしは確かに目立つことが好きだけど、わたしのポリシーは一貫して、わたしの大好きな子たちが楽しそうにしていること。香純ちゃんも雪水ちゃんも楽しそうにしてたでしょ。なら、オールオッケーじゃないっ! わたしはとっても愉快だよ」
わたしが胸を張ってそう言うと、香純ちゃんはいつもの苦笑を浮かべた。それでいて、香純ちゃんの瞳は眩しいものを写したようにキラキラと輝いている。
「そうか。今さら評価を上げるまでもなく、優雨ちゃんは優雨ちゃん、それで良いんだね」
わたしたちは二人で笑い合う。今日もとっても良い日だった。
そういえば、兄さんと咲良ちゃんは今ごろ民泊先の島に着いたところかな。勝手に読ませてもらった修学旅行のしおりによればそういう予定になっている。
兄さんたちは兄さんたちで修学旅行をエンジョイしているだろうけれど、わたしたち天気の娘たちもいつも通りの日常を楽しく送っている。
今回もそういうお話。
夕焼けがとても綺麗だから、明日もきっと晴れる。