9. 引越しそばの送り主
城のロビーで白虎のラズリにまたがり、森へ出ようとしていた。
「出掛ける前に、念のためワタクシにも結界を張っていただけますか」
風の精霊――ラズリが、優雅に尻尾を揺らしていた。足元にはトカゲが控えている。護衛のつもりか?
「え、成功するかわからないよ? ……ラズリだけ?」
「コハル様は、すでに強固な結界に包まれておりますよ」
「え、そうなの? 全然わからないんだけど……」
「えぇ、それはもう美しい結界です。それにコハル様の結界は特殊ですからね。そもそも結界と呼べるかも怪しいところです」
「え? なんて言ったの?」
「いえ、なんでもありません」
「……あ、そういえばさ。前に森で、でっかいクマに襲われたことがあったんだけど」
「ほう」
「そのとき、この子がいきなり私の髪に潜り込んできてさ。そしたらクマが――なんか、勝手に弾け飛んだんだよね」
「ほう」
「だからてっきり、この子が何かしたのかと思ってたんだけど……」
ラズリは、ちらりとトカゲを見てから、鼻で笑った。
「見た通り、そのバカトカゲがこの姿で何かできるとは思えませんが」
「シャーッ!」
「おそらくコハル様の結界に弾かれたのでしょう。身の危険を感じて、慌てて逃げ込んだだけかと」
「え、じゃあ――」
「主であるコハル様に守られただけの役立たずです」
「シャーッ!!」
「事実でしょう。コハル様、とりあえず、お願い致します」
「あ、うん、じゃあやってみるね」
集中しようとすると、ぴょん、と軽い音がした。
足元を見ると、ネルが、当たり前みたいな顔でラズリの背中によじ登っている。
「……役立たずのくせに、ついてくるつもりですか? 図々しいですね」
「シャー!」
即座にキレるトカゲ。しっぽをぶんぶん振って威嚇している。
「喧嘩するなら置いていくけど?」
私がそう言うと、トカゲのしっぽがぴたりと止まって、ぱさっと力なく落ちた。
気を取り直してラズリに結界を張る。
集中力と想像力。そして信じる心。
ぱん、と印を結ぶ。
「……うーん、やっぱり何も変わらないね」
また失敗か、と思った、その時
頭にトカゲを乗せた白虎が恍惚として目を閉じていた。
「だ、大丈夫?」
「問題ありません」
なんか満足そうだ。
「じゃ、行こっか」
そうして私は、やっと森へと足を踏み出した。
少し歩いたところで、ふと思い出す。
「そういえば、私がここに来た次の日、門の前に、牛みたいな魔物が積み上がってたんだけど」
「ああ、どうせこのバカトカゲの仕業でしょう」
ラズリはちらりとも見ずに言い切った。
「え? どうやって?」
「おおかた倒しただけで力尽きて、城の中まで持ち帰れなかったのですよ。本当に考えなしですね」
「シャー! シャー!」
抗議しているけど、説得力はゼロだ。
「そうなの? じゃあ解体も?」
「それはコハル様ですよ」
「……え、どういうこと?」
「コハル様の結界は、少々特殊と申し上げたでしょう」
「いやいやいや、待って。どうして結界張って、牛が解体されるのよ。おかしいでしょ」
「はい、全く同意見でございます」
「……え?」
ラズリが真顔で頷いた、その横で。
「キュル?」
トカゲが、小さく首をかしげていた。




