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碧海紡命(へきかいぼうめい)  作者: DaN


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第1話 図鑑の向こうの世界

はじめまして!


このたび、『碧海紡命(へきかいぼうめい)』を書き始めました!


この物語は、豪華客船を舞台にしたミステリーです。


実は、このお話を考えるきっかけは夢でした。そこから少しずつ想像を膨らませて、今の物語になっています。


私は防災にも関心があるので、物語を楽しんでもらうだけでなく、災害や避難についても考えるきっかけになったらいいなと思っています。


もちろん、日常のやり取りや登場人物たちの関係も大切にしながら書いていくつもりです!


まだまだ試行錯誤しながらの執筆ですが、碧唯たちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

春の風が、校舎の間を吹き抜けていった。


 大学の正門には、真新しいスーツに身を包んだ新入生たちが集まっている。期待と緊張が入り混じる中、郡上碧唯は手元の案内図と目の前の建物を交互に見比べていた。


「……あれ?」


 案内図を回してみる。


 もう一度、建物を見る。


 そして、再び案内図を回した。


「おかしいな。こっちで合ってると思ったんだけど……」


「何をしてるの?」


 背後から声がした。


 振り返ると、同じく入学式の案内図を手にした女子学生が立っていた。


「えっと、入学式の会場を探してて。たぶん、この辺りだと思うんだけど……」


「たぶん?」


「うん。たぶん!」


 女子学生は案内図をのぞき込み、少しだけ笑った。


「それ、上下が逆だよ」


「……えっ?」


 碧唯(あおい)は手元の紙を見た。


 確かに、地図は上下逆さまになっていた。


「あっ、本当だ!」


「ふふっ。私も初めて来たから、ちょっと迷ってたんだけどね。一緒に探そうか」


「いいの? ありがとう!」


 屈託なく笑う碧唯につられるように、女子学生も微笑んだ。


「西方紡(せいほう つむぐ)。よろしくね」


「郡上碧唯(ぐじょう あおい)! こちらこそ、よろしく!」


 こうして二人は出会った。


 このときの碧唯は、まだ知らなかった。


 大学で出会ったこの友人と、いつか自分たちの人生を大きく変える航海に出ることになるなんて。


 そして、青い海の上で、あれほど当たり前だった日常が失われる日が来るなんて。


     


 碧唯が海の生き物に興味を持ったのは、物心がついた頃だった。


 家にあった魚やイルカの図鑑を開いては、そこに載っている生き物の名前を覚えた。知らない生き物を見つけるたびに、ページをめくり、写真や解説を何度も読み返した。


 どうして、魚はあんな形をしているのだろう。


 どうして、イルカは水の中であんなに速く泳げるのだろう。


 知りたいことは、次から次へと増えていった。


 決定的だったのは、小学校の校外学習で水族館を訪れたときだ。


 大きな水槽の前で、碧唯は夢中になって魚たちを眺めていた。


 そのとき、飼育員が水槽の生き物たちの様子を確かめ、餌を与え、世話をしている姿が目に入った。


 図鑑の中にいた生き物たちが、目の前で生きている。


 そして、その命を支えている人がいる。


 その光景は、幼い碧唯の心に強く残った。


 ――私も、こんな仕事がしたい。


 いつか水族館で働いて、海の生き物たちを守る仕事がしたい。


 その夢は、成長してもずっと心の中にあった。


     


 大学生活が始まると、碧唯はさっそく忙しい日々を送ることになった。


「碧唯、それ全部持っていくの?」


 ある日の朝、紡は碧唯のリュックを見て尋ねた。


「うん! 今日使うかもしれないから」


「テキスト、三冊もあるけど」


「うん!」


「同じ講義の参考資料も、何種類か入ってるよね?」


「そうだよ!」


「……重くない?」


「ちょっと重い!」


 碧唯は明るく答えた。


 紡はリュックを見つめ、それから碧唯の顔を見た。


「必要なものだけ持っていけばいいんじゃない?」


「でも、先生が急に別の資料(レジュメ)を使うかもしれないし。前の講義の内容を確認したくなるかもしれないし、それに――」


「うん、分かった。碧唯は準備がいいんだね」


「そう! 備えあれば憂いなし!」


 自信満々に言い切る碧唯に、紡は苦笑した。


 ただし、紡自身も完璧というわけではない。


「……あっ」


「どうしたの?」


「テキスト、家に忘れた」


「ええっ!?」


「碧唯、見せてくれる?」


「もちろん! 何冊でも持ってきてよかった!」


「そこは一冊でよかったんだけどね……」


 二人の大学生活は、そんなやり取りの繰り返しだった。


 レポートの課題が出れば、碧唯は参考資料を集め、構成を考え、複数の案を作る。


 一方の紡は、必要なことを整理して、要領よくまとめるのが得意だった。


「碧唯、まだ書いてるの?」


「うん。こっちの構成も捨てがたいんだよね……」


「提出するのは一つだよ?」


「分かってる。でも、こっちの資料も使えそうだし……」


「碧唯って、真面目なんだか、心配性なんだか」


「両方じゃないかな!」


「自分で言うんだ……」


 紡は呆れたように笑った。


 それでも、碧唯のそうした姿勢を嫌いではなかった。


 目の前のことに一生懸命で、知りたいことを簡単には諦めない。


 それが郡上碧唯という人間だった。


     


 大学生活にも慣れてきた頃、試験期間が近づいていた。


 その日、碧唯は大学の自習室で教科書を開いていた。


 机の上にはノート、参考資料、筆記用具。それに、念のため持ってきた別の教科書まで並んでいる。


「……ここ、覚えないと」


 ノートに要点を書き込みながら、碧唯は小さくつぶやいた。


 しかし、しばらくすると手が止まった。


「……あれ?」


 お腹のあたりに、嫌な感覚があった。


 少し様子を見てみる。


 大丈夫かもしれない。


 そう思って教科書に目を戻したものの、数分後には再び顔をしかめることになった。


「……うう、お腹痛い」


 碧唯は時計を確認した。


 まだ覚えたい範囲が残っている。


 けれど、このままでは集中できそうになかった。


「ちょっとだけ……」


 教科書とノートを手に、碧唯は自習室を出た。


     


 しばらくして、紡が自習室に戻ってきた。


 先ほどまで隣にいた碧唯の姿がない。


 机の上には、開いたままの教科書とノートが置かれていた。


「……碧唯?」


 周囲を見回しても、姿は見当たらない。


 スマートフォンを取り出して連絡しようとしたところで、ようやく碧唯が戻ってきた。


「ごめん、紡。お待たせ!」


「どこに行ってたの?」


「ちょっと、お腹が痛くなっちゃって」


「大丈夫?」


「うん。まだ少し痛いけど……」


 碧唯は椅子に座り、再びテキストを開いた。


 紡は、その手元を見て目を丸くした。


「……それ、持っていったの?」


「え?」


「教科書とノート。トイレに」


「あっ……うん。覚えたいところがあったから」


「そこまでして勉強しなくてもいいんじゃない?」


「でも、ここだけは今日中に覚えておきたいんだよね」


 碧唯は困ったように笑った。


 紡はしばらく何も言わなかったが、やがて小さく息をついた。


「無理しないでね。体調が悪いときは、休むのも大事だから」


「うん。ありがとう」


 そう答えながら、碧唯はまた教科書に目を落とした。


 紡は心配そうにその横顔を見つめた。


 碧唯は、何かを頑張ろうとすると、つい自分のことを後回しにしてしまう。


 それは長所でもあり、少し心配なところでもあった。


     

季節は巡り、二人は大学でさまざまな授業を受け、少しずつ自分の興味を深めていった。


 海の生き物について学ぶほど、碧唯の知りたいことは増えていった。


 図鑑を眺めていた頃には分からなかったこと。


 水族館の水槽の向こう側にある、生き物たちの本当の暮らし。


 そして、彼らが生きている海そのものについて。


 大学二年生になった碧唯は、研究室やゼミの情報を集めるようになっていた。


「碧唯は、どこのゼミにするか決めた?」


 昼休み、紡が尋ねた。


「まだ迷ってる。でも、海の生き物について、もっと詳しく研究できるところがいいな」


「そっか。碧唯らしいね」


「紡は?」


「私も、興味のあるところを考えてるよ」


 紡はそう答えた。


 その言葉の奥にある思いを、碧唯はまだ知らない。


 二人が同じゼミを選ぶことになるのは、もう少し先のことだった。


     


 ある日、碧唯は箕施神尊(みしかみ たける)教授の講義を受けていた。


 箕施神教授の研究分野は、生物の生態と太平洋の実態。海の生き物だけでなく、それらを取り巻く環境についても研究している。


 碧唯にとって、興味を引かれる内容ばかりだった。


 講義が終わると、碧唯はノートを抱えて教授のもとへ向かった。


「あの、先生。さっきの話について、もう少し聞いてもいいですか?」


「おう。どの部分だ?」


「この生き物の生態と、周りの海の環境の関係なんですけど……」


 碧唯が質問すると、箕施神教授はノートをのぞき込みながら説明を始めた。


 質問に対して、ただ答えを教えるだけではない。


 なぜそうなるのか、ほかにどんな可能性があるのか。碧唯が理解できるように、一つずつ説明してくれた。


「なるほど……! そういう見方もあるんですね」


「そういうことだ。生き物だけを見ていても分からんことがある。周りの環境も含めて考えてみると、見えてくるものがあるんだ」


「はい!」


 碧唯の目が輝いた。


 もっと知りたい。


 もっと自分の目で確かめたい。


 その気持ちは、幼い頃に図鑑を開いていたときと変わらなかった。


     


 後期のゼミが始まる頃、箕施神教授は学生たちを集めた。


「紡……も、ここのゼミ?」


碧唯は同じ講義室にいた紡を見て少し驚いた顔をした。


「私も箕施神教授のゼミ興味あって、抽選通ったから」


碧唯と紡、2人とも箕施神教授のゼミに入ることが決まった。毎年違う研究があると周りの友人や先輩から耳にしていたので、やはり人気があった。なので抽選になったらしい。


定員は15名。抽選通るかどうか心配だ。だけど今回は「イケメン箕施神教授が恋仲になった」と噂が流れていた為、箕施神教授自身を狙っていた女子学生達は応募をしない結果となり、予想を下回る応募数となったのだった。



「よし、後期からよろしくな」


箕施神教授の研究室の近くの講義室に碧唯たちはあつまった。

教授は集まった学生たちを見渡した。


「俺のゼミでは、生物の生態と太平洋の実態について研究している。今回は、隣のゼミの坂戸麻美(さかどあさみ)教授のところと合同で研修を行うことになった」


 学生たちの間に、ざわめきが広がった。

なぜなら坂戸教授は箕施神教授と恋仲になっていると噂されていた教授だったからだ。恐らく今回の研修はなんらかの目的があるに違いない。


「合同研修、ですか?」


 学生の誰かが尋ねた。


「そうだ。実際に船に乗って、海洋環境や生き物について調査する。期間はおよそ一か月だ」


「一か月も船に?」


 碧唯は思わず声を上げた。


「ああ。研究設備の整った船を使う予定だ。もちろん、調査だけでなく、船上での研修も含まれる」


 船。


 海の上で、生き物たちが暮らす環境を自分の目で確かめられる。


 碧唯の胸が高鳴った。


 これまで図鑑や講義で学んできたことが、実際の海とつながるかもしれない。


 隣にいた紡も、説明を聞きながら静かにうなずいていた。


「詳しい日程や準備については、これから説明していく。参加する以上、研究に必要なことだけでなく、安全についてもしっかり学んでもらうからな」


「はい!」


 碧唯は、誰よりも大きな声で返事をした。


 海の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。


 幼い頃、図鑑を開くたびに思い描いていた世界。


 その世界へ、ようやく自分の足で踏み出せるのだ。


 碧唯はまだ知らない。


 この航海が、自分の人生を大きく変えることになるとは。


 そして、青く広がる海が、いつまでも穏やかでいてくれるとは限らないことも。


 図鑑の向こうに広がる世界へ。


 碧唯と紡の、新たな一歩が始まろうとしていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


第1話、いかがでしたか?


碧唯と紡の出会いから始まりましたが、これからどんな物語になっていくのか、楽しみにしてもらえたら嬉しいです!


実はこの作品、夢で見たことがきっかけなんですよね。そこからいろいろ考えて、少しずつ物語にしてきました。


まだまだ考えている途中の部分もありますが、これから船の中で起こる出来事や、登場人物たちの日常を描いていきたいと思っています。


防災についても、読んでくださった方が何か考えるきっかけになったらいいなと思っています。


これからも頑張って書いていきますので、よかったら続きも読んでくださいね!


感想もいただけたら嬉しいです!


それでは、また次のお話で!


DaN

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